第33話【挿話】パーシヴァル視点

休暇中はずっと王宮に滞在した。しかし、エスメラルダと二人きりで過ごせる時間はほとんどなかった。あと数時間で無事生きて帰れるかわからない緊迫した戦地に出立しなければならない。


 今日は彼女の誕生日、必死で今日休暇がとれるように調整したのだ。わずかな時間だが二人きりで過ごせて幸せだ。



「レディ・エスメラルダ、14歳、おめでとう!」



 彼女に絵を送る。エスメラルダのような凛とした美しい灯台と運命に翻弄されながら灯台へ近づこうともがく自分のような船。魔力が開花したお陰で希望が出てきたと思っていた、先程公爵から話を聞くまでは…。



「前回より船が近づいてきていますのね。」


 屋外のテーブルセットに腰かけたエスメラルダが私の絵を覗きこむ。前の絵をよく見ているんだな、すぐに違いに気付くなんて。絵に込めることしかできない彼女への想いをいつか気付かれてしまうかもしれない。



「よく見てくれているんだね。もうすぐ夜が明けそうな海だよ。」



 椅子に座るエスメラルダの後ろから絵を覗きこむ。このまま抱き締めてしまいたい。彼女に触れようとする手をそっと握り込み、絵を指差した。


 あと少しで彼女に触れられるのに、触れることを赦されないこの距離が自分と彼女を取り巻く環境と似ている。この距離感がもどかしい。


 触れたい。抱き締めたい。彼女をこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。



 振り向いた彼女に、ほの暗い欲望に支配されそうになる自分を見られたくなくて、必死で感情を抑え穏やかに見えるように微笑んだ。



 エスメラルダがさくらんぼのように愛らしい口を開いた。可愛い。いかん、感情が漏れる。



「パーシヴァル様、お慕いしています。私と結婚してください。」


 


 エスメラルダ、なんて事を言うんだ。エスメラルダから、目を逸らすことができない。もうこのままエスメラルダを拐ってしまいたい。


 しかし、私の脳裏に先程公爵から、聞かされた話が甦る。一つは私が魔力を使えることを隠さないで良いという話。これで武功を挙げることが出来ればエスメラルダに求婚できると喜んだ次の瞬間もたらされた絶望的な情報ー王太子亡命。いずれ王冠は彼女の許へ巡ってくることとなってしまった。


 武功次第では公爵令嬢に求婚することは出来ても、亡国の王子である自分には次期女王への求婚は赦されない。



「レディ・エスメラルダ、あなたの気持ちは嬉しい。だが、今は戦争が始まったばかり。軍属の私はいつ命を落とすかもわからない。いま、何一つあなたに確約できるものはない。」



 一言、言葉を紡ぐ度に心が悲鳴をあげる。何一つ、確約出来るものを持たない自分が情けなくなる。


 愛してるのに。彼女の言葉が嬉しくてたまらないのに。こんなチャンス2度とないのに…。あのタイミングで国家の重大機密である王太子亡命を私に告げた公爵の真意を理解した。



「わかっています。でも…。」


 


 わからないで、理解しないで、全てを棄てて共にいたい。エスメラルダを愛してる。そう叫び出しそうな自分を必死で抑える。



「あなたはいずれ女王になる身だとお父上から聞いたよ。」


 


 エスメラルダの瞳に映る私は、酷い顔をしていた。無理矢理貼り付けた穏やかな笑顔が剥がれ落ちて、彼女を狙う猛獣のような鋭い瞳をして彼女を見据えていた。


 エスメラルダの美しい瞳から涙が溢れた。嫌われただろうか。


 綺麗な思い出で終わられるより、いっそ憎まれた方がいい。彼女の傷として一生残って欲しい。


 


 エスメラルダの美しい瞳から溢れた涙が勿体なくて、新しく貰ったハンカチで掬う。一生の宝物だな。



「エスメラルダは泣き虫だね。私のお守りが増えるだけだけどね。」



「持っていてくださっているの?」



当たり前だろう。彼女の涙を掬いとったハンカチが愛おしくてキスを落とした。エスメラルダと蕩けるように視線が絡む。



「これからは、うかつに心情を顕せば足許を掬われる。もしも、貴方の心が変わらないならば、毎年ハンカチを贈ってくれないか?」



 未練がましいな。この期に及んでハンカチをねだるなど。だが、泣き止んだエスメラルダは凛とした気品ある微笑みを浮かべた。



「ならば、毎月ハンカチを贈りますわ。だから、ずっと私の涙をパーシヴァル様の胸に閉じ込めて置いて欲しいのです。パーシヴァル様の前だけでは泣いてもいいですか?」



「姫の仰せのままに。」



 エスメラルダ、すっきりした顔をしているけど『鳴かぬ蛍は身を焦がす』と言う言葉を君は知らないんだろうな。想いを告げる事すら赦されない男の本気を舐めたら大変な事になるぞ。


 君が煽るから諦めるのを辞めた。何があっても君を自分のものにする。例え自分の全てを捨てても、世界を全て敵にまわしても、エスメラルダを手にいれてみせる。



 エスメラルダから、欲望に満ちた己の姿を隠すように騎士の礼をした。



 私は、狙った獲物は決して逃がさない。それは、愛するエスメラルダも例外ではない。


 エスメラルダのすべらかな白い手にキスをする。


何年かかっても貴女の全てを手にいれると誓って。


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