第4話 ぼくとギャル子さんの700秒戦争
森実祭に使う備品を確認するために校舎裏の体育倉庫へやってきて、はや2時間。
気がつくと、芽衣に渡されたチェックリストも残りわずかとなっていた。
「す、すげぇな古羊……。あんなに乱雑に置かれていた備品の数々を、こうもあっさり見つけ出すとは。名探偵でも真実を見つけ出すのに数時間はかかるっていうのに……。プロかよ、おまえ?」
「えへへ……実はこういうチマチマした探し物は結構得意なんだ!」
照れたような笑みを溢しながら、どこか得意げな顔を浮かべる古羊。
もちろんその間も彼女の手は別の独立した生き物のように、次々と備品をチェックしていく。
流石はあの芽衣が生徒会庶務に選んだけのことはあるぜ。
俺の秘蔵コレクションを暴き出した経歴はダテじゃない。
「どうやら次で最後みたいだね」
「おぉっ! 芽衣には3日はかかると言われていたチェックリストが、わずか2時間ちょいで全部片付くとはっ!? ……絶対におまえにだけは俺の部屋を掃除してほしくないわ」
「な、なんでっ!? なんでししょーの中でボクの株が下がっているの!?」
驚愕の瞳を浮かべる古羊に対して、俺も驚愕の瞳で彼女と相対する。
いやだって、ねぇ?
チミに俺の部屋を掃除させたら、絶対に我が秘蔵コレクションどころか、勉強机の3段目の引き出しの二重底になっている場所に隠している大人のオモチャ(意味深)まで暴きだされそうなんだもん。
何なのおまえ? 名探偵なの?
じっちゃんの名にかけて大人のオモチャを探し当てるの? じっちゃん泣くぞ?
「むぅ……そこまで言われたら意地でも掃除したくなっちゃうなぁ」
「マジで勘弁してください、100円あげるから」
「いらないよぉ。冗談だから。土下座しようとしないで、ししょー?」
「そっか、土下座はナシか……」
「なんでちょっと物足りなさそうな顔をするの?」
もうコイツの前で膝を折ることに何の抵抗も覚えない俺に、古羊はやんわりと静止をかける。
床に片膝をついて、いつでもスタンバイOKだった俺は、しぶしぶ砂のついた膝を手で振り払いながらその場で立ち上がる。
がその瞬間、ぶるっ、と俺の背筋に青い電流が駆け巡った。
「あぁ~、すまん古羊。ちょっとお花を狙撃してくる」
「トイレって普通に言いなよ、もう」
ポッ、と頬を朱色に染めながら、こそっと俺から視線を外すなんちゃってギャル。
その仕草を了承と受け取った俺は、いそいそと体育倉庫を後にしようと、扉に手をかけ、
――ガチャン。
「あれ?」
「どうしたの、ししょー?」
「いや、ちょっと待ってくれ。今、状況を把握するから」
「?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる古羊を尻目に、もう1度倉庫の扉を引っ張る。
――ガチャン。
――ガチャン、ガチャン。
――ガチャガチャガチャガチャガチャンッ!
「ほほぅ?」
何度引っ張ろうが、貞操観念ガチガチの人妻のお股のごとく、ピクリと開かない扉。
ふむふむ、なるほど。
これはつまり……そういうことか?
ようやく1つの結論に達することが出来た俺は、キョトンとした顔を浮かべるギャル子さんに向かって、にっこり♪ と笑顔を浮かべてみせた。
「コホンッ……。さて、ここで古羊に重大なお知らせがあります」
「? どうしたの? そんな改まった言い方をして? ししょーらしくないよ? それよりも、早くトイレに行った方がいいよ?」
「いやぁ、それがさ? どうやら行きたくても、行けないみたいなんだわ」
「へっ?」
「……閉じ込められたみたい、俺たち」
ぽかんっ、とした古羊の瞳が次第に見開かれていき。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~っ!?」
と素っ頓狂な声が、倉庫に嫌と言うほど反響した。
古羊は慌てて扉まで近づき、さっきの俺と同じように何度も扉を動かそうと奮闘するが、そこはディフェンスに定評の体育倉庫。
もうね、1ミリも動く気配がしないよね。
頑固おやじの心並みに開く気配がしないよねっ!
