第2話 キラーバケーションへようこそ。
エマの自宅前に着地する。
「エマ!」
「お父さん、お母さん!」
ニューヨーク郊外の住宅街で、ジェンシー夫妻が抱き合っている。
「ありがとう……ありがとう……警察はなにもしてくれないし、仲介屋に相談して、君を紹介してもらえてよかった!」
「…………」
白銀の少女は顔を背け、手を振った。まるで〝お礼なんかいい〟といったようなジェスチャーだった。
「はいはい! それでは一件落着したところで、お題はさっきお伝えした口座にお振込みをお願いしますねぇ~!」
金髪のグラマラスな女が少女とジェンシー一家の間に入り込み、にこやかに言い放つ。
「ああ、ありがとう仲介屋さん。報酬は必ず払うよ」
「はいはい~、今後も何かあったら仲介屋・ミストが完璧にお仕事をこなすエージェントを紹介しますから今後ともごひいきに~!」
互いに手を振り別れ、白銀の少女とミストと名乗った仲介屋は、近くに停まっていた黒のランボルギーニに乗り込む。
「お疲れ様。ラビット」
殺し屋———ラビット。
赤い目と白い髪。アルビノの彼女は裏の業界からそう呼ばれていた。呼び名さえわかればその世界では十分———本名は誰も知らない。
「ああ、ミスト。次の仕事は?」
「もうそんな話? 別にお金に困っているわけじゃないでしょう?」
殺し屋の報酬は破格だ。
高リスクで国からは何の保証もされていない。そんな世界で生きていくのだから大金が支払われて当然なのだ。
ラビットはそれにもかかわらずろくに金を使わない。
武器と食事にしか金を使わず、それも必要最低限。仕事によっては依頼人が費用として負担してくれることもあるため、相当に金をため込んでいる。
「仕事がしたいんだ。早く多く、たくさん仕事がしたい。それしかやれることが私にはないから」
「そう、だけど残念ね」
仲介屋の指に一枚の便箋が挟まれていた。
「それは?」
「招待状。あなた、当たったわよ」
「当たった?」
便箋には、仲介屋の言葉通り「ラビット」と宛名に書かれている。
仲介屋の手から便箋を奪い取り、中を確かめる。
ミストの言う通り———確かにそれは招待状だった。
「———?」
他にも座標が書かれた地図と、飛行機のチケットが入っていた。
「ねぇ、ラビット。殺し屋が一番欲しい〝もの〟ってなんだか知ってる?」
「金だ」
自分はそれに当てはまっていないことに気が付いているのかいないのかわからないが即答した。
「違うわ———〝平穏〟よ」
「?」
仲介屋の答えに首をかしげる。
「お金をそもそもなんで稼ぎたいの? 何不自由のない生活をしたいからでしょう?
殺し屋をやっている限りいつも命を狙われる日々。そんな生活は自由じゃないわ。殺し屋を続ける人間はやがて何物にも狙われずに落ち着いて暮らせる平穏を求める。
———つまりこの招待状って言うのはどこかの酔狂な人間が、親切心でそのゴールを与えてあげたってことね」
「……ミスト。あなたが何を言っているのかわからない」
「おめでとう、ラビット。あなたは卒業よ。このクソみたいな世界から」
———キラーバケーションへようこそ。
招待状にはそう———書かれていた。
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