第27話

 凍ったスキャンティーを窓からグランドに投げて、牧田がオレと夏美を振り返った。


 「どうだ。スキャンティーがまるで紙飛行機のように飛んで行っただろう。これが『スキャンティー紙飛行機』だよ。これを使って校内でスキャンティー部主催の『スキャンティー紙飛行機大会』をやろうと思うんだ」


 夏美が聞いた。


 「でも先生。『スキャンティー紙飛行機大会』を開くことをどうやって全校に知らせたらいいんでしょうか? 1階のロビーに部活動用の掲示板がありますが、あれはその部に関係する先生や生徒しか見ませんよ。全校に周知する何かいい方法があればいいんですが・・・」


 牧田がニヤリと笑った。


 「倉持、実にいい質問だ。『スキャンティー生放送』をするんだよ」


 オレが「スキャンティー生放送ぉぉぉ?」と叫ぶのと、夏美が「スキャンティー生放送ですって?」と叫ぶのが同時だった。


 すると、牧田が一枚の紙を持ってきた。見ると、『ひらがな』の一覧表だ。『あいうえお』から始まって、『びゃ、びゅ、びょ』といった文字まで『ひらがな』が一通り書かれている。牧田がその紙を夏美に渡した。


 「倉持。その『ひらがな』を一字ずつ区切りながら、ゆっくりと読み上げてくれ。俺がそれを録音するから」


 牧田はそう言うと、白衣のポケットから小型の録音機を取り出した。


 オレは首をかしげた。いったい何が始まるのだろう? オレの頭に疑問符クエスチョンマークが点滅する。


 夏美もオレと同じように首をかしげていたが・・・やがて意を決したようだ。夏美は牧田に言われた通り『あいうえお』から『びゃ、びゅ、びょ』までの『ひらがな』を一文字ずつゆっくりと読み上げた。牧田がそれを録音する。


 作業が終わると、牧田が満足そうにオレたちに言った。


 「じゃあ、俺はこれから『スキャンティー生放送』の準備をするから・・そうだな。今日の放課後、ダンス部の練習が始まる前に、二人でもう一度この化学実験室に来てくれ」


 そのとき、午後からの授業開始5分前を告げる予鈴が校内に鳴り響いた。オレと夏美はあわてて教室に走って戻った。


 放課後、オレと夏美は牧田に言われた通り、再び化学実験室に行った。実験机の上に一台のパソコンが置いてある。牧田がその前にイスを置いて座っている。


 オレたちはイスを出してきて牧田の横に座った。牧田がオレたち二人を見ながら、おもむろに口を開いた。なんだかうれしそうだ。


 「倉持、小紫。いいかね。これが『スキャンティー生放送』だ」


 牧田がパソコンを操作した。すると、パソコンのスピーカーから夏美の声が流れてきたのだ。


 「こんにちは。私はスキャンティー部の倉持夏美です」


 オレはイスから飛び上がった。どうして、パソコンが夏美の声でしゃべっているのだ?


 夏美も口を開けて、ポカンとパソコンを見つめている。


 牧田が自慢げにオレたちを見た。


 「どうだ。驚いただろう。今日の昼に録音した倉持の『ひらがな』の音声を一字ずつ切り離して、このパソコンの中にストックしたんだよ。それを適当につなぎ合わせると、このようにまるで本物の倉持がしゃべっているように再生できるんだ。コンピューターのAエーIアイを使った最新の機能だよ。AIというのは、Artificial Intelligence の略で人工知能のことだ」


 夏美が眼を見開いた。


 「すご~い。最先端技術ですね。じゃあ、牧田先生。これがあれば、どんな文章でも自由自在に作れて、それを音声として再生することができるんですね」


 「そうだ。それにね、作った文章に音階やリズムをつけて、歌にすることもできるんだ。こんなふうに・・・」


 牧田がまたパソコンを操作した。パソコンから夏美の歌が聞こえてきた。


 「♪ スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー。 みんなで履こうよ、スッキャンティー♪」

  

 牧田が歌っていた、あの妙な歌だ。今までと違うのは、牧田ではなく夏美の声であることだ。


 オレは牧田に聞いた。


 「でも先生。これをどうして『スキャンティー生放送』って呼ぶんですか?」


 牧田がニヤリと笑う。


 「いい質問だ、小紫。この機能は倉持の声をパソコンのコンピューターの中に取り込んで、それを自由に組み合わせて、再び倉持の音声として再生するわけだ。この『コンピューターの中に取り込む』ことを英語で『スキャン』という。『スキャン』のスペルはSCANだね。そして、このSCANの『スキャン』は、そのまま『スキャンティー』の中にも『スキャン』という言葉として同じ発音で使われているわけだ。さらに、これを聞いた人間は誰でも『今、倉持が実際に話している』ように感じる。だから『生放送』なんだ。それで、この機能で音声を再生することを『スキャンティー生放送』って呼ぶわけだ」


 なんだか分かったような、分からないような変な理屈だ。茫然とするオレと夏美を交互に見ながら牧田がさらに言った。


 「この『スキャンティー生放送』を使って、倉持の声で『スキャンティー紙飛行機大会』のことを全校に流すんだ。そうだな、明日の昼休みに全校に放送しよう。では、俺はこれから明日の準備に取り掛かるよ。お前たちも、もうダンス部の練習が始まる時間だろう」


 大丈夫だろうか? オレは何だか釈然としなかったが・・・牧田の言うように、もうダンス部の練習が始まる時間だった。オレと夏美は化学実験室に牧田を残して急いで体育館に向かった。


