第1話 木曜日のはわわっ!?

 ゴールデンウィークも無事に明けた1週間後の木曜日。


 桜の花びらが完全に姿を消し、新緑の芽吹きと共に爽やかな風が森実の町を駆け抜けていく5月中旬。


 俺は大きめのダンボールを両手で抱えながら、生徒会室へと続く廊下をトロトロと歩いていた。



「んん~っ? なぁ羊飼、何か学校の雰囲気がちょっとおかしくないか?」

「…………」



 何となしに隣を歩いていた我が2年A組のクラスメイトにして、我らが森実高校のボスこと羊飼芽衣に声をかけるのだが、返ってきたのはおそろしいまでの沈黙だった。


 あ、あれ? 聞こえなかったのかな?


 俺はチラッ、と隣を歩く羊飼に視線を向けた。


 そこには匂い立つような美貌に、夜のとばりのような漆黒の黒髪を躍らせる、大きなお胸(商品偽装アリ)をした絶世の美少女が、澄ました顔で前だけを見て歩いていた。


 今日も今日とて、超偽乳パッドでビルド・アップした虚乳は健在のようで、プルプルと左右に艶めかしく揺れてたよ。


 ほんと一体どういう技術なのだろうか?



「羊飼さん? もしもぉ~し? 俺の声、聞こえてるかなぁ?」

「…………」

「会長、ポツダム宣言並みに黙殺しないでくれます?」

「…………」

「あの、会長? 女神さま? 羊飼さま?」

「…………」

「……芽衣、ちょっといいか?」

「あら、どうかしましたか士狼? わたしに何か用事ですか?」



 一転。


 澄ました顔で歩いていた羊飼、いや『芽衣』が満面の笑みを俺に向けて微笑んできた。



「あのさ芽衣ちん? いい加減、下の名前でしか反応しないの辞めてくんない? 女の子をファーストネームで呼び捨てだなんて、童貞には荷がおめぇよ……」

「ダメです、却下です。これも士狼の、引いては洋子のためになる特訓です」



 そう言って、静かに、でも確固たる意志を持って俺の要求を跳ね除ける芽衣。


 何故俺が彼女を下の名前で呼んでいるのか、それにはマリアナ海溝よりも深いワケがあったりする。


 というのも、俺は『とある』子犬系なんちゃってギャルの男性恐怖症を治すお手伝いをしているのだが、どうやら俺は女性慣れしていないせいでデリカシーに欠ける発言を連発してしまう悪癖があることが発覚してしまったのだ。


 このままでは男性恐怖症の治療どころではない、ということで、まずは俺のデリカシーの無さを矯正きょうせいするべく、なんちゃってギャルの親友である羊飼が人肌脱いでくれることに。


 その方法というのが、俺が女性に慣れればデリカシーの欠ける発言はしなくなるだろうという、脳筋理論そのモノで……。


 現在俺はその一環として、ゴールデンウィーク明けから我らが生徒会長を下の名前で呼ぶように強要されているのであった。



「あのさ? YOUは分かっていないかもしれないけどさ? 女の子の下の名前を呼ぶとき、俺がどんだけの勇気と気力を振り絞っているのか分かるかい? もうアレだよ? 毎回屋上から紐なしバンジージャンプをやらされてる気分だよ?」

