第3話 ハイスコア・ボーイ

 ホテル入室と同時に古羊と芽衣から、



『ねぇししょー? 実はお願いがあるの』

『アタシたちと一緒に日本の少子化問題に終止符を打たない?』



 と上目使いでお願いされ、俺は次世代のビックダディになるべく、2人の子づくり宣言を一身に受け止め、いざベッドの上へ――



「――みたいな事を考えていた時期が俺にもありましたよ……」

「??? どうしたのししょー? そんな悲しそうな顔をして?」

「どうせロクでもないコトだから、気にしなくてもいいわよ洋子」



 生徒会室から3人仲良く下校して20分後の駅前にて。


 俺は古羊と芽衣を引きつれて、愛を語らうホテルへと――突貫することなく、駅前のゲームセンター『星屑の集まるお店スターダスト』へとやって来ていた。


 チクショウ……てっきり俺はあの流れなら『ホテル』→『抱いて』→『ビックダディ・シロウ誕生!』の黄金コンボが炸裂するとばかり思っていたのに……現実とは非情である。



「さて、最初は何をする? メダルゲームでもやっとく?」

「あっ、見て見てメイちゃん! あっちに新台が入ってるよ! ちょっと行ってみようよ!」

「あらほんと。なら先にあっちに行きましょうか」

「うんっ!」



 慣れた足取りでメダル交換機の所まで行こうとしていた芽衣の裾を、古羊がちょいちょいと引っ張る。


 その言動にちょいと引っかかるモノを感じた俺は、キャピキャピ♪ している2人に声をかけた。



「なんか妙に手馴れてるけど、なに? おたくらココの常連なの?」

「常連ってほどじゃないわよ。ねぇ洋子?」

「うん。生徒会の休みの日とか、週に1回くるレベルかなぁ」

「へぇ、意外。おまえらこういうのしない方かと思ってた」

「そんなことないわよ? 引きこもっていたときは、よく洋子と一緒にテレビゲームなんかしてたし」

「むしろメイちゃんはゲームが好きだよね? ボクも好きだけど」



 2人の意外な趣味を目の当たりにしつつ、ガンコンのついた真新しい筐体きょうたいの前へと移動する俺たち。


 筐体の巨大なモニターでは、無数のゾンビたちが『ウアァァァぁぁぁ』と声をあげながら、こちらに侵攻してくるシーンがデカデカと映っていた。



「どうやらシューティングゲームみたいだね」

「俺さ、何故かゾンビを見るとムカッ腹が立つんだよなぁ」

「同族嫌悪じゃないの?」

「性根が腐ってるって言いたいのかな、このあま?」



 思わず勃起しそうになる中指を必死に押さえつける。


 これは別に同族嫌悪とかではない。


 おそらくゾンビを見ると我が大神家の不良債権、大神千和おおかみちわ姉君を思い出すからに違いない。


 毎朝、どんよりと濁りきったうつろな瞳で、口をだらしなく半開きにしつつ、動く死体のようにトロトロ歩き『う~す。あぁ~……だりぃ。朝メシは?』と俺に尋ねてくる、由緒正しき姉の姿を思い出すと、胸に熱いモノがこみあげてくる。


 気がつくと俺は筐体に200円を入れてガンコンを握り締めていた。



「やるの、ししょー?」

「あぁ、このゾンビ共に世間の厳しさを教えてやろうと思ってさ」

「ならお手並み拝見といきましょうか」

「頑張ってね!」



 おうっ、と短く返事をしながら、ガンコンを画面に向けて構える。


 さぁ、パーティーの始まりだ! 可愛い声で鳴きやがれゾンビ共姉ちゃんっ!



「おぉっ!」

「こ、これは……」



 開始数秒で古羊と芽衣が感嘆の声をあげる。


 どうやら俺の巧みなガンコンさばきに酔いしれているらしい。


 そしてゲームが始まり60秒。


 筐体のモニターにはデカデカと英語で、こう表示されていた。




『YOU LOSE』――と。




「は、はやいっ!? はやいよ、ししょーっ!? また始まって1分しか経ってないよ!?」

「下手くそねぇアンタ。弾丸が全部明後日の方向に飛んでいってたじゃない」

「あっれぇ~? おかしいなぁ?」



 モニターには赤ん坊以下の身体能力をまざまざと見せつけた俺のアバターが、無残にもゾンビ共に食い散らかされていた。


 その横には先ほどのプレイ・スコアが表示されていて……うん。


 当たり前のように順位は最下位ドべ


 人生だけなくゲームの中でさえ遅れをとるというのか俺は?



「ししょー、ゲーム下手へたっぴだったんだね?」

「ま、まぁ待て落ち着け! 次は絶対に負けないから!」

「まだやるの士狼?」

「当たり前田のクラッカー」



 そう言ってすかさずコンティニューするべく100円を投入し、再びガンコンを構える。



「俺は同じ敵には2度負けない天才だぜ? まぁ見てろって」



 ピロンッ♪ と軽快な音と共に俺のアバターが復活リボーン


 そのまま挫折でいろどられた命のヴァージンロードを駆け抜けて行く。


 その姿はまさに戦場の王子さま。


 シロウ、おまえはゲーセンの柱になれ! そう部長ゾンビ共に言われた気がして、思わず口の端に笑みが零れる。


 さぁ本番はここからだっ!


