第8話 エンゲージ鱚《キス》
「いやぁ~、驚かせちゃってすまんなぁ。ウチのバカ息子が女の子を、しかもガールフレンドを連れて来るなんてこと今まで1度もなかったから、お母ちゃんつい気が動転しちゃったよ」
「い、いえそんなっ!」
「むしろコチラの方こそ無遠慮に来てしまい申し訳ありませんでした」
にこやかに笑う母ちゃんに向かって、首を外れよっ! と言わんばかりにブンブンと真横にヘッドバンキングする古羊と、猫を被った芽衣がニッコリと微笑んだ。
我が偉大なる母上がアマゾネス・スタイルで古羊と芽衣をお出迎えして10分後のリビングにて。
俺たちは「とりあえず座れや?」と姉ちゃんに
「それじゃ改めまして、大神士狼の母親の
「同じく、大神士狼の姉の
「は、はひっ! し、ししょーっ! じゃなくて、その……し、ししっ、シロウッ!
「ほほぅ? お嬢ちゃんがこのバカ息子の彼女か。ふむ……写真で見るより100倍カワユイじゃないかっ!」
「あ、ありがとうごじゃいまふっ!」
初セクロスに挑む男子高校生のようにガチガチに緊張した古羊を、無遠慮に見つめていたママンの視線が、ふいに横に滑った。
「それで? そこのスゲェ美人のお嬢ちゃんは一体?」
「お初にお目にかかります、士狼くんと同じクラスメイトで生徒会に所属している羊飼芽衣と申します。今日は洋子の保護者として同席させていただきたく、やって来ました」
「おぉ~、若いのに随分としっかりしたお嬢ちゃんだな。気に入ったっ!『メイちゃん』と呼んでもいいかい?」
「どうぞ蓮季さんのお好きなように」
そうかそうかっ! と楽しそうな笑みをこぼす母ちゃんに、何故かしたり顔で見えないように机の下でガッツポーズを浮かべる我らが生徒会長さま。
なんでコイツはウチの母ちゃんの好感度を上げにいっているんだ?
YOUはただのフォロー役なんだから、関係ないよね?
あと古羊ちゃん? なんでそんな悔しそうな顔をするの?
ナニと戦ってるんだいチミは?
「さぁ今日は無礼講だっ! 飲んで騒いで、楽しんで行ってくれ!」
「その前にホラお母さん、そろそろ本題を切り出さないと」
「おっと、そうだった」
姉ちゃんに促され、キムチ鍋をつつこうとしていたママンの箸がピタリッ! と止まる。
そのまま口が裂けるくらいニンマリと頬を歪ますと、ダイニングテーブルに身を乗り出して、
「ところでシロウの彼女さん、1つ聞きたいんだが」
「は、はいっ! な、なんですか?」
「このバカとは、もうセックスしたのかい?」
空気が凍った。
「セッ!? セセセッ、セッ!?」
「ちょっ、母ちゃん!? なにいきなりトチ狂ったこと言ってんだ!? それもうちょっとしたテロリズムだぞ!?」
「うるさいわよ愚弟、これは大事なことなんだから。ねぇお母さん?」
「そうだぞ、大神家の今後を左右する大事な質問だ。心して答えてくれ」
顔を真っ赤にして「セッ!?」としか繰り返さないボットにジョブチェンジした古羊の代わりに文句を口にした途端、何故か姉ちゃんと母ちゃんに怒られた。
えっ? なに? 俺が悪いの?
ちょっ、真顔やめて? はっ倒すよ?
「それで? セックスしたのか? してないのか?」
「ちょっ、何コレ? 公開処刑?」
なんでクラスメイトと家族が居る手前で、俺の下半身事情を説明しなけりゃならんのだ?
ちょっと母ちゃん? デリカシーが出張から帰って来てませんよ?
『答えるまで絶対に退かんっ!』と鋼の意志を感じる強い視線で、俺たちをまっすぐ見つめる母ちゃんと姉ちゃんにその……なんだ?
助けて芽衣ちゃん!?
今こそフォローのときだよ!
