第27話 爆乳機関車 んほぉーマス♪

「ちょっ、おまっ!? なにやってんの!?」

「ご、ごめん、ししょー。これ以上は、もう走れないよぉ~」

「いや、走ってねぇよ!? まだスタートラインだよ、よこたん!?」



 決勝戦。


 オカマ姉さんの策略により、急遽ビーチバレーから『手押し車400メートル走』へと競技が変わった、砂浜のスタートラインにて。


 我が馬となる愛馬、ヨウコ・コヒツジは1歩も動くことなく、砂浜へとダイブしていた。



『おっとぉ!? 獅子本・若林ペアのロケットスタートとは対称に、大神・古羊ペア、スタートラインから1歩も動けなぁぁぁぁいっ! なにかのエンジン・トラブルかぁ!?』

「頑張れ、古羊! 優勝して一緒にうまぴ●い♪ するんだろ!?」

「ふぐぐぐぐぅ~っ!? ――ぷはぁっ!?」



 お顔を真っ赤にしながら、その細腕をプルプル震わせながら、何とも立ち上がろうとする古羊。


 が、その度に、べちゃっ! と砂浜へと力なくダイブしてしまう。


 その姿はまさに、生まれたてのメス豚のソレっ!


 お、俺の愛馬が、ずきゅんどきゅん走り出さない件について。



「も、もうダメだぁ……。ごめんね、ししょー? ボクはここまでみたい。ボクを置いて先に……」

「バカ野郎! おまえを置いて行けるワケねぇだぇろ! ルール的にも」

「ししょー……」

「古羊……」

『さぁっ! 大神・古羊ペアが三文芝居をしている間に、獅子本・若林ペアは100メートルを走破したぞぉ! これはもう、獅子本・若林ペアの優勝が確定したかぁっ!?』



 古羊が走り出さない代わりに、俺たちの恋が走り出す――よりも速く、実況のお姉さんのキンキンうるさい声が肌を叩いた。


 見ると、オカマ姉さんとタケルくんコンビは遥か彼方の方へと、順調に歩みを進めていて、ヤバいっ!?


 こ、このままだと、ご褒美のおっぱいどころか、オカマさんのお嫁さんルートに突入してしまうっ!?


 ど、どうすればっ!?



『獅子本・若林ペア、速い、速い! まさに人馬一体! まるで1匹の獣のように、颯爽と砂浜を駆けていくぞぉぉぉっ!』



 俺が迷っている間にも、オカマ姉さんたちはゴールへと近づいていく。


 それと同時に、実況と観客の意識が、俺たちから先頭を独走しているオカマ姉さん達に集中し始める。


 もはや俺に残された道は、棄権か、オカマ姉さんのお嫁さんになるかの、2つに1つしかないのか?



「……いや、違う」

「ししょー?」



 怪訝けげんそうな瞳で俺を見上げる、なんちゃってギャル。


 俺はそんなギャル子を無視して、魂の声に耳を傾けていた。


 何のためこの5本の指がある?


 何のために、この2本の足がある?


 道がなければ、作ればいい。


 この5本の指で作ればいい!


 そうだ。


 大神家たる者、運命を鼻で笑い、宿命を蹴り変えろ。


 その5本の指で、新たな運命を切り開け――大神士狼っ!



「――ッ!」



 瞬間、カチッ! と俺の中で何かのスイッチが切り替わった。



「古羊。このままじゃ、どうあがいたってオカマ姉さん達には勝てねぇ。だがっ! ルール上、グレーゾーンになるとは思うが、恐らく『コレ』ならイケるはずだ。……この勝負、俺に預けてみる気はねぇか?」

「ししょー……」



 俺と古羊はスタートラインで微動だにせず、お互いの目を見合った。


 俺は古羊の回答を待ち、古羊は己の魂の回答を待っていた。


 永遠に感じるような、一瞬の静寂。



「……たとえ勝率が10パーセントだろうが、1パーセントだろうが関係ないよ」



 にやっ、と古羊は不敵に微笑んだ。




「――ボクがししょーを信じないワケが、ないでしょ?」

「オッシャ! よく言った、古羊! 逆転するぞ、ここからは俺たちのステージだ!」




 確率を越えろ、奇跡を起こせ! をキャッチフレーズに、俺は古羊の足首を手放した。




「行くぞぉぉぉ――どすこいっ!?」




 雄叫おたけびと同時に、古羊の足を再び掴む。


 足首ではない、彼女の太もも……いなっ!


 足の付け根だっ!


 刹那、古羊の身体が持ち上がり、彼女1人分の体重が俺の両腕にのしかかった!



「キャッ!? ……えっ? えぇぇぇっ!? し、ししょーっ!?」

「爆乳機関車ヨウコ・コヒツジ、発進!」



 瞬間、俺は短距離走の選手が如く加速した。


 古羊の身体は俺に持ち上げられ、その爆乳は宙に浮いており、実質、俺は荷物を抱えて1人走っているようなモノ。


 おかげで手押し車よりも断然、コッチの方が速い!



