第14話
文化祭の実行委員会が終わった後、オレと夏美はダンス部の部室に行った。ダンス部の練習はもう始まっていて、部室には誰もいなかった。オレと夏美は実行委員会があるので、今日は部活を休んでいる。オレたちは部室の簡素なイスに向き合って座った。
「明日、全校生徒の前でダンスねえ」
夏美が考え込んだ。
「チアダンスだけじゃ足らないなあ。チアダンスにもう少し何かいるわねえ」
そう言うと、夏美はまた部室の奥から、いつものキャスター付きのミラーを出してきた。
「アクセントにチャールストンのステップを入れてみましょう。いい。小紫君。私が教えたチアダンスにこの動きを加えるのよ」
夏美はミラーの前に立った。両足先を内側に向ける。左右の足の太ももをピッタリ合わせて内またになり、両足をそろえた。ひざを軽く上下に動かしながら、口でリズムをとった。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。
その場でスキップをする。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。「ニ」で両足の太ももを合わせたまま、右足を外側にはね上げる。次の「ニ」で両足の太ももを合わせたままで、今度は左足を外側にはね上げる。それの繰り返しだ。
「この振りを適当に私が教えたチアダンスの中に入れればいいのよ。簡単でしょ」
そして、オレはダンス部の練習が終わって部員たちが部室に戻ってくるまで、たっぷりとチャールストンのステップを練習させられた。
翌日、昼休みに全校生徒が体育館に集められた。加治校長はじめ、他の安賀多高校の教師も全員集まっている。全員の前には朝礼台のような台が一つ置いてあった。
御木本が台に上がってマイクで全員に話す。
「みなさん、今日集まってもらったのは他でもありません。みなさんもご存知の通り、安賀多ダンス選手権を従来通りトーナメントで行うか、今年から趣向を変えてリーグ戦で行うかについて、いま文化祭の実行委員会で検討しています。委員会でいろいろ検討した結果、みなさんの意見を聞いてみようということになりました。そこで、みなさんに2年1組の小紫君のダンスを見てもらって、その後で、みなさんにトーナメントかリーグ戦か、どちらがいいか挙手をしていただきたいと思います。では、音楽はありませんが、みなさん、小紫君のダンスをよく見てください。それでは小紫君、ダンスをお願いします」
オレは台に上がった。今日はレオタードではなくて、普段の学生服だ。全校生徒の眼がオレに注がれている。オレの足が震えだした。汗が額を伝って流れてくる。心臓がバクバクと大きな音を立てた。
オレは動かなかった。いや、緊張でまったく動けなかった。眼の前に並んだ生徒たちの中から「どうしたんだ?」、「早くやれよ」、「何をしてるの?」といった無言の声が聞こえてきた。その無言の声が圧力となって、オレを締め付けた。
がやがやという雑音が体育館の中に少しずつ大きくなっていく。汗が一筋オレの額から流れて台に落ちていった。オレは動けない。
最前列で夏美がオレを見つめている。ハラハラしている顔だ。オレは「すき」という言葉で踊りだすが・・・残念ながら、自分で「すき」と言っても踊り出すことはできない。誰かに言ってもらわないといけないのだ。
オレは夏美を見た。夏美がオレに「すき」と言ってくれたら・・・
だが、オレには夏美の気持ちが手に取るようにわかった。「すき」とオレに言えばいいのだが・・・それは周りに「好き」という言葉に受け取られるわけだ。つまり、安賀多高校の全生徒と全教師が見ている前で、いくら夏美でもオレに「好き」なんて言葉を投げ掛けることはできないのだ。
「すき」という文字を含む言葉でもいいのだが・・・・・
しかし、これも難しい。たとえ「好き」ではなく「すき」であっても、こんなときに「すき」という文字を含む言葉を夏美が突然言い出す・・・なんていうことは、いくらなんでもあまりに不自然すぎるのだ。そんなことをしたら、オレが「すき」という言葉で踊り出すことが、みんなにバレてしまう。オレはそれだけは絶対に避けたかった。変な奴だと思われたくないのだ。だからオレは以前、夏美にすべてを話したときに、このことは絶対に誰にも言わないでもらいたいと頼んでおいたのだ。
夏美に、なんとか「すき」という文字を含む言葉を不自然ではなく、自然に言ってもらう方法はないものだろうか?
夏美もオレと同じ思いなんだろう。どうしたらいいのか途方に暮れて、ジレンマに陥っている様子だ。
オレの眼の前に並んだ全校生徒たちのざわめきはますます激しくなった。「どうしたんだ?」、「なぜ踊らないんだ?」、「なんだ? なんだ? 何やってんだ?」といった声が罵声となってオレを突き刺した。
オレは頭を抱えた。このまま台の上から飛び降りて、体育館の外へ走って逃げだしたい・・・
誰かがオレを茶化す声が体育館に大きく響いた。
「小紫、固まってるぞう。身体が凍ってるんじゃないか? 外は春なのに、お前の身体だけ冬なのか?」
その声にさらに誰かが応える。
「冬なら鍋が一番だ」
その声に生徒たちからドッと笑い声が湧いた。
そのときだ。夏美の口から声が出た。
「鍋ですって?・・冬?・・冬の鍋といえば?・・そうだわ!」
夏美がオレを見て大声で叫んだ。
「冬の鍋だったら・・・冬はカニすきよ」
夏美の言葉は、ちょうど先ほどの「冬なら鍋が一番だ」という声に呼応する形になった。誰もが自然な流れで出た言葉だと思ったようだ。不自然さは全く無かった。
オレの身体が勝手に動いた。
オレは両足先を内側に向けて、内またで両足をそろえた。両足でリズムをとった。イチニ。イチニ。イチニ。イチニ。
その場でスキップをする。イチニ。イチニ。「ニ」で両足の太ももを合わせたままで、右足を外側にはね上げる。次の「ニ」で同様に左足を外側にはね上げる。イチニ。イチニ。
ステップタッチをする。両手を頭の上で大きくタッチする。次に左手を上に突き出す。「オー」。今度は右手を上に突き出す。「オー」。両手をⅤの字に大きく頭の上に広げる。手の平をヒラヒラさせる。声が出た。
「ガンバレ、ガンバレ、安賀高」
「ガンバレ、ガンバレ、安賀高」
両手を前に突き出して、手の平をそろえる。足をそろえる。軽くひざを曲げてリズムをとる。
「ガンバレ、ガンバレ」
ひざを曲げて大きくジャンプ。両手はV字に頭の上に上げて、両足はそろえて後ろに蹴り上げる。
「安賀高」
足をそろえて、両手はグーにして腰に構えて着地。ひざを横に曲げ腰をひねる。両手をふくらはぎにおいて、色っぽく尻を前に突き出した。
「はい、ポーズ」
体育館に割れんばかりの歓声が起こった。やんやの喝采だ。
校長の加治と御木本が手をたたきながら台に上がってきた。
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