第32話 ハッピーエンドの向こう側

 完全に意識が飛んでいる鷹野から視線を外し、元気の方へと意識を向ける。


 そこには血だらけの顔の元気に、狂気じみた笑みを頬に湛えて拳を振るう大和田の姿があった。



「おいおい? 格の違いを教えてくれるんじゃなかったのかぁ、あぁん!?」

「そう粋がるなや三下、やっと準備体操が終わったところやないかい」



 不敵に微笑む元気の頬に、大和田の鋭い拳が突き刺さる。


 テンションが上がりきっているのか、それとも頭に血が昇っているのかは知らないが、あの紳士然としていた振る舞いからは想像が出来ない、獣の如き瞳と乱暴な口調で俺の相棒を追い詰めていく大和田。


 多分コッチが本性なんだろうなぁ、なんてコトを漠然と思っていると、再び元気の顔面に大和田の拳が叩き込まれる。


 あぁ~、イイの入ったなぁ。


 その証拠に元気の身体が大きく揺れ、今にも意識が飛びそうなのが見てとれた。


 それは大和田も悟ったのだろう、勝ちを確信した余裕めいた表情で再び拳を振り上げた。



「ハッ! 口ほどにもねぇ。これで終わりだ」



 大和田の稲妻のごとき拳が頭上から打ち下ろされる。


 ゴッ、と鈍い音が倉庫内に木霊する。


 そして元気はそのまま膝が折れ、ゆっくりと地面に激突――することなく、グッ! と大和田の襟首を握り締めた。



「そうやな、これで終わりにしよか」



 ニンマリと微笑む元気。


 次の瞬間、元気の頭蓋骨が大和田の顔面にめり込んでいた。


 ブハッ!? と鼻から血を流す大和田。


 それでも元気は何度も何度も、拳と化した頭蓋骨を大和田の顔面に叩きこんだ。



「ちょっ!? やめっ!?」



 大和田が悲鳴をあげようが関係ない。


 命乞いなど許さない。


 1発、2発、3発と除夜の鐘のごとく、丁寧に力強くヘッドバッドを繰り返す。



「よう聞いとけや三下ぁ? ワイに勝とうなんざ100万年早いわ、このバカたれがぁ。って、もう聞こえとらんか」



 どうやら向こうも向こうで決着がついたらしく、鷹野と同様に完全に意識を刈り取られた大和田の身体がドサリッ、と地面に崩れ落ちた。


 元気は血と汗でドロドロになった顔のまま、俺を一瞥し、



「なんや、相棒も今終わったんか?」

「おう。どうやら、お互いちょうどいいタイミングだったらしいな……って、おい待て元気!? おまえその傷で、どこ行こうとしてんだ!?」

「なぁに、すぐそこや」



 そう言って元気は俺の身体を押しのけ、フラフラとした足取りで歩いて行く。


 まっすぐ彼女のもとへと歩いて行く。


 宇佐美こころのもとへと、歩いて行く。



「宇佐美はん……」

「猿野……」



 痛む体に鞭を打ち、身体を引きずりながらロリ巨乳の前に立つ元気。


 すでに身体はポンコツなうえ、満身創痍もいい所だというのに、元気は無理やり顔に笑顔を貼りつけると、うさみんに向かって囁くように口をひらいた。



「まずはお礼を言わんなぁ。ありがとな宇佐美はん、ワイを助けてくれて。おかげで命拾いしたわ」

「べ、別にワガハイは、お礼を言われるようなコトなんぞ……」



 頬を赤らめ、口元をモニョモニョさせるパツキン巨乳。


 そんな愛らしいうさみんを前に、元気はもう1度だけ微笑みながら。



「宇佐美はん……ワイは宇佐美はんに言わにゃならんことがある。宇佐美はん、ワイは――」

「ちょっ、ちょっと待つのじゃ猿野っ! その前にワガハイの話を聞け!」



 元気の言葉を片手で遮るうさみん。


 2度大きく深呼吸をし、その豊かな胸を上下させる。


 そんなうさみんたちを2人残して、いつの間にか近くに来ていた芽衣と古羊が俺の背中を押して、少し離れた場所へと誘導してきた。




「猿野………昨日はすまんかった! 猿野の気持ちも考えずに自分勝手なことをして、本当に申し訳ないことをした! 反省しとる! 身勝手なのは分かっておる。分かってはおるが……お願いじゃ、ワガハイと仲直りしてくれんかえ?」