「女の子……士狼はわたしが『女の子』に見えるんですか?」

「??? 当たりめぇだろ?」



 確かに素のパイパイは男の子みたいどころか、男の子より男の子だけど、見た目だけなら絶世の美少女である。


 どこからどう見ても『女の子』以外の何者でもない。


 というのに、なにが嬉しいのか芽衣は「ふぅぅ~ん、そうですか」と唇の端をニマニマさせながら上機嫌に俺の顔を下から覗きこんできた。



「な、なんだよ?」

「べっつにぃ~? 何でもありませんよぉ~♪」



 ふひっ♪ と、今にもスキップし出しそうな彼女の隣を歩きながら、何となく気恥ずかしくなった俺は別の話題を切り出して、空気を変えることにした。



「と、ところでさ芽衣? 何か最近、妙に学校の雰囲気がピリピリしていると思わないか?」

「そうですか?」



 そう口にしつつキョロキョロ辺りを見渡す我らが会長。


 俺たちの視線の先には、かの名狙撃手ヴァシリ・ザイツェフのような鋭い目つきで教科書とにらめっこする生徒が多数居た。


 みな鬼気迫るというか、もはや殺意すら感じるほどの気合を迸りながら、一心不乱に教科書やらノートやらを読みこんでいて、ちょっと怖い。



「なんて言うかさ、校舎全体が異様な緊張感に満ち溢れているというか、初デートに挑む男子中学生のような雰囲気っぽくね?」

「あぁ、なるほど。まぁもうすぐ中間テストですからね、皆さん気合を入れ直しているんでしょう」

「チュウカン、テスト……?」



 なにソレ? 知らない言葉ですね?



「忘れたんですか士狼? 朝のホームルームでも山崎先生が言っていたじゃありませんか。来週からテスト週間に突入するので、部活動はお休みですって。もちろん、生徒会もお休みですよ?」

「あ、あぁ~。そう言えばそんなコトも言ってたっけ?」

「もう、しっかりしてくださいね?」



 トンッ、と俺の肩に軽く体当たりしながら、猫を被ったまま苦笑を浮かべる羊飼。


 その瞳はどこかダメな弟を見るように温かくって、う~む。


 なんだかコイツ最近、俺に対して妙に距離が近いような? 気のせいかな?



「曲りなりにもウチは進学校ですからね。テストの結果はそのまま進路に繋がるワケですし、皆さん本気にもなりますよ。特に3年生は」

「な~る。だから廉太郎先輩も羽賀先輩も最近は生徒会に顔を出さないのか」

「おそらく今頃2人でテスト勉強でもしているんじゃありませんか?」



 そう言えば、俺の通っている高校は進学校だったわ。


 周りの連中の頭のネジが1本どころか1ダース単位で抜けている奴が多いから、つい忘れがちになっちまう。



「それにしても進路ねぇ……」

「士狼はどこか行きたい大学とか企業なんかあるんですか?」

「俺か? 俺は――うん?」



 ピンポンパンポーンッ! と軽快なBGMなスピーカーから流れてきた。



『放送します、放送します。2年A組、羊飼芽衣さん。2年A組、羊飼芽衣さん。山崎先生がお呼びです、至急職員室までお越しください。繰り返します2年A組、羊飼芽衣さん――』



「呼ばれてっぞ芽衣」

「あらっ? なんでしょうね?」

「おいおい、何か『To LOVEる♪』でも起こしたのかよ会長? ダークネスしちゃったのかよ会長?」

「士狼じゃないんですから、そんなことしてませんよ。きっと生徒会関連のことですね」



 そう言うと芽衣はきびすを返して、職員室へと引き返して行った。



「士狼は先にその荷物を持って生徒会室に行っていてください。わたしもすぐ、後から追いかけますから」

「ほいほい」

「寄り道せず、まっすぐ生徒会に向かうんですよ?」

「了解おかん」

「誰が『おかん』ですか?」



 一通り軽口の応酬をし終えた芽衣は、満足したのか早歩きで廊下を歩き出す。


 芽衣の姿が見えなくなるまで見守りつつ、俺はまたゆったりとした足取りで生徒会室へと続く廊下を歩き出した。


 たっぷり3分ほど費やし生徒会室の前までたどり着くなり、片手でダンボールを支えながら空いた手で器用に扉を開け、



「あれ? 開かない?」



 鍵が閉まっていた。


 ありり? 誰も居ないの?