「ちょ、ちょっと待ってししょー!? こ、これはマズい、色んな意味でマズいよ!? ぼ、ボクのアソコに、ししょーのその……あ、【アレ】がっ!? 左右に動くたびに嫌っていうほど伝わってきて……こ、これはダメだよ!?」

「あっ、コラ! 暴れるな!? チクショウ、これならどうだ!?」



 俺は古羊の足を掴む手に力を入れ、彼女の動きが取れないように腰に、というより股間に身体を押し付けた。


 途端に、間髪入れずに古羊が「ふわぁぁぁ――っ!?」と、悲鳴にも似た声をあげた。



「あ、危ない!? これは本当に危ないよ!? ししょーのでこが、ボクのぼこ結合ジョイントしちゃうっ! 結合しちゃうよ!?」

『んっ? おっ! どうやら、やっと大神・古羊ペアがスタートするようで……す……あぁっ? な、なんだアレはぁぁぁっ!? 公衆の面前でナニをやっているんだ、あのバカップルはぁぁぁっ!?』



 オカマ姉さんたちに意識が向いていた実況のお姉さんが、何故か驚いたような声をあげていた。


 が、構わず俺は身体を加速させる。


 オカマ姉さん達との距離まで、おおよそ残り200メートル。



『は、速いっ! 確かに速いっ! ……が、アレ完全に入ってるよね!? って、うわぁぁぁっ!? お、大神選手が腰を振り始めたぞぉぉぉっ!? ほんとナニやってんだ、このバカップルはぁぁぁぁぁっ!?』



 実況のお姉さんの悲鳴を切り裂くように、俺の身体はさらに加速する。


 前へ、前へ。


 ひたすら前へっ!


 ゴールまで残り300メートル。


 オカマ姉さん達の距離まで、残り100メートル。



「来たわねダーリンっ! タケル、スピードが落ちてるわよ、もっと上げなさいっ!」

「ハァハァっ!? こ、これ以上は無理です、隊長……」



 200メートルを超えたところで、タケルくんの体力が底をついたのか、もはやスピードは微々たるものだ。


 それでも気合と根性で1歩、また1歩と歩みを進めるタケルくんに、俺は心の中だけで称賛の言葉を贈った。


 だが悪いなタケルくん。


 この勝負、俺たちが貰うぞっ!



『完全に走る猥褻物わいせつぶつことチームむちむち、いや、むちむチーム。勝負をひっくり返す気だぁぁぁぁっ! だが獅子本・若林ペアはもうゴール目前っ! これは間に合うのかぁぁぁぁっ!?』

「上等っ! 七星セブン・スターの【猫足】を舐めるんじゃないわよっ! 行くわよぉぉぉぉ――おんどりゃぁぁぁぁぁっっ!?」



 雄叫び一閃。


 もはや新時代の幕開けを予感させる怒声と共に、オカマ姉さんがタケルくんの足の付け根をガッツリと握りしめ、思いっきり宙へと持ち上げ……っ!?


 こ、これは、まさかっ!?



『おぉ~とっ!? 獅子本選手、大神選手と同じく、相方を持ち上げて走り出したぞぉぉぉっ!? 2人とも、これでもかと腰を振っていて……我々は今、一体ナニを見せられているんだぁぁぁぁぁっ!?』



 オカマ姉さんは俺と同じく、タケルくんを腕力だけで持ち上げ、己の腰を彼の腰に密着させたまま、ゴールに向かって全力疾走し始めた。


 は、速いっ!


 今までの数倍、スピードが上がっている。


 ――が、はたから見たら『アレ、完全にお尻に入ってるよね?』という状態であり……こ、公衆の面前でなんて非常識なヤツらなんだ!?


 ここは法治国家なんだぞ!?



「ま、待ってください隊長っ!? こ、これはアウトですっ! これは完全にアウトですっ!というか嫌です、止めてくださいっ!?」

「こらタケルっ! 今はレースに集中しなさいっ!」

「で、でもっ! 隊長の逸物いちもつが走るたびに、こう右に左にと、オレの股ぐらにダイレクトに伝わってきて……もう負けましょう!? もう負けていいので、棄権しましょうっ!」

「バカ言ってんじゃないわよ、今さら止められるワケないでしょ! さぁ、ラストスパート。勝ちにイクわよ!」

「もう言葉がアッチのアレにしか聞こえないです、隊長ぉぉぉぉ――っっ!?!?」



 タケルくんの乾いた叫びを燃料に、さらにグンッ! と加速するオカマ姉さん。


 うぐぐぐぐっ、負けてたまるかぁぁぁぁぁぁっ!!



