第23話 優しい嘘、残酷な真実

「まさか本当に料理が出来ただなんて……」

「もう、何回同じコトを言っているんですか? ……捻り潰すぞ?」



 俺にしか聞こえない声量で、笑顔で脅迫してくるお優しい芽衣さま。


 時刻は午後7時少し過ぎ。


 太陽も西のお空へ『おやすみ』し始めるこの時間、俺は3人の少女を見送るべく玄関までやってきていた。




「センパイ、今日はお招きいただきありがとうございました。おかげで中間テストもなんとか乗り越えられそうです」

「そう? だったらよかった! また困ったことがあったら、いつでも先輩を頼ってくれていいんだからね? 困ってなくても頼ってくれていいんだからね? 何もなくても頼ってくれていいんだからねっ!?」

「……まあ、教えたのはししょーじゃなくてボクなんだけどね」

「こ、古羊センパイもありがとうございました!」




 慌てて古羊に向かってペコリと頭を下げる鹿目ちゃん。


 おいコラ古羊っ! 俺の可愛い後輩をイビるんじゃない! 可哀そうだろうが!


 なんちゃってギャルにいさめるような視線を送るが、「ふんっ」とそっぽを向かれてしまった。


 なんでコイツはこんなに機嫌が悪いの?


 お昼のときはあんなに上機嫌だったのに。


 ほんと女心とレディ的なガガ様の服装というものは、よく分からない。



「では長居するのも士狼の邪魔になるでしょうし、そろそろお開きとしましょうか。士狼、鹿目さん、それではまた学校で。行きましょうか洋子」

「あっ、うん。じゃあねししょー、バイバイっ! また学校でね。シカメさんも気をつけて帰ってね?」

「ありがとうございます。それではまた月曜日に」

「おう、お疲れさん」



 簡単に別れの挨拶を済ませ、3人の背中を見送る。


 鹿目ちゃんが駅前の方へ歩いて行くのに対し、芽衣と古羊は反対の高級住宅街の方へと帰っていく。


 そんな3人の姿を最後まで見守ろうとした矢先、突然芽衣のヤツがクルリと身を180度回転させ、タッタッタッタ! と我が家の方へと戻ってきた。



「よっ。どったの、そんなに慌てて? 何か忘れもんでもした?」

「はぁ、はぁ……えぇ、忘れ物をしたわ。それはもう大事なことを聞き忘れていたわ」

「聞き忘れていた? 何を?」



 鹿目ちゃんも居なくなったということで、いつもの素の口調に戻った芽衣が肩で息をしながら、まっすぐと俺を見据えた。


 その夜空の星たちにも負けない意志の強そうな光を宿す瞳を前に、思わず後ろへ後退する。


 が、その分芽衣が距離を詰め、トンッ、と俺の胸元にその綺麗な人差し指を軽く突き刺し、




「――アタシと鹿目さん、どっちの料理が美味しかった?」




 と聞いてきた。



「料理の面で言えばおまえ。愛情という面で言えば鹿目ちゃん」

「そんな生ぬるい回答なんざ聞いてないのよ。ようはどっちの料理が好みだったかって聞いてるの、アタシは!」



 ジロリッ、と下からめ上げられる。


 俺がドMだったら膝から崩れ落ちているところだ。



「ほらっ、どっち? どっちが好みだった? はやく言いなさい!」



 このスカタンがぁ! と今にも罵倒のデンプシー・ロールをまき散らさんばかりの態度で俺に詰め寄る女神さま。


 なんならこのまま胸倉を掴まれそうな勢いさえある。



「お、女の子の手作り料理という点で鹿目ちゃん!」

「おいコラ、アタシも女の子だぞコノヤロー?」

「む、胸倉を掴まないで! 理由ならちゃんとあるから!」



 俺の胸倉を掴む芽衣の手を軽くタップする。


 男子高校生の胸倉を掴みあげるって、どんな腕力してんだこの女?


 もう女子校生じゃねぇだろ?


