第9話 おれたちは勉強ができない!

「――まったく、人騒がせな息子だ」

「ほんとだわ。ペンチを取りに行ったあたしの労力を返して欲しいわ」

「誠に申し訳ありませんでした……」



 釈明しゃくめいすること約5分。


 俺は芽衣と古羊が見ている前で、堂々と母ちゃんと姉ちゃんに向かって土下座していた。



「あ、あの? あまりししょー――シロウ君を責めないであげてください。もとはと言えば協力したボクにも責任が……」

「いいのよ洋子、フォローしなくても。アレは自業自得だから」



 オロオロする古羊をやんわりと窘(たしな)める芽衣。


 古羊……おまえは本当にいいヤツだなぁ。今度アイスでも奢ってやろう。


 だが芽衣、テメェはダメだ。


 あとで覚えておけよゴルァ?


 と心の中で虚乳美少女を責めていると、母ちゃんが「ふぅ」と小さくため息をこぼした。



「シロウに彼女が出来ていたなら大目に見ようと思ったが、これは本来の予定通りミッションを進めるしかないようだな」

「ミッション?」



 なにソレ? と俺が口を開くよりもはやく、母ちゃんがゴミ虫を見るような視線で愛しの息子を見下ろしてきた。



「なぁ息子よ? なんでお母ちゃんが出張を切り上げて帰ってきたか、分かるか?」

「か、カワイイ息子の顔が見たくて戻って来たんじゃ……?」

「こういうコトを本気で言えるのが士狼の凄い所ですよね」

「ダメだよメイちゃん、勝手に割りこんじゃ。今は大人しくしてよ?」

「肉うめぇっ!」



 茶々を入れる芽衣を窘める古羊の目の前で、パクパクとキムチ鍋を食していくマイシスター。


 自由過ぎません、ウチの家族?


 英語で言うと『フリーダム』、ガ●ダムである。違うか? 違うな。



「シロウ、テメェ、この間の期末の成績……ありゃなんだ?」

「……ごめん母ちゃん、最近耳が悪くて上手く聞き取れないや」

「耳が悪いくらいなんだっ! こちとら息子の頭が悪いんだよっ!」



 なんか上手い感じで返されてしまった。


 ごめんね息子の頭が悪くて?


 でも母ちゃんは口が悪いよ?



「お母ちゃん、出張前に『テストで赤点とるのも禁止』って言ってたよなぁ? テメェ、この間の期末、赤点何個とった? おっ?」

「グッ!? それはその……テヘッ♪」

「『グッ』じゃねぇんだよ『』なんだよなぁ、三下さんしたぁ! 赤点が3個もあるってどういうことだ、あぁん?」



 まるでヤクザのカチコミよろしく烈火の如く怒り狂うマイマザー。


 う~ん、自分の息子を「三下」呼ばわりする母親なんて中々見られるものじゃない。


 助けを求めようにも古羊は俺たちを見て「あばばばばっ!?」とオロオロしているし、芽衣と姉ちゃんに至っては「美味しいですね、コレ!」「だろぉ? いいキムチ使ってんだ!」とキムチ鍋にうつつを抜かしている始末だ。


 もう信じられるのは自分しか居ない。


 頑張れ、俺っ!



「シロウ……別にお母ちゃんも鬼じゃない。1つも赤点を取るなとは言わないさ」

「母ちゃん」

「ただ、取るなら死を覚悟しろと言っているだけで」

「……母ちゃん」



 それは世間一般的に言えば「1つも取るな」と言っているのと同義ではなかろうか?



「わ、わかったよ。次の中間から頑張るから、もう許してくれよ……」

「ほぅ、もう赤点は取らないと、約束できるんだな?」

「出来る出来る。なんだったら学年順位で100位以内には入ってみせるから……だからもう勘弁してくれよ」

「ほう……全体順位300位ジャストのワーストトップ10が大きく出たじゃないか。面白い、ほんとに約束できるんだな?」



 俺は「出来る」と小さく頷いた。


 もちろんこんなモノ、芽衣の胸パッドと同じくその場しのぎの真っ赤なウソである。


 こちとらお腹がペコペコなんだ。


 さっさと母ちゃんとの会話を終了して、俺もキムチ鍋が食べたい。


 なんて雑な対応をしていたがために、俺はこのあと今日1番の窮地きゅうちに立たされることとなった。



「わかった、シロウの言葉を信じよう。ただし! もし、次の中間テストで学年順位100位以内に入っていなければ――お母ちゃんは出張を切り上げて実家コッチに戻るからな?」

