第31話 テメェの敗因はただ1つ――テメェは『めいちゃんクラブ』を怒らせた……それだけだ。

「て、敵襲! 敵襲ぅぅぅぅぅっ!」

「ぶ、ブリーフがっ!? ブリーフが迫ってくるぞぉぉぉぉっ!?」

「へ、変態だ! とんでもねぇ変態が編隊を組んでやってきたぞぉぉぉぉぉっ!?」

「な、なんだっ!? あの前のめりで地獄に行く気マンマンの連中はっ!?」

「邪教徒のたぐいかっ!?」



 俺たちが倉庫に足を踏み入れるなり「うわぁぁぁぁっ!?」悲鳴にも似た絶叫をあげる九頭竜高校の男たち。


 そんな軟弱な野郎どもを紙袋越しで見つめながら、俺は背後に控える300人のブリーフに向かって声を張り上げた。



「諸君っ! 我々は誰だ!?」

「「「「「信者! 信者! 信者! 信者!」」」」」


「では、あそこで子犬のように震えている彼女は誰だ!?」

「「「「「女神! 女神! 女神! 女神!」」」」」


「そうだっ! 我らが女神、メイ・ヒツジカイだっ!」

「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」」」」」



 色んな所が盛り上がるブリーフ。


 心なしか、九頭竜高校はおろか、味方であるハズの芽衣たちの視線がヤベェ犯罪者に遭遇したときのように冷たくなっていくのを感じる。


 が、構わず俺は声を張り上げ続けた。



「そんな彼女の笑顔を奪う奴らは、一体誰だ!?」

「「「「「「邪教徒っ! 邪教徒っ! 邪教徒っ! 邪教徒っ!」」」」」


「我々から女神の恵みを奪うやからに、裁きの鉄槌をっ!」

「「「「「コロセッ! コロセッ! コロセッ! コロセッ!」」」」」



 ブリーフたちの芽衣への愛のボルテージが高まりっぱなしの中、俺は『めいちゃんクラブ』に向かって、高らかに宣言した。



「『めいちゃんクラブ』の同志たちよっ! 今こそ女神の笑顔を取り戻すときだっ!」

「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」


「もちろん負傷することもあるだろう。だが、そんなことを気にする者など、ここには居ないと俺は信じている! むしろ名誉の負傷をしたくて仕方がない信者しか居ないと、確信している!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」



 叫ぶブリーフたちを前に、俺はゆっくりと両手足を拘束され床に転がされている芽衣を指さしながら、



「ちなみにここだけの話だが、女神さまは『カッコいい男の子』が好きだそうだ。故にここで活躍していい所を見せれば……あとは分かるな?」

「「「「「ゔぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」


「さらに言うのであれば、その時に手などを負傷しているのであれば……あとは分かるな?」

「「「「「ゔぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――っっっ!?!?」」」」」



 天を切り裂かんばかりの咆哮が、ジェットエンジンのごとくブリーフたちの口から発射される。


 ブリーフたち全員の脳裏に、芽衣が真っ赤な顔をして、ケガをした自分たちを介抱してくれる未来予想図が鮮明に浮かび上がったのが、傍から見ていても分かった。


 目を見なくても分かる。


 もう奴らは『勇敢』以外の理由でケガする気マンマンである。



「よろしいっ! では『めいちゃんクラブ』、緊急出動せよっ!」

「「「「「ひゃっはぁぁぁぁぁっ! 汚物は消毒じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」



 俺の号令を合図に、まるで世紀末救世主伝説のような奇声をあげながら、ブリーフたちが九頭竜高校の野郎共に襲いかかる。


 小さい子が見ればトラウマ確定の恐怖映像を前に、たったの100人ぽっちしか居ない九頭竜高校の男たちは、恐怖やらパニックやらでまともに機能しておらず、それはもはやブリーフたちによる一方的な殺戮さつりく蹂躙じゅうりんであった。



