第7話 獅童ユルギのキラーバケーション


 コンパウンドボウ。


 アーチェリーなどで使われる近代的な弓だ。弓の先端に滑車が付けられ、威力と精度をあげている複雑な構造のもの。

 ラビットが持っていた弓は市販のCruzer G2という狩猟でも使われる弓を改造を施し、連射や一度に五本の弓を発射できるようなっていた。


「かけてくれ」


 獅童ユルギはラビットの家に招かれた。

 砂浜から離れた森の中にある木でできた家。窓にはガラスも張っていない、柵で塞がれている本当に簡単な小屋と呼べる家だった。

 壁に武器をかけながら、ラビットはキッチンへ向かう。


「簡単なものしか作れないが」


 茶葉のようなものをろ紙に入れ、お湯を入れお茶のようなものを作っている。

 テーブルの席に着いたユルギの元に置かれる。

 ラビットが作ったお茶は、紫色をしていた。


「……これ、なんていうお茶なんですか?」

「私が以前いたサガッソでとれるヤヒロという植物の葉を煎じたものだ。師匠がよく作ってくれたもので名前は知らない。おちつくぞ」


 ず~と、ラビットはヤヒロの茶をすすり、「はぁ~」と気持ちよさそうに息を吐く。

 彼女の行為を無駄にするのは心証が悪いと思い、一応すすっておく。


「……あ、ほんとだ」


 おいしい。

 ほんのりとした甘さに、後から苦みが広がる。だがその苦さも薄いもので、心がすーっとさせてくれてどこか懐かしい感じがする味だ。


「サガッソって確か内戦が耐えない国でしたよね? ラビットさんってもしかして少年兵だったんですか?」


 ラビットは美しい容姿の女の子だ。だから正確に言えば少女兵と言ったところだろうが、そういった言葉があるか知らなかったので、あえて〝少年兵〟というワードを使った。


「いただけだ。内戦には正確には参加していない。師匠の仕事は手伝っていたがな」

「師匠っていうのは?」

「私に殺しの術を教えてくれた人だ」

「あぁ……」


 壁に立てかけた弓に視線を向ける。

 弓を使う殺し屋……か。ユルギはそういう業界のことは全く知らないが、かなり珍しいと言うか変わり者なのではないだろうか。単純にメリットだけを考えると火薬の跡がのこらず、音もあまりたたないというのが考えられるが……。


 暗殺を生業にしているのか?


 ラビットは暗殺向きの殺し屋なのだろうか。


「さて、そろそろ君のことを聞かせてもらえるかな。獅童ユルギ。どうして君はこの島にいる?」

「修学旅行に行くところだったんですけど……飛行機が落ちちゃって、それで気が付いたらユルギ、この島に流れ着いていて……あの携帯が乾いたらすぐに救助隊とかに電話して助けてもらうんで」


 窓際にタオルに包まれた携帯を置いている。 

 海水に濡れてしまって、電源が入らない状態だ。完全に壊れているかもしれない。だが、ワンチャン乾けば治るかもしれない。ユルギはそれに賭けている状態だ。


「タオルを借りたいと言うから何かと思えば」

「あ、はい。ラビットさんには迷惑かけないようにするん、」


 シュッと煌めきが走った。


「へ————? あ~~~~~~! ユルギの携帯がァ~~~~~~~~~~~~‼」



 ナイフが刺さっていた。



 タオルの上から貫通し、見事な串刺し状態。


「やめておいた方がいい。フェニックスが言っていただろう。この島のことを外部に知られたくないと。この島にはこの島のルールがある」

「そんな‼ ユルギは帰れないじゃないですか! 嫌ですよ! こんな島で一生暮らすなんて! あ……この島で暮らしているラビットさんの前で失礼な発言でしたね」

「気にしなくていい。私もこの島は原始的で不便だと思っている。冷暖房もないしな。だが、電気、水道、ガスは通っている」

「え⁉」

「さっき使っていただろう? 気が付いていなかったのか?」


 ラビットが使っていたキッチンは確かにコンロも流しも水道もある、日本のご家庭でよく見るものだった。そばには冷蔵庫もある。


「それに連絡手段がないわけじゃない」


 ラビットはポケットから四角い小さな縦長い箱のようなものを取り出す。


「これって……」


 ガラケーだった。


「ユルギ、ガラケー生で初めて見ました。アニメやドラマでしか見たことがない……」

「この島ではこれを使って物資を申請して必要なものを手に入れる。この島ではこの島の専用のツールがあるんだ。外の社会で普通に使っているものも電波が届くから、使うことはできるだろうが、他の住民に迷惑がかかる。だから使ってはいけないんだ」

