キラーバケーション ~殺し屋たちの夏休み~

あおき りゅうま

第1話 兎———ラビット

 アメリカニューヨーク、あるビルの一室の光景である。


「ム~~~~~~! ム~~~~~!」


 口をガムテープで塞がれた少女が、椅子に縛り付けられている。


「クソ! あいつ持ち逃げしやがった連絡がこねぇ!」


 その部屋にいるのは少女だけではない。


「本当に持ち逃げか?」 


 銃を持ったベストを着た男が五人。少女の周りをうろうろと歩いていた。


 |皆《みんな)サングラスと帽子をしており顔を隠している。


「そうに決まってるだろ⁉ 時間になっても連絡はよこしやがらねぇ!

 もう五分も過ぎてる! こっちからかけても全く出やがらねぇ!

 やっぱり新入りなんかに大事な金の取引を任せるもんじゃねぇ!」


 一人の男が携帯を床にたたきつける。


 ガシャアン!


 激しい音が鳴り響き、携帯が壊れ、


「クソが!」


 ダダダダダ弾ダダダダダッッッ!


 銃を乱射してさらに携帯だったモノ、残骸を細かく刻む。


 完全な八つ当たりである。


「ムーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 椅子に縛り付けられた少女はその光景を見てさらにヒステリックにわめく。

 全身をガタガタと揺らし、眼は白目をむきかけ———半狂乱になりながらなんとか脱出しようともがき始める。


「おい、うるせぇぞガキ! 黙ってろ!」


「ムーーーーーーーーーーーーー―――――――‼ ムーーーーーーーーーーーーー‼」

 パニックになった少女に、男の声は届かない。


「クソッ‼」


 男が銃口を少女に向けた。


「おい! やめろ! そいつは人質・・だぞ!」


「関係ねェよ! どうせ取引は失敗だ! もうこいつに……価値はねぇ……」


 男の引き金に込める力が———増す。


「ムーーーーーーーーーーーーー―――――――‼ ムーーーーーーーーーーーーー‼」


「失敗したかどうかはまだわからねぇだろ! トラブルで連絡が遅れてるだけかもしれねぇ。

 それに持ち逃げなら、そいつの父親にまた金を持ってこさせればいいだけの話だろうが!

 殺しで罪を重くする必要はねぇ!」


「うるせぇ! 俺の気が収まらねぇんだよ!」


 男の指が、あともう少し力を込められると発射される……その段階まで引かれている……。


「ムーーーーーーーーーーー――――――――――――――――――――――‼」


 その時だった———、



 〝———連絡手段は市販。感情に任せての破壊活動。三流ざこにも満たないチンピラだな〟



 しわがれた女の声が響いた。


「—————誰、だ⁉」



 ヒュッ—————————‼



 答えは言葉ではなく行動で帰ってきた。


 男の持っているサブマシンガンが、吹き飛ばされたのだ。


 銃が、男の手から離れ、からからと音を立てながら床を転がる。


「な—————⁉」


 男の次の言葉は発せられなかった。

 何故ならその首元には———、一本の矢が刺さっていたからだ。


 ガシャァン‼


 ガラスが割れる。


「———————————————‼」


 人質の少女は見た———。


 割れて光の粒のように輝くガラス片を纏った———白銀の髪に赤い瞳を宿した小さな少女の姿を———。


 歳にして十二・三歳ぐらいだろうか。


 小柄な少女は素早く男たちの中心もぐりこみ。

 ツツ―ッと矢を弓につがえる音がする。


「なんだ———————、ガッ」


 男たちが一斉に白銀の少女に銃口を向けるが、すでに遅い———そこに居た全ての男たちの首元に矢が刺さっている。


 ———少女は見た。


 白銀の乱入者が四本の矢をつがえ、ぐるんと全身を回す動きに合わせ放ったことを。

 体が回転するタイミングと男たちの首元への狙いを計算し、一度に四人の男の命を奪ったことを———。

 白銀の少女は何も言わずに人質の少女に近づき———口をふさぐガムテープをはがす。


「ケガはないか?」


 自分より幼げな風貌なのに、信じられないぐらいに低い声だった。


「あ、ありがとうございます」


「エマ・ジェンシーで間違いないか?」


「はいぃ……」


「あなたの父親に頼まれた。今から下に降りるが。立てるか?」


「————ッ⁉」


 白銀の少女が椅子から解放しようと、ロープをナイフで切り始めて———思い出した。


「ダメ! この椅子には爆弾が仕掛けられるの! 私が立ち上がったら爆発する!」


 エマの言葉通り、白銀の少女が椅子の下を覗き込むと確かに爆弾が仕掛けられていた。

 爆弾から延びているコードがエマの尻の下に敷かれ、おそらく起動スイッチのようなものがあり……圧迫状態だと作動しないが、解放された瞬間に爆発する———そのような仕掛けなのだろう。


「心配ない」

「え⁉」


 白銀の少女はエマを椅子ごと窓際へと押した———。


「ちょちょちょちょちょ⁉」


 彼女が割って、ガラスの存在しない窓へ———、一直線へ押していく。まるで車いすか何かのように———。


 こんな勢いで押されたら、


「わあああああああああああぁぁぁぁぁぁ——————————‼」


 空中に投げ出される。


 ピ、


 エマが椅子から離れた瞬間————、



 ボンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ‼



 椅子に仕掛けられた爆弾も爆発する。


「わわわわわわわわわわ‼」


 だが、もはやそれどころではない。


 ———三十階。


 先ほどエマがいた階層だ。そこから投げ出され、真っ逆さまに地上へと落ちて行っている。その真っ最中なのだ。


 このままでは地上に落ちて頭がトマトのように潰れてしまう。


 一難去ってまた一難。


 エマの心が再び恐怖で塗りつぶされた瞬間だった。


 が———、


 グッと腰に力を感じ、体がふわっと浮き上がる。


「え?」

「心配するな」


 白銀の少女だ。

 彼女がエマの腰に手を回し、〝持ち上げて〟いる。


「え、えええ⁉」


 エマと白銀の少女は地面と平行に滑空していた。

 そんな現象起こりうるはずがないと上を見ると、白銀の少女の手にロープが握り締められていた。

 ロープの先端は隣のビルに伸び、更に———、


 ガクンと少女の手からロープが外れ、再び落下を始める。エマは再び来た落下の感覚に恐怖を覚えたが、


「心配ない」


 少女が矢をつがえる。

 それを別のビルに放つと、矢が刺さり———そこから伸びるロープに体を支えられ、再び滑空する。


 まるでスパイダーマンだ。


 そして、弓を使って悪党を退治する姿とこの美貌びぼう

「あなた、森のエルフ?」


 弱きを助け、強きをくじく伝説の英雄ロビン・フッドを連想させたが、彼女は女の子だ。だから、おとぎ話に出てくる伝説上の異種族だとエマは思い込んだ。


「違う。私は————」


 少女は再び、ロープを外し、次の弓をビルに打ち込む。



「———〝殺し屋〟だ」


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