 芽衣はフンッ、と鼻を鳴らしながら、しぶしぶといった様子で胸倉から手を離した。



「なら聞いてあげようじゃないの、その理由とやらを」

「お、おまえの料理ってさ、店に出てくるような高品質のヤツばっかだから、イマイチ女の子の手作り料理感が無いんだもん」

「なるほど……そういうこと」



 やっと納得がいったと1人頷く芽衣。


 その表情は心なしか少しだけ悔しそうに見えた。



「まさか料理スキルの高さが仇になるなんて……羊飼芽衣、一生の不覚だわ」

「あのう芽衣……さん? アダッ!?」



 芽衣の顔を覗きこもうとした瞬間、ピンッ、と鼻先を人差し指で軽く弾かれる。


 そのまま再びクルリと身を180度回転させると、器用に首だけ後ろに振り返り、



「じゃあね士狼、おやすみっ!」



 と言いながら、んべっ! とその苺のような真っ赤な舌をチロチロと俺に向けて出した。


 気まぐれに近づいて、気ままに帰っていくその姿は、どことなく猫っぽいなぁとそんなことを考えてしまった。



「なんだったんだアイツ? ……っと、いけねぇ。父ちゃんが帰ってくる前に居間を片付けねぇと」



 3人の姿が見えなくなるのを確認するなり、俺は居間に散らばったブツを片付けるべく、我が大神ハウスへと身をひるがえす。



「さてまずは鹿目ちゃんの座っていた場所に頬ずりをして、この場所を聖域に認定――うん? なんか落ちてるな?」



 居間へと引き返し、彼女の座っていた場所に頬を近づけようと膝を折るなり、そのすぐ近くでピンク色のペンケースを発見する。


 これは確か……。



「鹿目ちゃんのペンケース……ハッ!?」



 瞬間、俺の脳裏に神託としか思えない素晴らしい名案が思い浮かんできた。


 このペンケースを返しに行くという名目で、今から鹿目ちゃんと2人きりになれないだろうか?


 刹那、シロウ・オオカミの脳内スーパーコンピューターがものすごい勢いで計算を開始し始める。




 鹿目ちゃんのペンケースを今から届けに行く

      ↓

 告白の返事をする(もちろんOKで)

      ↓

 嬉しい、センパイ……抱いてっ!

      ↓

 ゴー・トゥ・ホテル

      ↓

 超エキサイティングッ!




 こ、こうしちゃいられねぇ!


 今夜はファンタスティックに告白して、ロマンティックな雰囲気のままエロティックに合体だ!



「愚弟? こんな時間にどこ行く気?」

「女のトコロッ!」

「あぁ元気のところね。あいつによろしく伝えといてねぇ~」



 お風呂へ入ろうとしていた姉ちゃんと遭遇し、適当にあしらいながら靴を履く。


 呑気な姉は、俺が本当に女のトコロに行くとは思っていないらしい。


 やっぱりまだゲイだと思われているんだろうか?


 それは実に訂正したいところだが、今はそれどころではないっ!


 1分1秒でも早く、彼女のもとへせ参じなければっ!



「行ってきます!」



 と短く姉に告げ、玄関を蹴破らん勢いで我が家を飛び出す。


 そのまま猛牛よろしく鹿目ちゃんが去って行った森実駅の方角へと全力疾走。


 それにしても、俺という男はほんとに恐ろしい男だと常々思うね。


 あんな複雑な論理的展開を瞬時に導き出し、同時に行動を開始する類まれなる頭脳と行動力……もしかしたら俺の前世は異世界転生者だったのかもしれない。


 そんな自分に戦々恐々している間に、森実駅前の人気のいない公園で鹿目ちゃんの姿を発見する。




「居た居た! お~い鹿目ちゃ――」

「大丈夫だったか窓花? あの男に変なことはされなかったか?」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう、ダイちゃん」

「……はっ?」




 彼女に声をかけようと進んでいた足がピタリと止まった。


 俺の視線の先、そこには。







 鹿目ちゃんがいつかファミレスで見かけた、あのとっつぁんメガネと、愛おしそうに抱き合っている姿があった。

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