第21話 大神士狼のぐ~たらいふ♪
中間テストまで残すところあと3日となった土曜日。
俺、大神士狼は『朝、目が覚めると見知らぬ美少女が自分と同じ布団に入って眠っていた』という全男子諸氏の憧れ、妄想の産物、ドM大歓喜、ロマンティックが止まらない状況に置かれていた。
「ちょっと待て。いや待ってくれるか?」
誰に伝えるでもなく、そうつぶやいた俺は軽く両手で顔を覆った。
――もしかして俺は、知らず知らずのうちに大人への階段を登ってしまったのか?
1度大きく息を吐き出し、自分の姿を見下ろしてみる。
今の俺は半袖短パンという限りなく虫取り少年スタイルで、やや薄汚れた自分の寝床の上に見知らぬ美少女と共に横たわっている状況だった。
「ふぅ~……気をしっかり持て、大神士狼よ。おまえなら昨日、ここで何があったのか思い出せるハズだ」
額に手を当て、瞳を閉じ、己の魂の返答を待った。
並みの男なら、ここで悲鳴をあげているところだろうが、俺、シロウ・オオカミはそんな無様なマネはしない。
ゆっくり息を吐き、瞑想に突入する。
目覚めたばかりで、いまだ本調子ではない頭をフルに回転させながら、昨夜のことを思い出そうと努力した。
だが、
「………駄目だ、残念ながらまったく思い出せねぇ!」
いや、残念ながらとか言っている場合じゃねぇよっ!?
まだ5月中盤だっていうのに、背筋から嫌な汗が止まらないよねっ!
まるで浮気していた人妻に『しばらくアレ……きてないの』と死刑宣告された間男のように、プチパニックを起こしてしまうナイスガイ、俺。
「お、落ち着けシロウ・オオカミ。ゆっくり何があったのかを思い出すんだ……チクショウ駄目だっ!? 残念ながら1番いいところの記憶がすっぽり頭から抜け落ちてやがる!?」
ば、バカなっ!?
そんな一昔前の『ドラクエ』のセーブデータのような出来事が、この身に降りかかったというのか?
な、何故だ!?
一体なぜ!?
――ハッ!? ま、まさかっ!?
「もしかして………あまりにも衝撃的な展開すぎて記憶が飛んじまったのか?」
信じがたいが、そうとしか考えられない。
その証拠に、失われた記憶を妄想で補完しようと、脳があることないこと勝手に記憶が改ざんするべく高速回転しているのが自分でも分かった。
まったく、自分のクリエイティブな脳が嫌になるぜ。
「なにを1人でブツブツ言っているのよ士狼?」
「うわっ!? って、その声はまさか……芽衣か!?」
「まさかも何もその通りなんだけど? みんなのアイドル羊飼芽衣さんですよ」
「そのバカっぽい言動……間違いない、芽衣だ!」
「シバくぞポンコツ?」
ベッドから起き上がりジロリッ、と俺を睨みつける芽衣。
俺は体中から殺気を発散させる女神さまに、慌てて言い
「い、いやだってさ! 今日は制服姿じゃなくて私服じゃん? だから分からなかったんだよ!」
「アンタ、これまでにもアタシの私服姿を何度も見てきたじゃないの」
「な、夏服姿は初めてだろうが!」
そう言って改めて芽衣の私服姿を視界に納める。
白のタンクトップにベージュシャツのワンピース、そして青色のジーンズを組み合わせていて、普段以上に大人っぽく見える。
ぶっちゃっけ好みか好みでないかと言えば……ドストライクだ。
「あ、アンタ……本人を目の前によく恥ずかしげもなくそんなことが言えるわね?」
「おまえまた俺の心を読んだのかよ……」
「今のは普通に声に出てたのよバカ」
そう言って、珍しく頬を赤くしながらそっぽ向いてしまう芽衣。
何気にコイツの恥ずかしがっているシーンを見るのは久しぶりかもしれない。
これはまたレアなところを目撃できたものだ。
と、ちょっとだけ役得気分を味わっていると。
――ガチャリッ。
とノックもナシに部屋のドアが開いた。
「メイちゃん、ししょー起こしてくれた? って、なんだもう起きてたんだねししょー」
そこには明らかに『ソレ、生地が足りてなくない? 最高かよ』とツッコミを入れたくなるほど裾の短いTシャツにホットパンツと、まさに夏を生きていくための服装をした古羊が扉越しからひょっこりと姿を現した。
おいおい、今時の小学生でもそんな半袖半パンなヤツはいねぇぞ? ありがとうございますっ!