『獅子本選手と大神選手、さらに身体と腰を加速させたぞぉぉぉっ!?』

「「はぁぁぁぁぁぁぁ――っっ!!」」

「「いやぁぁぁぁぁぁ――っっ!?」」



 俺とオカマ姉さんの気合が重なり、古羊とタケルくんの泣きそうな声が歓声を切り裂いた。


 ゴールまで残り100メートル。


 オカマ姉さん達との距離まで、残り3メートル。


 たった3メートル、あと3メートルなのに……っ!



「チクショウッ! これ以上、距離が縮まんねぇっ!?」



 腹に力を入れるが、加速は微々たるモノで、すぐそこに、オカマ姉さんの背中があるのに、3メートルの壁が越えられない。


 焦りのせいか、酸欠のせいかは分からないが、視界が歪む。


 額からあふれ出た汗が目に染み、「くたばれ士狼ぉぉぉ――ッ!?」「獅子本さん、負けないで……っ!?」「ふざけんな、牛乳女っ!? そこ代われぇぇぇぇぇ――っ!?」「タカさん、もう帰りませんか?」という甲高い音が聞こえてくる。耳鳴りだ。


 ここまで身体を酷使こくしし続けているというのに、それでも追いつけないというのか?


 負けるのか、この俺が?


 絶望が、背中を掴む。



「――ッ!?」



 不意に力が抜け、身体がグラついた。


 いつの間にか、古羊の足を持つ手がプルプルと痙攣けいれんしていた。


 脹脛ふくらはぎも、太ももも、お尻も、腰を痛めないように力を入れていた腹筋さえも、ピクピクと小刻みに震えだしていた。



「どうやら、ここが限界のようねダーリン」



 チラッ、と背後に振り返ったオカマ姉さんが、勝ち誇ったような笑みでそう口にする。



「限界……?」



 本当に?


 俺はここまでなのか?


 もうここが、限界なのか?
















 ……いや、違う!



 俺の限界は誰が決める?


 俺が決めるんだ!


 他人が無理だって言うのなら、まだイケる。


 俺は走れる!


 他人の決めた限界なんてテキトーだ、嘘っぱちだ。


 俺は歪む視界の中、そそり立つ古羊のおっぱいを見て……力を貰う。


 そうだ、俺はこのおっぱいを見るんだ!


 ぶっ倒れるまでやらずに、限界もクソもあるかっ!


 恥を知れ!


 行くぞっ!



終止符ピリオドの向こうへっ! プルス・ウルトラァァァァァ――――ッッ!!」

『こ、ここに来て大神選手、さらに加速っ!? な、なんという爆発力っ! 一体ナニが彼をそこまで駆り立てるというのか!?』



 全身の毛穴という毛穴から、汗が噴き出る。


 体中の細胞が、ひたすらエネルギーを貪り喰らい、パワーへと変換していく。


 熱い、身体が熱い。


 でも足りない。これじゃ足りない。


 もっとだ、もっと力を寄こせ!


 真っ白に燃え尽きるまで。



「俺を熱くさせろぉぉぉぉ――っっ!!」

『な、並んだぁぁぁぁっ! 残り30メートル、あの絶望的なまでのハンデをものともせず、大神選手、今、獅子本選手と並んだぁぁぁぁぁっ!』

「うぐっ!? さ、流石は喧嘩狼ね? でも……この勝負だけは、絶対に渡さないわよ!」



 苦悶の表情を浮かべながら、残りの力を振り絞って、オカマ姉さんが加速する。


 俺の身体は、もう既に体中の筋肉繊維が悲鳴をあげ、ガス欠寸前だ。


 でも、それがどうした?


 大した事じゃない。


 なんせまだ、俺には執念が残っている!



「飛べよぉぉぉぉっ!」



 人はおっぱいのためなら、限界を超えられる。


 その事を証明するかのように、ポンコツの身体がさらに加速する。



「う、噓でしょっ!? まだ加速するの!?」

「ハァハァ……。お、お待たせ姉さん。待った?」



 ギョッ!? と目を見開く、オカマ姉さんの横に再び並び立つ。



「それじゃ、最後の勝負といきますか?」

「ふふっ、上等じゃない。それでこそ、あたしのダーリンに相応ふさわしいわっ!」

「「ハァァァァァ――ッッ!!」」



 雄叫びと共に、己の身体に鞭を打つ。


 ゴールまで残り50メートル。


 泣いても笑っても、これがラストラン。



「た、隊長っ! もうマジで勘弁してくださいっ!? 隊長のアレが、こすれた刺激かどうかは知りませんが、うっすらアレになってて……股間の不快感が凄まじいですっ! もう棄権してください、お願いしますっ!」

「し、ししょーっ!? なんかムクムクしてるっ!? お股のあたりで、ししょーの何かがムクムクしてるよっ!? え、エイリアンッ!?」

「「しゃらくせぇぇぇぇぇ――ッッ!!」」



 タケルくんと古羊の泣き声がハモッて聞こえた気がしたが、きっと疲れによる幻聴だろう。


 ゴールまで残り10メートル。


 そして、俺たちは――


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