第2話 『あたりまえ』になった日常

「――と、いうわけで、うるさくし過ぎた結果、生徒指導の山崎先生に見つかって、すっごく怒られちゃったっていうのが、今回のオチだね」

「なるほど、あの騒ぎはそういうコトだったのね……」

「うぅ……こんなハズじゃないのにぃ……」



『めいちゃんクラブ』とのバーリトゥード形式の鬼ごっこから逃走すること1時間後の生徒会室にて。


 俺は生徒会長に事情の説明をしている古羊の傍らで、ざめざめと涙を流しながら、ヤマキティーチャーにプレゼントされた反省文にカリカリと筆を走らせていた。



「まったく。このクソ忙しい時期に、余計な仕事を増やすんじゃないわよ」



 そう言って、会長席でふんぞり返りながら頭痛を堪えるように額を押さえるのは、我らが生徒会長にして『女神』と呼ばれている学校1の美少女、羊飼芽衣さまである。


 夜空を彷彿とさせる艶やかな黒髪に、濡れた紫水晶のような大きな瞳、スッ、と通った鼻筋、ぷるっと潤んだ唇。


 誰にでも優しく、礼儀正しい、完全無欠の女の子。


 ……とは表向きの顔であり、本性は今見て貰った通り、勝気で強気で短気なうえ、冗談みたいにバカでかい胸パッド、通称『超パッド』でちっぱいを底上げし、性格とおっぱいを詐称さしょうしているペタン師――じゃない、ペテン師。



「あら士狼? 今、なにか言った? 聞こえなかったわ。もう1度言える?」

「何も言ってないよ?」



 ニッコリ♪ と微笑む芽衣に、思わず食い気味で答える。


 ほんと可愛い笑顔だよなぁ……目ぇ以外は。


 人間って、あんな冷たい目が出来るんだぁ♪ シロウ、おどろきっ!



「そ、それよりも廉太郎先輩と羽賀先輩はどこ行ったべ?」



 話題を逸らすように生徒会室をキョロキョロと見渡し、思わず芽衣のハリボテおっぱいに視線が吸い込まれた。


 薄手の夏服にシフトチェンジしたせいか、呼吸に合わせてハッキリと胸元が上下するのが分かる。


 う~ん、何度見ても見事な富士山だよなぁ。


 これが瀬戸内海もビックリの水平線に変わろうとは、誰が想像できようか?



「ふふっ、どこを見てんだキサマ? コロスゾッ?」

「す、すいません……」



 とくに理由の無い視線の暴力が俺を襲うっ!



「まぁまぁメイちゃん、落ち着いて? ししょーだって悪気があったワケじゃないんだからさ? ねっ?」

「……ハァ。まぁ士狼にデリカシーを求めるのはもう諦めてるから、別にいいんだけどね」

「そうやって目の前でさじを投げられるのは、かなり傷つくなぁ……」

「ほらほら、ししょーも落ち込まないでっ! それよりも、駒井センパイとネコセンパイはどこ行ったの、メイちゃん?」



 殺伐とした空気を入れ替えるように、古羊が話題の修正に入る。


 芽衣もコレ以上、俺とのやり取りは不毛と察したのか、瞳の中に宿っていた狂気がスゥーと霧散していった。



「2人は今、森実祭実行委員と一緒に各クラスの進捗状況を確認しに行ってくれているわ」

「あと1週間だもんね、森実祭」

「えぇっ、これからさらに慌ただしくなっていくわよ」



 そう言って、ちょっと疲れを感じる瞳をした芽衣が、何かを思い返したように「あっ!」と声をあげた。



「そうだ士狼。この間ね、蓮季さんと買い物に行ったときにね、森実祭の話になったんだけど、アンタ、蓮季さんに森実祭のこと伝えてないでしょ? ダメよ、母親は大事にしないと」

「ちょっと待って? なんで人の母ちゃんと2人で仲良くお出かけしてるの? 俺、ソレ知らないんですけど?」



 なんで実の息子よりも我が家のママンと仲がいいんだよ?


 すげぇ怖いんですけど?


 我らが女神さまの行動力に俺がガクガクブルブルしていると、今度は古羊が何かを思いだしたかのように「そう言えば」と口をひらいた。



「ハスキさんと前に一緒にお出かけしたときに、ボクもそれとなく森実祭のことを聞かれたなぁ」

「えっ? なんでおまえまで、ウチの母ちゃんと仲良くお出かけしてるの?」



 怖い! 


 ウチのゴッドマザーの交友関係の広さが怖い!


 息子にナイショで息子の友達と遊びに行くそのスタイル。マジで恐怖しか覚えない。


 ほんとウチのビッグボスは怖い……。


 もう何が1番怖いって、俺のあずかり知らぬところで、外堀そとぼりめ立て工事が急ピッチで進んでいる所だよね☆



「さてお喋りはここまでにして、そろそろ仕事に取り掛かるわよ! 2人とも、ちょっとコッチに来なさい」

「まぁ待て、もうちょっとで反省文が書き終わるから」

「後にしなさい。洋子も、お茶の準備とかいいから来なさい」

「う、うん」



 我らが生徒会長の命令なら仕方がない。


 俺と古羊はいそいそと芽衣が座っている会長席の方まで移動すると、我らが女神さまは簡単にホッチキス止めされたプリントの束を手渡してきた。



「今日2人には体育倉庫で、森実祭に向けての備品チェックを行ってもらうわ。そのプリントに記された数だけ、キチンと用具が揃っているかどうか確認してきてちょうだい」

「うわぁ、結構な数があるねぇ……。コレ、1日で終わるかなぁ?」

「別に1日で終わらせようとしなくていいわよ。洋子の言う通り、結構数があるから、3日ほどに分けて片付けてくれて構わないわ」



 ちなみに、かなりの肉体労働になるから体操服着用でね。と答える女神さま。


 相変わらずウチの女神さま人使いの荒いお方だ。


 なんて思いながら、心の中で「かしこま♪」と横ピースを決めてやる。



「終わり次第しだい、直帰していいから。気楽によろしく」

「メイちゃんはどうするの? 一緒に帰らないの?」

「アタシはこのあと羽賀先輩と狛井先輩、それから森実祭実行委員の人たちと一緒に打ち合わせをしなきゃいけないの。そのあとはミスコンの説明会やら準備やらに取りかからないといけないしで、結構遅くまで学校に残ることになりそうなの。だから先に帰ってていいわよ。ちなみに晩御飯は帰ってからキチンと作るから、お風呂だけ沸かしておいてね」

「うん、わかった!」

「なんか日に日に親子度が増してるね、キミたち?」



 かくして高嶺のギャル子さんこと古羊と共に、体育館倉庫の奥深くに眠った一繋ぎの大秘法を探すべく出航ボンボヤージュすることとなった午後4時少し過ぎ。


 この平和な時間が崩れるまで、残りあと数時間ということを、このときの俺は知るよしもなかった。

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