第26話

 こうして、偶然にもオレはトゥエルロックを10分間も踊ることができたのだ。この結果、ついにダンス部が結束を固めることができたというわけだ。懸案事項が解決して、オレは心底安堵した。


 それから二、三日したときだった。


 オレと夏美は牧田から昼休みに化学実験室に来てくれと言われた。


 昼食後にオレたちが化学実験室に行くと、牧田は既に来ていて、イスに座ってオレたちを待っていた。牧田の前にはイスが2脚並べて置いてある。牧田が眼でオレたちに座るように促した。オレは夏美と並んでイスに座った。


 夏美と並んで座るのは・・夏美とオレが一組のペアとして扱われているようで、なんだかいい気分だ。オレは夏美との一体感を感じた。夏美と一体だなんて・・『一体』という言葉の響きが、なんともいいなあ。ちょっとドキドキする。


 牧田にはそんなオレの気持ちなどまるで分からないようだ。オレたちがイスに座るとおもむろに口を開いた。


 「実はスキャンティー部のことなんだが・・・」


 夏美があわてて牧田をさえぎる。


 「牧田先生、待ってください。私たちはまだ正式にはスキャンティー部に入部していません。ダンス部顧問の山西先生から『スキャンティー部に入ってもいい』という許可がまだ出ていませんので・・・」


 牧田は分かっているというように大きくうなずいた。


 「うん、うん。それはよく分かっている。お前たちの入部については、俺も近いうちに山西先生の了解をいただきたいと思ってるんだ。それで、今日来てもらったのはほかでもない。お前ちたちにスキャンティー部の宣伝を手助けしてもらいたいんだ」


 今度はオレが口を開いた。なんだかトンチンカンな質問になった。


 「スキャンティー部の宣伝ですか?・・・宣伝というとコマーシャルのことですか?」


 「そうなんだ。スキャンティー部が出来てもう一週間が経つんだが・・・俺には、どうも学校内でスキャンティー部があまり認識されていないというか・・・あまり存在が知られていないような気がしてね」


 当たり前だ。スキャンティー部なんて、ふざけた部が学校内で認識されるわけがないだろう!・・・と、これはオレの心の中の声だ。もちろん、オレは口には出さない。


 夏美が牧田に聞く。


 「それで牧田先生。いったいどんな宣伝をなさるんですか?」


 「それなんだが・・学校のみんなに部として認識されるには、とってもインパクトのある宣伝をしないとね・・それで『スキャンティー紙飛行機』をやろうと思うんだ」


 オレが「スキャンティー紙飛行機ぃぃ?」と叫ぶのと、夏美が「スキャンティー紙飛行機ですって?」と叫ぶのが同時だった。


 牧田は驚いた顔をした。


 「なんだ、お前たち、『スキャンティー紙飛行機』を知らないのか?」


 知らないのは当たり前だ。『スキャンティー紙飛行機』なんてものを知ってる方がおかしいだろう。もし、そんなものを知っている人間がいたら、その人間の方がよっぽど異常じゃないか! それにしても『スキャンティー紙飛行機』だって? それはいったい何なんだ?・・・と、これもオレの心の中の声だ。口には出さない。


 「それでは、お前たちに『スキャンティー紙飛行機』を見せてやろう」


 牧田はそう言うと、化学実験室の隅から大きなダンボールの箱を持ってきた。ダンボールにはうっすらとほこりが溜まっている。牧田が雑巾で埃を拭いて、ダンボール箱のフタを開けた。


 突然、膨大な数のスキャンティーがオレの眼に飛び込んできた。ダンボールの中にはスキャンティーがいっぱい詰まっていたのだ。


 ダンボールの中は赤、青、黄、白、ピンク、紫・・・となんともあでやかだ。それらに様々なヒラヒラのレースがついている。まるで、お花畑だ。しかし、よく見ると、どのスキャンティーもかなりくたびれていた。汚れているもの、シミが浮いているもの、あるいは端がほつれているものなどが多数見受けられるのだ。


 牧田が言った。


 「これはリサイクル品のスキャンティーだ。中古品だね。つまり、誰か女性が履きふるして、捨てる代わりにリサイクル店に持ち込んだものだ。そういった履きふるしのスキャンティーを集めたものが、この箱の中にいっぱい入っている」