フォロー役として着いて来ていた芽衣に話題を変えてもらおうと、アイコンタクトを飛ばし、
「それはわたしも気になりますねぇ。どうなんですか士狼? ねぇ――どうなの?」
芽衣は口だけ楽しそうに笑みを作りながら、ハイライトの消えた瞳でまっすぐ俺だけを射抜いてきて、もう怖い怖い怖い怖い怖いっ!?
なにその目!? 俺、初めて見るんですけど!?
瞳孔がガン開きで、飲み込んだ光を決して逃さない暗黒星雲のごとき色合いを含んだ瞳は嘘を決して許さないと言わんばかりに俺を凝視していて……おやおやぁ?
その『口調』『表情』『雰囲気』どれ1つ取っても俺をフォローする気なんぞサラサラないようで……。
この人、我が家に何しに来たの? 嫌がらせ?
「息子よ、セックスしたのか? してないのか? さぁ、ドッチ!?」
「チクショウ、そんなに知りたきゃ教えてやるよっ! 俺の下半身はピカピカの新品さっ!」
そうさ、俺の暴れん坊はさくらんぼうさ!
……なんで俺はクラスメイトと家族の目の前で『関白宣言』ならぬ『童貞宣言』をしなけりゃならんのだ?
こんな悲しい宣言をしたのは生まれて初めてだわ……。
「……どうやら嘘は言っていないようですね」
「我が弟ながら、チキン野郎ねぇ~」
「まぁいいだろう。なら次の質問だ」
なんだか、だんだん取調室みたいになってきたなぁ。
なんて思っていると、母ちゃんたちの視線が古羊の方へと集中した。
「さて、彼女さんよ? 言いづらいから『ヨウコちゃん』と呼んでもいいかい?」
「は、はひっ! 大丈夫でふっ!」
ようやく『セックス』の衝撃から現実世界に帰って来れたらしい古羊は、「でふでふっ!」言いながらシャンっ! と背筋を伸ばした。
そんな我らがなんちゃってギャルに、母ちゃんはニッコリと微笑みを浮かべ、
「ヨウコちゃんはこのバカ息子のことを愛しているのかい?」
「ふわぁっ!?」
瞬間、キムチ鍋に負けないくらい古羊の顔が真っ赤に染まった。
ヤバイッ!?
ここら辺の打ち合わせはまったくしていなかった!
俺は「あの、その、あばっ!? あばばばばばっ!?」と口をパクパクさせる古羊の代わりに、慌てて言葉を紡ぎだした。
「な、なにを当たり前のことを聞いてるのさ母ちゃんっ! そんなの当然だろう? 俺だって古ひつ――洋子のことを世界で1番愛しデデデデデデデデデッ!? ちょっ!? 芽衣ちゃん!? 脇腹がっ!? 俺の脇腹が千切れちゃうぅぅぅぅ――っ!?」
「あらごめんなさい士狼。蚊が居たものですから」
ニッコリと微笑みながらも、万力のごとき力で俺の脇腹を抓り続ける芽衣。
さっきから何なんだコイツは?
俺を遠回しに殺そうとする刺客か何かか?
もはやフォローする気なんぞ微塵もない芽衣によって、強制的に口を閉じらされる俺、シロウ・オオカミ。
その間にも母ちゃんと姉ちゃんの無言のプレッシャーが古羊を襲うっ!
都合4人分の視線を一身に受けた古羊は、架空のイヌミミをペタンとさせたまま、耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
それでも彼女役をまっとうしてくれる気があるようで、古羊は震える唇を必死に動かして、ポショリと小さくつぶやいた。
「その……はい。あ、愛してます……」
「誰よりも?」
「だ、誰よりもです。世界で1番、愛してます。うぅ……」
恥ずかしさが天元突破したのか、ぎゅぅぅぅ~っ! とその場で身を縮めるなんちゃってギャル。
その姿はまさに恋する乙女そのもので……ほほぅ?
やるな古羊っ! なかなか演技が上手いじゃないかっ!