「しょうがねぇなぁ」



 俺はこれまた器用に片手をポケットの中に突っ込むなり、生徒会室のスペアキーを取り出し、鍵穴へドッキング。


 もちろんその際、心の中で『ギガド●ル、スピン・オンッ!』と叫ぶのも忘れない。


 ガチャリッ、と重苦しい音と共に扉の施錠音が鼓膜を叩く。


 よし、開いたな。


 俺は何ら躊躇うことなく扉を開け、部屋の中へと身を滑りこませた。



「ただいまぁ~」



 って、言っても誰も居ないんだけどねぇ~。


 と続くハズだった俺の言葉は、予期せぬ先住民によってアッサリとお株を奪われることになった。




「――えっ? ……えっ!? し、ししょーっ!?」

「んにゃん? ……はっ?」




 視線を上げるとそこには、女物のスカイブルーのフリルつきのショーツに包まれた、上向きのぷるっとしたお尻があった。


 まるで「触ってくれ!」と言わしめんばかりの、美尻だ。


 おいおい、誰だこの美尻の持ち主は? と、俺がさらに視線を上にあげると、そこには驚き目を見張るなんちゃってギャルの姿があった。



「こ、古羊……」



 搾り出した声はカスカスで、彼女に届いたかどうかは分からない。


 なんとビックリ! 無人だと思っていた生徒会室の中に、亜麻色の髪をした我が不肖の1番弟子にして、なんちゃってギャルである古羊洋子同級生が居た。


 キョトンとした顔で。


 しかも下着姿のままで、だ。



「こ、こんにちは?」

「えっ!? こ、こんにちは……っ?」



 人間、極限状態におちいるとまず何故か挨拶しちゃうよね? ふっしぎぃ~♪



「あの、その、ししょーっ!? えっと、あばばばばばっ!?」



 混乱のあまり『あばばばばっ!?』状態に突入した古羊を尻目に、俺の灰色の脳細胞が唸りをあげて高速回転し始める。


 おそらく手に持っている体操服からして、ここでお着替えをしていたのだろう。


 キチンと鍵をかけて、誰も入れないようにして安心して着替えていたに違いない。


 そこに鍵を持った俺が颯爽☆登場!


 下着姿でご対面♪ といったところか。



「なるほどな」



 フッ、と口角を引きあげる。


 謎は全て解けた。


 真実はいつも1つ。


 ……犯人は俺だ。



「あばばばばばばばばっ!?」

「さて……っと」



 壊れたオモチャのように「あばばばっ!?」言っている古羊に、なんて声をかければよいのやら。


 もう頭の中が真っ白である。


 そう真っ白。真っ白なのだ。


 目の前の景色も、頭の中も真っ白なのだ。


 どうすればいいのか分からなくなった俺は、とりあえずしげしげと古羊のあられもない姿を観察することにした。


 その雪原のように真っ白なキメ細かい肌に、フリルのついたスカイブルーの下着が食い込んで、その瑞々みずみずしい肉体をなまめかしくいろどっている。


 ピッチリしたショーツは古羊のヒップラインをこれでもかと強調し、その秘境の奥にあるものを否応なしに想像させる。


 下から上へと視線をゆっくり這わせて、「おぉ~」と思わず感嘆の声をあげる。


 どこかの誰のかい芽衣さんとは違い、かなりご立派なモノを持っていらっしゃる。


 制服の上からでも分かってはいたが、改めて見ると……凄いなコイツ。


 俺の知りうる幾千万語の語彙力を総動員させ、この肉体を痴的に――違う、知的に表現するならば……すごい。超すごい。あとすごい。


 ほっそりとしていながらも出るところは十分に―――そして下品にならない程度の慎ましさを持って―――出ている。


 とりあえず、このパイパイはシロウ・オオカミの脳内データファイルのエロフォルダにぶっこんでおきますね♪


 瞳に、心に、魂にそのえちえちボディを焼きつけた俺は、満を持して視線はおっぱいからさらに上、顔へと向けた。


 そこには完熟トマトのように顔を真っ赤にした古羊が、いまだ「あばばばばばばっ!?」とわなわなと唇を動かしているところだった。


 澄んだ青空のような大きな瞳に涙の膜を作りながら、架空のイヌミミがピコンッ! と直立していて……改めて見ると可愛いなコイツ。お持ち帰りしてやろうか?


 なんて思っていると、古羊が何やら俺の返事リアクションを期待しているかのような目つきで見ている事に気がついた。


 な、なんだ何を期待して……はっは~ん?


