第17話「2022/10/08 ⑩」

 ぼくはロリコについて、ぼくと違って実体を持たないだけで、心があり人格が存在する、ひとりの人間として見ていたはずだった。

 親を知らないぼくにとって、養護施設を出てからは、エクスが産み出してくれたロリコだけがぼくのたったひとりの大切な家族だと思っていたはずだった。


 ロリコのぼくに対する想いを知っていたのに、透過型ディスプレイに姿を現さないだけですぐそばにいることを知っていたのに、どうしてぼくはロリコの目の前で彼女を傷つけるようなまねができたのだろう。


 コヨミのことは本当に愛しく思っていた。

 けれど、恋愛か家族愛かの違いこそあれ、ぼくにとって同じくらいロリコは大切な存在だったはずだった。


 こんな風にロリコを傷つけるようなまねができてしまうぼくは、本当に彼女をひとりの人間として見ていたのだろうか。

 実体がないという理由だけで、本当は人間だと思っていなかったのではないか。


 明日になれば、ぼくはまたコヨミを部屋に招き入れて、同じことを繰り返すのだ。明日の日曜だけでなく、明後日の祝日も、来週の土日も。


 ぼくという人間は、一体何がしたいのだろう。

 ぼくにはもう、ぼくという人間がわからなかった。



 ショッピングモールで炊飯器や鍋、フライパン、包丁など、料理をするのに必要なものを透過型ディスプレイで調べながら一通り買った後、ぼくは一階にあったスーパーで食材も買って帰ることにした。


「ロリコ、前に自分が料理を作れたら、って言ってくれてたよね」


 山ほどの食材を前にして、ぼくはようやく話題を見つけ、ロリコに話しかけた。

 けれど、ロリコは返事をしてくれなかった。

 ずっとうつむいたまま、ぼくの後ろをただとぼとぼと歩いているだけだった。


 ぼくはとりあえず、米を見てみることにした。


「米って、磨ぐのが面倒だったりするのかな」


「無洗米って磨がなくてもいいやつ? 少し高いけど、こっちの方が楽でいいのかな?」


「5キロで何食分になるんだろう? 10キロ買った方が5キロを2袋買うより安いみたいだけど」


「あ、そういえばレジ袋って有料なんだっけ?

 エコバッグも買わないといけないよね? 米を入れても大丈夫なくらい、丈夫なやつってあるのかな?」


 ロリコから返事はなかった。

 ぼくは無洗米をとりあえず5キロと、大きめのエコバッグを買うことにしたが、何だかそれだけで疲れてしまった。

 途端にどうでもよくなってしまい、米やエコバッグやショッピングカートを元あった場所に戻し、スーパーから出ることにした。


 ぼくのせいとはいえ、ロリコが元気でいてくれないと、ぼくも元気に買い物する気にはなれなかった。

 大量に買った料理道具もなんだかどうでもよくなってしまい、返品に行くのも面倒で、そこら辺に置いて帰ってしまいたいくらいだった。


 スーパーを出ようとしたところで、


「ロリコはぼくに何を作ってあげたいって思ってくれてたの?」


 ぼくはもう一度だけ、ロリコに話しかけることにした。

 これで返事がなかったら、料理道具も置いて帰ってしまおうと思った。


『……オムライスです』


 消え入りそうな声で、ようやくロリコは返事をしてくれた。


『メイドは、ご主人様のためにオムライスを作って……おいしくなる魔法をかけるんです……』


 今にも泣き出してしまいそうなその声に、ぼくは胸が苦しくなった。

 ロリコが参考にしているメイドさんは、実際にはそんな魔法は使えないし、厨房でオムライスを作ってるのはたぶんおじさんで、下手したら作ってすらおらず、ただ皿に載せた冷凍食品をレンジでチンしてるだけかもしれないと思ったが、ロリコのその気持ちが嬉しかった。


「オムライスって難しいのかな。帰ったら一緒に作ろっか」


 料理なんて小学校や中学校の家庭科の授業でしかしたことがなかったから、ぼくはオムライスの作り方をまったく知らなかった。


『作り方を覚えたら、それをあの人に作ってあげるんですか?』


 あの人、か。とぼく思った。

 コヨミのことをロリコは名前で呼ぶこともしたくないのだろう。


「作らないよ。ロリコがぼくに作ってあげたいって思ってくれてたものを一緒に作って、ふたりだけで食べたいんだ」


 ロリコの顔が、ぱあっと明るくなった。


『じゃあ、ご主人様には、ケチャップで「ロリコ ラブ」って書いたオムライスを食べてもらいます!

 その写真をロリコのSNSにアップしますから!!』


 とんでもないことを言い出したけど、それでロリコが機嫌を直してくれるならいいか、とぼくは思った。

 てか、SNSやってるとか知らなかったぞ。


 ロリコに教わりながらぼくがはじめて作ったオムライスは、ひどい見た目だったけれどとても美味しいような気がした。

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