第2話
「で、落ち着いた?」
「……はい」
錯乱した女性をやや強引に落ち着かせてからしばらく後。
先ほどまでの光景をすべていったんなかったことにして、とりあえず、目の前の彼女との交流及び最低限の救助、すなわち、簡単な外傷治療と清掃。
それに水分補給を行うことにした。
「いや、本当にわるかったね。
先ほどは、本当にひどいところを見せて。
それに、水まで持ってきてくれるなんて……感謝しかないよ」
仰向けのまま、ペットボトルから水を飲み、さらには塩と砂糖をなめる彼女の様子を、改めて観察する。
身長はぼちぼちで、髪はやや短め。
衣服に関してはおそらくは、ミリ服とか防弾チョッキなのだろうか、少々武骨な印象を受けるが、きゃしゃな体格と合わせてなかなかのアンバランスさを感じさせる。
なにより、ある程度きれいにしたゆえに、取り戻された、整った顔つきに、吸い込まれてしまいそうな目の輝き。
カリスマ性の片鱗を感じずにはいられない!
……まぁそれも、先ほどまでの狂言と彼女の横に転がっているぼろ雑巾パンツのせいで、微塵も心惹かれないんですけどね。
「じつはね、ここを探索中に地震が発生してね。
床や天井が崩壊したものの、運よく瓦礫につぶされはしなかったんだ。
でも、代わりに私の腰からしたが、すっぽりこの瓦礫の山に詰まってしまってね。
……はじめは、数日我慢すれば何かしらの助けが来て、脱出できると思ったんだけど……。
どうやら、思ったよりも浅い考えだったみたい」
そういいながら、彼女は瓦礫に飲まれたままの下半身を煩わしそうに指さす。
改めて彼女の下半身を見ると、そこには思わず見上げるほどの瓦礫の山が積もっており、かつて絵本で読んだ大岩に押しつぶされた孫悟空を彷彿とさせる。
まぁ、確かに、このような瓦礫の倒壊に巻き込まれながら、外傷らしい外傷を負わなかったことは豪運といえよう。
その上、この倒壊に巻き込まれ、身動きが取れなくなってなお、ゾンビとも遭遇せず!
このような連続した豪運を経験したのなら、根拠もなしにもう一回くらい奇跡が起きて、この瓦礫の山から脱出できてしまう、そんな期待してしまう気持ちもわかる気がする。
まぁ、だからって、その奇跡に裏切られたと思ったからといって、あんな発狂の仕方をするのは、人間としてどうかとおもう。
あそこまでひどいのは、向こうの世界でもそうはいなかったぞ?
「ところで、その~、水と食料をもらったうえで、さらに図々しいことを頼みたいんだけど、いい?」
「え、やだ。
めんどくさい。」
元パンツ仮面が実に悲しそうな顔でこちらを見るが、そりゃそうだろう。
考えてみてくれ、彼女のような死にかけ発狂一歩手前の人間が、こちらにお願いをするんだ。
この手の遺言は十中八九めんどくさいことが多いのは経験上十分理解しているし、少なくともこちらの事情など知ったこともない願いであることは間違いないだろう。
「いやいや!べ、別にそんな難しいことを頼むわけじゃないよ!
……ごめん、ちょっとめんどくさいかもしれないけど、あの、その……お、お礼くらいはするよ?」
「いや、別にいらないし。
あ、でも死んだら、持ち物を物色させてもらうかも」
「え!縁起でもない!
た、ただちょっと、この瓦礫の山から脱出を手伝ってもらいたいだけで……!って、あ」
彼女はそういうと、焦った焦ったように口を手で覆う。
彼女の言いたいことはわかった。
「なるほどなるほど、これが難しくないことと。
なるほどなぁ」
「うぅ……」
つまりは彼女は、こんなただの通りすがりに、こんな周囲がゾンビにあふれた廃墟で、山ほど積まれた残骸の山の中から自身の救助を求めていると。
「……まぁ、それくらいなら、いいか!」
しかしまぁ、彼女の頼み事は思ったよりも普通のものであった。
個人的には、経験上、顔も知らない遺族への遺言届けてとか、素性も知らないのに復讐代行とかを頼まれると思っていた。
しかし、まぁこれくらいなら手助けするのもよかろうと思える内容であった。
「え!ほ、本当!あ、ありがとう!
