第3話
「……待って、この先ゾンビがいる」
先導するマコの制止を受けて、足を止める。
彼女の指の誘導を受けて、壁の向こう覗くと、そこにはゾンビが1人、いや1匹。
口をぽっかりと開け、目もどこかうつろなのは相変わらず。
中を眺めているようにも見ているし、苦しんでいるようにも見える。
相変わらずの、漫画やゲームからそのまま抜け出してきたかのような、びっくりするほどの生きる屍ぶりである。
「幸いにも、距離は遠いし、向こうもこちらに気づいていないみたいだからね。
わるいけど、また一つ前の道まで戻って、迂回させてもらうよ」
彼女の助言通りに、彼女の手を引きながら、片道を戻る。
その後も何度か、遠方でゾンビを発見するごとに、基本的に逃げの姿勢。
少し慎重的すぎる気もするが、どうやらこれが、この世界のゾンビに対するデフォルトの対処法であるようだ。
「ゾンビはね、基本ウィルスや菌かはわからないけど、病気を持っているからね。
かまれたり、引っ掛かれると、発熱や腹痛、嘔吐に呼吸困難が起きる。
それで死亡する、または死後にそのまま放置すると同じゾンビの仲間入り、人間を襲うようになる」
どうやら、この私のいた地球によく似た、このゾンビ地球においてもゾンビはゾンビのようだ。
ウィルスとかゾンビ病とかそういうタイプの、バイオなハザード的なのが原因のゾンビ被害によって滅びた世界であるようだ。
少々日本語がおかしいことは自覚しているが、それでも私の言いたいことはわかってくれるとは思う。
だからこそ、そんなリアルゾンビに対して、こんな疑問もわいてくる。
「つまりそれは、防護服や鉄の鎧で身を固めれば、なんとかできる程度の脅威?」
「……う~ん、それでなんとかなるかと聞かれると微妙かな。
そもそもゾンビは、日ごろはのんびりしてるように見えるけど、人間に近づくと一気に活性化するんだ。
だからこそ、ゾンビは人間に近づけば近づくほど強くなるし、鎧に触れられるほど長時間近距離でいると、そのゾンビの肉体は活性化を超えて超活性化されてしまうんだ。
それこそ、防護服や鉄の鎧だって、切り裂くほどにね」
う~ん。なんというご都合悪い主義。
確かに鉄の鎧でも切り裂かれるのなら、重くてうるさくなるだけ、重装備は無謀かぁ。
でも、それなら遠距離う攻撃できる重火器がある程度通じそうのではないか?
それと投石も。
おもむろに、石を拾い、遠くに見えるゾンビに向かって全力投球!
ストライク!大当たり!どう?
「……とりあえず、ゾンビ相手の頭部攻撃は有効だよ。
頭を吹き飛ばせば動きを止めるし、こっちのこともほとんど感知できなくなるから。
でも、場合によっては、それでも再生するから、一度倒したら火葬するのがいいんだけど…。
あんまり音や臭いを発生させると、それで別のゾンビが寄ってくる場合があるそうだからね」
「世の中、そんなにうまくいかないってことか」
「……それより、さっきからちょくちょくびっくりするほどのスーパーパワー?見せてくれるけど…。
そのやり方、聞いてもいい?
というか、ボクでもそれをできたりしないかな?」
「悪いがこの技、北極帝国出身じゃないと使えないんだ。
ごめんね?」
自分の言葉にマコはやや残念気に、肩を落とす。
すまんの。でもこの技は魔力消費が前提なんじゃ。
おそらく君では無理だ。
◇◆◇◆
「いや、まだ日本政府は滅びてはいないよ」
マコはそういいながら、別の服をとりだす。
「一応、数年前まではこの日本も結構普通だったんだけど、地方から順番にゾンビが発生してね。
当初はちょっとした、流行り病扱いだったけど、次第にこれがゾンビウイルスだってばれてね。
そうなった後は一気に大混乱。
このゾンビウィルスの感染は世界レベルで、あっという間に文明が衰退。
ここみたいな地方は、あっという間にゴーストタウンだよ」
いくつかの服を物色し、それを体に合わせていく。
もっとも、中には虫に食われて穴あきの服もあるが。
現在の私たちは休憩と補給も兼ねて、とある廃墟と化しているデパートに進入中。
私としては、ただ横になるだけでも良かったが、連れに彼女的には、この機会に新しい衣服や下着が欲しいとのことで、物色も兼ねて衣服コーナーを探索中というわけだ。
結果としてはぼちぼちといったところだろうか?
私も、替えの下着が手に入るのは純粋にうれしい。
ゴムひも付きの下着とか、女性ものだとしてもうれしいからな。
向こうの世界じゃ、紐かふんどしかそもそも付けないのが普通だからな。
自分?手間を考えて紐派。ふんどしよりも割高だけど。
「それじぁ、いまだに大都市とかは無事だったりするの」
「もちろん!噂では東京や札幌、山形に和歌山とかは無事らしいよ」
なお、手自体は下着類の物色を続けるが、会話内容はこの世界についての常識を聞き出し中である。
それにしても、この世界に残った大都市として、前半2つはまだしも、後半については大都市といっていいのだろうか?