「「うぇぇぇぇっ!?」」



 俺と同じく、何故か芽衣と美味しくキムチ鍋をつついていた姉ちゃんが驚きの声をあげた。



「ちょっ!? お母さん! これは愚弟だけの問題でしょ? それだけのために出張を切り上げるのはさすがに先方に失礼だって! だからソレだけは止めとこうよ! ね?」

「随分必死に喋るじゃないか我が娘よ。……さてはテメェ、また大学サボってネトゲにハマりやがったな?」

「うがっ!? そ、それはその……てへ♪」

「おいおい、千和ちわ姉ちゃん。さすがに姉ちゃんの歳で、それはキチィよ?」

「黙りなさい愚弟ぐてい



 ギロッ、と俺を睨みつける我がマイシスターこと大神千和おおかみちわ21歳。


 一昨年ネトゲにハマり過ぎて大学を休み過ぎた結果、半分以上の単位を落とした強者であり、またの名をネトゲジャンキーと言う。


 そのあまりのハマりっぷりに、母ちゃんが本気でブチ切れ、マジで家族の縁が切れる5秒前だったのはいい思い出だ。


 ちなみに余談だが、我が家の姉弟してい、というか主に俺だけだが、この家で生活するにあたって守らなければならないルールが1つだけ存在する。


 それは、姉ちゃんがネトゲをしている最中は、隠密行動を基本とし、その存在の全てを秘匿ひとくとせよっ! という伊賀忍もビックリの鉄のおきてである。


 ちなみに破れば即切腹。


 そんな傍若無人を絵に描いたような姉ちゃんが、責めるように俺に向かって口をひらいた。



「そもそも愚弟、テメェが赤点さえ取らなければこんな話にはならなかったんだろうがっ!」



 どう落とし前をつけるつもりだ、あぁん? と瞳で語る大神家長女。


 流石は母ちゃんのDNAを受け継いでいるだけあって、俺を責める姿がママンソックリである。



「そもそも赤点を取るなんて常識が無いのよ常識が。恥を知れ!」

「ネトゲを止めたくないがために、ペットボトルに小便をする姉ちゃんに言われたくねぇよ」



 姉ちゃんの部屋に転がっていた黄色い液体が入ったペットボトルを見つけたときは、軽く姉弟の縁を切ろうかと思ったくらいだ。


 そんなネトゲをめたくないがために、女をめている我が家のリトルボスと睨みあっていると、「お黙り2人とも!」とビックボスの鋭い声が居間にとどろいた。



「メイちゃんとヨウコちゃんが見ているでしょうが。我が家の恥をよそ様にコレ以上さらすんじゃないよっ! ……ごめんねぇ2人とも、ウチの子どもたちが根っからの変態で?」

「い、いえそんな全然っ! た、楽しい家族ですね?」



 もはや煽っているようにしか聞こえない古羊のリアクションの脇で、芽衣が「ふむ……」と何か思案するような顔を浮かべていた。


 かと思うと、急にニコパッ♪ と笑みを顔に張り付け、



「蓮季さん。士狼のテスト勉強なんですがね? もしよろしければ、わたしが面倒を見ましょうか?」



 と言った。


 瞬間、母ちゃんが驚いたように目を見開いた。



「いいのかい? こんな面倒ごとを頼んじまっても?」

「はい。人に教えることで自分への理解も深まりますし、問題ありませんよ」

「ぼ、ボクもっ! ボクも協力しまふっ!」

「メイちゃん、ヨウコちゃん……かたじけねぇっ!」



 母ちゃんは目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら、片手でパァンッ! と勢いよく膝を打った。



「よしっ! 士狼のサポートは2人に任せたっ!」

「美人ちゃん、ワンコちゃん、2人とも頑張ってくれ! ……いやほんとマジでッ!?」



 当事者である弟よりも必死な形相で芽衣と古羊に詰め寄る姉ちゃん。


 そんなマイファミリーに向かって、ふんすっ! と鼻息を荒げながら「が、頑張りますっ!」と小さくガッツポーズをする古羊と、「最善を尽くしてみせます」と猫を被り静かに微笑む芽衣。


 おかげで2人の好感度はメーターを振り切る勢いで急上昇だ。


 これがギャルゲーなら確実に母ちゃんルートと姉ちゃんルートを踏破する勢いである。



「うぅ……芽衣、古羊。かたじけねぇ、かたじけねぇよぉ……」

「大丈夫っ! 気にしなくていいよ、ししょーっ!」

「まぁ生徒会役員が赤点を取るなんて、メンツに関わりますからね。今回だけですよ」



 そう言ってニッコリと微笑む2人が、もうただの『天使』と『女神』さまにしか見えない。


 ありがとう、ありがとう2人ともっ!






 ……ただ、気のせいかな?


 俺の外堀の埋め立て工事が急ピッチで進んでいるような気がするんですけど?


 俺の思い違いだよね?


 大丈夫だよね?


 信じていいんだよねっ!?


 ……こほんっ。ま、まぁ何はともあれっ! 


 こうして俺の『ドキドキ☆テスト大作戦っ!』の火蓋は切って落とされたのであった。

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