第5話
★視点・彼岸真子
◆◇◆◇
――端的に言えば、ボクはごく普通の女子高生であった。
公立友湿中等学校卒業、公立友湿高等学校2年生。
成績は中の下だが、運動神経に自信あり。
部活は無所属、しかし、ヘルプには無数に参加。
陸上ので地区大会や県大会にも出たことがあるし、ソフトボール部ではピッチャーとして登板したこともある。
校内活動としては風紀委員。
かっこいい先輩の風紀委員長につられて入るという、実に不純な動機での参加ではあるが、それでも活動では大活躍。
さらには、とある事件において、学校に侵入した空き巣を白いシーツを使って捕縛。
いくつかの運動部のヘルプとしての活躍や、風紀委員としての活動、さらには空き巣捕縛で新聞に載ったこと。
以上の事から、『友湿の白い牙』なんて、冗談みたいなあだ名がつた。
――そんな、笑い話もあり、逸話もある。
そんなごく普通の、珍しくはあるが、それだけ。
そんなごく普通の女の子であったはずなのだ。
「さすがは、『友湿の白い牙』だね!」
そうだ、だからこそ、この二つ名も、私自身もこのように、重苦しい雰囲気で呼ばれるような存在ではない。
「……別に、この程度、なんということもないよ」
「ふふふ、相変わらずマコちゃんは謙虚だねぇ。
枯れているとはいえ、危険区に侵入。
無数のゾンビ相手に、殿を務めて、生還。
その上、手土産まで持って帰ってきて、そういっちゃうだなんて!!
とてもとても、私には口が裂けても言えないよ」
場所は、湿友学園の生徒会室。
多くの教師陣が死、あるいは逃走済みの現在、この学園の生き残りをまとめているのは元生徒会長の彼女だ。
学園や日本がまだ、『正常』であったころは、生徒会と風紀委員は犬猿の仲ではあった。
生徒の自主性を重んじる生徒会と、学園及び教師による学校の治安を重視する風紀委員で争うこともあった。
しかし、今はそんなものは存在しない、懐かしい思い出の話だ。
「……目のクマがひどいね、きちんと寝ているかい?」
「それに関してはマコちゃんが生きて帰ってきてくれたからね!
さらにはベビー用品のおまけつけだしさ!
2週間ぶりに、布団で眠ることができそうだよぉ」
目元をくしくしのこすりながら、そういう彼女はどこか安堵感を感じさせる笑みを浮かべる。
その痛々しい笑顔に、胸が痛くなる。
確かにボクは、このコミュニティにおいて、貴重な遠征要員ではあり、それなりに気苦労は多いつもりだ。
しかし、それでも、彼女ほどでないとは胸を張って言える。
「それで、疑うわけじゃないけど…。
本当に大丈夫なんだね?」
「……ああ、もちろんさ」
「……!!うん!それはよかった!
この湿友学園の英雄のマコちゃんが、化け物になられては困るからね。
まあ、マコちゃんに限ってそんなへまをする訳がないか」
彼女のセリフに、思わず長い笑みしか返せない。
ごめん、ボクは普通に瓦礫に巻き込まれて死に掛けてました。
なんなら、ゾンビの誘導そのものに失敗したせいで、危険地の奥地まで行く羽目になったし。
彼女の信頼の重さに、胃の奥がキュッとする。
「ふふふ、それじゃあ面倒くさい話し合いはここまで!
それじゃあ、マコちゃんもまだまだ疲れているだろうからね。
今夜のご飯は久々にカエルのスープだから、それまでゆっくり休んでね」
「……」
久しぶりの温かい動物性たんぱくに心躍りつつ、それでも聞きたいことがある。
そして、確認したいことがあった。
「ん?どうしたんだの、マコちゃん。
まだ何か聞きたいことがある?」
「……いや、なんでもないよ。
それじゃあ、新しく手に入れた毛布で、ゆっくり休ませてもらうさ」
しかし、それ尋ねるには、こんなにも疲弊している彼女に、毒だろう。
かくして、ボクは彼女に何も告げず、生徒会室を後にするのであった。
◆◇◆◇
「……結局、聞けなかった……な」
かくして、私は一人、自室のベットの上でそう口をこぼす。
ベニヤ板と跳び箱を組み合わせたベットの上で、念願の新品毛布を堪能しながら一人思案する。
「あれはボク一人の成果じゃない。
……そうじゃないはずなんだけどなぁ」
そうだ。今回ボクの遠征は、大失敗のはずであった。
学校で生まれた赤子、それを祝福するために、今回ボクは日頃では絶対行かないような危険地へと遠征した。
しかし、結果は大失敗。
無駄に遠征装備を破損させただけではなく、そのまま当落に巻き込まれ、足を奪われた。
どう考えても、あれは死ぬ運命であった。
そうでなくてはおかしいはずだ。
「……でも、ボクは、いきている……」
そうだ。
それでも、ボクは生きている。
なぜなら、助けられたから。
あの謎の銀髪の少女に、どこか浮世離れしており、儚げなのに強靭、そんな少女に。
「……ばかばかしい、あんなに物がない危険地帯なんてひどい場所に、僕以外のだれがいく?
