第24話
その日、ダンス部の練習の後、1年の瀬本茜がオレのところにやってきた。体育館の中だ。みんなで練習用具を片付けているときだった。
「小紫副部長。私、副部長に相談があるんです。安賀高ダンスリーグのことなんですけれど・・・着替えた後で、ダンス部の部室で私の相談に乗っていただけませんか?」
そう言うと、茜はオレの返事も聞かず体育館の隅に走って行ってしまった。オレはレオタードを体育館で着替えてから、ダンス部の部室に行った。部室には茜が一人で待っていた。もちろん、茜は制服に着替えている。
オレはさっそく茜に声を掛けた。
「瀬本。相談って何だい?」
茜が口を開く。
「実は安賀高ダンスリーグのために、私、どんな練習をしたらいいのかわからなくなってしまって・・・それで、副部長に相談したいんです」
安賀高ダンスリーグには各クラスに混じって、ダンス部1年とオレが参加することになっている。茜がそのダンス部チームのリーダーで、オレが副リーダーだ。
「練習方法かあ。難しい問題だなあ。オレはダンスのことは詳しくないんだけど・・・ほかの高校のダンス部はいったいどんな練習をしてるの?」
「それなんですが、私、インターネットで調べてみたんです。そうしたら、いろんな練習方法があって、かえってどれがいいかわからなくなったんです。でも、その中でもいいなと思ったものが一つあるんです。それは『恐怖の反復練習』というものでした」
「えっ、『恐怖の反復練習』だって?」
「ええ、ある高校が実際にやってる練習なんですけど、ダンスの基本動作を10分間、ひたすら繰り返すというものなんです」
「同じ動作を10分間も繰り返すのかあ? それはものすごく大変な練習だなあ。しかし、10分なんて・・・そんなことが本当にできるのかなあ?」
「ええ、そうなんです。この練習は、すごく苦しいと思うんですよ。同じ動作ばかり10分間休みなしですからね。だからこの練習をやったら、もう、その動作はみんなの息がぴったり合うようになるそうです。でも、それだけじゃあないんですよ。この苦しい練習をみんなでやることによって、みんなの連帯感が強まるんです。おのずとダンスの息もピッタリ合うようになるらしいんです」
「たとえば、どんな動作を繰り返すの?」
「私、その高校の練習から、安賀高用のメニューを考えてみました。トゥエルロックです。見てください」
そう言うと、茜は部室の奥からキャスター付きミラーを引っ張り出してきた。いつもオレが夏美にダンスを練習させられる、あのミラーだ。茜がCDをかけた。オレの知らない曲だ。
茜がミラーの前に立つ。両手を軽くグーで握って、手の平を上にして、みぞおちの高さに水平にそろえる。空手の突きのような構えだ。ひざを軽く屈伸させながら、CDの音楽に合わせて、アップのリズムをとる。
イチニ。イチニ。イチニ。
イチで肘を軸にしてスナップを効かせながら、右手を内側に一回転させて頭の高さに上げる。手首を頭の後ろにスナップを効かせて投げるようにする。
ニで今度は肘を軸にしてスナップを効かせながら、上げた右手を内側に一回転させて元の位置に下げる。手首を前方にスナップを効かせて投げるようにする。
イチニ。イチニ。イチニ。
茜はこれを左手でも繰り返した。次は両手で繰り返す。茜の声がした。
「副部長。これがトゥエルロックです」
オレはあわてて茜に聞いた。
「おい、瀬本。それを10分も続けるのか?」
「そうです。副部長。私と一緒にやってみてください」
オレは茜の横に立った。ミラーで茜の動作を見ながら、トゥエルロックを繰り返す。1分で腕が痛くなった。2分で腕がまったく上がらなくなった・・・
オレはギブアップした。部室の床に倒れこんだ。茜がダンスを中断する。CDを止めた。
「もうダメだ。2分で腕がもう上がらないよ」
茜が笑いながらオレをのぞき込んだ。
