第22話 軋み出す歯車
朝から元気に発声練習(?)しつつ、無事『ホモ』疑惑を払拭することに成功した午前10時。
俺は自室に戻り寝巻きから私服姿にササッと着替え、勉強道具を持って1階のリビングへと移動した。
「遅いですよ士狼」
と、もうすでに勉強道具を机の上に広げていた芽衣から非難がましい目で見られる。
「月曜日にはもうテストなんですから、時間は無駄にはできないんですよ?」
「うるせぇ、うるせぇ。おまえは俺の母ちゃんか?」
「へぇ? 勉強を教えて貰っておきながらその言いぐさですか。そうですか、そうですか。……鹿目さん。この写真をちょっと見てもらっても――」
「いやぁ、いつも勉強を見てくれてありがとう芽衣さん! 今日も愚かなるわたくしめに教鞭のほどをよろしくお願いします!」
「分かればいいんですよ、分かれば」
そう言って手に持っていたスマホを大人しくポケットに仕舞い込む腹黒生徒会長。
チクショウ、あの芽衣の虚乳を揉みし抱いている写真させなければ、と過去の自分を往復ビンタしてやりたい衝動に駆られる。
もちろん俺と芽衣の間でそんな高度な情報戦が行われているとは露とも思っていない鹿目ちゃんは、頭の上に「?」を浮かべながら俺達を見て首を傾げていた。
「あの羊飼センパイ? 写真って一体なんの――」
「さぁ、中間テストまでもう時間がないぞ! みんな、今日も集中して頑張ろう!」
「おーっ!」
鹿目ちゃんの言葉をぶった切るように、古羊と共に天高く拳を突き上げる。
釣られて鹿目ちゃんも慌てて「お、お~っ?」と控えめに拳を上げる。
ほんとこの子たちはイイ子だなぁ、養子にしたい。
「士狼の言う通り、そろそろ勉強を始めましょうか。今日はわたしが士狼に勉強を教えますから、洋子は鹿目さんの方を見てあげてください」
「うん。それじゃシカメさん、どこから始めようか? 苦手な教科とか、分からない所とか、ある?」
「えっと……じゃあ数学Aを教えて貰ってもいいですか?」
古羊の「わかったよ」という声を合図に、みなテスト勉強に集中しはじめる。
だが、どうしても俺だけは思うように勉強に身が入らなかった。
もちろんその理由は分かっている。
そう、俺が鹿目ちゃんに告白されて早(はや)6日。
俺はまだ彼女に告白の返事を返していないのだ。
いや、一刻も早く返してイチャイチャ♪ したいっ! ……とは思っているのだが、どうしても返事をしようとすると、今日みたいに2人からの邪魔が入って告白の返事どころではなくなってしまうのだ。
これは由々しき事態である。
言ってしまえば俺はあと出荷、納品されるだけの状態なのだ。
だというのに、受け入れ先に届く前に税関に引っかかってしまって、届くに届かない現状。
なんとかこの状況を打破したいところなのだが……いかんせん妙案が思いつかない。
「士狼? 聞いているんですか士狼?」
「ハッ!? わ、ワリィ、ちょっと考えごとしてたわ」
「もう、しっかりしてくださいね。今は大事な時期なんですから」
ゆっさゆっさと芽衣に身体を揺さぶられて、思考の海を漂っていた意識が現実へと帰還する。
「余計なことを考えていたら全教科赤点をとってしまいますよ?」
「全教科赤点って、ブワハハハハハッ! ないない! それだけはない!」
「むっ。それは分かりませんよ? 士狼のことですから、全教科解答欄を1個ずつズラして記入するかもしれないじゃないですか」
「おいおい? いくら俺でもそんなお茶目なマネはしねぇよ。なんだったら神に誓ってもいいね!」
もし全教科赤点をとろうものなら、教会に行って懺悔してやってもいい。
そもそも、そんな事態になった暁には、我が大神家から俺の名前が抹消、もしくは追放されることは間違いナシだ。
まぁこんだけ勉強しているし、そんな心配はご無用なんだけどさっ!