「そうだったんですね……外部の人と連絡が取れるんです?」

「ああ、島の管理人に繋がる」

「じゃあ……!」

「すでにメールは送っている。今は返信待ちだ」

「本当ですか!」


 ユルギは思わず立ち上がった。

 身を乗り上げてラビットの手を握り締め、


「ありがとうございます! ありがとうございます! もうこの島から出れないかと思いましたぁ~~~~!」


 涙目になりながら感謝の言葉を述べる。


「し、心配ない」


 ラビットは人慣れしていないようすで視線を泳がせ、身をのけぞらせた。


「い、いいから離れて……」

「あ、ごめんなさい」


 ニコニコと笑いながらユルギは席に着く。


「じゃあ、しばらくは待つしかないですね。でもそれにしても、何でラビットさんはこの島にいるんですか? 物は支給されるみたいですけど、不便な島ですよね?」


 砂浜からラビットの小屋に来るまで、人工物は全く見当たらなかった。だから、ユルギは全く開拓されていない無人島だと思っていた。

 そんな場所に住むぐらいだったら、アメリカとか日本の都会に住んだ方が百倍楽で便利な生活が得られる、と思う。


「友人の勧めでな。こういう誰にも狙われない生活をしばらく送ってみろと言われた」

「あ……そうですよね。考えが足りませんでした。〝殺し屋〟ですもんね。誰かに狙われ続ける日々ですよね……隠居ってことですか?」


「いや———、一時的な旅行のつもりだ。そいうプランに参加している」


「プラン?」


 テーブルの引き出しから一通の手紙を取り出し、机の上を滑らせる。

 見てもいいのか、と視線で尋ね、ラビットは頷いた。


「キラー……バケーション……? なんです、コレ?」


 そのまま手紙に書かれていた文字を読み上げる。


「招待状だ。この島に来れば、永遠の平穏が得られると。詳しくは知らないがどこかの心優しい金持ちが、常日頃から命を狙われる殺し屋に安らぎを与えたくて立てた計画らしい。常に気を張る、落ち着くことができない殺し屋にとっては喉から手が出るほど欲しいものだそうだ」

「そうなんですか……ん? その言い方だと、この島に他に殺し屋がいるみたいな、」

「———居ただろう? フェニックスと会ったばかりじゃないか」

「あの人も〝殺し屋〟なんですか⁉」

「あいつだけじゃない。この島には他にも何人も殺し屋がいる。既に何人かとは私は顔を会わせていて、彼女たち全員がキラーバケーションの招待を受けているのは確認済みだ」

「他にも何人も殺し屋が……! こわぁ……」


 恐怖で思わず震えあがってしまう。


「あ~、早く帰りたい……」


 ブルルルル……! 


 振動音が聞こえる。


「さっそく、その時が来たみたいだぞ———管理人に送ったメールの返信が来た」


 ガラケーを開いてラビットが確認した瞬間、彼女の眉間にしわが寄った。



「一斉送信……?」



「え、ラビットさん?」


「なんだ、これは……?」


 ラビットの反応がおかしい。


「あの見ても?」


 ユルギが手を伸ばすと、ラビットは無言でそのガラケーをユルギの手に置く。


「え———? これって」


 信じられない文面がその液晶に表示されていた。


『退屈な日々に潤いを♡

 緊急クエスト開催☆ 獅童ユルギ・16歳現役JK♡ を、〝殺し〟た人に特別報酬をあたえちゃいま~す!

 何と、その人の願いを何でも一つだけ叶えちゃうんです!

 この島に来て物資を使いすぎて、もっとお金が欲しいよ~~~って思ってるそこのあなた!

 獅童ユルギちゃんをKILL☆ KILL☆‼‼‼‼‼


 あなたの欲しいものなんでもあたえちゃいま~す!


                              管理人より』


「なんですかこのいにしえのギャルみたいなダサい文章。ハハッ冗談ですよね?」

「一斉送信されている。それに管理人の文面はいつもこんな感じだ」

「……マジっすか?」


 冗談だと思いたかった。

 だが、現実はユルギの想像よりも何倍も残酷らしい。


「ユルギ。君は何者だ?」


 人を射抜くようなラビットの冷たい目がユルギを射していたからだ。


「一般ピーポーなんですけど……」



 普通の女子高生、獅童ユルギの———キラーバケーションはこうして始まった。

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