「う、うわぁぁぁぁぁっっ!? た、助けてくれぇぇぇぇぇっっ!?!?」

「お、お母さぁぁぁぁぁ―――んっ!?」

「へ、変態が、変態がくるよぉぉぉぉぉっ!?」



 もはや恥も外聞も関係なく、泣き叫びながらブリーフから逃げ回る九頭竜高校の野郎たち。


 気持ちは分からなくもない。


 なんせ身を守るモノが頭の紙袋と下半身のブリーフ1枚しかない男が、狂った笑い声をあげながら追いかけてくるのだ。


 もはや恐怖以外の何物でもない。


 俺だって、こんな奴らと夜に遭遇しようモノなら、恐怖のあまり失禁する自信がある。

 それが1人ではなく、300人強居るのだ。


 九頭竜高校の奴らが、一体どんな素敵な光景を目撃したかは……もはや語るまでもない。



「ヤっちゃうヨ~ッ! オイラ、ヤっちゃうヨ~ッ!?」

「おぴょぴょぴょぴょぴょぴょっ!」

「神は言っている……ここで死ぬ運命サダメだとなぁっ!」

「くたばれ背信者どもがぁぁぁぁぁっっ!」

「「「「「いやぁぁぁぁぁぁあぁぁ~~~~っっ!?!?」」」」」



 純白のブリーフを鮮血に染め上げながら、喜々として九頭竜高校の連中に拳を叩きこむブリーフたち。


 泣き叫ぶ不良ども。


 ピカーッ! と紙袋の目の部分が光り、新たなる獲物を求めるブリーフ。


 もの凄い勢いで、真っ白に染まった空き倉庫を鮮血に染め上げていく男たち、いや漢たち。


 本物の地獄絵図がそこにはあった。



「う、うわぁ~……」



 そんなこの世の終わりのような光景を前に、他の奴らと同じく紙袋とブリーフ1丁の俺の背後に隠れていたうさみんが、何とも言えない声をあげて静かにドン引きしていた。



「なぁ下僕1号? ウチの学校には変態しか居ないのかのぅ……?」

「最高に夏の風物詩を感じるよな?」



 もはや真夏のクールビズに特化した男たちが、純白のブリーフを奴らの返り血で真っ赤にドレスコートしつつ、狂ったように笑い声をあげながら暴力をプレゼントするその姿は、季節外れのサンタさん以外の何者でもなくて、最高に夏の風物詩を俺たちに与えてくれた。



「おまえらぁ! 女神さまをたたえろぉぉぉぉぉぉっ!」

「「「「「V8ぶいえいとッ! V8ッ! V8ッ! V8ッ!」」」」」


「ここだけマ●ド・マ●クスの世界なのじゃ……」

「おい、うさみん。ほうけてないで、今のうちに俺たちも行くぞ?」



 俺はロリ巨乳を先導するように、大量虐殺の妖精と化したブリーフの間を器用に走り抜けていく。


 もちろん目的地は、床に寝転がされている古羊たちのもとだ。



「俺は古羊と芽衣を解放してくる。うさみんは元気の方を頼むっ!」

「任せるのじゃっ!」



 そう言って、津波と化したブリーフの中に消えていくロリ巨乳。


 そんなコトをしている間に、寝転がっている古羊たちのもとへ到着する俺。



「うわぁ……今夜ゼッタイに夢に出てきそうだよぅ……」

「洋子、あんまり凝視すると目に悪いわよ?」



 俺は進撃してくるブリーフを完全にドン引きした瞳で見つめていた古羊たちのもとまで駆け寄るなり、拘束されていた手足をほどきにかかった。



「えっ!? な、なになにっ!? この頭に紙袋を被ったマッチョなブリーフの人は!? こ、怖いよメイちゃんっ!?」

「洋子にナニをする気ですか、この変態っ!?」



 古羊の拘束を解こうとするなり、何故か恐怖に引きつったなんちゃってギャルの泣き声と、女神さまの罵倒が俺を襲ってきた。



「まったく、縛りプレイはゲームとSM風俗以外では、ヤっちゃダメなんだぜ?」

「そのバッキバキに割れた腹筋板チョコバレンタインは……もしかして、ししょーっ!?」

「純度100パーセントのバカ発言といい、そのいやらしい上腕二頭筋といい……間違いないわ。士狼ね」

「ねぇ、どこで判別しているのキミたち?」



 何故だろう? 若干の身の危険を感じるんですが?