「ほ、ほんとに閉じ込められちゃった!? ど、どうしようししょーっ!?」
「まぁまぁ、落ち着けって? 俺たちがここに居ることは芽衣も知っているんだし、そのうち助けがくるだろうよ」
そんな悠長なことをつぶやきながら、少しカビ臭いマットの上に腰を下ろす。
古羊も座れよ、とマッドの上をポンポンと叩くが、一向にその場を動こうとしない、なんちゃってギャル。
それどころか、どこか言いにくそうに口をもにょもにょさせながら、しきりにモジモジと膝を擦り合わせていた。
「あ、あのねししょー? じ、実はね……ボクもなの」
「うん? 何が?」
何が『ボクも』なの?
主語をつけてくれ、主語を。
と俺が口を開くよりもはやく、古羊がそのメープルシロップにつけた果実のようなぷるぷるの唇を動かして、こう言った。言ってしまった。
「ぼ、ボクもその……お、おトイレに行きたいっ!」
「誰かぁ!? 誰か助けてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――いっ!?」
気がつくと俺は『君に届け』と言わんばかりに。
――ガンガンガンガンッ!
と、固く閉ざされた扉をノックしまくっていた。
チクショウっ!? 某初号機パイロットの心の壁よりも固いんじゃねぇの、コレ!?
もう誰ぇ? ATフィールド展開してるの?
いや、お茶らけている場合じゃないぞ、俺っ!?
「おい古羊っ! どっちだ!? 大か、それとも小か? それによっては、このミッションの難度が変わってくるぞ!」
「で、デリカシーッ!? 女の子にそんなこと聞かないでよっ!?」
「恥らってる場合か! 事は緊急を要するんだぞ!?」
うぅ~、と子犬のように小さく
「声が小さい! もっと大きな声で!」
「えぇっ!? だ、だからそのぉ……。お、おしっこ、の方だよぅ。うぅ……」
顔を真っ赤にして俯いてしまう古羊。
なんでこう、恥らう女の子はこんなにも可愛いらしいのだろうか?
こんな時だというのに、ちょっと興奮しちゃった♪
泣きそうな顔で「いじめないで……」と
が、今は彼女をイジっている場合ではない。
事は一刻を争っていた。
「うぅ……ど、どうしよう、ししょー? 実はけっこう限界が近いんだけど……」
「『どうしよう』って言ったって、この状況じゃどうすることも……あっ!」
相当急激な尿意だったのだろう。
荒い吐息を繰り返しながら、時折「くぁっ!?」と短く悲鳴を上げ、小刻みに身体を揺する古羊。
そんな古羊のすぐ近くで、俺はある透明な物体を発見した。
「やったぞ古羊! こんなところに空のペットボトルが落ちてるぞ!」
「しないからね!? 絶対にソレにはしないからね!?」
「安心しろ、コレは万が一の備えだ。別の案はもう用意してある」
俺は古羊の傍に落ちていたペットボトルを拾い上げながら、彼女の足下に跪(ひざまず)くように腰を下ろして、
「俺が古羊のトイレになろう」
「ソレ前に聞いたよっ! 却下だよ、却下っ!」
「安心しろ古羊、4割冗談だ」
「半分以上本気だっ!? だ、誰か助けてぇぇぇぇぇっ!? メイちゃぁぁぁぁぁんっ!?」
「じょ、ジョーダン、ジョーダン! マ●ケル・ジョーダンだってば! ちゃんと他の案を用意してあるから、そんなゴミを見る目で師匠を見るんじゃありません」
「……冗談が質《たち》悪いよ」
それは、頑張れば人ひとり分くらいなら、ギリギリ通れそうな大きさの窓だった。
「俺が古羊を肩車するから、古羊はあの窓から脱出し、用を足して来い。ついでに誰か呼んで倉庫の扉を開けてくれ」
「な、なるほど! その手があるね! 今日のししょーはいつもと違って冴えてるよ!」
「ふふ、このおバカさんめ! 俺はいつでも冴えてるわい」
軽口を叩き合いながら、古羊の前にしゃがみこむ。
「よし合体だ、乗れ!」
「う、うんっ! そ、それじゃ……失礼しまぁ~す?」
むにゅん♪ と古羊の形の良いお尻が俺の肩にパイルダーオン。
そのままお餅みたいに肌に吸い付く彼女のフトモモを、ガッチリと両手で固定する。
途端に甘酸っぱい匂いが俺の肺を蹂躙し、思考が一瞬だけスパーク。
しゃがみこんだままの体勢で、ピシリと固まってしまう。
こ、これは……っ!?
