第25話

 オレはみんなの前に出た。もちろん、ダンス部の真っ赤なレオタード姿だ。オレの胸の『AGADAN』の白文字が、体育館の照明を反射して光っている。


 トゥエルロックを10分間なんて・・・オレにはやり遂げる自信がまったくない。しかし、こうなったら仕方がない。乗り掛かった舟だ。


 茜が昨日のCDをかけた。オレの知らない昨日の曲が体育館に流れた。


 オレは両手を軽くグーで握って、手の平を上にして、みぞおちの高さに水平にそろえた。空手の突きのような構えだ。ひざを軽く屈伸させながら、アップのリズムをとる。声が出た。


 「イチニ。イチニ。イチニ」


 イチで肘を軸にしてスナップを効かせながら、右手を内側に一回転させて頭の高さに上げる。手首を頭の後ろにスナップを効かせて投げるようにする。


 ニで今度は肘を軸にしてスナップを効かせながら、右手を内側に一回転させて元の位置に下げる。手首を前方にスナップを効かせて投げるようにする。


 「イチニ。イチニ。イチニ」


 これを左手でも繰り返す。次は両手で繰り返す。また、右手に戻る・・・


 1分経つと、オレの動きが明らかに鈍くなった。腕が痛くて、持ち上がらない。


 部員たちから「そりゃそうよ」、「所詮、無理なのよ」、「こんなの10分もできるわけがないわ」といった声が聞こえてきた。


 いけない。これでは、せっかくの茜の提案がボツになってしまう。オレはあせった。しかし、身体がまったくいうことを効かない。2分が経つころには、オレは青色吐息あおいろといきの状態になった。もう腕が上がらない。オレはトゥエルロックを中断して・・・両腕を太ももにおいて頭を下げた。何度も激しく息を吸って、大きく息を吐きだした。息が苦しい。オレはあえいだ。


 部員たちの冷ややかな眼がオレを見ている。再び「やっぱり、無理よね」という声が聞こえた。しらけた空気がダンス部を支配した。


 そのとき、オレの眼の端に白いものが映った。白い服を着た誰かが体育館に入ってきたのだ。まさか・・『おくねさん』? そう思ったオレがそちらを見ると・・汚れた白衣を着た牧田だった。暇そうに体育館の隅を歩いている。


 牧田はいつものおかしな歌を口ずさんでいる。


 「♪ スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー。 みんなで履こうよ、スッキャンティー♪・・・」


 牧田がダンス部員の前に立っているオレに気づいたようだ。息も絶え絶えのオレの姿を見ながら、牧田がオレに手を振った。


 「おっ、小紫じゃないか。そんなところで何をしてるんだ。何だか元気がないなあ。そうだ。あの川柳を聞いて元気をだせよ。

 スキャンティー 履いて踊ろう 安来節(やぶし) 」


 オレの背筋がピンと伸びた。


 オレは両手を軽くグーで握って、手の平を上にして、みぞおちの高さに水平にそろえた。オレの口から声が出た。なんとまたあの言いたくないフレーズだ。


 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」


 オレは最初の「スッ」で肘を軸にしてスナップを効かせながら、右手を内側に一回転させて頭の高さに上げた。次の「スッ」で今度は肘を軸にしてスナップを効かせながら、右手を内側に一回転させて元の位置に下げた。これを繰り返す。


 みんなの前で「スキャンティー」と口に出すなんて・・・恥ずかしい。オレの顔から火が出た。しかし、オレの意志ではどうにも止まらないのだ。


 オレはトゥエルロックを続けた。また声が出る。


 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」


 これを左手でも繰り返す。次は両手で繰り返す。また、右手に戻る。恥ずかしくて・・・オレの顔は真っ赤っ赤(まっかっか) だ。


 しかし、眼の前の部員たちは、オレのおかしなフレーズに気づかないようだ。突然のオレのさっそうとしたダンスを見て、みんな気をのまれているのだ。いつの間にか、一部の部員の中から手拍子が起きている。驚いたことに、何人かの部員はオレと一緒に「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」と声を出しているのだ。ダンスの掛け声と間違えているようだ。


 オレの振りが一通り終わると、夏美の口から声が飛んだ。


 「小紫君。安来節(やぶし)よ」


 オレの背筋がまたピンと伸びた。


 オレは踊り続けた。というより、夏美が「安来節(やぶし)」と声を掛け続けるので、休むことができなかったのだ。


 部員の手拍子はオレが踊り続けるにつれて、どんどん大きくなった。ついには全員が手拍子をしている。手拍子が体育館にひびいた。「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」とオレに唱和する部員の数がどんどん増えていった。


 やがて、部員の数名がオレに合わせて、トゥエルロックを踊り始めた。それは、またたく間に伝染して、オレが踊り始めて5分が過ぎるころには、部員全員がオレに合わせてトゥエルロックを踊っていた。そして・・部員全員がオレに合わせて、あのフレーズを唱和しているのだ。全員がオレに昭和する声が体育館に大きくひびいた。