 どことなく2人から邪念の気配を感じとっていると、背後からひときわ邪悪なオーラが俺の剥き出しの肌を叩いた。


 瞬間、俺が素早く固めたガードの上を、鉄球を彷彿とさせる重い拳が貫いてきた。



「ッ!?」

「ししょーっ!?」

「士狼っ!?」



 驚き声をあげる2人を尻目に、ふわっ、と俺の身体が重力を無視して勝手に浮き上がる。


 この拳……誰が放ったのか確認するまでもない。



「流石は喧嘩狼やっ! ワシの不意打ちをアッサリ受け止めるやなんて、やっぱり最高の男ぜよっ!」

「まったく……してやってくれましたね大神様?」



 緊張していた筋肉をゆっくり解きほぐしながら、声のする方向に視線を向けると、案の定バカみたいに興奮している鷹野と、不愉快そうに眉根を寄せる大和田の姿が目に入った。


 俺は頭に被っていた紙袋を外しながら、ドン引きするように小さく唇を動かした。



「おいおい……? 何でこんなにたくさん居るブリーフの中から、俺を識別できるんだよ? エスパーか、おまえらは?」

「ワシが喧嘩狼を見間違えるワケがないやろう? そのケツの張り具合、間違いなく喧嘩狼や」

「タカさんがアナタのお尻を見間違えるワケがありませんからね。タカさんのこの興奮具合……間違いなくアナタが喧嘩狼です」

「ねぇ? おたくのリーダー、前世は麻薬犬か何かだった?」

 


 ナゾの信頼感に俺の背筋が激しく震える。


 なにコレ? 武者震いかな?


 ぷつぷつと肌に浮き出る鳥肌に驚きを隠せないでいると、鷹野がブリーフ1丁になった俺の姿を文字通り舐めるように見渡してくる。


 その瞳は妙に熱っぽく……何故かお尻の穴がキュッ! と引き締まった。



「ハァハァ……そ、そんないやらしい身体を見せつけるようにっ!? わ、ワシを誘っとるんやな!? そうなんやなっ!?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッッ!? コッチ見んな変態ぃぃぃぃぃっっ!?」



 生娘のような声が俺の口からまろび出る。


 鷹野のモンキーバナナがミュウミュウバナナにメタモルフォーゼし、ズボンの上からでも分かるほど、ハッキリとその存在感を主張していて……。


 冗談抜きで貞操の危機がすぐそこまで迫っていた。



「まぁ、予想外のコトは多かったですが、こうしてタカさんとタイマンを張ってくれるなら問題はありません。ではタカさん、あとはよろしくお願いしますね?」

「おう、任しときっ!」



 グッ! とサムズアップを浮かべる鷹野をその場に置いて、どこかへ立ち去ろうとする大和田。


 そんな奴の身体に「待てよ」と声を投げかけた。



「どこ行くよ?」

「このバカ騒ぎをおさめに行くんですよ」



 そう言って、大和田は九頭竜高校を蹂躙していくブリーフたちに視線をやった。



「見たところ、あのブリーフたちは素人トーシローのようですし、わたくしが指揮すれば残っている戦力で充分に迎撃可能でしょう」

「そんな余裕ぶっこいといて大丈夫か?」

「何がです?」

「後ろ、見てみ?」



 瞬間、大和田の頬に熱く固い拳がめり込んでいた。


 ブヘッ!? とみっともない声をあげながらサッカーボールのように吹き飛ぶ大和田。


 そんな自称参謀を殴り飛ばした、頭がずぶ濡れの男は、フシューッ! と大きく息を吐き捨てながら、鋭い目つきのまま口をひらいた。



「手出し厳禁やで相棒。コイツはワイの獲物や」

「おぉ、怖い怖い」



 うさみんによって拘束が解かれたらしい元気が、荒々しい瞳で大和田を睨みつける。


 ゴキゴキッ、と両手を鳴らしながら、



「立て三下。格の違いを見せてやるわい」



 と寝転がる大和田に近づいていく。


 珍しく激昂げっこうしている元気から視線を外し、ワクワクした表情で俺を見据える鷹野へと意識を切り替える。



「さて、待たせたな。テメェの相手はこの俺だ、ボッキング。死力の限りを尽くして、かかってきな」

「おほほぅ~❤ ようやっとか! どれだけこの日を待ちわびたことか! ……でも、ええんか喧嘩狼? アッチの男、このままじゃノブにブチ殺されるぜよ?」



 助けんでいいんかい? とプリティに小首を傾げてみせるハードゲイ。


 そのあまりのプリティぶりに、首だけ抱きしめてやろうかと思った。


 助ける? 


