第5部 文化祭はめんどくさいっ!?

第1話 パイパニック ~ボクらのアソコはデカ●リオ編~

 7月――それは野球部に所属する男たちが甲子園の切符を目指して血反吐を吐くまで練習にはげみつつも、水面下では献身的に支えてくれている美人マネージャーの争奪戦、もしくは試合を放棄したレギュラーたちが敵チームのチアガールのスカートの丈という名の扇情せんじょう増強ぞうきょう装備そうびに3年間の全てをぶつける季節。


 希望と絶望と、ちょっとの下心を胸に秘めた学生たちが、ひと夏の思い出を作るべく奔走している今日この頃。


 俺たちの通う県立森実高校では、1週間後に迫った1学期最後のイベントである『森実祭』に向けて、追い込み作業が始まっていた。


『占いの館』のために部室の改造を始める部活動に、クレープ屋さんのために調理道具を手配するクラス。各クラスの出し物と進捗状況を確認する実行委員に、教職員で組んだバンドの練習に励む教師陣たち。


 みな文化祭に向けて、粛々と準備を進めており、学校のどこに居ても活気に満ち溢れていた。


 そんな中、俺たち2年A組男子一同は――



「え~、みなさん。長らくお待たせ致しました。ただいまより『第1回告別式 〜さよなら猿野元気、また会う日まで〜』を執(と)り行います」

「全員、礼!」

「「「「よろしくお願いしま――――すっっ!!」」」」




 森実祭の準備そっちのけで、我が親友とも、猿野元気を処刑しようとしていた。




「ちょ、ちょい待ってぇな!? なんやねんコレは!?」



 空き教室のど真ん中で両手足を拘束され床に転がされていた元気が、『ヤリチンは殺せっ!』の御旗みはたのもとに集まった同志たちを慌てた様子で見まわしていた。


 俺たちは、あえて泥を被り正義を貫くダークヒーローとして、自分の幸せではなく、女の子たちの幸せと純潔を守るべく、心苦しくも元気に厳しい言葉を投げかけた。



「黙れ、この性犯罪者が。貴様に発言の許可を許した覚えはない」

「あ、相棒っ!? このヘンテコな集まりは一体何なんや!?」

「議長と呼べ、愚か者め」

「議長、『エクストリーム・バンジージャンプ』の準備が整いました」

「うむ」



 入隊直後の新兵よろしく、言うまでも無いが言うまでもない男、三橋倫太郎ことアマゾンが、ビシッ! と敬礼してくる。


 奴の背後には、真っ赤な絨毯で作られたバージンロードが伸びており、その先には開け広げられた窓、そして清々しいまでの青空が続いていた。


 あぁ、今日もいい天気だなぁ。



「な、なんや、なんや? 一体ナニが始まるんやっ!?」

「親友のよしみだ、これから行う儀式の概要を教えてやろう。と言っても、恐怖を与えるワケにはいかないから、ヒントだけだがな」



 俺は混乱する元気に、慈愛に満ちた優しい瞳を投げかけ。



「猿野元気、キサマには今から『エクストリーム・バンジージャンプ』を敢行かんこうしてもらう」

「エクストリーム・バンジージャンプ……? なんやソレ?」

「まぁ簡単に言ってしまえば、パラシュート無しのスカイダイビングによく似たナニカ、とだけ言っておこう」

「離せ、おまえらっ!? ワイはまだ死ぬワケにはいかへんのやっ!」



 ジタバタと暴れる元気を、2年A組男子一同が素早く取り押さえる。


 みな目尻に光るモノが湛えながら、元気との1年間の思い出を滔々とうとうと語り出す。



「今までありがとうな、猿野。向こうあの世に行っても、オレたちはずっとマブダチだぜ?」

「良い旅を」

「司馬さんのコトは心配するな。ボクがどこまでもクレバーに抱きしめて、慰めてあげるからさ」

「ふざけんなっ!? ワイがナニをしたって言うんや!?」



 みんな涙をこらえながら別れの挨拶を済ませていくのだが、当のこの世から『さようなら』するハズの元気が「意味が分からへん!?」とばかりに俺たちに食って掛かってくる。


 それどころか「自分は無実や!」と意味不明な供述きょうじゅつを繰り返す始末で……。



「やめてくれ元気。コレ以上、晩節ばんせつを汚すのはよしてくれ。親友として恥ずかしい」

「せやかて相棒!? ワイがナニをしたって言うんや!?」

「……アマゾン、罪状を読み上げてやれ」

「ハッ!」



 アマゾンは、どこからともなく取り出した1枚の紙切れに視線をわし。



「被告『猿野元気』は『司馬葵』ちゃんというプリティな彼女が居るにも関わらず、パツキンロリ巨乳『宇佐美こころ』氏に想いを寄せらているうえ、学校の風紀を著しく乱す卑猥な行為に手を染め――」