 翌日の昼休みだ。


 オレがいつものように売店で買ったアンパンを食べていると、突然、教室の壁に備えられているスピーカーから夏美の声が流れてきて教室中に響き渡った。


 「みなさん、こんにちは。私はスキャンティー部、副部長の倉持夏美です」


 牧田の言っていた『スキャンティー生放送』が始まったのだ。パソコンのコンピューターで作られた偽物の夏美の声が全校に流れているはずだ。


 オレはチラリと後ろの席の夏美を見た。夏美は手作り弁当を食べるのを止めて、『スキャンティー生放送』に聞き入っている。


 スピーカーから偽物の夏美の声が続く。オレは耳をすませた。


 「みなさん、私と一緒にスキャンティー部に入りませんか? スキャンティー部に入ったら、みなさん、私と一緒に毎日いろんなスキャンティーを履くことができますよ。私はピンクのフリフリのスキャンティーが大好きで、毎日履いています。スキャンティー部では毎日スキャンティーを履きあいしていますので、あなたも私の履いたピンクのフリフリのスキャンティーを履けますよ」


 オレは絶句した。何なんだ、この放送は?


 オレの後ろの席の夏美は・・びっくりした顔で・・茫然と口を開けて・・スピーカーを見つめている。


 スピーカーから、偽物の夏美の声がさらに続く。


 「さて、今日は、私、倉持夏美から、みなさんにいいお知らせがあります。スキャンティー部では明日の放課後に『スキャンティー紙飛行機大会』を開きます。凍ったスキャンティーを3階の化学実験室の窓からグランドに投げて、一番遠くに飛ばした人が優勝です。どなたでも参加可能ですよ。参加を希望される方は、明日の放課後に3階の化学実験室までお越しくださいね。


 そして、『スキャンティー紙飛行機大会』で優勝した人には、私、倉持夏美が一週間、履き続けたスキャンティーを優勝賞品として差し上げます。私が一週間も履き続けて、洗濯は全くしていないスキャンティーですよ。私が一週間も履いたスキャンティーが欲しい方は、どうぞ奮って大会に参加してくださいね。


 それでは、最後に、私、倉持夏美がスキャンティーの歌を歌います。


 まずはロック調のスキャンティーの歌です。


 ♪ あたしが履ぁいたぁスッキャンティー。汚れたまんまで、アンタに上げるよ、スッキャンティー。そうれ、持ってけ、泥棒、スッキャンティー。花柄ピンクがアンタに似合う。汚れたスッキャンティーがアンタに似合う。あたしゃね、スッキャンティーが、似合うアンタが大好きさ。そうれ、スッキャン、スッキャン、スッキャンティー。イエ~ェェェイィィ、やったぜぇぇぇベイビーィィィィィ ♪


 次は日本舞踊調のスキャンティーの歌です。


 ♪ 月はぁぁぁ、おぼろでぇぇぇ、スキャァァンティィィィー。土手のぉぉぉ柳がぁぁぁ、風にぃぃぃ、揺れてぇぇぇいるぅぅぅ。スッキャンティィィもおお、夜風にぃぃぃ揺れているぅぅぅわぁぁぁ。わたしゃぁぁ、大好きぃぃぃ、桜ぁぁぁ色のぉぉぉ、こぉのぉぉぉ、スッキャァァンティィィィーがぁぁぁ。あなたぁぁ、見てぇ、見てぇ、あたしのぉぉ、汚れたぁぁ、こぉのぉぉぉスキャンティィィをぉぉぉ。あああああ~。おぼろぉぉ、月夜にぃぃぃ、あのぉぉぉ、桜ぁぁぁ色のぉぉぉ、スキャァァンティィィィーがぁぁぁ、揺れているぅぅぅ。 あああああ~ ♪


 最後は懐メロで、フォークソング調のスキャンティーの歌です。


 ♪ あなたはぁ、もうぉぉ、履いたのかしらぁ。あの白ぉい、スキャンティーぃぃ。・・・スキャンティーを履く君の横でボクはぁ、レースの柄をぉ気にしてるぅ。季節外れのドジョウ柄はやめてよぉ。・・・きっみとぉ、よっくぅ、スッキャンティーをぉ、履ぁいたものさぁ。わっけもなっく、スッキャンティーをぉ、交換したぁよぉ。きぃみぃとぉぉおお。・・・浴衣ゆかたのぉ君はぁ、ススゥキ柄のスキャンティィ。ボォクの小さなドジョウの首、つまんで、『もっと大きくしてあげようか?』なんて、妙ぉに色っぽいね。・・・なのにアナタはスキャンティーを履くの? レースのスキャンティーはそれほどいいの? こぉのぉ、私のぉ、『おフンドシ』よりもぉおおお ♪


 それでは、明日お待ちしていますね。みなさんのお相手は2年1組、スキャンティー部、副部長の倉持夏美でしたぁ。それでは、みなさん、スッキャンティー!」


 放送が終わると、全校から「お~」という大歓声が沸き上がった。「2年1組の倉持が一週間ずっと履いてたスキャンティーがもらえるんだって・・」、「倉持のピンクのフリフリのスキャンティーが履けるぞ・・」といった声があちこちの教室から上がっている。


 オレの後ろから夏美の悲鳴が飛んだ。


 「こんなの、イヤァー。私が本当に話したって思われてるぅ。キャーァァァ。恥ずかしい!」


 オレが後ろを振り向くと、夏美が真っ赤になって両手で顔を覆っていた。

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