第4話 ヲタクにプリは難しい

 かくし人生初のプリクラ体験をすることになった俺、大神士狼は、ガッチガチに緊張したなんちゃってギャルこと古羊と共に、一心不乱にモニターを凝視していた。


 モニターからは『お金を入れてね♪』と資本主義の申し子と化した女の子の声音で、現金を要求してくる声が鼓膜を撫でる。


 俺は震える指先で500円玉を掴みながら、



「そ、それじゃ、入れるにょっ?」

「お、お願いしめふっ!」



 まるで初めて出張ヘルスサービスを頼んだ男子大学生のように変に緊張した面持ちのまま、硬貨を投入。


 途端にモニターから女の子の愛らしい声音が俺の鼓膜を、いや魂を震わせた。



『モードを選んでね♪』

「あっ! は、始まったよ、ししょーっ!」

「あぁ始まったな。な、なぁ古羊? モニターが見づれぇから、もっと近くに寄ってもらってもよろしいでしょうか?」

「う、うん……分かった」



 頬を赤らめた古羊がモニターを覗き見るべく、俺に寄りかかるような形で身を寄せてくる。


 途端になんちゃってギャルのしっとりと汗ばんだ剥き出しの肌から、甘いミルクのような匂いが熱気と共にむわっ! と俺の鼻腔をこれでもかと蹂躙(じゅうりん)してきた。


 もう何ていうか……俺、このあと死ぬんじゃねぇの?


 突然訪れたラッキースケベに感謝している間に、目の前のモニターにピコン、と文字が浮かび上がった。



「ねぇししょー? 【友達モード】と【恋人モード】があるけど、どっちにしようか?」

「まぁ無難に【友達モード】かなぁ」

「そ、そうだよね……」



 ちょっとだけ、しゅんっ、と肩を落とした古羊を横目に、俺はモニターの中で燦々さんさんと輝く文字を指先でタッチした。



『恋人モード♪』



「いや、なんでさっ!?」

「うぉっ!? ビックリしたぁ……どうした古羊? そんな大きな声を出して? 耳が痛いだろ?」

「ボクは頭が痛いよっ!?」



 突然「君に届け!」と言わんばかりに、古羊が驚きの声をあげた。


 筐体の中で反響したわん娘《こ》の声音が思った以上に大きく、耳の奥がキーンとして……うぅ。


 顔をしかめる俺を無視して、なんちゃってギャルは「あわわわっ!?」と唇をせわしなく震わせ、



「何でごくごく自然に【恋人モード】を選んじゃったの、ししょーっ!? 【友達モード】じゃなかったの!?」

「【恋人モード】? おいおい、おまえは一体何を言って……」



 俺はモニターの画面に視線を落とし、



「……ほんとだぁ!? 何故か【恋人モード】で撮影することになってるぅ!? なんでっ!?」

「ししょーが押したんでしょっ!」



 気がついたらナチュラルに恋人モードを選んでいた。


 な、なんだ? もしや何者かの陰謀か?


 それともゴ●ゴムの仕業か? おのれディケ●ドォォォ!