そんなの、あり得るはずない。
……ないはず、なんだ」
そうだ。今回ボクが行ったあの地点は、まず人が残っているわけのない場所であった。
救援物資の投下はなく、普通の物資は荒らされ済み。
それなのに、多くのゾンビがいまだ残っている。
そんなクソみたいな場所だ。
アルミホイルも少数しか手に入れられなかったし、食料だって最低限。
それでも、穴場だから向かったにすぎない。
「あんな大量の資材をリアカーに詰めて、あの危険地帯を横断?
ゾンビを倒して、荷物を選定し、無傷で帰還?
そんなの、ボク一人でできるわけないだろ、ばーか。
こちとら普通の女の子だぞ、常識で考えやがれ」
愚痴を吐きつつ、全力で枕を壁に投げつける。
しかし、当然枕は壁に跳ね返され、床へと落ちるだけ。
一瞬、自分の投げた枕が、超常の力を持って、壁を打ち破り、ついでに学校含めこの一帯全てを破壊することを期待したが、もちろんそんなこと起きるわけもない。
「……まぁ、あたりまえか」
そうだ、ボクがあそこから、生還したのは【手助け】があったからなのだ。
あの、謎の【少女】の力があったから。
彼女は、幻覚ではない。確かに存在した存在のはずなのだ。
―――そんなこと、あり得ないのに。
「……っ!!違う!!彼女は、あの娘は、シーラ・カランという少女は!!
確かにあの場に、存在したんだ!!!
ボクは彼女に助けられたから、生きて帰ってこれたんだ!!」
―――あんな、無人の地に、死と腐敗しか存在しない場所に?
―――そんな都合のいい存在が、夢と魔法が存在しないとはもう十分わかっているのに。
「違う、違う、違う……」
―――なら、なぜあの場で、生徒会室で、生徒会長である霙の前で、その存在を言わなかった?
「……あ……ああ……!!」
―――そう、何よりも彼女が存在しない、あなたの妄想であることなど、【ボク自身】が一番わかっている癖、に。
「……ああああぁぁぁ!!」
おもわず、胸の奥から悲鳴が漏れる。
そうだ、わかっているのだ。
ボクがこの学校に来る直前に、まるで霧のように消えてしまったという事実。
私の帰りを見張っていた学友が、ボク一人の姿しか確認できなかったという証言。
シーラ・カランという少女がいた痕跡が、ただ一つを除いて、何一つ残ってしていない物的証拠。
道中で水も食料も摂取せず、廃墟を歩いてもゾンビを相手しても傷一つつかないという、あり得ない光景。
「……そうだよ、そんな人間、そんなご都合主義、存在するわけがない。
ないくらい、ボクでもわかっている、わかっているんだ……!!」
目頭が熱くなり、視界がゆがむ。
呼吸が荒くなり、指先が痙攣する。
頭の中から、亡くなった学友やゾンビとかした親、さらには私がとどめを刺した元風紀委員長の先輩が、私を責め立てる。
「……いやだ!まだ私は、まだ私は、そちら側じゃない!!
まだ……生きていたい!!
まだ、ボクは、人間なんだ!!ゾンビになんかなっていない!!」
ゾンビとなり死んだ知り合いの幻覚が私の体に絡みつく中、私は絞り上げるように声を上げる。
そうだ、わかっているのだ。
これは恐らく、私の生んだ幻覚。
―――【ソンビ化】末期に発生するであろう最悪の症状。
―――すなわち、私が理性を保っている、最後の時だという事実だ。
「いやだ、いやだよぉ……!!
まだ消えたくない、死にたくない……!!」
今まで、さんざんゾンビを殺して。
ゾンビ化した知り合いも殺して、都合のいいことを言う。
そうだ、なぜか検査結果では、何度やっても陽性にこそならなかったが、それも時間の問題なのだろう。
わかっている。わかっているのだ。
ゾンビ化の症状は個人差がある。
私はきっと、発熱やらは出なかったが、あくまで個人差。
しかし、それでも私のような、ただの無力な少女が、あの死地から無事に帰ってこれたのは、私がゾンビになりかけているからなのだろう。
ゾンビはゾンビに襲われないから、幻覚に導かれるだけで、ここに帰ってこれた。
そういう考えが一番現実的であり、一番の真実。
ボクが目を背けている真実、というやつだ。
「そうだ、なら、なら、やらなきゃいけないことが……」
ベットの枕元に仕込んである、ナイフをゆっくりと取り出す。
まるで、糸に操られたかのように、ゆっくりそのナイフを取り出し、自分の首元に当てる。
そうだ、自分が真に人間ならば、今このうちに終わらせるべきなのだ。
人としての尊厳を守るためならば、今すぐゾンビ化する前に、自分にとどめを……。
「ひぃっ、ひいっ!
