第6話 森実祭1日目 ~コスプレ女装おにぎり喫茶【どうしてこうなった?】編~

 1学期期末テストも無事に終了し、終業式が終わった翌日の土曜日の早朝にて。


 俺たち2年A組男子一同は、我らが女神さま率いる2年A組女子一同の前に黙って整列させられていた。



「まぁ、ざっとこんなモノでしょうかね?」

「お、おぉ……っ!?」

「これはっ!?」

「す、すごいや会長っ! あの残念を通り越して、もはや殺意すら抱きかねない2年A組ウチの男共が、ここまで可愛くなるなんてっ!」



 教室のあちこちで、女の子たちのキャーキャーわめく黄色い声が、五月雨のように肌を叩く。


 が、残念なことに男子一同のテンションは地を這うほどに低い。


 その表情はみな、どこか死地に向かう戦士のように暗く、重い……。



「どうしたんですか、みなさん? そんな泣きそうな顔をして? 今日は待ちに待った森実祭なんですから、もっとテンションを上げていきましょうっ!」



 おーっ! と猫を被った芽衣が、可愛らしく拳を天にかかげてみせる。


 普段のバカどもであれば「かわEEEEEEEEッッ!!」と狂喜乱舞し、無意味に腰を振っているところだろうが……残念ながら今日は誰も歓喜の声をあげなかった。


 そう、今日は待ちに待った森実祭。


 それはつまり、2年A組の女の子に制服エプロンを着てもらいながら、あわよくばコスプレしてもらい、このクソッたれな世の中を生きていくための活力を補充する日になるハズだった。



 ……ハズだったんだ。



 なのに、それなのに……。



「どうして、こんなコトになったんや……?」



 俺の横に居た元気が――いや、もはや元気と呼ぶのもおこがましい『ナニカ』が、泣きそうな声でココに居る男たちの心の声を代弁した。


 ピッチピチのバニーガールの衣装を無理やり着こんだガタイのいい親友の視線の先には、これから教室で行われる狂乱の宴を告知するべく、ドアの前に置かれるであろうデカい立て看板があった。




『コスプレ女装おにぎり喫茶【どうしてこうなった?】』





「ほんと、どうしてこうなったんだろうね……?」



 悲しみに暮れる俺の声が、ポロリと唇からまろびでる。


 その魂の叫びに同調するように、元気の隣に居たアマゾンが死んだ魚のような目で頷いた。



「本当なら今頃、コレは女の子たちが着てくれているハズだったのに……」



 そう言って婦警さんの格好をしたアマゾンが、ガックリと肩を落とした。


 いや、アマゾンだけではない。


 他の野郎共も、面白がった女の子たちの巧みの技術により、なんということでしょうっ!?


 チアガールやら猫耳メイド服、チャイナドレスにマジカル☆チェンジ!


 1人残らず即席コスプレイヤーに魔界転生♪


 結果、教室内は魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこするモンスター展覧会へと早変わりしていた。



「ヤベェよ、今年は親が見に来るのに……」

「どうしよう? ボク、ちょっと気持ちよくなってきちゃった……」



 新たな性癖の扉をノックしかけているクラスメイトを尻目に、俺は自分の格好を見下ろした。


 そこには純白のナース服に身を包んだガチムチの男がり……うん。


 一言で言って死にたくなった。



「なぁ芽衣? 俺は1つ悟ったよ」

「どうしたんですか士狼? そんな今にも死にそうな顔をして? ナニを悟ったんです?」

「マンガやアニメじゃさ? 主人公の男が女装すると、それはもう美少女と言っても差しつかえないくらい、とびきり可愛くなるワケじゃん? でもさ? 逆説的に言えば、主人公以外のモブキャラが女装したところで、それはもう『バケモノ』以外の何者でもなくてね――」