「ねぇししょーっ? ボクの目には、なんら躊躇ためらうことなくししょーの指がまっすぐ【恋人モード】へ向かって行ったように見えたんだけど?」

「ヤダだなぁ、よこたんっ! うっかりだよ、うっかり! これは漫然まんぜんたるうっかりですっ♪(うっかり☆)」

「えぇ~、本当にぃ~?」



 俺をいぶかしがるように見上げながらも、古羊の瞳はどこか笑っているような気がしたのは、俺の願望のせいに違いない。


 どことなく不満そうな顔をしつつも、架空のシッポはパタパタと千切れんばかりに振り切れている、わん古羊。


 ほんと身体は正直なヤツだなぁ。



「もう、ししょーはイジメっ子だよ。そんなにボクをイジめて楽しいの? ……そんなにボクのことが嫌いなの?」

「古羊が嫌いかどうかということならば、俺は何ら躊躇ためらうことなく、この場でおまえの唇を奪い、ソレを返答の代わりにする所だが、それでもいいのか?」

「ふわぁっ!?」



 シュボッ! と瞬間湯沸かし器よろしく、一瞬でお顔を真っ赤にした古羊がオロオロし始めるのと同時に、モニターから可愛い女の子の声が筐体内に反響した。



『フレームを選んでね♪』

「つ、次はボクが選ぶね!?」

「御意に」



 これ幸いと言わんばかりに、ズイッ! と俺を押しのけ、モニターの画面へと視線を落とす古羊。


 耳の裏まで真っ赤にした古羊はやや焦った様子でモニターの上で手を迷わせて――固まった。



「……ねぇししょー?」

「うん? どったべ?」

「なんかね、コレ、ハートが盛りだくさんのフレームしか無いんだけど? 壊れちゃったのかな、この機械?」



 数秒固まったのち、ゆっくりとこちらに振り返るなんちゃってギャル。


 俺は古羊が覗いているモニターに目線を落とすと、そこには「これでもか? これでもかっ!? えぇい、これでもかっ!?」と言わんばかりにハートが散りばめられたわくしかなかった。



「おぉ~、流石恋人モード。ハートの大盤振おおばんぶる舞いじゃないか」

「か、感心している場合じゃないよぉ! どうしようコレ!?」

『あと5秒♪』



 プリクラマシーンの無慈悲な声が響く。


 古羊は、目をぎゅっとつむり「ええいっ、ままよっ!」といった感じで適当にパネルをタッチした。


 選んだのは――ハートでハートの枠組みを作っているハートの大盤振おおばんぶる舞いのフレームだった。



「なんだよ古羊、口ではああ言いながらもノリノリじゃねぇか」

「ち、違うよぉ!? 適当に選んだらソレになっただけで! 他意はないよ!?」



 ほんとだよ!? と、頬を真っ赤に染めながら胸の前でブンブン両手を振るなんちゃってギャル。


 可愛いじゃねぇか。


 マジでキスしてやろうかなコイツ?


 と思っていると『それじゃ撮影をはじめるよ~♪』という声が筐体内に木霊した。



『準備はいいかな? いくよ~5、4,3……』

「えっ!? も、もう……っ!?」

「やべっ!? ポーズ取れ、ポーズ!」

「ぽ、ポーズって何の……えぇいっ!」



 古羊は困惑しつつも、慌ててポーズを取ろうとして、



 ――パシャッ!



『こんな感じに撮れました~♪』



 と、さっき撮れた写真がモニターに表示された。


 そこにはピースを浮かべる俺のとなりで、両手を上げて謎のポーズをキメるなんちゃってギャルの姿が映っていた。



 ……控えめに言って結婚しようかと思った。



 なんだコイツ? 可愛いの擬人化か? お嫁に来るか? おっ?



「うぅ、思いっきり変なポーズしちゃった……」

「結婚したい――違う、だから『ポーズ取れ』って言ったのに」

「急に言われてもムリだよぅ」



 ややお疲れ気味に古羊が口を開く。


 と、同時に『たたたったったら~♪』とスピーカーからファンシーな音楽が流れ出した。


「な、なになにっ!?」と慌てる古羊を無視して『次はウサギさんポーズ♪』とモニターの中で急に出てきたウサギがピョンピョンと跳ねながら俺たちに命令を飛ばしてきた。



『それっ! うさぎさんピ~ス♪』

「う、うさぎさんピースぅ!?」



 ギョッとしたように画面を覗き込む古羊。



「し、ししょーっ!? うさぎさんピースってなに!? う、うさぎさん肉球しかないよ!? ピース出来ないよ!? どうしようっ!?」

「そりゃおまえアレだよ……うさぎさんピースだよ」

「だからどんなピースなのそれっ!?」



 戸惑うなんちゃってギャル。


 しかし残念なことに彼女の結論が出るよりも先に、プリクラマシーンの容赦のない催促さいそくがはじまる。



『準備はいいかな? いくよ~♪ 5、飛ばしてイチィっ!』

「不意打ちぃ!?」

「フェイントだよ! フェイントかましてきたよ、この機械!? って、うわぁぁぁっ!?」

「こ、古羊ぃぃぃぃぃっっ!?!?」 




 ――気がつくと、俺たちはカメラに向かって元気よく、アヘ顔ダブルピースを浮かべていた。

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