第32話14歳

パーシヴァル様は休暇中ずっと王宮に滞在してくださった。あと数時間後には国境に出発されてしまう。


 大抵はお父様や国王の側にいたけれど、空いた時間にお茶をすることができた。


 向かい合ってお茶を出来るなんて、幸せ。



「レディ・エスメラルダ、14歳、おめでとう!」



 そうなのだ、今日私は14歳になった。戦時なので派手なお祝いはしないけれど。


 来月にはお父様の王太子就任が発表される。今日が、ただの公爵令嬢として祝う最後の誕生日になるだろう。



 パーシヴァル様は小さなハガキサイズの絵をくださった。


 美しい灯台の絵。今回は真っ暗ではなくて、ほんの少し明るくて遠くに太陽の光が見える。濃紺の闇に浮かび上がるオレンジと紫の微かな光がキラキラと水面に反射している。美しい色合いだ。前回小さな船影だったのが、少し大きくなっていた。



「前回より船が近づいてきていますのね。」


 屋外のテーブルセットに腰かけた私がちいさな絵を覗きこむ。



「よく見てくれているんだね。もうすぐ夜が明けそうな海だよ。」



 椅子に座る私の後ろからパーシヴァル様がちいさな絵を覗きこみ、絵の中を指差した。


 一切身体は触れていないが、バックハグのような体勢にドキドキする。


 全身をパーシヴァル様に包み込まれる安心感と彼の吐息さえも感じられる距離感が愛おしい。



 後ろを振り返るとパーシヴァル様が穏やかに微笑んだ。木漏れ日の中、キラキラと光を反射する金の髪がサラサラと流れる。ラファエロブルーの瞳が煌めいていて吸い込まれそうだ。



 パーシヴァル様が好き。ずっとこうしていたい。


お父様が王太子になれば、私は次期王位継承者となる。


 自由は無くなるだろう。只の公爵令嬢としてパーシヴァル様と過ごせるのも残りわずか。



「パーシヴァル様、お慕いしています。私と結婚してください。」


 前世と今世あわせて、ただ一度きりの逆プロポーズ。


やらないで後悔するよりやって後悔しろって思ったのだ。だって今言わなきゃ一生言えなくなる。



 パーシヴァル様の綺麗な瞳が私を捉えた。そのラファエロブルーの光に絡めとられてしまいそうだ。



「レディ・エスメラルダ、あなたの気持ちは嬉しい。だが、今は戦争が始まったばかり。軍属の私はいつ命を落とすかもわからない。いま、何一つあなたに確約できるものはない。」



「わかっています。でも…。」


 でも、心は止められない。


パーシヴァル様をいずれ諦めると約束するから。


 お願い。今だけは、女王でない今だけは、想いを伝えさせて。



「あなたはいずれ女王になる身だとお父上から聞いたよ。」


 


 パーシヴァル様の鋭い瞳に見据えられて、涙が溢れた。何で女王にならなければならないんだろう。


 筋書きと違うと安心していた運命は、かくも残酷に筋書きの通り動くのだろうか。


 


 パーシヴァル様がポケットから、新しく渡したハンカチを取り出して、溢れる涙をぬぐってくれた。



「エスメラルダは泣き虫だね。私のお守りが増えるだけだけどね。」



「持っていてくださっているの?」



 パーシヴァル様はハンカチに愛おしそうにキスを落とした。蕩けるような視線が絡む。



「これからは、うかつに心情を顕せば足許を掬われる。もしも、貴方の心が変わらないならば、毎年ハンカチを贈ってくれないか?」




「ならば、毎月ハンカチを贈りますわ。だから、ずっと私の涙をパーシヴァル様の胸に閉じ込めて置いて欲しいのです。パーシヴァル様の前だけでは泣いてもいいですか?」



「姫の仰せのままに。」



 パーシヴァル様が淑女にする騎士の礼をしてくださった。


 キスを落として下さった手の甲から、波紋のように暖かい何かが身体を巡る。見えない何かに包みこまれるような心地よさが私を満たした。



 その後、お父様に呼ばれたパーシヴァル様にくっついて老宰相と今後の方針を考えたのだった。その会合は、パーシヴァル様の出発ギリギリまで続き、二人きりになるチャンスは訪れなかった。


 老宰相め。夜な夜な頭の髪が抜ける呪いをかけてやるからな。


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