第7話
事件から三日後、オレと夏美は、山西から放課後にダンス部の部室に来るように言われたのだ。職員室ではなく、いわくあるダンス部の部室だ。
事件当日、デッキブラシで
そこでオレは一計を案じた。耳栓を用意したのだ。水泳の授業で使うので、学校の中を探せば耳栓はいくらでもあった。山西の話を聞く間ずっと耳栓をしておけばいい。どうせこの前のお説教なのだ。耳栓をして、だまって山西の話にうなずいておけばよい。
これで「すき」という言葉は聞こえてこない。山西の前で踊り出す心配はなかった。もう安心だ。オレは安堵した。
オレと夏美がダンス部の部室に入ると、山西が部室の真ん中のイスに座っていた。オレは山西や夏美にわからないように、すばやく耳栓をした。
周囲がまったく音がしない世界に変わった。
夏美が山西の前のイスに座る。オレも夏美と並んでイスに座った。山西が何かしゃべっている。口だけが動いていた。そら、お説教が始まった。オレは神妙に頭を下げて、山西に合わせてひたすら首を縦に振った。何でもその通りでございますと頭を下げておけば間違いないのだ。
山西は厳しい顔で何か言っている。ときどき、オレの顔をのぞきこむ。オレに厳しい言葉が投げられているようだ。オレは下を向いて、ひたすら首を縦に振り続けた。すみませんという姿勢をひたすら示したのだ。
ふいに山西が笑った。声が聞こえないので、何で笑っているのかわからなかった。だが、お説教の中で笑いが起こるのはいいことだ。夏美がオレの方を向いて何か言った。何を言っているのかわからなかったが、オレは夏美の顔を見ながら微笑んで何度もうなずいた。すると、今度は夏美が山西に何か言った。夏美も笑っている。
山西が夏美にさらに何か言っている。今度は真剣な顔だ。きっと今回は大目に見てやるといった話に違いない。山西がオレの顔を見てまた何か言った。あいかわらず真剣な顔だ。オレは山西を安心させてやろうと思って、大きく笑ってうなずいた。耳栓をしているので、耳の中にオレの笑い声が奇妙な音になってひびいた。
すると、夏美がオレの肩に手を置いて、オレに何か言ってきた。夏美の口が「これに懲りて、もうあんなことはしないわよね」と言っているように見えた。オレは「もうしません」というつもりで大きく首を振った。突然、山西もオレの肩に手を置いた。オレの顔を見て何か言っている。山西の顔が笑っている。その口が「小紫君が反省しているので安心したわ」と言っているように見えた。オレは「本当に充分反省しました」という意味で、ここぞとばかり大きく何度もうなずいてみせた。笑みを山西に返した。山西もうれしそうに何度もうなずきながら微笑みを返してくる。
やった。山西のお説教をうまく切り抜けたぞ。
ふと、山西が席を立って、後ろから何かを持ってきた。赤いものだ。それをオレに差し出した。オレが手にとると・・・真っ赤な半そでのレオタードだ。胸のところに白字で『AGADAN』と書いてある。『あがだん』・・・安賀多高校ダンス部のレオタードだ。
何だ、これは? どうもおかしい。
オレは急いで耳栓をとった。
周囲の音が一気に耳に飛び込んできた。
山西の声が耳に入った。
「いや、小紫君が女子のレオタードを着て踊ってくれるというので安心したわ」
夏美が言う。
「いやあ。小紫君はダンス部の副部長ですから、これからは女子部員を引っ張ってもらわないと・・・私もダンスで男女の服装を区別するのはよくないと思います。ダンスは連帯感が一番大事ですから。先生が言われたように男子部員だけが別の服装をして練習したんじゃ、みんなの連帯感もなくなります。男子も女子のレオタードで練習して、大会でも女子と同じ衣装で演技することはとっても大切だと思います」
何の話だ?
オレは急いで聞いた。
「いったい何の話ですか?」
山西も夏美もオレが冗談を言っていると思ったらしい。山西が大きく笑った。
「授業中を見ていたら、小紫君がこんなに冗談を言う子だとは思わなかったわ。じゃ、小紫君、ダンス部の副部長、よろしく頼んだわよ。さっそく、今日からこのレオタードを着て女子と一緒に練習して頂戴」
そう言うと、山西はさっさと部室を出て行った。
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