御託ごたくは結構。結論を述べよ」

「二股していたので、ブチ殺したいであります」

「うむ、実に分かりやすい結論だ」

「待て待て待て待て!?」



 アマゾンの魂の叫びにうっとりしていると、何故か床に転がっていたカスが「異議ありっ!」とばかりに声を荒げてみせた。



「ワイは二股なんてしとらんぞっ!?」

「嘘吐け、この変態プレイボーイめ。毎日あんなにも情熱的にうさみんに言い寄られているクセに、ナニを言うか。この変態メガネっ!」

「あ、あれは宇佐美はんが勝手に……」



 元気が何やらモニョモニョと反論していたが、ソレを俺の仲間たちが許さない。



「諦めろ猿野。巨乳に好かれた、おまえの罪は重すぎる」

「あぁ、巨乳に好かれているのならしょうがない。死刑だ」

「巨乳に好かれているのなら、謝るだけじゃ不十分だよ」

「だって巨乳に好かれてんだからさ。そりゃ処刑だよ」

「だよね。巨乳に好かれてるんだもん、死んでしかるべきだよ」



 元気が泣きそうな顔で俺を見てくる。


 この顔が数十秒後には苦悶の表情に変わるのかと思うと……胸のわくわくを抑えきれないぜ!



「さぁ元気、フライトのお時間だ。楽しい空の旅を満喫してきてくれ」

「い、嫌やぁぁぁぁぁッ!? 誰か助けてぇぇぇぇぇぇ――ッッ!?」



 我が親友の本気の叫び声が青空へと吸い込まれていく。


 無駄だ、いい加減諦めろ元気。


 助けなんて来な――




 ――ガララッ。




「あっ、ししょーっ! やっと見つけたよぉっ!」

「んっ? あれ古羊?」



 元気が夜空を彩る星々となるべく、窓から飛び立とうとした刹那、俺たちの居る空き教室の扉が無造作に開かれた。


 瞬間、全員の視線が吸い込まれるように、扉の前に立っていた爆乳ギャルへと集中した。



「もう生徒会始まっちゃうよ? 遊んでないで、早く行こうよ?」



 そう言って、肩まで切りそろえた亜麻色の髪を揺らしながら教室に入ってきたのは、短めのスカートにボタンを3つほど開けた涼しげな胸元が目に眩しい、高嶺のギャル子こと古羊洋子同級生である。


 古羊は殺気立った男たちの中から、迷うことなく俺を見つけ出すと、トテトテと小走りで近づき。




 ――チマッ。




 と制服の裾をまんできた。



「もうメイちゃんもセンパイ達も先に来て待ってるよ?」

「あれ? もうそんな時間だった?」

「そうだよぉ。今は森実祭で1番忙しい時期なんだから、油なんか売ってる場合じゃないよ、ししょーっ?」



 ほらっ、行こ行こ? と、やんわり俺の腕を引っ張る古羊。


 途端に彼女のはち切れんばかりのお乳様がムニュゥ~っ♪ と柔らかそうに形を変えてきて……ほほぅ?


 瞬間、俺の脳裏に先月の我が家でのお泊りの1件がフラッシュバック。


 今思い出してみても……あのときの風呂上り古羊のはエロかったよなぁ。


 火照った肌にノーブラなうえ、パッツパツのTシャツを押しのけ、うっすらと胸元の先端が浮いていて……うん。


 あの男子諸氏の憧れが詰まった夢の球体が、今、手を伸ばせは簡単に届く距離っていうね。


 なんだろう、そう考えると制服姿とは言え、無性にエロく見えるのは?



「あ、あのししょーっ? 人を見ながら徐々にニヤニヤしていくのはやめようよ? ちょっと怖いよ……」

「えっ!? いや、その、アレだ!? 先月はウチの母ちゃんが迷惑をかけて悪かったなぁって思って!」



 俺は慌てていつもの知的でクールな微笑みを顔に張り付けながら、バカみたいに笑って誤魔化した。


 まさかあの日のノーブラTシャツの古羊と、今の制服姿の古羊を脳内で『重ね合わせスーパーインポーズ』して、ブラジャーによる影響を修正しつつ、現在のB地区ポイントがどの位置に存在するのかを予測計算していただなんて、口が裂けても言えないよ。



「??? なんでソレでちょっとエッチな顔になるの?」

「そりゃもちろん、あのときの風呂上り古羊がエロかったからに決まって……あっ」




 ――ぶちぃっ!




 そのとき、俺は確かに『ナニカ』の切れる音を聞いた。


 俺の、ではない。


 周りの『ナニカ』。


 切れてはいけない、人として大切な『ナニカ』。


 瞬間「あぅぅ……」と恥ずかしげに顔を真っ赤にして俯かせる古羊と入れ替わるように。




 ――ざわっ!