 バッ! と金色の髪を揺らしながら、うさみんは勢いよく頭を下げた。


 よく見れば、ブルブルと小刻みに震えているのが分かる。


 怖くて堪らない、という気持ちが痛いほどこちらに伝わってきた。


 それでも元気と仲直りしたい、その一心で、ちっぽけな勇気をふりしぼり、何度も何度も何度でも謝罪を重ね、繰り返す。


 そんな決死の覚悟を見せるうさみんに、元気はボリボリと頭をかきながら、



「あぁ~、反省しているのなら別にええんやけどさ」

「なら、仲直りしてくれるかえ?」

「仲直りも何も、ワイら絶縁なんかしてないやろ?」

「~~~~~っ! よ、よかったぁ~」



 元気のあっけらかんとした態度に、うさみんは拍子抜けしたようにヘニャッ、と顔を崩す。


 そんな2人を確認できた俺は、ようやく肩の荷が下りたように、ほぅ、とため息をこぼした。



「はぁ~。ここ数日色々あったが、とりあえずこれで一件落着だな」

「いいえ、まだです」

「うん。本当の勝負はここからだよ、ししょー」



 はぁ? と間の抜けた声を上げながら、芽衣と古羊の顔を見て……息を呑む。


 まるでこれからいくさにでも行くかのような面持ちのまま、うさみんを見守り続けていた。


 なんでこんなに緊張しているんだ、コイツら?



「おいおい、もう喧嘩も仲直りも終わっただろうが。はやく学校に帰ろうぜ?」

「まだです士狼。宇佐美さんの目を見てください」

「うさみんの目ぇ?」

「そうです。宇佐美さんの目は……まだ死んでいません」



 芽衣がそう口にした瞬間、うさみんの顔色が変わった。


 瞳が潤んで頬が紅潮し、まっすぐ元気を捉えて離さない。



「さ、猿野。いや猿野元気くん! め、迷惑なのは百も承知の上で言わせてください!」



 その瞬間、数多の恋愛漫画で培った俺の恋愛脳が唸りをあげて計算しはじめた。


 潤んだ瞳、紅潮する頬、湿った吐息に、荒い呼吸。


 ま、間違いない……この女まさか!?




「わ、ワガハイ……。いや、わたし宇佐美こころは――猿野元気くんのことが好きです! 大好きです! よかったら、わたしと付き合ってください!」




 ――言った。


 言いやがったぞ、この女!?


 良し! とガッツポーズを決める芽衣と古羊。


 そして瞳をギュゥゥゥッ! と閉じて判決を待つ、うさみん。


 そんなロリ巨乳を茶化すでもなく、まっすぐ見据える元気。


 ……重い沈黙が倉庫内を包み込んだ。


 おそらく昨日の晩あたりに芽衣たちと相談して『告白しよう』と覚悟していたのだろう。


 彼女持ちの男に告白するなんて、並大抵の度胸じゃない、そこは素直に賞賛したい。


 だがお忘れかと思うが、現在の状況を思い返してほしい。



 現在100人近い野郎共が地面で気を失っているうえに、300人以上の頭に紙袋を装着し、純白のブリーフ1丁の男たち――いや漢たちが、仁王立ちで誇らしげに2人を見守っている最高にハイな有様だということを。



