第15話

 満面の笑みを浮かべて、校長の加治と御木本が手をたたきながら台に上がってきた。御木本は春らしくピンクのツーピースで決めている。今日はこの全校集会があるから、よそ行きのツーピースを着てきたようだ。あざやかなピンク色が御木本の20代の若さをひときわ際立たせている。


 オレと加治と御木本の3人が台上に並んだときだ。どこからか「いいぞ。カニダンス」という声が上がった。生徒の誰かが先ほどの夏美の声をダンスの名前と勘違いして声を出したのだ。


 オレの身体がふたたび動いた。


 オレは両足先を内側に向けて、内またで両足をそろえた。両足でリズムをとった。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。その場でスキップをする。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。「ニ」で両足の太ももを合わせたままで、右足を外側にはね上げる。


 その足が御木本の尻を横から跳ね上げた。「キャー」といって、御木本が台の上に座りこんだ。


 次の「ニ」で両足の太ももを合わせたままで、左足を外側にはね上げる。


 左足が、拍手をしている加治の向う脛を蹴り飛ばした。「ウッ」とうめいて、加治が台の上に倒れ込む。倒れる際に加治が頭を、横で倒れている御木本のスカートの中に突っ込んでしまった。御木本があわててスカートを押さえる。加治の頭はスカートの中に入ったままだ。御木本が悲鳴を上げた。「キャー! 校長先生、何をするんですか! いやらしい!」


 御木本は何とか加治の頭をスカートから出そうとして、右足を振り上げた。


 オレはステップタッチをする。右足を一歩横に出して、左足を右足にそろえてつま先で床をタッチした。


 オレの左足が今度は加治の手を踏んづけた。「ウワー」と叫んで、加治が背中から台の上にひっくり返る。加治の頭の反動で、御木本のスカートが大きくめくれ上がった。ちょうど御木本が右足を振り上げたときだったので、御木本の赤いレースの下着がみんなの前であらわになった。


 御木本が「イヤー」と叫ぶ。男子生徒や男性の教師から「赤色だぁ」、「レースだぁ」という声が上がった。年配の男性教師が「あれはスキャンティーと言うんかいのう?」とつぶやいた。化学の教師の牧田だ。汚れた白衣を着ている。


 御木本の振り上げた右足が、左足を軸にして、すごい勢いで回転した。スカートがめくれ上がったので、右足が回転する際の障害物がなくなったのだ。そして、回転した右足が台の上にひっくり返った加治の顔を見事に蹴り上げた。まるでキックボクシングのまわりを見ているようだ。男子生徒や男性の教師から「すげえ」、「コワ~イ」という声が上がった。加治は再び「ウワー」と叫んで台の上にうずくまった。


 オレは今度は左足を一歩横に出して、右足を左足にそろえてつま先で床をタッチしようとした・・・


 オレの右足が御木本の左足の太ももを思い切り蹴った。「キャー」という声を上げて、御木本の身体が横に飛んだ。御木本の尻が台の上に倒れている加治の顔の上に落ちた。ドコーンというすごい音がして、加治の顔が御木本の大きな尻の下敷きになった。スカートはめくれたままだ。御木本の尻には赤いレースの下着が見えている。


 加治の口から「ウウウ」といううめき声が洩れた。男子生徒や男性の教師から「校長の顔が尻の下」、「お尻の下っていいなあ」という声が上がった。牧田が「顔の上にスキャンティーとは・・・校長とわりたいのう」とつぶやいた。


 すると、加治が御木本の尻の下から立ち上がろうとして頭を起こした。ちょうど御木本も立ち上がりかけたときだ。加治の頭がまたもや御木本のスカートの中に突っ込んだ。御木本が「校長先生のスケベエ! やめなさい!」と叫ぶ。


 加治がそのまま頭を大きく上げたので・・・御木本の身体が両手両足を大の字に広げた状態で、宙で大きく回転した。まるで体操の側転をしているようだ。スカートは相変わらず腰までまくれあがっている。スカートの下の赤い下着が丸見えの状態で大の字になったまま、御木本が台から体育館の床に転げ落ちた。男子生徒や男性の教師から「ヒョ~オ」という声が上がった。牧田が「回転するスキャンティーはええのう」とつぶやいた。