「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」

「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」


 体育館の中は「スキャンティー」の大合唱だ。ダンス部全員が息を合わせて「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」と唱和しながらトゥエルロックを踊っている。


 10分が過ぎた。


 夏美はもうオレに声を掛けなかった。オレは体育館の床に倒れこんだ。ダンス部員たちから、「ワー」という大歓声が起こった。拍手が巻き起こる。「ヤッター」、「できたー」という声が聞こえる。


 「では、今度は全員で最初からトゥエルロックを10分間踊りましょう」


 茜の声だ。みんなから歓声が上がる。「ようし。最初から10分に挑戦よ」、「やれば絶対にできるわよ」といった声が聞こえる。


 「おい、待ってくれ」


 オレの声はみんなの歓声にかき消された。オレはもう動けなかった。オレは疲れ果てて、それ以上言葉を出すことさえできなかった。


 茜が前に出る。床に倒れているオレの横に立った。再びCDが鳴り始める。


 全員が茜に合わせて、トゥエルロックを踊り始めた。茜も「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」と叫んでいる。茜もダンスの掛け声と間違えているのだ。全員が声を合わせて茜に唱和する。


 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」

 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」

 ・・・・・


 一糸乱れぬ動きだ。オレは床に尻を付いて、全員のトゥエルロックに見とれた。いや、熱気に圧倒された。そして、感動した。


 誰かが夏美の言葉を真似して声を出した。


 「いいわよ。安来節(やぶし)」


 安来節というのがダンスの名前と思ったみたいだ。


 オレの背筋がピンと伸びた。オレは立ち上がった。


 オレは両手を軽くグーで握って、手の平を上にして、みぞおちの高さに水平にそろえた。空手の突きのような構えだ。ひざを軽く屈伸させながら、アップのリズムをとる。声が出た。


 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」


 そこまでやったときに、オレは完全に力尽きた。そのまま、再び体育館の床に倒れこんでしまった。


 そのまま10分が経った。なんと、ダンス部全員が10分間トゥエルロックを踊り切ったのだ。


 「やった~」、「できた~」という声があちこちから上がった。みんな、飛び上がって喜んでいる。何人かが手をハイタッチしていた。肩を抱き合っている部員もいた。泣いてる部員もいる。


 茜がオレを抱き起してくれた。


 「副部長。大丈夫ですか?」


 夏美も走ってやってきた。


 「小紫君。おかげでダンス部の気持ちが一つになったよ」


 オレは喘ぎながら言った。


 「それはよかった・・・倉持。オレはもう死んでもいいよ」


 「何を縁起でもないことを言ってるのよ。ほら、元気をだしなさい・・・もう一度、いくわよ・・・安来節(やぶし)」


 「もうダメだ。助けてくれ、倉持」


 オレの言葉とは別に、オレは抱き合って喜んでいるダンス部の部員の中に入って、一人で踊りだした。声が出る。


 「スッ、スッ、スッ、スッ、スキャンティー」


 茜が不思議そうにオレと夏美を見ていた。


 夏美が茜にうなずいている。「よかったね」と言っているのがわかった。茜もうなずき返した。二人が笑顔になる。


 ダンス部の不満はなんとか解消されたようだ。


 牧田が踊っているオレの横にやってきた。牧田が万歳して言った。


 「ワンダフル! これでダンス部全員がスキャンティー部に入部だあ!」


 そのとき、大きな声が体育館にひびいた。


 「待ちなさい!」


 見ると、山西が体育館の中に入ってきたところだった。分厚い大きな本を小脇に抱えている。ダンスの教本だろうか。山西は牧田の横に来ると、牧田を睨みつけた。


 「牧田先生。勝手なことをしてもらっては困ります。ダンス部の部員は一人として、スキャンティー部なんかには入部させませんよ」


 牧田がまあまあと言うように、胸のところで手を振った。


 「山西先生。まあ、いいじゃないですか! スキャンティーぐらい先生も履くでしょう」


 「ス、スキャンティーですって・・私が?」


 それを聞いて、牧田が笑った。


 「えっ、山西先生はスキャンティーを履かないんですか? まさか、先生はフンドシをしているわけでもないでしょう」


 山西の顔が真っ赤になった。


 「フ、フ、フンドシですって?」


 オレは牧田の横でトゥエルロックを踊り続けていたが・・それを聞いて、踊るオレの口からまたも余計な言葉が勝手に飛び出した。


 「フッ、フッ、フッ、フッ、おフンドシィィ。山西先生が履いてる、おフンドシィィ・・・」


 「いい加減にしなさい!」


 山西が持っていた分厚い大きな本で思い切りオレの頭を殴りつけた。


 オレは「スキャン!」と一声叫んで、体育館の床に伸びてしまった。


 

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