と茶々を入れたかったが、それよりももっと気になることが俺にはあった。
「こ、古羊? なんで古羊まで我が家に居んの?」
「もう忘れちゃったのししょー? 昨日の放課後、ししょーの家で中間テストの追い込みをしようって話したじゃない」
「あ? ……あぁっ!? そうだった、そうだった! やっと思い出したわ」
そう言えば、そんな話をしたっけ。
昨日も結局、鹿目ちゃんと2人っきりで帰れずテンションがガタ落ちしていたから、聞き流していたわ。
「と、ところでししょー? あ、あのね? え~とぉ……」
「うん? なんだよ急にモジモジしだして? トイレなら1階だぞ」
「そ、そうじゃなくて、そのぅ……」
妙に歯切れの悪い口調で、チラチラと部屋の隅に視線を送る古羊。
その恥ずかしげな表情に眉をしかめながらも、古羊の視線を追うべく部屋の隅に意識を向けた。
――そこには妙に肌色成分が多めで、下着という習慣に乏しく、潤んだ瞳と荒い息遣いの女の人たちがたくさん出てくる、すごく水気の多い描写ばかりの本が大量に平積みされていた。
はい、エッチな本ですね。ありがとうございます。
「み、『乱れる白ギャル~生徒指導と秘密の個人授業』……こ、コレ見たの?」
恥ずかしげに本のタイトルを口にする古羊。
さてさて、本物の妹のように大切に接しきた女の子にエッチな本が見つかった場合、はたして人にはどれだけの選択肢があるのだろうか?
とりあえず、ざっくりシミュレーションしてみる。
1、慌てて本を見えないところに追いやり、こっそり泣く。
2、それがどうした? とポーカーフェイスを装いながら、心の中で泣く。
3、「おまえが傍に居れば、こんなもの必要ないんだけどな」とさりげなく好意をアピールしながら、スケベな方向に話しを持っていきつつ、泣く。
4、ケケケケケケケッ! と悪魔のような笑い声を発しながら、全裸で踊り狂い、「不思議ちゃんだからしょうがないよね!」と思わせつつ、泣く。
5、この場で彼女を性的に襲い、エロ本のことなどどうでも良くさせ――豚箱で泣く。
6、率直に泣く。
う~ん、個人的には2番と6番が狙い目かなぁ。
「まぁ士狼も男の子だし、しょうがないわよね。あっ、見て見て洋子! ここのトコロ折り目がガッチリついているわよ!」
「うわっ!? み、見せないでよメイちゃん!?」
「なるほどねぇ~、士狼はこういうのが好みだったんだぁ~♪」
プフッ♪ と笑いを
……ここは1つ、2番と6番はやめて5番にいくべきだろうか?
「あ、あのぅ? センパイのお姉さんが『はやく降りて朝ごはん食べろ』って言っているんですが?」
「し、鹿目ちゃんも来てたんだね。おはよう。道には迷わなかった? 大丈夫?」
「大神センパイ、おはようございます。はい、羊飼センパイたちの一緒に来たので平気です」
「そっか、ならよかった」
となるべく鹿目ちゃんの意識が部屋の隅にあるエッチな本へと向かないように、必死に声をかける。
か、彼女にだけはこの本を見せるわけにはいかない!
とくに『幼児退行プレイ ~よちよちフィニッシュ120分~』だけは絶対にっ! 絶対にだっ!
鹿目ちゃんの情操教育のためにも、なにより俺の株的にも!