一向に動かない俺を見て、古羊が「ししょー?」と不安気な声をあげた。
「どうしたの? もう立っていいよ?」
「い、いや……ちょっと今は立てないわ」
「た、立てないって……もしかして、ボクけっこう重いっ!? ご、ごめんね!?」
「いや体重とか関係なく、男の子特有の現象がその、ね?」
分かるでしょ? と言ったニュアンスで古羊に問いかけるが、古羊は「どういうこと?」とばかりに首を
だからね?
と口に出来たら、どれだけ楽になれるだろうか?
しかし、この体育倉庫で2人きりの現状、そんなことを言ったら古羊が身の危険を感じパニックになることは請け合いなので、なんとかバレずにやり過ごしたのだが……どうすればいい俺?
ギュンギュンと思考を
「あ、あのししょー……? そろそろ限界が近いから、出来れば速く立ってくれると嬉しいんだけど……」
「マジかっ!? しょうがねぇ、絶対に下は見るなよ? 絶対だぞ!?」
フリとかじゃないからな? とツンデレっぽく釘を刺しつつ、俺は覚悟を決めてゆっくりと立ち上がった。
……おそらく
「よっしゃ、行くぞ!」
「う、うん!」
ハーフパンツをパツパツにしながら、古羊を乗っけたまま、窓際までえっちらおっちら移動する。
古羊は「えいっ!」と可愛らしい掛け声をあげながら、窓を通り抜けようとして、
「あ、あれ?」
「どうした古羊?」
「ど、どうしようししょーっ!? お腹がつっかかって出られないよぉっ!?」
「な、なんだとぉ!?」
パッ! と上を見上げると、そこにはいわゆる壁尻状態の古羊がジタバタと暴れている素敵な光景が飛び込んできた。
「う~んっ!」と頑張って通り抜けようと、彼女のムチムチのお尻が『ふりふり♪』と左右に艶めかしく揺れる。
気がつくと、俺は両手を合わせて幸せを噛みしめていた。
お手々のシワとシワを合わせて幸せ、な~む。
「ご、ゴメンししょーっ! そっちから押してくれないかな? ボク1人の力じゃ、どうにも抜け出せなくて」
「えっ!? 触ってもいいの?」
「は、早くして! もう漏れそうなの!」
「全力で了解!」
俺は「左手は添えるだけ」とシュートのコツを呟きながら、古羊のマシュマロヒップにそっと手を
瞬間、むにゅん♪ と恐ろしいまでに柔らかい古羊のお尻に指先が沈みこみ、思わずツツーと涙を溢してしまう。
母ちゃん……俺を産んでくれてありがとう。
心の底から母親に感謝しつつ、押し上げるフリをして古羊のムチムチなお尻の感触を堪能する。
うん、今なら俺、逮捕されても反論しないぜ?
