第10話

 オレは『女子トイレで自殺した女子生徒の霊』という話に飛び上がってしまった。夏美がオレを見て笑った。


 「根拠のない単なる噂話よ。安心して。もちろん、自殺した女子生徒なんて誰もいないわよ」


 夏美の言葉にオレは安堵した。手で額の汗を拭うと、オレは夏美に聞いた。


 「ああ、そう。それはよかった・・・それで、倉持も隣の女子トイレでその音や声を聞いたの?」


 「私は聞いたことがないのよ。だけどダンス部の何人かは、トイレで音や声を聞いたといって、とても怖がってるわ。その子たちは隣の女子トイレに入っても、入り口側の個室を使って、絶対に奥の個室を使わないようにしているのよ」


 「そういえば、オレたちが警備員の梅西さんを助けたときも、奥の個室からトイレを流す音がしたなあ。あれも『おくねさん』のしわざだったのかなあ?」


 「それを言うなら、どうして梅西さんが私たちに気づかれずに奥の個室に入ることができたのかよ。あのとき、私たちは罰でトイレ掃除をさせられていたわけじゃない。最初、私たちがお掃除をするためにトイレに入ったときは、個室は全部空いていたのよ。それから、お掃除の間は私と小紫君がトイレの中にずっといたわけよね。じゃあ、梅西さんはいったいいつ、私たちに気づかれずにトイレの個室に入ることができたのか? それが謎なのよねえ」


 「梅西さんは『おくねさん』によってトイレの個室に連れてこられたのかなあ」


 「まさか・・・でもね、横の女子トイレは私たちダンス部が一番よく利用するわけでしょう。だがら、私はダンス部の部長として、『おくねさん』の噂の真相を突き止めて解決する義務があると思うのよ。これはダンス部の部長の私だけでなく、副部長の小紫君にも当てはまることなんだけどね・・・それでね、私たちで『おくねさん』の噂の真相を突き止めてみましょうよ」


 「えっ、オレたちで幽霊話の真相を突き止めるんだって?」


 「そうよ。そうしないと、ダンス部の部員が安心できないじゃない」


 オレの身体が震えた。それを見て夏美が再び笑う。


 「あれっ・・・震えてるの? ひょっとしたら、小紫君は『おくねさん』が怖いの?」


 「そ、そんなことはないよ。お、『おくねさん』なんて単なる噂話じゃない。オ、オレは、ぜ、全然、こ、怖くなんかないよ」


 オレは強がりを言った。ホントを言うと、幽霊は一番こわい。『おくねさん』の真相を突き止めるなんて手荒なことは避けて通りたい。


 「じゃあ、二人で、女子トイレで張り込みをしましょう。本当に隣の女子トイレに『おくねさん』がでるのか調べてみましょうよ」


 「は、張り込みぃ?」


 オレの声が甲高くなって裏返った。夏美が突然話題を変えた。


 「それで、小紫君。新しいダンスは何にする? 八十八騎とどろき警部をノックアウトしたデッキブラシダンスは、もうこりごりでしょう」


 夏美が明るく笑ってオレをのぞきこんだ。オレは言った。


 「今度は踊り出しても叱られないダンスがいいよ。そうだ。元気を出すようなダンスだったら、踊っても叱られないかもしれないな。倉持。元気が出るようなダンスは何かない?」


 「元気が出るダンスねえ?」

 

 夏美は少し考えていたが・・・やがて、明るく笑って言った。


 「じゃあ、チアダンスがいいな。いい。私が踊るから、よく見ていて」


 夏美は部室の奥からキャスター付きのミラーを出してきた。ミラーの前に立つ。


 足をそろえて、両手をグーにして腰に構える。軽くひざを曲げてリズムをとる。夏美の口からリズムを取る声が出た。


 「イチニ。イチニ。イチニ。イチニ」


 右足を一歩横に出して、左足を右足にそろえてつま先で床をタッチ。今度は左足を一歩横に出して、右足を左足にそろえてつま先で床をタッチ。ステップタッチだ。


 「イチニ。イチニ。イチニ。イチニ」


 次に両手を水平に開く。左右のステップタッチをしながら、両手を頭の上で大きくタッチする。夏美の口からリズムを取る声が部室の中に響く。


 「イチニ。イチニ。イチニ。イチニ」


 今度は左にステップタッチしながら、左手を上に突き出す。声が出る。


 「オー」


 今度は右にステップタッチしながら、右手を上に突き出す。声が出る。


 「オー」


 ステップタッチをしながら、両手をⅤの字に大きく頭の上に広げる。手の平をヒラヒラさせる。声が出た。


「ガンバレ、ガンバレ、コムラサキ」

「ガンバレ、ガンバレ、コムラサキ」


 両手を前に突き出して、手の平をそろえる。足をそろえる。軽くひざを曲げてリズムをとる。


「ガンバレ、ガンバレ」


 ひざを曲げて大きくジャンプ。両手はV字に頭の上に上げて、両足はそろえて後ろに蹴り上げる。


「コムラサキ」


 足をそろえて、両手はグーにして腰に構えて着地。


 ひざを横に曲げ腰をひねる。両手をふくらはぎにおいて、色っぽく尻を前に突き出した。


 「はい、ポーズ」


 夏美がオレを見て妖しく笑う。

 

 「どう? 小紫君。このチアダンスなら、急に踊り出しても周りの人の迷惑になることはないわよ。それに簡単でしょ。すぐに覚えられるわ」


 オレは両手を叩いた。


 「このダンスはいいね。このチアダンスならば相手を応援するダンスだから、確かにいきなり踊り出しても、周りの迷惑にはならないね。もう安心だ」


 「じゃあ、さっそく練習しましょう」


 そして、オレは部室の中で夏美にたっぷりとチアダンスを練習させられた。


 その夜、オレは初めて夏美と一緒に学校から帰った。

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