「では士狼も起きたことですし、みんなで下へ降りるとしましょうか。ほら士狼、はやく布団から出てください」
「お、俺は後から行くから、先に3人で降りてくれ」
「? 何をモジモジしているんですか? いいから布団から出てください」
鹿目ちゃんがいる手前、いつもの生徒会長モードに切り替えた芽衣が、強引に俺の布団を引っぺがそうとする。
が、俺も負けじと指先をプルプルさせながら布団を死守しようと力をこめる。
「な、なにをやっているんですか士狼? いいから手を離してください!」
「ちょっ!? 今はダメ! マジでダメだって!」
「ダメじゃありません。ほらっ、はやく朝ごはん食べてテスト勉強しますよ。立って、立って」
立てないんだよ、
というウィットに富んだジョークを寸前のところで飲み込む。
そう今の俺の下半身は、朝の生理現象と相まって
きっと風の谷的な少女が、今、俺の大神士狼ジュニアを指で弾いたら、キィン! という甲高い音が部屋中に鳴り響いて「いい音♪」なんてうっとりしながら頬ずりしてくるに違いない。って、ちょっ!? おまっ!? 芽衣!? 力強すぎ!?
「いつまでそうしているつもりですか? はやく立ってください士狼」
「ば、バカおまえ!? そ、そんなに引っ張ったらポロる! ポロるよ!?」
「ポロるって何がですか?」
いまだ事の深刻さを理解していない芽衣がグイグイっ、と布団を引っ張る。
ま、マズイ! このままでは大神
俺はなんとか布団を取り返そうと、体勢を整えようとして……。
――つるっ。
と足を滑らせてしまった。
「うわっ!?」
「へっ? キャッ!?」
そのまま俺が芽衣をベッドに押し倒すような形で上に覆いかぶさり、
「うるせぇぞガキども! 今何時だと思って……あっ?」
「あっ……」
バンッ! と勢いよく扉を開けて入ってきた姉ちゃんが、俺たちを見るなり眉をしかめた。
さぁ想像してごらん?
扉を開けたら実の弟が血走った瞳で女の子をベッドに押し倒してこちらを覗きこんでいる姿を。
しかも、最悪なタイミングで男の子特有の朝の生理現象が発生しているときたもんだ。
客観的に今の自分の立場を分析するに『信じて送り出した女の子が実の弟に性的な意味で食べられそうになっている』という図になるわけだ。
……なるほど、これはもう完全にアレだな。
誰がどう考えたって重大な性犯罪を犯そうとしているようにしか思えないな。
大の男がこっちを見ながら血走った目で女の子を押し倒しているなんて、凄まじい身の危険を感じるのは
というか普通に怖いわ……
「ぐ、愚弟……あ、あんた……あんたッ!」
「ち、違うんだ姉ちゃん! 俺の話を聞いて――」
「あんた、女の子に興味があったの?」
「俺はホモじゃないっ!」
言葉がジェットエンジンのごとき勢いで飛び出ていった。
なんとも聞き捨てならない台詞を放つ我が家のリトルボスに、思わず声を荒げてしまう。
ちょっと待ってくれ。
もしかして俺はずっと実の姉に男色ホモ野郎だと思われていたってことか!?
逆によくそれで今まで普通に接してきてくれたな、ありがとう!
……いやなんでお礼を言っているんだ俺は? バカなのか? あぁバカなのか。
そんな1人で勝手に混乱している俺を前に、姉ちゃんは「だって」と心底驚いた声音で口をひらいた。
「あんた、高校にあがっても彼女の1人も作らないから、てっきり女の子に興味がないモノかと」
「そ、そうなのししょー? 女の子に興味ないの?」
「えっ!? そ、そうなんですか大神センパイ!?」
「士狼、もしかしてあなた……ホモなんですか?」
「あるよ! バリバリ興味あるよ! 俺、変態だよ!?」
なぜ俺は起きて早々、自分の部屋で後輩と同級生、そして実の姉に向かって『変態』宣言しなければならないのだろうか?
一瞬新手のAVか何かかと錯覚してしまったじゃねぇか。
「まあこの際、愚弟が変態かどうかなんて、今はどうでもいいとして」
「どうでもよくねぇよ!? 俺の名誉に関わる話だよ!」
姉ちゃんは心底どうでもよさそうにため息をこぼすと、クイッ、と親指を廊下に向けて「はやく部屋から出ろ」と合図を送った。
「とりあえず、全員下に降りな。朝ごはんが冷めちまうわ」
「「「……はぁ~い」」」
「いや、『はぁ~い』じゃなくて! ちょっ、おまえら戻ってこい! いや戻ってきてください、お願いします! いやほんとお願いだから俺の話を聞いてくれぇぇぇぇぇぇっ!?」
こうして俺の祈りにも似た叫びは、澄み渡る青空へと吸い込まれて消えた。
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