まさかコイツにこんな才能があったとは、師匠オドロキッ!
古羊の熱演に騙されたらしい母ちゃんと姉ちゃんは、満足したように俺たちに向かって笑みをこぼした。
「そうか、そうかっ! 愚弟を世界で1番愛してるかっ!」
「ガッハッハッハッ! こりゃ近々ヨウコちゃんの御両親に挨拶に行かないとなぁっ!」
笑顔でそんなコトを口にする母ちゃんの目は一切笑っておらず、思わず「ママァン!?」と叫びそうになった。
ヤベェ、この人
マジで古羊を嫁に貰う気だっ!
ヤバいぞ、このままじゃ古羊が俺の嫁となり彼女にソックリの美少女3姉妹と慎ましくも幸せな温かい家庭を築いて、最期は孫に囲まれて大往生してしまう未来が訪れてしまうぞ!? 何ソレ最高かよ?
イケェ母ちゃんっ! 落とせ、落としてしまえぇぇぇぇぇ――ッッ!!
「ふわぁっ!? そ、それって!?」と頬を赤らめ口をモゴモゴさせる古羊の隣で、我が偉大なる母上を全力で応援する。
頑張れ母ちゃんっ! 大神家の未来は母ちゃんの手にかかっているぞっ!
「いやぁっ! めでたい、めでたいっ! これで大神家も安泰――」
「蓮季さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「うん? どうしたメイちゃんよ?」
「いえ……」
上機嫌の母ちゃんに向かって、自分のお腹をさすりながら申し訳なさそうな顔を浮かべる芽衣。
あぁ、お腹が空いたのね。
食いしん坊なヤツだなぁ。
なんて思っていた俺の呑気な脳細胞が、次の瞬間、一気に全覚醒した。
「本当はお墓まで持っていこうと思ったんですが、やはり嘘はよくないなと思いまして……。実はわたしのお腹の中には、士狼との愛の結晶が……」
「おーい千和ぁ、お母ちゃんの部屋からペンチ持って来てくれぇい」
「生爪フルコースね、了解」
「待て待て待て待てっ!?」
立ち上がろうとする姉ちゃんを必死に呼び止めながら、俺はとんでもねぇコトを口走る芽衣にアイコンタクトを飛ばした。
この
はやく訂正しろっ!
芽衣は「ふひっ♪」と口元の笑みを片手で隠しながら、さも健気な雰囲気を醸し出し、
「ごめんね士狼?『黙ってろ』って言われたけど、やっぱりわたし……うぅ」
「さくらんボーイの俺にナニ言ってんだテメェ!? 腹パンすっぞオルァッ!?」
「そ、そんな、ししょーとメイちゃんが……っ!? ひ、酷いよししょーっ!? ボクとは遊びだったの!?」
「おいやめろ古羊っ!? コレ以上、火に油を注ぐんじゃないっ!」
芽衣の
遊びも何も、俺たちは本当は付き合ってないだろうがっ!
なにおまえまで場の雰囲気に引っ張られてんだ!?
鎮火どころか、天然でガソリンをぶちまけてくるなんちゃってギャルの所業を前に、いよいよ母ちゃんの堪忍袋の緒が切れた。
「シロウ、貴様……ヨウコちゃんという彼女が居ながら、他の女に手を出していたのか? プレイボーイのつもりか? それでも大神家の人間か?」
「か、母ちゃんっ!? こ、これは
『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!』と某奇妙な冒険でお馴染みの擬音を背後に浮かせながら、地獄の鬼どころか、上弦の鬼でさえドン引きするような低い声を出すマイマザー。
なんてすばらしい闘気だ、鬼になれ母ちゃんっ!
とか、ふざけている余裕がないほどに、ママンの怒気が部屋中を支配していく。
その圧倒的なまでの雰囲気を前に、舌が回らなくなり、弁解が出来なくなって……あっ、死んだ。俺、死んだわ。
「30秒だけ待ってやる。神への祈りを済ませろ」
そう口にする母ちゃんに向かって、気がつくと俺は事の詳細を洗いざらい全て話していた。
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