 うん。俺だったら絶対にこんな環境で告白はしないし、されたくない。


 だが元気はそうでもなかったらしく、小さく「すまん」と首を横に振った。



「宇佐美はんの気持ちは嬉しい。ごっつ嬉しい。けど……すまん。ワイは宇佐美はんの気持ちには答えられへん」

「……ありがとう猿野。真正面からワガハイと向き合ってくれて」



 ニパッ! と泣き笑いような顔を浮かべるうさみん。


 その表情はどこか悲しげではあったが、俺にはどこか晴れ晴れとしたスッキリした顔に見えた。


「……これで本当の一段落ってところですかね」

「うん。やっぱり漫画みたいにハッピーエンドとはいかなかったけど、これはこれで良い終わり方かもしれないね」

「……いや待て2人とも。安心するには、まだ早いぞ」



 ヘッ、とほうけた声をあげる芽衣と古羊。


 そんな2人に対して俺は、元気の方を指さしながら、まだトラブルが去っていないことを告げてやった。



「元気の目を見ろ……」

「どうしたんですか士狼? 猿野くんの目?」

「べつに変わったところは見当たらないよ?」

「いいや、ヤツの目をよく見てみろ。ヤツの目は――まだ腐っている!」



 スッキリとした瞳のうさみんとは対照的に、生ゴミのような仄暗ほのぐらい炎を瞳に宿す元気。


 芽衣と古羊は気づいていないようだが、俺にはわかる。


 あの目は……カスの目だ。


 アマゾンたち2年A組男子と同じ、人間の最底辺の瞳だ!



「腐っているって……どういう意味ですか士狼?」

「分からない、俺にもよく分からないが……臭うんだ」

「臭う? 何が臭うのししょー? ……ハッ!? も、もしかしてボク、汗臭い!? 汗臭いかな、メイちゃん!?」



 何を勘違いしたのか、ユサユサと芽衣の身体を揺さぶりながら、自分の身体の匂いを嗅ぎ始める古羊。


 そんな古羊を「大丈夫、気にならない程度だから」とフォローしてるのか微妙なラインの言葉を口にする芽衣。



「えっ!? やっぱり臭う!? 臭っちゃう!?」

「だから大丈夫ですって。臭うのは猿野くんからですから。それよりも士狼。臭うって何が臭うんですか?」

「そんなの決まっているだろう……人間の底辺カスとして臭いがだよ」

「……どんな嗅覚をしているんですか士狼?」



 芽衣が呆れた声を漏らした次の瞬間、俺の直感が正しかったことを証明するかのように、元気が真剣な口調で口をひらいた。





「でもな、宇佐美はん? ここまで来たら正直にぶっちゃけるが……ワイ、宇佐美はんの身体だけは大好きやねん」





「「「……はぁ?」」」



 この場に居る乙女たちの声がキレイにハモッた瞬間だった。


 こうして彼女たちは初めて知ることになった。


 猿野元気の『猿野元気』たる片鱗――ナチュラル・クソ野郎としての才能を。



「そのグラビアアイドルの魅力をぎゅ~っと閉じ込めたワガママボディが大好きやねん。だから正直、宇佐美はんと付き合って、そのエチエチなエチチ身体ボディを好きなだけいじくりまわしたいとすら思っとる」


 せやけどワイには葵ちゃんがおる。


 と元気は続け、最後にこう締めた。






「それでどうやろうか? 彼女は無理やが『セフレ』として、よろしくするというのは?」






 刹那、うさみんの渾身のアッパーカットが元気の顎へと直撃した。


 ふわっ、と宙を舞う元気。


 そんな元気を無表情でみつめる、うさみん。


 顎をかち割るうさみんの拳には、一切の躊躇いが無かった。


 ドン引きする芽衣と古羊。


 その横で俺は一筋の涙を流しながら、気がつくとブリーフ達と共に元気に向けて敬礼していた。


 こうして長きにわたる「猿野元気、寝取り計画」は、元気が盛大にフラれるという最高に素敵な形で幕を下ろしたのであった。

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