 俺は再びガンコンを構え――




『YOU LOSE』




「…………」

「な、泣かないでししょーっ!?」

「まさかコンティニューして10秒もたないだなんて……逆にすごいわ士狼。もはや才能よコレ?」



 モニターには先ほどのリプレイでも見ているかのように、俺のアバターがゾンビ共に食い散らかされていた。


 なにコレ? クソゲーかな?


 金返せチクショウっ!


 俺が正当な権利を叫ぼうとした途端、後ろで俺のプレイを見ていた古羊がやんわりと俺のガンコンを奪い取った。



「大丈夫だよししょー。かたきはボクたちが取るから! メイちゃんっ!」

「しょうがないわねぇ」



 そう言って古羊と芽衣はコイン投入口に100円を入れて、協力プレイ体勢に入り、ガンコンを構えた。


 次の瞬間、迫りくるゾンビ共の眉間に風穴が開いた……って、えっ?



「メイちゃん、ゾンビさんソッチへ行ったよ!」

「了解。洋子は先行しつつ、射線上に入った奴らを仕留めなさい。漏らしはアタシが狩るわ」

「うんっ!」



 ドン、ドン、ズドドンッ! と巧みなコンビネーションで次々とゾンビ共の眉間に風穴を開けていく生徒会シスターズ。


 もう何ていうか……すごいぞ?


 2人の弾丸がね?  的確にゾンビの脳天めがけてめりこんでいくのね。


 もう吸引力の変わらないただ1つの掃除機なんて目じゃないくらいに、吸い込まれるように2人の放った銃弾がゾンビの眉間みけんにヒットしていくのよね。


 ほんと吸い込まれるように、まるでマイホームかのように弾丸が1ミリのブレもなく脳天に風穴を空けていく姿は、まさに生粋の殺し屋を彷彿とさせたよね!



『ウアアアアァァァァァァ――ッ!』

『グアァァァァァァァァァ――ッ!』

『アァァァァ――ッッ! ……すみません、撃たないでください……』

『自分ら調子乗りました、マジ勘弁してください……』



 2人のあまりの上手さにゾンビ共がとうとう命乞いを始めたが、それでも関係なく眉間に風穴を開けていく。


 それはもはや虐殺ジェノサイドと言っても過言ではなかった。


 なんなのこの2人? 銃の悪魔なの?


 ヤベェ、ちょっと誰かチェンソー先輩呼んでこい! ただマキ●さんだけは勘弁な!



「ちょっと、お嬢さん方? なんでそんなに上手なの? ハワイで親父に教わったの?」

「そうかな? 別にこれくらい普通――メイちゃん、左っ!」

「分かってる!」



 完璧なコンビネーションで最初のボスもアッサリ倒してしまう2人。


 今度からガンコンを持ったコイツらには絶対に喧嘩を売らないでおこう。


 と1人静かに決意していると、なんだか俺たちの周りに、というか古羊と芽衣の周りに野郎共のギャラリーが集まり始めた。



『おいっ! あそこのJK2人、ヤベェぞ!?』

『うわっ!? ノーダメであのステージをクリアすんのかよ!?』

『ありゃ相当やりこんでるな……』

『というか2人とも可愛くね?』

『あぁ、イイ身体してるよなぁ……おれ、ちょっと声かけてみようかな?』

『ハァ!? ふざけんな! オレが先に目ぇつけてたんだぞ!?』



 ワラワラと街灯に群がる羽虫のように、野郎共が芽衣と古羊を囲むように集まってくる。


 必然的にボケーと見ていた俺は「邪魔だカスっ!」と言わんばかりに輪(わ)の外へと弾かれて……うん。


 疎外感がハンパじゃない。



「あの様子だとゲームクリアするまで動かないだろうし、適当にクレーンゲームでもして時間を潰すか」



 そう言って俺は、数多あまたの財宝を求めて2人からほど近い場所に設置されていたクレーンゲームの筐体へと移動した。


 そしてそのまま投入口に100円をスロット・イン――する前に、品定め。


 ここで重要なのは形や重さ、重心の位置である。


 バランスの悪い景品は、愛していない女よりも重いので、細心の注意が必要である。



「よし、アレにするか」



 大きめの狼のぬいぐるみに狙いを定め、今度こそ硬貨を投入口に挿入そうにゅうする。


 ちゃりん♪ という心弾む金属音と共に、ヘンテコリンなBGMが流れ出す。


 クレーンゲームで大切なモノ、それは体力、忍耐力、判断力、空間認識能力、女子力。


 あらゆる能力を駆使して得物を狙う、究極のビビ●ドレッド・オペレーション。


 クレーンゲームの第一投は合コンの自己紹介とまったく同じ、掴みが肝心かんじんだっ!



