第14話 過去
夕食の後、日課のようになった食器の片付けを終えると、私はぼんやりとソファーに座ってテレビでニュースを見ていた。
私がキザキに保護されて、数日が経つ。今の所、追手の次の動きは無かった。
エルヴァリの情勢は、今日のニュースでは特に報道されていない。ネットで過去の報道を追って行けば、抗議デモなどが行われているらしい事が分かるだけだ。
エルヴァリ国内での情報統制は、かなり厳しくなっているようだ。
私がエルヴァリに残っていた所で、今出来る事は何も無かっただろう。それでも私は、自分が務めを投げ出して逃げて来た、と言う負い目を度々感じている。
反対側の椅子ではイーリスが相変わらず奪ったノートパソコンを相手にして格闘している。自分のノートパソコンと繋いで、何かしているようだが私には良く分からない。
キザキは、今はいない。煙草を吸うついでに軽くトレーニングをしてくる、と言って事務所ビルの屋上に出て行ったきりだ。
机の上にはキザキが貰ったと言う強行班の資料もあったが、銃を始めとした装備や編成の内容ばかりで、私が読んでも役に立てられるような物では無かった。
私が手持ち無沙汰にしているのに気付いたのか、イーリスはふと手を止めてこちらを見やった。
「何か?」
「ううん。イーリスは凄いな、と思っただけ。私と歳もほとんど変わらないのに、情報屋として仕事が出来て。自活してるんでしょ?」
「情報屋はほとんど趣味みたいな物で、実際には親の遺産を食い潰しているような物ですけどね。負の遺産も山ほど受け継ぎましたが」
そう言ってイーリスは机の上のティーカップに手を伸ばした。出て行く前に、キザキが淹れて行ったものだ。
キザキはどうしてだか飲み物を用意する事に関してのみ、まるで執事のようにイーリスに細かく気を回しているように思えた。
「間違ってもワタクシもキザキも何か優れた人間だ、などと思わない方が良いですわ。どちらも当たり前の社会からこぼれ落ちて、人様に迷惑を掛ける事でしか生きて行けなくなった人間ですから」
カップの紅茶を空けるとイーリスは言った。
「二人の事、少し聞いていいかな。特に、キザキの過去の事」
「おや、あの男の事が気になりますか。強い事と見た目が良い事以外にほとんど取り柄のない男ですから、王女殿下の恋のお相手にはあまりに相応しくないと思いますが」
「そんなんじゃないよ。分かってるでしょ」
「あまり私の察しの良さを買い被らないでもらいたいですねえ。まあ分かっているつもりですが。公園でのあの男は多分かなり荒れていましたからね」
あの場は冗談に紛らわせたが、キザキに改めて守り切ると宣言された時、私が感じたのは強い戸惑いだった。
キザキは、本当は目の前の自分を見ていない。もっと遠くにある何かを見詰めていて、それに感情をぶつけているだけだ。そう感じたのだ。
……いや、それとは別にキザキに真っ直ぐ見詰められてあんな事を言われて胸が全くときめかなかったか、と言われればそれはそれで嘘になるが、まあそれは今は置いておこう。
「でもソルヤが気にする事ではないと思いますよ、それも。あの男の異常さを利用して今の危機を乗り越える事だけに専念する。それも一つの道ですわ。護衛として契約を結んだ以上、その事に後ろめたさを感じる必要も無いでしょう」
「そんな事は出来ないよ。後ろめたさとかじゃなくて、私はキザキの事を知っておきたい。この先、もっと抜き差しならない事になった時に、後悔しないために」
私の命運は現状ほとんどキザキとイーリスに託されているが、それでも土壇場で私自身が何かを決断しなくてはいけない時が来るかもしれないのだ、
「フム」
イーリスは少し考えるような仕草をした。
「直接本人に訊かないのは?」
「私が訊いて、思い返させる事自体が、何かキザキの心を傷付ける事のような気がする。だからってイーリスに訊ねるのも間違っているのかも知れないけどね」
「ワタクシが知る程度の事なら話しても構いませんけど」
そう言ってイーリスは空にした紅茶のカップを見せた。
「長くなりそうなので、先にお茶のお代わり、淹れて頂けません?王女殿下にこんな事を頼むのもどうかと思いますが」
「う、うん。いいよ」
何故敢えて私に頼むのだろう。そう疑問に思いながらも私は二人分のお茶を淹れ直した。
「ありがとうございます。自分で用意した飲み物を飲めない性質な物で。ペットボトルや缶から直接飲んだりは出来るのですけど」
そんな謎のような事をイーリスは言った。言われて見ればここまでの数日の生活で、彼女が自分で飲み物を用意した所を見た事が無い気がした。
「最初に断っておきますが、中々に不快な話になりますよ。それと、ワタクシもあの男の経歴や胸の内を全て分かっている訳ではありません。ワタクシが知っている確実な事実は、八年前この街で四件の殺人事件が起きたと言う事です」
「殺人事件?」
「はい。えーっと、どこだったでしょうか……ああ、これこれ」
イーリスが自分のパソコンを操作し、一枚の画像を私に見せた。写真と記事の見出しのような物で構成された画像だ。
「これは……タブロイド紙かな?」
「この国特有のスポーツ新聞と言われる大衆紙の見出しですわ。八年前の物ですが」
私は見出しを目で追って行った。芸能人のスキャンダルやゴシップらしき見出しが並ぶ中、一つ目に付いた物があった。
“N市女子高生暴行致死事件の真相、魔性の女と言われた女子高生の裏の顔”
そんな見出しだ。
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