第20話「2022/10/09 ②」
ロリコに言われた通りクローゼットを開けると、そこには150センチほどの球体関節人形が膝を抱えて座っていた。
その細く華奢な身体や長い黒髪から、女の子の人形だということはすぐにわかった。
着ている服も、よく見れば肌の露出度が異常に高い、マイクロビキニのようなメイド服だった。
そんなものがそこにあることをぼくは知らなかったが、そもそもぼくにはクローゼットを開ける習慣がなかったから知らなくて当然だった。
高校の制服はいつも壁にかけていたし、部屋着に着替えるときもベッドの上に脱ぎっぱなしになっているものか、浴室乾燥しているものを取り込んで着替えていたからだ。
ロリコは、いざというときのためのぼくのデート服を用意してくれており、学生寮の管理人さんに段ボールのまま預けていたくらいだったから、ぼくの知らない間に運び込んでいたとしても不思議ではなかった。
ここにこの人形がいつからあったのかはわからないが、この人形が以前からあったから、いざというときのデート服はクローゼットにはなく、管理人さんに預けられていたのかもしれなかった。
宅配業者が配達はしてくれたのだろうが、実体を持たないロリコがどうやってそれを受け取り、部屋に運び込び入れただけではなく、梱包されていたであろう箱から出し、クローゼットの中に膝を抱えて座らせていたのかまではわからなかった。
ぼくが知らないだけで最近の宅配業者はそこまでしてくれるものなのかもしれなかった。
「なにこれ? まさかとは思うけどダッチワイフとかじゃないよね?」
そういう疑似的な性行為用の人形があることくらいはぼくも知っていた。
昔ながらの安価なものは風船を膨らませるような作りのチープなものだが、高価なものになればなるほど、本物の人間の顔や肌に近いものがあるのだと、クラスメイトの男子たちが話しているのを聞いたことがあった。エクスのログインボーナスでもらえる県内通貨を貯め、50万円以上するものを買ったクラスメイトがいたらしかった。
「そういう使い方もできますけど……」
ロリコは何故かいつもより頬を赤らめ、恍惚とした表情をしていた。
だけど、いくら女性器の代用品がついていたとしても、ぼくには人形を抱く趣味はない。
「その子をベッドに運んであげてください。
一応ロリコの身体なので、だから大事大事してくださいね」
言っている意味がよくわからなかったが、ぼくはロリコに言われるがまま、その人形を優しく抱き上げた。
我ながら「従順なご主人様」だと思った。
クローゼットの中にあったとき、人形はうつむいていたためわからなかったが、その顔はロリコにそっくりだった。
ロリコはツインテールで幼っぽく見えるが、髪を下ろしている人形は同じ顔をしているのに少し大人っぽい印象だった。
ベッドに寝かせたその人形は、背も少しだけロリコより高く、胸もロリコより少しだけ膨らんでいた。
小学生時代のコヨミをホログラムで再現したのがロリコなら、その人形はぼくが知らない中学生時代のコヨミを等身大の球体関節人形として再現しているかのようだった。
関節が球体の形をしていなければ、本当にエッチな格好をしたコヨミそっくりに見えただろう。
いつの間にか、ロリコがぼくの透過型ディスプレイの視界から消えていた。
「ロリコ?」
かと思えば、その人形がゆっくりと身体を起こした。
ぼくは、ひぃっと小さな悲鳴を上げたが、
「わたしですよ、ご主人様。ロリコです。全然怖くない、怖くな~い」
ロリコの顔をした球体関節人形は、彼女の声でぼくに笑いかけた。
到底信じられる話ではなかったが、ロリコの存在自体がこの街に引っ越してくる前までのぼくには到底信じられなかったことを思い出した。
笑うということは、その人形の顔に表情筋のようなものがあるということだった。
「ホントにロリコ? どうなってるの? これ」
ぼくはロリコの顔を触ってみた。
その顔はぷにぷにしており、昨日触れたコヨミの肌と同じ肌触りや温もりがその顔にはあった。
肌はコヨミよりきめ細かいくらいだった。
ロリコはふにゃぁと猫のような声を出した。
「ご主人様ぁ、何するんですかぁ。本当にロリコですよぉ」
この街では到底信じられないことが往々にして起こり得る。
この出来事もそのひとつだった。
ぼくの人生には、ログインボーナスはもういらない。 雨野 美哉(あめの みかな) @amenomikana
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