 と、教室内のプレッシャーが跳ね上がった。


 己の失言に気づいたときには、もう遅い。


 パンパンに空気を入れた風船のように、今にも弾け飛びそうな殺気が俺の肌をあわ立てる。



「「「「「……………」」」」」



 覚悟を決めて、古羊から教室へ視線を移す。




 ――そこにはいつの間にやら頭に紙袋を被り、制服を脱ぎ捨て、ブリーフ1枚となった男達が、色彩を失った瞳で俺を凝視している姿が目に入った。




 地獄の鬼たちも裸足で逃げ出す『めいちゃんクラブ』の降臨である。



「うわぁ~お……」

「えっ? えっ!? み、みんなどうしたのっ!? なんで服を脱いでるの!? というか、なんでパンツ1枚なの!?」



 意味分からないよ!? とその綺麗なお目目を白黒させる古羊を無視して、ブリーフ達はみな、恐ろしいまでに無言。


 もはや嵐の前の静けさとしか思えないほどの静寂が、教室を支配する。


 あの元気でさえ、感情を無くした瞳で俺を凝視している始末で……おやおやぁ~?



「大神、キサマ……我々の目の前で女神『メイ・ヒツジカイ』さまの親友にして、守護天使『ヨウコ・コヒツジ』とイチャつき始めた挙句あげく、彼女のお風呂上りを拝謁はいえつしただと?」

「しかも話の口ぶりからして、お家にまで行ってるよねコレ?」

「おいおいおいおい大神オマエおいおいおいおいっ!?」

「なんだテメェ? 新手の自殺志願者か? おっ?」



 おそらくアマゾンと思しきブリーフの1人を筆頭に、妙に明るい口調で口をひらいていく男たち。


 そのハイテンションさとは裏腹に、瞳は真冬の瀬戸内海のように冷え切っていて……おっとぉ?


 もしかしなくても俺、死んだか?



「なぁ古羊? 50メートル走、何秒で走れる?」

「えっ? う、う~ん? たぶん11秒くらい、かな?」

「そっか。俺は6秒台なんだよ」



 俺はニッコリとなんちゃってギャルに笑いかけ。



「でも今日は5秒台で走るわ」

「ふへっ!? ――うわぁっ!?」



 ガシッ――ダッ!


 瞬間、俺は素早く古羊をお姫様抱っこすると、脱兎のごとく教室を飛び出て、廊下を全力疾走していた。



「あっ!? 逃げたぞ、追え! 奴はもう議長でも何でない、単なる反逆者だっ! 見つけ次第、始末しろ!」

「「「「「イーッ!」」」」」



 アマゾンの号令と共に、ブリーフマン達がどこかの戦闘員のような掛け声をあげながら、俺たちにせまってきた。



っちゃうよぉ! オイラ殺っちゃうよぉ!」

「サーチ&デストロイ! サーチ&デストロイ!」

「おぴょぴょぴょぴょぴょぴょ~っ!」

「天は言っている……ここで死ぬ運命さだめだと」



 カクカクと壊れた人形のように首を上下に振り回しながら、俺を抹殺しよと追いかけてくる『めいちゃんクラブ』メンバー。


 俺は廊下で作業していた他のクラスの生徒がギョッ!? と目を見開き、身体を硬直させる隙間を縫うように、「はえっ!?」と驚きに満ちた顔を浮かべる古羊を抱きかかえて、明日に向かって全☆力☆疾☆走☆


 頼む、俺の身体よ! 今だけ羽より軽くなれっ!



「だ、だだ、ダメだよししょーっ!? これはマズイ、これはマズイよ!?」

「こら暴れるなっ! 走りづらいだろうがっ!」

「で、でもでも! この体勢は……みんな見てるんだよ!? は、恥ずかしいよぉ!」

「えぇい、うるせぇ、うるせぇ!」



 胸元でピーチクパーチク喋り続ける、なんちゃってギャル。


 恥ずかしそうに耳朶じだまで真っ赤にしながら、俺の胸板に鼻先を突っ込むギャル子に、俺は短くこう言ってやった。



「いいから黙って、俺に身をゆだねろ!」

「~~~~~ッッ!?」



 その瞬間、シュボッ! と古羊の顔が真っ赤に染まり「は、はひっ……」とぎこちなく頷いて……おぉ、急に大人しくなったなコイツ。



「居たぞ、あそこだっ!」

「チッ、もう見つかったか。スピードを上げるぞ、しっかりつかまってろよ?」

「ほ、ほひぃ……」



 返事なのかどうか微妙なラインの古羊の吐息が、むんむんと俺の火照った肌を湿しめらせる。


 俺は妙に熱っぽく潤んだ瞳でポケーとした表情を浮かべる古羊をガッチリと強く抱きしめ、衆人観衆の中、もう1度、飛ぶようにして力強く廊下を蹴った。

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