第5話 SPICES×FAMILY

 芽衣たちとゲームセンターで息抜きをしたその日の我が家にて。


 俺はソファーに身を預けながらリビングでテレビの音をBGMに、ボケーっと今日古羊と2人で撮ったプリクラ眺めていた。



「あぁ~……だりぃ。うーす愚弟ぐてい、今日の晩御飯は?」

「んっ? あっ、姉ちゃん。現実世界コッチに帰って来てたのか」 



 ガチャッ、と3日前にネットという名の異世界に転移したっきり消息をっていた千和姉ちゃんがゾンビのような足取りでリビングへとやって来た。


 俺は古羊と撮ったプリクラをポケットの中にしまいながら、今日も今日とてブラとパンツ一丁の姉に視線を投げかけた。



「メシなら朝、父ちゃんが冷蔵庫に作ってくれてるから、それ食えってさ」

「ほいほーい」



 キッチンへと移動していく姉から視線を切り、俺は現在テレビで絶賛放映中の『スク水魔法幼女・ミホノちゃん』へと意識を向け直した。


 画面の向こう側では、ほぼ半裸の女の子たちが派手なアクションシーンを演じている所だった。


 この『スク水魔法幼女・ミホノちゃん』は地上波のくせに、ギリギリまで追求した幼女のスク水アニメということで、BPOにしこたま怒られながらも、それでも放映を続けている実に漢気おとこぎ溢れるアニメなのだ。


 しかもコレを地上波ゴールデンタイムに放映するという、お茶の間へのちょっとしたテロリズム精神に、俺はいつも勇気を貰っている。


 規制が厳しい昨今。地上波で幼女のスク水アニメを放映するのにどれだけの勇気がいることか……。


 ソレに一体どれだけの青少年が『愛』と『勇気』と『夢』と『希望』を貰っていることか。


 ほんとこのアニメの製作陣はとんでもない天才か、もしくはとんでもない変態かの2択に違いない。



「あぁ~、そのアニメ、まだ放映されてたんだ。確かプロデューサーがパパ活か何かで捕まってなかったっけ?」

「パパ活じゃねぇよ。幼女誘拐して捕まったんだよ。今のプロデューサーは2代目――おぉっ! これポロるんじゃない!?」



 画面の向こう側では敵側のお姉さんのビキニが不思議な力でポロリそうになっていた!



「ヤベェ!? ポロる、ポロるよコレ!?」

あわれなり弟よ……ポロリ要員の自発的ポロリに何の意味がある?」



 目からウロコが出るかと思った。



「た、確かに……おさかなしかり、おっぱい然り、天然モノにこそ一流の輝きが宿るというモノ……。俺としたことが、なんてことを……っ!?」



 俺は自分が、いや1人のアニオタとして恥ずかしいっ!


 深夜アニメの合成飼料ばかり食べている萌ブタは、所詮二流のブタ野郎である。一流のブタは、女児向け番組の中からトリュフ新人声優を掘り出すというのにっ!?


 おっぱいだってそうだ。


 パッドで水嵩みずかさを増した養殖よりも、天然モノのナチュラルおっぱいの方が――いや待て!?


 そこで俺はとんでもない天啓に身を打たれた。



「大神の血を受け継ぎし我が偉大なる姉よ。確かに姉ちゃんの言うことはもっともだ。世界の真理と言ってもいい」

「だろ? 筋肉だって日々のトレーニングで形成される天然モノこそ至上。ステロイドなんてもってのほか。だからテレビのチャンネルを今から『ウホッ!? 男だらけのサマーバケーションッ! season2』に変え――」

「でもっ! 素材の味を生かした料理ばかり食べていると、時たま化学調味料で味つけされた不健康の極みのようなジャンクフードに心奪われてしまうのもまた真理だっ!」

「なん、だと……っ!?」



 姉ちゃんがその充血しきった瞳を大きく見開いた。


 そう天然モノだろうが、養殖モノだろうが関係ないっ!


 おっぱいは、おっぱいなんだっ!


 そこに大きさの程度こそあれ、価値は……同じだ。


 つまりおっぱいに貴賤はナイのだっ!


 俺の完璧すぎる言い分に反論が思いつかないのか、姉ちゃんは「くっ!?」と感度を3000倍に変えられる宿命を背負ったクノイチのように表情を歪ませた。


 勝った。


 俺の頬に勝利の愉悦ゆえつが浮かびあがる。


 が、このときの俺は勝利の余韻に浸るあまり、あることを忘れていたのだ。


 そう、勝利を確信した瞬間ときほど危険なコトはないということを。


 一瞬の気の緩み、そこにイタズラ好きの天使は滑り込んでくるということをっ!





「――ほほぅ? 随分と面白いことを言うじゃないか、なぁ我が子たちよ?」

「「解散っ!」」





 リビングに16年間聞き慣れた女の声が木霊した瞬間、俺と姉ちゃんは条件反射のように玄関へと駆けだそうとしていた。


 が、ソレすらも突如登場した謎の女の声によってアッサリと制止させられる。



「2人とも、おすわりっ!」

「「はいっ!」」



 気がつくと自分の意志に反して口が勝手に開き、ごくごく自然にその場で正座している大神姉弟していの姿があった。


 すげぇ、これが長年の調教……もとい教育の成果か。


 身体がオートで反応しやがる。



「あぁぁぁぁっ!? 脚がぁぁぁぁぁっ!? チクショォォォォ――ッッ!?!?」とうめき声をあげる半泣きの姉ちゃんに胸をときめかせるヒマもなく、赤く染めた髪をした女性は小さくこうつぶやいた。



「よしイイ子だ。そのまま立ち上がってコッチに来て座れ。余計な動きを見せたら……わかるな?」

「……な、なんでお母さんがココに? 出張は?」

「余計な動きは見せるなと言ったが?」

「ごめんなさいっ!」



 疾風迅雷の速さで謎の女性、改め今現在、大阪へ長期出張しているハズの我が母上、大神蓮季おおかみはすきママ上の足下に正座で集合する姉ちゃん。


 ガタガタと可哀そうなくらい震えている姉を前に、胸の高鳴りをおさえきれない。


 ふふふっ、あの生意気な姉ちゃんが今にも泣きだしそうな顔しているなんて……オラ、わくわくすっ――



「何をしてるシロウ? はやく来い、シバくぞ?」

「イエス・ボスっ!」



 我が偉大なる姉上にならって、素早く母上の足下に正座する俺。


 もちろん大人のオモチャよろしくガタガタ震えるのも忘れない♪


 もうこの一帯だけマグニチュード8はあるんじゃねぇの? ってくらい仲良くガタガタ震える大神姉弟。


 そんな我が子たちを満足気に眺めながら、母ちゃんはハッキリとこう言った。



「よし、揃ったな。じゃあさっそく、大神家緊急家族会議を始めるぞ」



 途端に我が家の外で虫たちが突然悪魔めいた声音で鳴きはじめた。



 それはまるで、この世の終わりを知らせる運命の喇叭らっぱのように俺には聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る