 何を言っているんだ、コイツは?


 元気に助けなんて必要ねぇよ。


 ダテに俺と6年以上つるんでいたわけじゃない。



「問題ねぇよ。ああ見えてアイツ、かなり強いから。むしろ助けに入ったら、俺がぶん殴られちまうよ」



 そう口にした瞬間、視界の端で再び大和田が血を流しながら床に転がる光景を鷹野が目撃し、目を見張った。


 満身まんしん創痍そういの元気相手に、大和田が一方的にやられているのが信じられないのだろう。


 別に驚くことじゃない。


 俺だって元気と本気で喧嘩をしたら、勝てるかどうか分からないのだから。



「他人の心配よりも自分の心配をした方がいいぜ、ボッキング。……まさか昨日のが、俺の全力だと思っているんじゃねぇだろうなぁ?」

「あふん❤ こ、これぜよコレコレ! ワシが求めていた喧嘩狼はコレぜよ!」



 ぶるっ、と身体を震わせ歓喜の表情を浮かべる鷹野。


 その反応、その表情、その態度。そこには一切の悪意は存在せず、あるのは『喧嘩狼と戦いたい』という純粋なまでの戦闘欲求のみ。


 だからこそ、それ以外の事象に関しては興味がなく、感心がない。


 それはつまり、アイツの中には善悪の区別はなく、あるのは俺達とは別次元の倫理のみ。


 ゆえにこそ、大和田のような頭のネジが外れかけた人間に魅入みいられるのだろう。



「あぁ、そのナイフのような眼光……堪らんわぁ♪ ゾクゾクするわぁ。アカン、勃起する。つぅかもうしてたわ!」

「2発だ」

「……はい?」

「2発でこの喧嘩はシメェだ」



 鷹野に向けて人差し指と中指を勃起させる。


 その瞬間、鷹野の瞳に理性が失せ、獣の如き鋭い踏み込みにより、体が加速した。



「2発? そんなケチなコト言わんといて、もっと楽しもうやっ! ワシに『悪魔の右足』を見せてくれやっ!」



 昨日と同じように低い姿勢のまま、左右に翻弄するかのような動きで、終始俺に的を絞らせない戦法をとる鷹野。



「知っとるで喧嘩狼? アンさんがワシの速さについてこれん事くらいなぁ!」



 かろうじて捉えることが出来ていた姿が、突然消え失せる。


 同時に俺の脇腹に重く鋭い拳が突き刺さった。


 骨が軋み、神経が悲鳴をあげる。


 肺の空気が強制的に外へと放出され、手足から力が抜けた。


 まさに一撃必殺。


 その威力を前に、自分の意識が霧散する――



「ありゃりゃ? こんなもんぜよ、喧嘩狼? ハァ……ガッカリもいい所ぜよ。ワシが強うなり過ぎたんか、それともアンさんの腕が落ちたんかは知らんが、どっちにしろ期待外れやったのぅ――って、うん?」



 寸前、脇腹に突き刺さった鷹野の腕をガシッ! と鷲掴んだ。


 ギリギリと音が聞こえそうなほど、力強く、決して離すことがないように、万力の如く腕を固定する。



「な、なんじゃこりゃ!? う、腕が動かな……っ!?」

ぅ~かま~えた♪」



 拡散した意識を強制的にかき集め、無理やり結合させる。


 同時にブラックアウトしかけた視界も回復。


 そのまま、何とか俺の拘束から逃れようと暴れ回る鷹野を捉える。



「行くぜ、三下。格の違いを見せてやる」



 鷹野の大きな瞳が俺の顔を映した瞬間、ヤツの歓喜とも驚愕ともとれる顔面に、渾身の力をこめた頭突きをお見舞いしてやった。


 ブヘッ!? と鼻血を噴きながら後退する鷹野に対して、俺の右足が緩やかに稼働し、加速する。


 空気を切り裂く上段回し蹴りが、鷹野の顔半分を潰す。


 うめき声すらあげることが出来ず、鷹野の小さな体は倒壊。


 そのまま数秒の痙攣の後、白目を剥いて意識を失った。




「だから言ったろ? 昨日が俺の全力じゃないってさ……。って、もう聞こえてないか」




 俺のせっかくのキメ台詞も、鷹野の耳に届くことはなく、コロコロと床に転がって消えていった。

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