 オレは感心した。これらは全部、女性が履きふるして捨てようとしたスキャンティーだ。こんなガラクタをよくこんなに集めたものだ・・・


 牧田はその中から白いスキャンティーを一枚取り出した。次にオレたちの横の実験台についている水道の水でそのスキャンティーを充分に濡らした。そして、それを化学実験室の奥にある冷凍庫に持って行った。オレと夏美も牧田の後をついて行く。冷凍庫の前で牧田がオレたちを振り返った。


 何が始まるのだろう?・・・オレは興味津々だ。


 牧田がオレたちを見ながら言った。


 「この冷凍庫はドライアイスで冷やすようになっている。ところで、倉持。ドライアイスとは一体何だ?」


 突然、化学の授業が始まった。しかし、夏美は平然と答える。


 「はい、先生。ドライアイスは二酸化炭素、つまり炭酸ガスが凍って、固体になったものです」


 牧田がうなずいた。


 「うん、よろしい。では次は小紫だ。小紫、ドライアイスの温度は何度だ?」


 今度はオレだ。しかし、そんな温度なんて知らないよ!・・・オレはしどろもどろになった。


 「えっ、ドライアイスの温度ですか? ええ~と・・そのぉ・・0度ぐらいですか?」


 牧田が笑った。


 「0度は水が凍る温度、つまり氷の温度だよ。ドライアイスの温度はマイナス79度だ」


 オレは驚いた。


 「マイナス79度ですか! へえ~。そんなに低いんですか」


 「そうだ。だから、この水で濡れたスキャンティーをこうしてドライアイスの冷凍庫の中に吊るしておくと、すぐに水が固まってスキャンティーが一枚の板のようになるんだ」


 牧田はそう言うと、水で濡れたスキャンティーを手でていねいに広げて、広げた状態のまま冷凍庫の中に洗濯ばさみでとめた。


 「こうしておくと、3分ほどで水が凍って氷になる」


 3分経って、牧田が冷凍庫を開けた。牧田が言った通り、さっきの白いスキャンティーがカチカチに凍っている。まるで一枚の硬い板のようだ。


 「これを窓に持って行くわけだ」


 牧田はそう言うと、その凍ったスキャンティーを持って、化学実験室の窓に歩み寄った。ゆっくりと窓を開ける。化学実験室は校舎の3階にある。窓の外には青空の下にグランドが広がっていた。今は昼休みでグランドには数人の女子生徒がいるだけだった。


 オレと夏美は窓のヘリに立って、黙ってグランドを見下ろした。初夏の昼下がりの心地よい風が窓から吹き渡ってきた。夏美の髪がそよ風に吹かれて揺れた・・・夏美の髪が横に流れて・・・横に立っていたオレの顔に、ふんわりと掛かった。甘い香りがした。


 すると、夏美がちょっと顔をしかめて、そよ風に乱れた前髪を左手で軽くかきあげた。


 オレは横に立っている夏美の仕草に見とれた。


 う~ん、色っぽい。いいなあ・・・いつまでもこうして夏美の髪を感じていたい・・・


 しかし、オレの空想は長く続かなかった。オレは牧田の声で我に返った。


 「これをこうして投げるんだよ」


 牧田が凍ったスキャンティーを片手で窓からグランドに向けて放り投げた。まるでブーメランを投げるような格好だ。


 晴れ渡った初夏の青空の中に、白いスキャンティーが3階の化学実験室の窓から勢いよく飛び出した。スキャンティーの白色が太陽の光を反射してキラキラと光っている。


 投げられたスキャンティーはくるくると回転しながら、かなりの距離を飛んでいった。青色の中に浮かぶ白色がだんだんと小さくなっていく。まるで、青色の絵の具の中に白色の絵の具を一滴たらしたように、空の青色の中にスキャンティーの白色が溶け込んでいった。


 やがて、点のように小さくなった白いスキャンティーは速度を緩め、グランドの中央あたりにゆっくりと着地した。近くにいた女子生徒たちが「何があったの?」と驚いて、白い小さな物体が落下した当たりを見つめている。


 牧田がオレと夏美を振り返って言った。


 「どうだ。凍ったスキャンティーがまるで紙飛行機のように飛んでいっただろう。これが『スキャンティー紙飛行機』だよ。これを使って校内でスキャンティー部主催の『スキャンティー紙飛行機大会』をやろうと思うんだ」

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