 重しになっていた御木本の尻がなくなったので、ようやく加治が台の上に立ち上がった。


 オレは両手を水平に開く。左右のステップタッチをしながら、両手を頭の上で大きくタッチする。


 オレの右手が台の上に立ち上がった加治の頬をバチッとたたいた。加治が「ウウッ」とうめく。ワーと笑いが起こる。


 オレの声が出る。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。


 オレは次に左にステップタッチしながら、左手を上に突き出した。声が出る。


 「オー」


 今度は右にステップタッチしながら、右手を上に突き出す。声が出る。


 「オー」


 その右手が加治のあごにアッパーカットを見舞った。加治が「ウウウッ」とうめいて、台の上にうずくまる。男子生徒や男性の教師から「ナイス、パンチ!」という声と拍手が上がった。


 オレはステップタッチをしながら、両手をⅤの字に大きく頭の上に広げる。手の平をヒラヒラさせる。


 オレの足が台の上にうずくまった加治の身体を踏みつけた。オレはそのまま加治の身体の上でステップタッチをする。オレに背中を踏まれて加治の口から「あがががが」という音にならない、くぐもった声が洩れた。オレと加治の声が飛んだ。


 「ガンバレ、ガンバレ、加治校長」「あがががが」

 「ガンバレ、ガンバレ、加治校長」「あがががが」


 オレは両手を前に突き出して、手の平をそろえる。足をそろえる。軽くひざを曲げてリズムをとる。


 「ガンバレ、ガンバレ」「あがががが」


 オレはひざを曲げて大きくジャンプした。両手はV字に頭の上に上げて、両足はそろえて後ろに蹴り上げる。


 オレの両足が加治を蹴っ飛ばした。加治の身体が台の後方へ大きく放物線を描いて飛んだ。そのまま体育館の床に落ちる。ドーンという大きな音と同時に「ぎゃふん」という加治の声がした。オレの声が同時に体育館にひびく。


 「加治校長」、ドーン、「ぎゃふん」


 全校生徒は大笑いだ。「いいぞ」という声も飛んでいる。


 オレは足をそろえて両手はグーにして腰に構えて着地。トンと台が大きく鳴った。次に、ひざを横に曲げ腰をひねる。両手をふくらはぎにおいて、色っぽく尻を前に突き出した。


 オレの突き出した尻が、台の上に上がろうとした御木本の顔を直撃した。「キャー」という声を上げて、御木本が台から再び転げ落ちた。足を開いたままだ。また赤い下着が見えた。牧田が「やっぱりスキャンティーは赤色がええのう」とつぶやいた。生徒たちの笑い声と拍手が止まらない。


 まるで、オレと加治と御木本のドタバタ漫才だ。


 台上でオレがボーズを決めた。「はい、ポーズ」


 一拍置いて体育館の中に大爆笑と大拍手が起きた。ピュー、ピューと口笛が鳴っている。全校生徒が飛び上がって拍手をしている。大きく手を振っている生徒もいた。「いいぞ。校長」、「漫才、おもしろかった」、「最高」といった声が聞こえた。牧田が両手をバンザイして「スキャンティー、スキャンティー、スキャンティー」と叫んでいる。


 ようやく起き上がった御木本が台の上に上がった。両手でスカートを直している。


 「はい。小紫君。とてもすてきなダンスをありがとう・・・それでは、安賀多ダンス選手権を従来通りトーナメントで行うか、今年から趣向を変えてリーグ戦で行うかについて、皆さんの挙手をお願いします」


 御木本が全員を見まわす。喧騒が少しずつ収まっていく。


 「まず、例年と同じようにトーナメントで行うことに賛成の人は挙手してください」


 数人が手を挙げた。


 「では、今年からリーグ戦にしたいという人は手を挙げてください」


 ウオーという声と共に、大多数の生徒が手を挙げた。木元が「やった。やった」と言いながら飛び跳ねている。


 夏美がオレのところに走ってきた。


 「小紫君。すごいじゃない。チアダンス、最高だったよ」


 オレは体育館の床で伸びている加治を見ながら言った。


 「倉持。オレ、校長をブッとばしちゃったよ。今度、チアダンスを踊ったら、オレは退学だよ。もう、チアダンスはこりごりだよ」


 「じゃあ、次はどんなダンスにする?」


 「もう新しいダンスはいいよ。どじょうすくいでも踊るよ」


 オレたちの横では牧田が「スキャンティー、スキャンティー、スキャンティー」と叫びながら踊り狂っていた。


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