第7話 ここが『あの女』のハウスね?

「――ったく、言い方が紛らわしいのよ士狼は」

「も、申し訳ありませんでした……」

「まぁまぁメイちゃん、落ち着いて。ねっ?」



 我が家にママンが襲来し、『電話越しで【女神】と呼ばれている学校1の美少女に脅迫されてみたfeat.古羊』の収録も終え、無事1日経った金曜日の放課後。


 事の事情を洗いざらい説明し終えた俺は、母ちゃんと姉ちゃんが待つ自宅へ向かって、芽衣と古羊を引きつれてトロトロと帰路についていた。



「つまり、ボクがししょーの彼女さんのフリをして、ママさんとチワさんに挨拶すればいいんだよね?」

「すまんな古羊、超あらいぐまタスカル……」

「いいよ、いいよっ! ししょーにはいつもお世話になってるし、これくらいどうってことないよっ!」



 亜麻色の髪を風になびかせながら、ニコニコと満面の笑みをたたえる古羊。


 もう古羊がただの天使にしか見えない……結婚するか? おっ?



「ほんと、士狼と一緒に居ると退屈しないわねぇ」

「ところで、あの……なんで芽衣さんも居るのかな? 呼んでないよね、俺?」

「あによ? アタシが居たら迷惑なの?」



 ジロッ、と不機嫌さを隠すことなく隣を歩いていた芽衣に睨まれる。


 知り合いが居ないせいか、いつもの『生徒会長モード』ではなく、素に戻った芽衣の威圧感にマイペニーが文字通り縮みあがった。


 ふぇぇ~、会長が怖いよぉ……。



「どうせおバカなアンタと素直な洋子じゃ、どこかでボロが出るに決まってるでしょ? それを影ながらフォローしてあげるべく一緒に行ってあげてるんじゃない。感謝こそされても批難される言われはないわね」

「なんか言葉にトゲを感じる……」



 そもそも、そんなお願いしてないんだけどなぁ……。


 とりあえず勝手についてくる気満々の芽衣に、やんわりと釘を刺しておくことにした。



「いいか芽衣? 別についてくるのは構わんが、トラブルだけは起こすなよ?」

「人をトラブルメイカーみたいに言うんじゃないわよ。士狼じゃあるまいし」

「おまえ、この1カ月の間に起こったことをもう忘れたのかよ……」



 春のはじまりパッドエンド事件も、変態仮面事件も、全部おまえが起爆剤ですよね?


 もう忘れたのか、あの悪夢を?


 どんだけ頭の中ハッピーセットなんだよおまえ?



「なによ、その顔? 文句でもあるの?」



 全身の毛穴という毛穴に小さな針を突きたてられているかのような圧迫感が俺を襲う。


 いつもの俺ならここでミスディレクションを発動させ、古羊の影として息と存在感を殺している所だが、今日の俺は一味違う。


 今日こそはこの腹黒虚乳生徒会長にハッキリと苦情の1つでも言ってやるぞ!


 いつもみんなに『このヘタレ!』だの『チキン野郎!』だのと言われている俺だが、俺だって言う時は言うのだ。


 そう、ヒヨコがにわとりに成長するように、俺も日々成長し……あれ? 結局チキンじゃないの? 何も成長してなくない?


 い、いやそんなコトはない! 俺は成長しているハズだ!


 よしっ! 今日こそはガツンと一言物申してやるぞ!



「おい芽衣っ! これだけは言っておくぞっ!」

「あによ?(ギロッ)」

「今日はよろしくお願いしまぁぁぁぁ――すっ!」

「うむ、よろしい」

「ししょー……」



 何となく古羊の瞳が『このヘタレチキンが!』と言っているような気がした。


 あぁ、ヘタレとののしりたければ罵ればいいさ! 俺はヘタレさ! 


 なんてやり取りをしている間に我が家へ到着。



「ししょーのお家に来るのは、コレで3度目だね」

「ここがあの女のハウスね」

「メイちゃん、それは……」



 とツッコむ古羊を無視して、芽衣が我が家の呼び鈴を押そうとするので、やんわり食い止める。



「ちょっと待て芽衣。呼び鈴を押す前に、俺から1つ注意事項がある」

「なによ、いきなり? 注意事項?」

「あぁ、これはとっても大切なコトなんだ。古羊も心して聞いてくれ」

「う、うん」



 俺は2人の目をしっかり見つめながら、我が家に入る際の心構えを口にした。



「おそらく、この扉を開けたらワンダーランドが広がっていると思うから、先に言っておくぞ」

「ワンダーランドて……」

「自分のお家でしょ、ししょー……?」

「いいか? これから我が家のママンと会うワケだが、ナニを言われても絶対に動揺するなよ? うちのママン、人の皮を被った野生動物だから、気をしっかり持てよ?」

「ねぇ士狼? 人の皮を被った野生動物ってナニ?」

「ハッキリ言えばキ●ガイなんだ」

「こらっ! ダメだよししょーっ! 大事なお母様にそんなコト言っちゃ!」



 めっ! と俺の言動をたしなめる古羊。


 この顔が数秒後には恐怖に染まるのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 先に謝っとくね?


 ごめんね、ウチの母ちゃんが変態で……。



「まぁここでゴチャゴチャ言い合っていても埒が明かないし、百聞は一見にしかずってことで、行くわよ?」



 そう言って芽衣がピンポーン♪ と我が家の呼び鈴を押した。


 瞬間、我が大神ハウスからドンガラガッシャーンッ! と冗談みたいな音と共に、ドダダダダダダダッ! と合戦に向かう荒武者のような足音が響いてきた。


 数秒遅れて家の中から姉ちゃんの「待ってお母さんっ! その姿はヤバい! その姿はヤバいからっ!?」と切羽詰った声が聞こえてきて……おやおやぁ~?


 もう嫌な予感がするぞぉ?



「あ、あの、ししょー?」



 と不安気に古羊が口を開いた刹那。




 ――バンッ!




 と凄まじい勢いで我が家の玄関が開き、その……なんだ?



 中から血塗れのママンが最高の笑顔を浮かべて現れた。



 なにコレ? ホラー映画か何かかな?



「ひぅっ!?」

「こ、これはまた……」



 困惑する俺をよそに、涙目で小さく悲鳴をあげる古羊。


 その横ではあの変態仮面と対峙たいじしたときでさえ笑顔を浮かべていた芽衣バーサーカーが、頬をピクピクと痙攣させていた。


 そんな俺たちを尻目に、瞳を血走らせた母ちゃんが古羊と芽衣に向かってニッ……チャリ♪ と粘着質に微笑んだ。


 母ちゃんの左手は拳を握り締め過ぎたのか鮮血がほとばしり、右手には分厚い人斬り包丁がスタンバイされていて『はっは~ん? さてはこれから暗黒武術大会ですな?』といったおもむきがあり……うん。


 ダメだこりゃ☆



「初対面だが、あえて言わせてもらおう――おかえりっ!」



 マジキチ☆スマイルを浮かべるママンに、何も言えなくなる俺たち。


 もうヤバい薬を使っていると言われたら信じてしまいそうなくらいハイテンションである。


 こんな母ちゃん、生まれて初めて見たわ俺……。



「もうお母さ~ん、キムチ握り締めすぎぃ。廊下まで汁垂れてんじゃ~ん」



 と家の奥で文句を口ずさむ姉ちゃんの声をBGMに、俺たちは思った。




 今日は長い1日になるな、と。

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