「そんなことよりも告白の返事の方が大切……いやなんでもない」
「……なるほど、先ほどからの集中力散漫はそういうことでしたか」
納得がいったとばかりに、ニッコリ♪ と微笑む芽衣。
ヤベッ、つい口が滑って余計なことを言っちまった!?
慌てて口つぐむが、やはりというか当然というか、芽衣にはバッチリ聞こえていたわけで……。
「安心してください士狼。……すぐそんなことが考えられないように、バッチリ教育してあげますから」
「ひぇっ!?」
そこから先の芽衣の教え方は、もうスパルタそのものだった。
こちらの勉強スピードギリギリを見計らい、どんどんペースアップしていく。
少しでも理解が遅れれば、言葉の鞭で尻を叩く始末だ。
ほんと古羊と全然勉強スタイルが違う。
ハッキリ言って超怖い……。めっちゃ怖い、あと怖い……。
「はい、また集中力が散漫になってますよ!」
「はいボスッ!」
鬼コーチの傍らで必死になって問題集を解く。
結果、芽衣の目論見通り告白の返事は俺の頭からポーンと抜け落ちていた。
いやだってソレどころじゃなかったし、今の芽衣、なんか怖いし……。
そんなこんなで集中すること2時間。
時刻はちょうどお昼時。
俺のお腹のジャイアンがリサイタルを始めたあたりで、ふと芽衣が備えつけられた時計に視線をやった。
「そろそろお昼休憩を挟みましょうか。士狼、キッチンをお借りしてもいいですか?」
「別にいいけど、ナニすんの?」
「なにって、お昼ごはんを作るんですよ。3人ともお腹空いていますよね?」
「なん、だと……っ!?」
芽衣のその言葉につい目を見開いて驚いてしまう。
お、お昼ごはんって、おまえまさか……っ!?
「芽衣、おまえまさか……料理ができるのか!?」
「……なんでそんなに驚いているんですか?」
呆れた顔を浮かべる芽衣に、俺は慌てて口をひらいた。
「おまえ、料理って言ってもアレだぞ!? 卵かけご飯とかナシだからな!」
「安心してください。わたしの中で卵かけごはんは、料理にカテゴライズされていませんので」
「あ、あと
「逆にどうやったらそんな料理が作れるんですか……?」
シロウ、知っているんだからね!
おまえみたいな美少女の作る料理は、大抵は人を殺すほどのゲロマズだって!
シロウ知っているんだから!
「大丈夫だよ、ししょー。メイちゃんの作る料理ってすっごく本格的で美味しいんだから!」
「そ、そうなの?」
「うん! 昨日食べた中華だってね、すごく美味しかったんだから!」
そう自信満々に答える古羊に、改めて芽衣の方に視線を向ける。
し、信じていいの? という捨てられそうな子犬のような目をした俺に、芽衣は「いいから任せなさい」とアイコンタクトを飛ばしてくる。
そして俺から視線を切るなり冷蔵庫の中身を確認して、
「う~ん、そうですねぇ……では簡単にオムチャーハンでも作るとしますか」
「ひ、羊飼センパイ、オムチャーハンってなんですか?」
「ざっくり説明するのでしたら、チャーハンを卵でとじたモノですかね」
そう鹿目ちゃんに解説しながら、テキパキと調理の準備を始める芽衣。
も、もしかしてコイツ、本当に料理が出来るのか?
