第13話 反発
「敵の情報は掴んでいるのか?」
「目下の所最有力なのはエルヴァリ対外諜報局工作部第一課の強行班ですね。国内には六名が潜入しているようです」
「装備は?」
「概ね、各国の警察特殊部隊と同レベルの装備のようです。つまり個人携帯できる連射火器と対ライフルを想定した防弾装備を。スタングレネードや催涙弾と言った非殺傷装備も当然用意しているでしょうね」
鈴木は淡々と答えた。その話す内容はとても文民の物とは思えない。
「一応、こちらで入手した強行班の資料がありますのでどうぞ。もっとも情報深度としてはさほど高い物ではありませんのでアテにはなりませんが」
そう言って鈴木は紙のファイルを渡してきた。
「連中は本気でこの日本で戦争を始めるつもりか」
「我々も困っていますよ」
相手が本当はどこまでやる気かは分からないが、確かに警察が多少の護衛を付けてソルヤを守ろうとした所でどうにかなる相手では無さそうだった。
襲撃から拉致、出国まで事前の手筈が整えられていれば、一撃を受けて警察組織が混乱から立ち直れないままソルヤが国外に連れ去られる事も十分あり得るだろう。
そして何より一度警察に警備を任せてしまえば、私やイーリスがそこに関わる事はほとんど不可能になる。
「アテにならんもんだな、この国の治安機関も」
「治安機関と言うのは、どこまでもその国の社会に属する人間を基準にして動く物ですから。外部からの想定していない攻撃には、初動で対応する事は出来ません」
「来る事が事前に分かっていても、か?」
私は目を細めて呟いた。
「これで狙われているのがこの国の要人だったら、政府はどうした?」
「それは、私があずかり知る事ではありませんね」
鈴木が首を横に振る。
私は立ち上がり、何の予備動作も無く鈴木に向かって蹴りを放った。加減は、していない。
鈴木は持っていたビジネスバッグを盾にするようにしてそれをかわす。表情には焦りも戸惑いも見られない。ただ、作っていた気弱な表情が消える。
顔を狙って拳を叩きつける。それも鈴木はバッグを使って上手くかわした。それからステップを踏むようにして私からわずかに距離を取る。
相当に、出来る。予想通りではあった。
「不快な気分にさせてしまったのなら、謝罪しますよ。ただ突然の暴力は、これっきりにして頂きたいですね」
鈴木はやはりバッグを盾にするようにしたまま直立していた。隙は、全く無い。
「最初から、怒らせる気しかなかっただろう」
「見た目よりも、激情的な方ですね」
殺気を出してはいない。苛立ちのような物を込めて、攻撃を放っただけだ。それは鈴木にも分かったようだった。
このタイミングで私達の位置を把握している、と言う事は、日本政府は最初からエルヴァリの諜報員達とは別にソルヤを監視しており、そして追跡にも成功していた、と言う事だ。
そしてその情報をクーデター政権とは共有してはいない。日本政府のこの事件に対する動きは思った以上に巧妙で狡猾な様だった。
信用は出来ないが、今敵に回すべき相手でも無い。
それでも私は、自分でも驚くほどの苛立ちを覚えていた。
お前達などに頼るか。俺だけでソルヤは守って見せる。
そう啖呵を切りそうになる自分をどうにか抑えた。私からそんな答えを引き出す事も、この男の狙いかも知れない。
私が仕掛けたのが見えたのか、ソルヤとイーリスがアイスを食べるのをやめ、警戒するようにこちらを伺っているのが見えた。
「今日の所はこの辺りにしておきたいと思います」
鈴木もそれに気付いたのか気弱そうな表情に戻ると、頭を下げた。
「二度とツラを見せるな、と言いたい所だがね。最後に一つだけ聞いておこう」
「はい」
「この先、死体が出た場合は、そっちで始末してくれるんだな?外務省」
「銃で殺された身元不明の外国人の死体の発見など、こちらも望む所ではありませんから」
鈴木は気弱そうな表情のまま平然と答えた。
「ならいい」
鈴木はソルヤとイーリス達の方にも一礼すると、立ち去った。
「只者では無い気配と動きでしたが……公安外事か防衛省ですか?」
「外務省だとさ」
煙草の火を消し、こちらにやって来たイーリスに鈴木の名刺とあの男が持ってきた資料を放り出した。ソルヤは鈴木が立ち去って行った方を見ている。
「うわー、偽名くせー。と言うか完全に偽名ですわね。恐らく身分の方も。外務省の小役人にお前の不意打ちの蹴りをかわせる奴なんていないでしょう」
「敵、だったの?」
ソルヤが不安そうな顔をこちらに向けて来た。
「いや。ちょっと腕を試したくなっただけ、だ」
「何か話してた?」
「少しな。ほとんど分かり切っていた内容だったが」
「私はカヤの外、だね」
外務省から来たと言う人間が、当事者であるソルヤを通さずに話を進めた。その意味がソルヤには分かったらしい。
それでも不安そうな表情はますます濃くなる。
「連中の事なんて今は気にするな」
私はそのソルヤの顔を正面から覗き込んだ。
「何が来てもお前の事はこのまま俺が絶対に守り切って見せるさ」
私がそうやって堪え切れない苛立ちを今度こそ言葉にして吐き出すと、ソルヤはきょとんとした顔をし、それから困ったような顔で私とイーリスを交互に見た。
「え、これ告白?」
「違う」
一秒の間も置かず私は首を横に振った。
「えー」
何故かソルヤは不満そうな声を上げる。
「このクソボケが。何真顔で勘違いさせそうな宣言してるんですか。そして何真顔のまま速攻で否定しているんですか」
イーリスが呆れたように首を振った、
「誰がクソボケだ」
「クソボケで無ければ正義の味方でもやるつもりですか、キザキ」
「俺がそんな柄じゃないのは、知っているだろう」
「まあ、知っていますけどね。お前が間違ってもソルヤに惚れている訳でも無ければ、まして正義感から動いている訳でも無い事は」
鈴木から話を聞いて私の中に芽生えた苛立ちの正体が何なのかは、自分でも良く分かっていた。
権力を持つ側の勝手な都合。それに対する反発が、私の中には根強くある。
それはほとんど、私の心の一部になってしまっている、と言っていい物だ。
「お前は単に自分の中で許せないと思った物に苛立ちをぶつけているだけの事でしょうよ。そこには前向きな感情なんてありませんわ」
イーリスのどこか突き放したような言葉に、ソルヤは戸惑ったような顔をしてやはり私とイーリスの顔を交互に見た。
持っているアイスクリームが溶け始めたのか、イーリスはそれ以上何も言わずアイスクリームを再び食べ始める。ソルヤもそれに気付いて慌ててアイスクリームを頬張った。
急いで食べたせいか、二人が揃って身震いした。
「冷えて来たな。そろそろ戻るぞ」
私の言葉に、二人はやはり揃って頷いた。
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