第18話「2022/10/08 ⑪」
ロリコに教わりながらぼくがはじめて作ったオムライスは、ひどい見た目だったけれどとても美味しかった。
ぼくには食べ物の味がよくわからなかったから、美味しいような気がした、というのが正確な表現になってしまうのだけれど。
ケチャップで「ロリコ ラブ」と書かされたオムライスを、ぼくが食べる写真を、ロリコが自分のSNSにアップした時は、恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
ロリコがSNSをやっていることをぼくは知らなかったが、ぼくにしか見えない存在のはずの彼女は、SNSでは10万人のフォロワーを持つインフルエンサー的な存在だと知り、とても驚かされた。
ぼくは利用していなかったが、拡張現実機能を利用した、エクス専用の "roomy" というSNSがあり、ロリコはそこで一番人気の「拡張現実コスプレイヤー」だということだった。
"roomy"で一番人気ということは、トツカ県内で一番人気だということだ。
拡張現実コスプレイヤーとは、拡張現実機能を利用したエクス独自のカメラアプリを使ったコスプレイヤーのことらしい。
コスプレ衣装やウィッグ、スタジオなどを用意しなくとも、裸や下着姿、水着姿の写真を撮るだけで、様々な衣装やウィッグ、背景を、その写真の中の自分に違和感なく着せ替えられ、どんなキャラクターにもなれるアプリがあるのだそうだ。
ロリコはそのようなアプリを使ってはいなかったから、厳密には拡張現実コスプレイヤーではなかった。
彼女自身が拡張現実の存在であり、普段着が毎日コスプレのようなものだったから、全く異なる意味での拡張現実コスプレイヤーだった。
ロリコは、ぼくの透過型ディスプレイに映る、いつも通りの格好の自分をただスクショしただけの画像を、この一年半近く、毎日アップしていただけだった。
その画像が中学生にも小学生にも見えるツインテールの女の子であり、セーラースク水にニーハイにランドセルという格好であり、その髪型や服は「キヅイセ」というアニメにもなったライトノベルに登場する、ピノア・カーバンクルという準ヒロインと偶然にも全く同じであったらしく、「主人公の視点から見たピノア」であったり「彼氏の視点から見たピノアのコスプレをした女の子との生活」という夢のような写真であったことから、彼女は10万人のフォロワーたちからもてはやされていた。
エクス専用のSNSであることから、住んでいる県が特定されていながらも、誰も県内でロリコを目撃した者がいなかったこともまた、彼女は現実には存在しないのではないかという神秘性を与え、その人気に拍車をかけているようだった。
だったのだが……
『あれ? フォロワーがどんどん減ってるんだけど、なんでだろ……』
「今まで、本当にいるかいないのかわからなかった女の子の、本当にいるかいないのかわからなかった彼氏が、どっちも実際にいるってわかったから、ファンが離れたんじゃないか?」
ロリコはアイドルではなかったが、ネットアイドルのような世界も、たぶん似たようなものなのだろう。
「そういうものなんですか? 男性の心理って」
「男だけじゃなくて、女の子もそうだと思うぞ。男性アイドルのファンとかも相当すごいらしいから」
「まじですか……」
その夜、ロリコのSNSは大炎上した。
ロリコがぼくの画像を消したところで、炎上が収まるわけもなく、
――てか、こいつ、葦原イズモじゃね?
――ヒラサカ高校の生徒。2年癸(みずのと)組。
――あいつ、比良坂のお嬢様と付き合ってたんじゃなかった?
――よく見たら、ロリコって比良坂家のお嬢様に似てない? 本人? 妹?
ぼくやコヨミにまで飛び火し、朝を迎えてもその火がおさまることはなく、ロリコは涙ぐみながらアカウントごと消すことにしていた。
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