半信半疑で芽衣を見ていると、鹿目ちゃんがスマホをとり出してスクッ、と立ち上がった。
「ごめんなさい。ちょっと着信があったので、電話してきますね?」
そう言って、リビングから廊下へと姿を消す鹿目ちゃん。
その間にも、キッチンからは小気味よい音が聞こえてくる。
やがてジュゥ~ッ、とフライパンがシンフォニーを
「やったねししょーっ! 今日のメイちゃん機嫌がいいから、かなり期待できるよ!」
「ほ、ほんとに? 信じていいの? 爆発しない?」
「……ししょーはメイちゃんにどんなイメージを抱いているの?」
怖がり過ぎだよ、と苦笑を浮かべる古羊。
その小さな鼻は子犬のようにヒクヒクッと動き、キッチンから流れてくる香ばしい匂いかぎ取ろうと必死になっていた。
にへぇ♪ と顔を破顔させ、今か今かと料理が完成するのをワクワクした様子で待つ古羊。
その姿は俺にどこか飼い主に「待て!」と命令されているワンコを彷彿とさせた。
あぁ見える、見えるぞ。古羊のお尻のあたりに架空のシッポがブンブンと振り回されているのが。
なんだコイツ、可愛いなオイ? 俺のお嫁さんに――否っ!
俺のお嫁さんは鹿目ちゃんだっ!
異論は認めんっ!
「そろそろ料理が出来上がるので、机の上を片付けてもらえますか?」
「わかったぁ! おっひる~、おっひる~っ! らんらんる~っ♪」
ウキウキと机の上に広がっている教科書やノートを片付けていく古羊。
よどの芽衣の作る料理が楽しみなのだろう、今にも小躍りせんばかりにご機嫌である。
「じゃあ机の方は古羊に任せるな。俺は鹿目ちゃんを呼びに行ってくるから」
「うんっ!」
と元気よく返事をする古羊に、俺は内心ほくそ笑んでいた。
キタキタッ! 2人っきりになる
芽衣は料理で目が離せないし、古羊は浮かれている今この現状こそ、告白の返事をする最高の好機!
「それじゃ後はよろしく~♪」
ガチャン、と居間の扉を閉め廊下へ出る。
さぁ、時間も少ないし、さっさと告白の返事をするぞ!
待っててね、マイスィートハニーッ!
「さてさて、鹿目ちゃんはいずこにぃ~?」
そっと耳を澄ませると、2階から俺の愛しのマイワイフ(確定)の声が、かすかに聞こえてきた。
俺は2階へと続く階段を上がると、すぐに電話をしている鹿目ちゃんを発見。
……したのだが、う~ん?
どうにも彼女の様子がどこかおかしい?
電話で話すその声音には、困惑の色が浮かんでいたのだ。
「うん、ごめんね? どうしても邪魔が入って、なかなか落とすに落とせないの」
『――ッ、――――ッ!』
「だ、大丈夫だから! ワタシがなんとかするから! だからもう少しだけ待っててよ」
『――ッ、――――ッ』
「ち、違うよっ!? そんなワケない! ひ、酷いよ! 誰のためにワタシがここまでっ!?」
「……鹿目ちゃん?」
俺が声をかけた瞬間、ビクッ! とその場で器用に跳ね上がる彼女。
そのまま錆びついたブリキの人形のように、ギギギッ、とこちらに首を向ける。
「お、大神センパイ!? い、いつからそこに!?」
「いや、ついさっきだけど……大丈夫? 顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫です! ちょっとお母さんと軽く喧嘩しちゃって。でももう解決しましたから!」
だから平気です! と無理やり笑顔を浮かべる鹿目ちゃん。
「そ、そんなことよりも大神センパイ! 何かワタシに用事があって声をかけたんですよね?」
「あぁ~、そうなんだけどさぁ……」
さすがにこの雰囲気の中、告白の返事をするのは空気が読めていないにもほどがある。
というか、普通にMU☆RI♪
結果。
「……お昼ごはん出来たからさ、呼びにきたんだよ」
という
ほんと、ここぞ! というときに勇気が出ないチキンな男子高校生、その名も大神士狼を今後ともよろしくお願いします!
なんて政治家の挨拶みたいなことを内心で呟いていると、通話を切った鹿目ちゃんが、
「わかりました。それじゃリビングへ行きましょうか?」
「……うん」
「な、なんで急に泣きそうな顔になっているんですか!?」
驚く鹿目ちゃんと共に、お昼を食べるべく1階へと下りる。
結局、告白の返事は出来なかったなぁ、なんてことを考えながら彼女と共に2階を後にするのであった。
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