塀の中で「いやぁ、やらかしちまったぜぇ~。でも後悔はしてないぜぇ~」と満面の笑みで言える自信がある。
「えいっ! えいっ! あ~ん、抜けないよぉ!? ――って、ひゃんっ!? ちょっ、ししょーっ!? お、押してくれるのはありがたいんだけどね? そ、そんなにお尻を揉まないで……くすぐったいよ?」
「すまん古羊。でも、おまえのお尻が俺を誘ってくるから……」
『ヘイ、ラッシャーイ! ラッシャーイ! 柔らかいヨ~ッ! とても柔らかいヨ~っ!』
「なっ? 誘ってるだろ?」
「今の声ナニっ!?」
「肉屋のダニエルだが?」
「ダニエルッ!? 誰っ!? 怖いよっ!?」
去年、短期で肉屋のバイトに入ったときに仲良くなったオーストラリアからの留学生、ダニエルの声が体育倉庫に木霊する。
基本的に真面目で優しいのだが、何故か呼び込みの際『美味しいよ~』を『柔らかいヨ~』と悪魔変換してしまう、ちょっとお茶目なマッチョ、それがダニエルだ。
ダニエル、今頃なにしてるのかなぁ……。
と、ちょっとおセンチな気分に浸っていると、古羊の強ばった声が俺の鼓膜を叩いてきた。
「そもそも、なんで今、肉屋のダニエルさんの声がするの!? 意味分かんないよっ!?」
「あぁ、さっきのは俺のスマホの着信音だ。ダニエルにお願いして、声だけ録音させてもらったんだよ」
「ちょっと待って、ししょーっ!? スマホがあるなら、ボクがこんなコトしなくても、ソレで外と連絡を取ればいいんじゃないの!? ソレで万事解決するんじゃないの!?」
「……天才かよ、おまえ?」
「普通だよ、もうっ! ししょーのバカぁぁぁぁぁ――ッ!!」
半泣きの声音を響かせながら、むにゅむにゅ♪ と俺の手のひらでスライムが如く形を変えていく古羊ヒップ。
そして手のひらから感じる幸せの感触。
なるほど、これがいわゆる幸せの絶頂というヤツか。
俺の知る幸せの絶頂は、つい3カ月ほど前に
ちなみにマユミ姉ちゃんとコウジさんは、その1カ月後に離婚したよっ!
何でもマユミ姉ちゃんは通っていたホストの兄ちゃんと駆け落ち同然で逃げちゃったみたいで、それからしばらくの間、コウジさんは酒浸りになったらしいけど……まあその話は置いておこうか。
つまり、今が幸せの絶頂なら、あとは
「あっ……も、もう無理、漏れる……」
「待て待て! もう少し頑張れ! 諦めるな古羊っ!」
「あれ? お婆ちゃん? そんな所で何をしているの? というか、なんでこんな所に川が? あぁ、ウォシュレットか」
「落ち着け古羊っ! 三途のウォシュレットを渡るんじゃない! 希望を捨てるな! というか三途のウォシュレットってなんだ!?」
全てを諦め、ダランと全身から力を抜く古羊。
瞬間、俺は悟った。
万が一……そう1万分の1の出来事にコト至ったのだと。
俺はポケットに入れていた空のペットボトルを素早く取り出すと、間に合え! と念じながら古羊のお股めがけてロックオン!
狙い撃つぜ! と心の中で呟きつつ、決壊寸前の古羊ダムに向かって、ソレを差し出し、
「――あっ、もうムリだぁ~」
その妙に明るいくせに絶望感を孕んだ声音を耳にしながら、俺は――
―――――――――――――――――――――――
何と嬉しい!! レビューのほど、ありがとうございます!
皆さんのおかげで、日々、創作意欲がムクムクのビキビキで、ほんと感謝しか極みしかありません!!
とりあえず、第6部までノンストップで更新していくので、ぜひ楽しみにしていてくださいね!!
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