「……相棒。もういい、やめるんや」

「あぁ、ソレ以上は悲しくなる」



 元気とアマゾンが揃って首を横に振る。


 その姿が妙にツボに入ったのか、女の子たちが再びキャーキャー喚き出す。



「いやぁ~んっ! 2人ともキモ可愛い~♪」

「写真撮るからコッチ向いてぇ~っ!」

「ヤッバ! キモ過ぎて逆に笑えてきたっ!」

「「「「「…………」」」」」



 その日、俺は確かに野郎共の心がへし折れる音を聞いた。



「もう、そんな顔しないでくださいよ皆さん。大体その服、皆さんが用意したんじゃありませんか?」



 芽衣がそう口にした瞬間、我が意を得たりと言わんばかりに、女の子たちが「そーだっ! そーだっ!」と声をあげ始める。



「どうぜあたし達にソレを着せて、エロい妄想でもしようとしてたんだろ?」

「そんなのお見通しだっての!」

「自分たちで用意したんだがら、ちゃんと責任を持って自分たちで着なさいよね!」

「大丈夫。裏方はアタシらがやるから、あんたらはその格好でホールを駆けずり回っていればいいわ!」



 そう言って幾人かの女子生徒は高笑いと共に、おにぎりを準備するべく教室をあとにしていく。


 芽衣率いる残ったメイク担当の女子生徒たちは、今にも死にそうな顔を浮かべる俺たちボーイズに向かって、今日の予定を説明し始めた。



「それでは皆さん。時間もありませんし、手短に今日わたし達のやる『コスプレ女装おにぎり喫茶 【どうしてこうなった?】』のお仕事の流れを説明しますね?」



 テキパキと本日の業務内容を口にする芽衣。


 その内容を簡単に要約すると、まぁこうなる。


 まず受付をしている女子生徒が、教室に入ろうとするお客さんに『おまかせ』か『指名』を選んでもらう。


『指名』を選ぶと、受付からカタログを手に入れることが出来る。


 もちろんカタログに載っているのは、俺たち2年A組の野郎共の顔写真である。


 いつの間に撮影したのか、パソコンで修正・加工しているおかげで、それはもうどこに出しても恥ずかしくないイケメンへとメタモルフォーゼ♪


 そしてそのイケメン☆パラダイスな花盛りな俺たちの中から1人の野郎を選ぶと、ようやく席へと案内される。


 席についてしばらく待てば、『指名』された野郎が【おひつ】とおにぎりの具を持って現れる。


 野郎はお客さんを楽しませるべく、目の前でおにぎりを握りながら、軽快なトークで心もお財布も軽くさせ、たくさんおにぎりを注文させる。



「――というのが、今日の皆さんのお仕事の流れです。ちなみに『おまかせ』の場合、手の空いている男の子が来ます。『おまかせ』は『指名』よりも値段が安いので、おそらく最初の方は『おかませ』メインになると思います」



 そう言ってニッコリと微笑む我らが女神さま。


 ……あぁ、分かっている。


 みなの言いたいことは分かっている。


 このシステムはもう、完全に『アレ』である。


 頭の最初が『キャ』で始まり『ブ』で終わる、8文字の風俗営業の……。



「おや? ナニか言いたそうな顔ですね皆さん?」

「ねぇ芽衣ちゃん? 色々言いたいことはあるんだけどさ? このカタログ……完全にパネルマジックだよね? というか『キャバクラ』だよね、コレ?」

「キャバクラではありません。コスプレ女装おにぎり喫茶です」

「いやキャバクラだよっ! 純然たるキャバクラ・システムだよコレ!?」



 なんでコイツ、こんなにキャバクラに詳しいんだよ!?


 というツッコミを何とかこらえ、支店長に逆らうキャバ嬢の心持ちで、俺は芽衣に喰ってかかった。



「ちょっと芽衣ちゃ~んっ!? 分かってる!? 今回の森実祭はクラス展示で1位になったら、豪華賞品が貰えるんだよっ!?」

「えぇっ、もちろん分かってますよ?」

「いいや、分かってないね! こんな悪ノリのお店、絶対に繁盛しないよ! 絶対1位取れないよ!?」

「いいえ。分かっていないのは、士狼の方です」



 芽衣は「やれやれだぜ……」と某奇妙な冒険に出てくる第三部の主人公のように肩を竦めてみせると、何故か勝ち誇った笑みを顔に張り付け、





「断言します。この『コスプレ女装おにぎり喫茶【どうしてこうなった?】』は確実に繁盛します。これは確定事項です」





 そう言ってニンマリと笑みを深める芽衣に、俺たち野郎共は心の中でこう思った。


 絶対に繁盛しない、と。

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