「それで、副部長にお願いがあるんです。明日、ダンス部の練習で、この『恐怖の反復練習』をみんなに紹介したいんです。それで、お願いというのは・・・みんなの前で副部長に今のトゥエルロックを10分間、踊って欲しいんです」
オレは絶句した。今のを10分だって・・・
「オ、オレが今のを・・・10分も踊るの?」
「ええ、副部長が率先してトゥエルロックを踊ってくれたら、みんなもこの『恐怖の反復練習』に取り組んでくれると思うんですよ」
「そうかなあ?」
オレは疑問に思った。いま、ダンス部では不協和音が吹き荒れている。オレが率先してトゥエルロックを踊ったぐらいで、みんなが『恐怖の反復練習』に賛成するだろうか? しかし、オレはあえて茜には反対しなかった。
それに化学の教師の牧田はさっきこう言っていた。
「目標喪失症から抜け出すには大きく二つの方法がある。一つはダンスの中に新たな目標を見つけて、それに一生懸命に取り組むことだ。もう一つは、ダンス以外に何かに興味を持つことを見つけて、それをしながら、別の視点でダンスを見直してみることだ」
茜のいう『恐怖の反復練習』を取り入れることで・・『恐怖の反復練習』をみんなで克服しようという新たな目標がダンス部の中にできるのではないだろうか。『恐怖の反復練習』は、まさに牧田が言っていた話にピッタリだ。
翌日、オレは夏美に『恐怖の反復練習』のことを相談してみた。夏美は反対するかと思ったが、意外にも大賛成だった。
「それはいい練習よね。安賀高ダンスリーグのためだけでなく、毎日のダンス部の練習にぜひ取り入れたいわ。それって、牧田先生がおっしゃっていた『ダンス部の中での新しい目標』になるわね。いま、ダンス部の雰囲気があまり良くないでしょ。その『恐怖の反復練習』でダンス部の雰囲気を変えることができるかもしれないわ。
そのためには、小紫君。今日の練習で、みんなの前でしっかり踊ってよね。あなたが踊れなかったら、やっぱりこの練習はダメだということになって、ダンス部の練習メニューに加えられなくなるわ」
放課後、体育館でいつものようにダンス部の練習が始まった。開始前にダンスフロア―に全部員を集めて夏美が言った。
「みなさん。今日は1年の瀬本さんから私たちに提案があります。瀬本さん、どうぞ」
茜が夏美に替わる。
「私はダンス部に新しい練習を提案しようと思います。実は、この方法は安賀高ダンスリーグのために取り入れようとしたんですが、倉持部長からいい方法なのでダンス部の普段の練習にも取り入れたいというご提案をいただいたものです」
みんな、シンとなって聞いている。半分の部員は新しい練習とあって興味津々なのだ。しかし、残りの半分はしらけ切った顔で話を聞いていた。
「それは『恐怖の反復練習』というものです。これは、一つの基本動作を10分間ひたすら繰り返すという過酷な練習です」
部員から、「えー」、「そんなの無理よ」、「無茶だあ」といった声が上がる。みんな、みけんにしわを寄せている。
「過酷な練習ですが、この練習をやったら、もう、その動作はみんなの息がぴったり合うようになるんです。そして、この過酷な練習をみんなでやることによって、ダンス部全体の連帯感が強まるんです」
茜が懸命に訴える。しかし、部員の顔はさえない。みんな、やりたくないという顔だ。しらけて横を見ている部員もいる。
雰囲気を察して、茜が気分を変えるように言った。
「では、小紫副部長に一度この『恐怖の反復練習』をやっていただきますので、みなさん、よく見ていてください。副部長にはトゥエルロックを10分間踊っていただきます」
いよいよオレの出番だ。オレは武者震いしてみんなの前に立った。いつもの赤いレオタード姿だ。オレの背中を冷たい汗が一筋流れていった。
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