ぼ、ボクにできることなら、なんでも協力するよ!……って、ん?何やってるの?」
「……、うん。解析終了。
これくらいなら、持ち上げるだけでいいか」
それに、実際この程度なら今の自分にとっては簡単なことであるし。
「……ふうぅぅぅ!」
「え、え、えええぇぇぇ!!」
おもむろに瓦礫の山に手を突っ込み、そのまま、彼女を腰をつっかえている石辺を持ち上げ、ずらす。
すると、瓦礫の山がわずかに持ち上がりつつ、同時に彼女の体を閉じ超えていた瓦礫がうまく彼女の体から離れるように形を変える。
そうして、彼女を閉じ込めていた瓦礫のスペースは、無事にそこから抜け出すことができるほどのスペースへと生まれ変わることになったのであった。
「っと、1割か2割減ってところかな?
これくらいすればもう自力で脱出できるだろ。
ほれ、さっさと脱出しろ。這いずるくらいなら、自力でできるだろ」
「……ごめん、実は今まで気が付かなかったけど、ちょっと腰も抜けてるみたい。
助けて」
コイツ、マジでめんどくせぇな!
◆□◆□
「いやいや!本当に重ね重ねありがとう!!
ボクの名前は、彼岸真子、気軽にマコちゃんとでも呼んでくれ!」
なお、あの後何とか、ぼろぼろになった彼女を救出。
その後、下半身の治療や、体の清掃に栄養補給。
さらには髪を整え、衣服の着替えを探したりなんかして、現在に至るわけだ。
こいつ、さすがに手間をかけすぎでは?
「なら、私の名前はシーラ・カラン……いや、日本風ならシーラ?カラ?
まあ、どっちでもいいか」
「へ~!ずいぶんと珍しい名前だね!
それに、見た目も珍しいし……もしかして、元外国人?
カナダとか、ロシアとか、そういうところ出身だったりする?」
「……なんでそう思う?」
「だって、そんなきれいな銀髪。
そうそう、日本じゃ見ないし!瞳の色もきれいだし~?
ちょっと、日本語もなまってる気がするし!」
懐かしい国名に、少し心躍りながら、改めて自分の姿を確かめる。
光反射する銀髪に、見た目こそ華奢な手足。
偽装こそしてきたつもりではあるが、明らかにこちらの世界ではない、いや、少なくともこの文明が崩壊したこの世界の地球には合わない衣服。
なによりも、そんな弱弱しく痛い女性である見た目とは裏腹に、魔法を使った物理現象を超越する馬鹿力!
こちらに来る前は、精神魔法なんかを駆使して、ちょっと痛い外国人コスプレイヤーとして、この地球旅行を楽しもうと思っていたのに。
さすがに、このゾンビあふれる崩壊した文明の中では、この格好と先ほどの魔法はいろいろと言い訳が厳しそうである。
一瞬、この世界にも魔法があればと考えたが、それだってこの世界の崩壊ぶりと空中魔力含有量の低さから、望み薄だ。
「……えっと、やっぱり、もしかしなくても、訳あり?
あの力とか、その恰好とか……。
い、いや、別に言いたくないならいいよ?
でも、全く気にならないかといえば、嘘になるかなぁ~なんて…」
はて、どうするかと考える。
ここで私が、何と答えるべきか?
馬鹿正直に異世界出身だといってもいいかもしれないが、おそらくそれはあまりに現実離れして受け入れられないだろう。
どこか適当な国出身と嘘をつくには、私自身があまりにこの世界の地球を知らなさすぎる。
異世界での自分の出身地を言うか?それこそばからしい、それには何の意味もないうえに、仮にも異世界先で自分の住む世界とその地について話す危険さは、十二分にわかってるつもりだ。無駄なリスクは負いたくない。
ともすれば考える、この場合に最適な回答は……!
「実は私、北極帝国出身なんだ。
そこでシロクマと一緒に過ごしていたんだけど、ついに温暖化のせいで故郷を出ることを余儀なくされてね。
生粋の氷箱入りお嬢様だから、世間にも疎いし、できればその世間の常識について教えてくれると助かる」
「……うん!とりあえず、詳しくは聞くなってことだね!
わかったよ!」
彼女とは仲良くなれそうだ。
どうやら、手間をかけて救った価値はあったようで何よりである。
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