第7話 普通科高校の優等生

 ――大繁盛である。


 森実祭1日目、開始1時間が経過した校内にて。


 我ら2年A組のクラス展示『コスプレ女装おにぎり喫茶【どうしてこうなった?】』は、他クラスの追随ついずいを許さないレベルで大繁盛していた。



「……マジかよ」

「ほらね。アタシの言った通りになったでしょう?」



 猫を被るのやめた芽衣のどやぁっ! と言わんばかりの自慢げな声が鼓膜を揺さぶる。


 現在俺は芽衣と一緒になって、教室の扉からひょっこり顔を出して廊下の受付を見ているのだが……もう、凄いぞ?


 俺たち従業員の心境とは裏腹に、我がクラス展示はとんでもない盛り上がりを見せていた。


 開店1時間後だというのに、もう人足は途絶えることなく、外に行列が出来ている。


 おかげで、さっきから『指名』が入りっぱなしの元気とアマゾンが、せわしなく【おひつ】とおにぎりの具を持って、教室を駆けずり回っており……控えめに言ってクラス展示は大成功である。



「すげぇな芽衣。なんでコレが繁盛するって分かったんだよ? エスパーなの? エスパー芽衣さんなの?」

「各クラスの展示内容を確認した時から思ってたのよ。みんな真面目に喫茶店し過ぎだなってね。だから絶対にこういう『ゲテモノ枠』がバズるって、アタシには確信があったワケ」



 にしし♪ とイタズラが成功した少年のように素朴に笑う芽衣。


 チクショウ、可愛いじゃねぇか……。


 なんだが負けた気分になり、落ち着かないでいる俺の心に追い打ちをかけるかの如く、芽衣は他人にはめったに見せない無邪気な笑みを俺に向けてきて、



「どうせミスコンはアタシが1位になるから、これで豪華賞品はアタシたちのモノよっ!」

「お、おぅ……そうだな」

「……なんで顔を赤くしてるの士狼?」

「な、なんでもないっ!」

「???」



 怪訝そうな瞳を向ける女神さまから逃げるように、ついっと視線を明後日の方向へ向ける。


 が、何故かそんな俺の視線を「逃がさんっ!」と言わんばかりに、芽衣の顔が追いかけてきて……ちょっ、やめて!?


 今、俺の顔を見ないでっ!


 恥ずかしくて死んじゃうっ!?



「かいちょーっ! そろそろ体育館でミスコンの予選審査するから、準備の方をお願いって運営委員会の人が言ってるよぉ~っ?」

「はーいっ! 今いきまぁーすっ!」



 教室内に振り返ると、ボーイのマネゴトをしていたウチの女子生徒の隣で、気が弱そうな男子生徒がモジモジと俺たちの方を見て、ダンゴ虫よろしくマゴマゴしていた。


 芽衣は素早く『生徒会長モード』の笑顔を顔に張り付けながら、背後に桜の花びらを散らして2人に応じる。


 が、視線を切った瞬間、いつもの気怠(けだる)げな表情で「チッ」と小さく舌打ちをこぼした。



「いい所だったのに……。もうそんな時間なのね」

「相変わらず、精神状態が気になる切り替えの速さだよなぁ……」

「うるさいわよ、駄犬? いい? アタシが居なくても、ちゃんと仕事すんのよ?」

「うるせぇ、うるせぇ。おまえは俺の母ちゃんか? というかミスコンの準備、早くねぇか? 確か、お昼からだったよな?」

「アタシは去年の優勝者だから、打ち合わせのためにも、他の出場者より1時間入りが早いのよ」

「ひ、羊飼さーん? 最終確認もあるので早くしてくださ~い」



 気弱そうな男子生徒が焦れたような声を出して、芽衣をかしにかかる。


 芽衣は「ごめんなさーい、すぐ行きまーす!」と甘い声を作りながら、男子生徒の方へ駆け出す――ことなく、何故か再確認するように俺の方へと振り返った。



「あっ、そうだ士狼。明日は朝から予定を空けておきなさい」

「いいけど、なんで?」

「……察しの悪い鈍犬どんけんねぇ。そんなの一緒に周るからに決まっているでしょ?」



 にひっ♪ と屈託なく笑う芽衣に、思わず心臓がドクンッ! と高鳴った。


 だ、だからさぁ!? そうやって油断しているところに強襲してくるのは、よくないと思うんだよなぁ、俺はさっ!


 男心は繊細なんだぞ?


 ちょっとのコトで簡単に恋が走り出すんだからな!?



「あっ、一応言っておくけど、勘違いするんじゃないわよ? これも士狼のデリカシーの無さを矯正きょうせいするための特訓なんだからね? だから洋子にはくれぐれも……く・れ・ぐ・れ・もっ! 明日のコトは喋るんじゃないわよ? 分かった? 分かったなら返事は!?」

「へ、へいっ! 了解いたしましたっ!」

「んっ、よろしい♪」



 俺の返事に満足したのか、芽衣は上機嫌な足取りで、例の気弱そうな男子生徒のもとへ歩いていく。


 そのまま一言二言、会話を交わすなり、2人して教室をあとにした。


 俺は去って行く芽衣の後ろ姿を眺めながら、1人「はて?」と首を捻る。


 なんで明日のコトは古羊にはナイショなんだ?


 知ってのとおり、俺のデリカシー矯正特訓は、元(もと)をただせば、古羊の男性恐怖症を克服するために派生したプログラムである。


 古羊が男性恐怖症を克服しようにも、女性に慣れていない協力者である俺のデリカシーに欠ける発言のせいで、中々思うように治療が進まないコトに憂慮(ゆうりょ)した芽衣によって、半ば強制的に始まったこのプログラム。


 その内容は、まぁ実に脳筋理論といいますか……芽衣とデートを繰り返して、俺を無理やり女性に慣れさせ、デリカシーに欠ける発言を矯正しようという素晴らしいアイデアで……うん。


 まぁ、ぶっちゃけ『力技でなんとかしようっ!』という実にパワフルな計画である。


 もちろん、この件は古羊も知っているし、何やかんや文句を言いつつも協力してくれるのだが……う~ん?


 なんで明日の件は古羊にはナイショなんだろう?



「ダメだ、さっぱり分からん」

「大神ぃ~っ! 『指名』が入ったから準備しろぉ~っ?」

「おっ? やっとか。ほいほ~いっ!」



 思考の迷路に彷徨さまよいかけた意識を一旦リセットし、俺はボーイ役の女子生徒の方まで歩いて行った。


 さぁ、森実祭1日目っ! 気合を入れて頑張るぞいっ!

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