むりっ、むりっ!!!」
しかし、残念ながら、自分の手に持つナイフは、首に当てているナイフは、まるで凍り付いたかのように一ミリも動かなかった。
指から力が抜け、ナイフが床へとこぼれる。
「あ……」
幻覚のゾンビが、こちらの四肢だけではなく、首を絞める。
視界が大きくゆがみ、自我と無意識が入り混じり始める。
「無理、無理!!
あれ、あれ、あれをぉぉぉ!!」
精神の限界を感じ、溺れる亡者が息を求めるかのようにのたうつ。
急いで、ポケットを探り、急いでそれ取り出す。
―――そう、それは1枚の女性ものの下着。
―――いわゆる、【紐パン】と呼ばれるものであった。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ~~~♪♪」
その紐パンを、顔の近くに持っていき、匂いを嗅ぐ。
すると、感じる【自分でない少女の香り】。
そして、薄らぐゾンビとかした知り合いの幻覚。
体が軽くなり、四肢に力が戻る。
胸の中に酸素が満ち、花の中にやや酸味のある芳香が漂う。
「……やっぱり、聖水って除霊効果あるのかな?」
ボク自身がおかしいことを言ってるのは十分理解している。
が、それでも効果は抜群であった。
そうだ、この【紐パン】こそが、あの廃墟で出会ったシーラという少女がいた唯一の証拠であった。
ブランドタグもない、そもそも革製シルク製なのか、材質すら不明の不思議な下着。
いくつかの刺繍が見られるが、そのどれもが見たことのないものばかりだ。
こんな下着、近くのスーパーではおろか、ランジェリーショップですら見たことがない。
「……ほんと、見れば見るほど、変な下着」
あの娘には、ちょっと大人びすぎではと思う反面、それでもよく似合っていたことを思い出す。
着替える際のどさくさにまぎれて、返し忘れてしまったが、それでもこれは正解だったのだろう。
おかげで、先ほどまでの苦しみや悩みは一気に安らぎ、胸の奥に温かさが戻ってくる。
生とか死とか、ゾンビ化云々全てが、頭から吹き飛ぶ。
「……ほんと、ばかげているよな」
それと同時にどこかむなしさを感じる。
そうだ、自分がゾンビでない証拠も、あの娘が実在した証拠も。
自分はすべて、このパンツ1枚に全信頼を置いているのだ。
このパンツ1枚に生かされているという、自分のみじめさにどこか笑いを浮かべつつ、それでもこの紐パン1枚を手離せないでいる。
「……いけないな、あまり深く考えちゃ」
そして、私は再び強くなる無数のゾンビの幻覚を防ぐため、あるいは自殺する義務から目をそらすため、その紐パンを再び頭部へと持ってくる。
その紐パンを匂いやぬくもりを全開で感じるため、それを鼻先や口先へと接地。
そのまま、紐部分を後頭部で結んべば……。
「……よし!これで、万全だな!」
最強の頭部装備の存在により、無数のゾンビの幻覚が霧散していく。
体全体に最強の安堵感と、下腹部や指先にぬくもりを感じる。
「う~ん!精神の安定のためとはいえ……これは、ひどい見た目!
絶対、ほかの人に見せられないな!」
今の自分の姿は、わが身とわかっていながら、絶対に鏡で見ることはしない。
ついで、自分の個室の扉の鍵がしまっている事を確認。
「……それじゃ、ちょっと運動してから寝ることしますか!
まずは、良くほぐして……いや、もう準備は万端かな?」
―――かくして、彼岸真子は頭部に紐パンをかぶりながら、日課のストレッチと睡眠に励むのでした。
―――ゾンビの恐怖と自害すべき義務から、眼をそらすために……。
◆◇◆◇
「……で、何か言いたいことはある?」
「い、いや、違うんだよ。
別に僕は、パンツをかぶるのが好きな変態ってわけじゃなくて……
あの、そのね?ランちゃんのだから、かぶっていたというか。
僕の生命活動のためとか、精神的ストレスとか、そういう安定のために、必要な行為だったんだ。
やましい意図は全く……いや少し……。
ごめんなさい、結構ありました」
「とりあえず、これ、返して……
いや、やっぱり、焼却処分させてもらうわ。
精神衛生的に」
「えぇ!
そんな、燃やすくらいなら、ボクに……
いや、ごめんなさい。そんな目で見ないで、ちょっと気持ちよくなっちゃうから」
なお、そのボクのお楽しみは、そのパンツの持ち主に発見され、無事禁止令を食らうことになりましたとさ。
さもあらん。
異世界TSしたけど、地球に戻ろうとしたらそこがゾンビ世界とかだったお話 どくいも @dokuimo
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