もっとも、ここは自分の知っている地球とは違うから、実はこの世界では、山形県こそが東北最大の大都会になっている可能性も否定しきれない。
自分の困惑顔に気づいたのだろう、マコはやや苦笑しながらこう言った。
「……というか、ランちゃんはそういうことも知らないのかぁ。
ゾンビとかについても詳しくないみたいだし……
もしかして、本当に北極出身だったりする?」
「いや、ランちゃんって」
「でも名前は、シーラ・カランっていうんでしょう?
それならちょっと短くして、ランちゃん!どう?かわいいでしょ?」
別に絶対いやというわけではないが、まだ出会って数日なのに、突然そんなあだ名をつけられるとは。
もうちょっとこう、呼び名で言い合うほど親しい仲でもないのでは?
「なら、シーちゃん?もしくはミス・シーラカンスあたりにするけど。どっちがいい?」
「ランちゃんでいい」
そのセンスはいらない、特に後半とか。
「まぁ、ともかく、いろいろ世間知らずのランちゃんは知らないと思うけど、確かに今の日本及び世界は割とどこも大変らしいけど…。
それでも、一部ラジオや補給くらいは残っているからね。
私たちの拠点に、来てくれたら、ラジオくらいは聞かせてあげられると思うな」
う~む、どうやら自分が当初思っていたより、この世界の人類は生き残っているようだ。
確かにゾンビが発生したし、この周り一帯が廃墟になるほどの被害は出ているのは確か。
しかし、そのそれでも、人類は滅んでいおらず、適応して生き残っているとは!
まぁ、でもよく考えたら目の前にいる少女がバイタリティや度胸こそすごいが、それでもこんな廃墟群に一人で歩いている事実のほうが異常なのだ。
「つまり、いま私たちが向かっている場所はこの地に残っている人間のコミュニティってことでいいのか」
「まぁ、コミュニティというほど大きい場所ではないけどね。
人数も100人以下だし、みんな成人になったばかりの子が多いし。
ないものは多いけど……、あ!お風呂はあるよ!どうだ!すごいでしょ!」
「おぉ、それは素直にいいね」
向こうの自分の家も、風呂を設置するのだけはマジで大変だったからな。
異世界の初期は、三日に一回水で体を拭ければいい程度だったし。
それでも、潔癖症扱いされたし。
金持ちになったら、今度は無駄に風呂がでかすぎるし。
彼女のコミュニティがどんな場所か、少し気になってきた。
「ところで、こちら下着の試着中だから、見張らなくていいぞ」
「だめ、ゾンビに奇襲されたら危ないでしょ?
私が見張ってるから、早くこの場で着替えて」
「いや、そのくらい気配で分かるし……。
さすがに、他人の前でそういうのは……」
「そういうのはいいから、早く」
「いやいやいや……」
「いいから、早く」
「早く」
正直、ゾンビ以上の身の危険を感じましたよ。
えぇ。
◇◆◇◆
かくして、衣服や下着やら雑貨やらを大量に手に入れたり、戦利品が多いから持ち運べなくて困ったり。
そのせいで、巨大なリアカーを使う羽目になったり、さらにそのせいで、移動がむしろ困難になったりもした。
が、それでもおおむね、無理なく目的の場所に到着することはできた。
「あ!ここからなら見えるね!
あそこが私たちが住んでいる場所だよ!」
そして、そこから見えるのはそこそこ大きな建物。
無数の手作り感あふれる防護柵に巨大なブロック塀。
現代日本では珍しい立派な門に、巨大な時計がチャームポイントである。
「学校かぁ」
「まぁね!公立友湿高等学校!
もっとも、私含めて、真に高校生の年齢の人はほとんどいないし、今じゃほとんどただの避難所扱いだけど、ね!」
う~ん、確かにそこはある意味では集団生活としては最適な場所なのかもしれない。
調理室や薬品も道具もそろっているだろうし、なんなら保健室という名の医務室もある。
見たところ、無数の手作り柵や落とし穴、なんなら見張りや門番モドキも見える。
意外としょぼいというべきか、案外しっかりしている見るべきか。
判断が難しいところである。
「今回の遠征は絶対死ぬって思ったけど……。
まぁ結果として生き残れたうえに、得るものも多かったからね!
結果的には大成功だよ!」
「まぁ、自分がほとんど運んだけどね」
というか、こやつ、自分が割と平常でも軽い怪力くらいなら発揮できると知った瞬間、平然とリアカーに荷物増やしやがったからな?
流石に、大型家電や巨大バッテリーまで入れ始めた時は、マジかコイツって思ったぞ。
ベビーベットなんてものを入れようとしたときは、顔面チョップを食らわせたが。
「いやね、それに関しては、本当に悪かったよ!
でも、ちゃんとお礼はするつもりだからね!
学校に戻ったら、ごちそうとお風呂を用意するからさ!」
「いや、ここまで運んだし、もう、きみも無事に帰れそうだから、私は帰るつもりだけど?」
この後、めちゃくちゃ泣いてわめかれた。
おかげで帰還するまでに、すごく長い時間をかける羽目になったとさ。
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