「いざ、出撃っ!」



 気合と共にアームが宙を舞い、そのまま狼のぬいぐるみの頭部めがけてまっすぐと伸びて――いくことなく、何も無い虚空こくうを掴んで持ち上げた。


 ……このアームには一体ナニが見えていたのだろうか?


 まるでそこに見えない景品があるかのように、何の躊躇ためらいもなく虚空を掴むアーム。


 おいおい勘弁してくれよ?


 見えないモノを見ようとするのはシ●ナーを吸っている田舎の中高生(偏見)か、みんな大好きバ●プ・オブ・チキ●と相場が決まっているもんだ。


 ほんと何であの人たちは名曲しか作らないのだろうか? もう大好き!


 常に最前線を走り続ける、進化を辞めないグループ――それがバ●プ・オブ・チキ●だ!(確信)



「ナニしてるのししょーっ?」

「うわっ!? ビックリしたぁ!?」



 突如背後から男の嗜虐心をくすぐる声を投げかけられ、絶頂直後の生娘のように身体を震わせる俺。


 慌てて振り返るとそこには、芽衣と一緒にゾンビ共をぶっ殺していたなんちゃってギャルが、不思議そうな顔で俺を見上げている姿が目に入った。



「あ、あれ古羊? なんでここに? ゾンビは?」

「ししょーの姿が見当たらなかったから、探しに来たんだよ。ゾンビさんはメイちゃんが1人でってくれているから心配いらないよ」



 ニパッ! と笑う古羊の背後では『おぉ~っ!』と芽衣を囲うギャラリーの声が聞こえてきた。



『すげぇあの娘っ! 1人で2丁のガンコン使ってゾンビ共をぶっ殺してやがる!』

『な、なんて神業なんだ……っ!?』

『おいおい、この勢いなら1人で4面クリアするぞコレ!?』



「ねっ? 大丈夫でしょ?」

「ねぇあの子、前世は殺し屋か何かだった? ――って、えっ!?」



 我らが女神さまの人外じみたスペックに、もはや恐怖を通りこしてドン引きしていると、視界の隅で見知った人間が女の子と一緒に『とある筐体』の中へと姿を消していったのを目撃し、思わず声をあげてしまう。


 ば、バカな!? 何故アイツが女の子とここに!?


 いや『あそこ』に!?


 気がつくと、俺は小走りで奴の消えた『筐体』の方まで移動していた。



「ど、どうしたのししょーっ!? 急に変な声出して!?」



 俺は古羊の困惑する声を振りきり、ヤツが入って行ったであろう筐体のカーテンを無造作に開け広げ……あれ?



「誰も……居ない?」

「はぁはぁ……もうっ! 急に走らないでよぉ~っ! どうしちゃったの、ししょー?」

「いや……今、我が心の友、猿野元気が現役女子校生の聖地と呼ばれている『プリント倶楽部』、またの名を『プリクラ』と呼ばれている神々の住まう場所へ女の子と一緒に突貫したような気がして……」

「サルノくん? ……居ないみたいだけど?」

「あっれ~? 気のせいだったのか? いやでも確かに……う~ん?」



 古羊とキョロキョロとプリクラの筐体内を見渡すが、我がクラスメイトにして親友である猿野元気の姿はおろか、ヤツと一緒に居た女子生徒の姿すら一切見当たらなかった。


 一体この場で何が起きたというのか?


 いや、それよりも本当にヤツはここに居たのだろうか?


 そもそも『猿野元気』という男子高校生自体、本当にこの世に存在していたのだろうか?


 揺らぎだす自信。


 書き換えられる友との記憶。


 なにが真実で、何か嘘なのか……おかしいのは俺なのか、世界なのか。


 全ての謎を解き明かしたそのとき、俺は世界の真の姿を目撃する――



「――みたいな映画とか、ありそうじゃね?」

「あぁ、そういうお話だったんだね、ビックリしたぁ~。いきなり独白が始まったからちょっと怖かったよ」



 ホッ、と胸を撫で下ろす古羊を尻目に、俺はプリクラの筐体の外へ出ようときびすを返した。



「そろそろ戻るか。芽衣も心配してるかもしれないし」



 そう言ってプリクラマシーンを後にしようとして、



 ――ぎゅっ。



 と古羊に制服の裾を掴まれた。



「んっ? どったべ古羊?」

「いや、あの、その……ねっ?」



 モジモジ、キョロキョロ、と忙しなく視線をあっちこっちさせながら、言いづらそうに口をモゴモゴさせるなんちゃってギャル。


 それでも俺の制服の裾だけはしっかり掴んだまま、離さない。


 えっ? ほんとどうしたの? 怖い……。


 俺が得体の知れない恐怖に背筋を震わせていると、古羊は覚悟を決めたように潤んだ瞳で俺を見上げてきた。ヤッベ可愛い。




「せ、せっかく中まで入ったんだしさ? その……一緒に、撮らない? プリクラ?」




 気がつくと俺はプリクラマシーンの中へと引き返していた。

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