 なるほどな、そういうことか。



「古羊」

「あ、あばっ?」



 おそらく『な、なにっ?』と言ったであろう我が不肖の1番弟子に、俺は最高の笑顔を添えてハッキリとこう言ってやった。




「おまえ相変わらずイイ身体してるなっ! まるでエロ本のヌードモデルみたいだっ!」




 瞬間、古羊の剥き出しの豊かな胸元が大きく上下した。


 ――アカン、叫ばれる!?



「きゃ……」

「加速装置っ!」

「キャァ――むぐぅっ!?」



 古羊が大きく目を見開き、そのプルプルの唇が悲鳴という名のハーモニーを奏でる前に、俺は自分でも驚くべき反射速度で古羊のもとまで駆け寄っていた。


 蛇のようにぬるりと体を動かし、羽交い絞めの要領で彼女の背後にピッタリと張り付くと、片手で口元をガバッと覆う。




 ……さて、固めてしまったワケだが?




「むぐぅ~っ!? むぐぅ~っ!!」



 古羊のくぐもった声が手のひらから漏れる。


 うん、完全に対応を間違えたね。


 その証拠に小羊が狂ったように俺の腕の中で暴れること暴れること♪


 まぁ気持ちは分からなくもない。


 なんせ安心して着替えていたらいきなり男が侵入、からの後ろから羽交い絞めである。


 うん、もはや貞操の危機である。


 今にもその扉から特殊急襲部隊、SATが突入してきそうだ。


 並みの男ならここで「ど、どうしよう、どうしよう!?」とアババババ状態へ移行する所なのだろうが、俺、シロウ・オオカミは違う。


 冷静に今回の事は事故だと、弁解した上で、誠心誠意、心を籠めて謝罪するのだ。


 そのためにもまずは、我が腕の中で暴れているなんちゃってギャルを落ち着かせなければ。


 俺は古羊の耳元にまで自分の唇を持っていき、吐息がかかるくらい近くでささやいた。



「――静かにしろ、お互い綺麗な体のままでいたいだろう?」

「~~~~~ッッ!?!?」



 ビックーンッ! と身体を硬直させ、さらに顔を赤くさせる古羊。



 

 ……さて、事態が悪化したワケだが?




 どうしてこうなった?


 気がつくと『豊満なボディを持った半裸の女子高生を後ろから無理やり羽交い絞めにし、美味しく頂こうとする男子高校生』の図が完成していた。


 ……これ、古羊に出るとこ出られたらマズいんじゃねぇの俺?


 古羊の方も完全に誤解したのか、両足をガクガクさせながらも、覚悟を決めた瞳で俺を見上げつつ『や、優しくしてください……』と懇願するように目で語ってきて……違うっ! 違うんだ古羊っ!


 俺は別にYOUを美味しく頂こうとか考えてなくて、いやまぁ食べてもいいなら全力で食べちゃうけどゲッヘッヘッヘッ! ――じゃなくてっ!


 あぁクソッ! 考えがまとまんねぇっ!?


 助けて神様っ! 俺にこの危機を乗り越えるだけの力を今すぐくださいっ!




「ただいま戻りました。士狼? ちゃんと寄り道せず、まっすぐ帰ってきた――ナニをしてるの2人とも?」




 神は死んだ。



 タイミングでも見計らっていたのかと尋ねたくなるくらいナイスな、いやバッドなタイミングで一番会いたくない人物が部屋のドアを開けた。


 そう、お胸のサイズがスモール・キャラメル・マキアートな我らが虚乳生徒会長、羊飼芽衣さまである。


 途端に俺の脳裏に『敗訴』の文字が踊り狂った。


 この女、パッドの時といい、毎度毎度なぜ俺がトラブルのときにやってくるのだろうか?


 もはや俺のファンだとしか思えない。


 芽衣は猫を被るのをやめ、光彩が消え失せた瞳でまっすぐ俺たちを見据えると、次に部屋の状況を軽く確認し、最後にニッコリと微笑んだ。



「――なるほど。廊下を歩いていたら、偶然掃除中の女子生徒が足を滑らせて、持っていたバケツを頭から被ってしまった洋子が、生徒会室で濡れた制服の代わりに体操服に着替えようと下着姿になったタイミングで荷物を持った士狼が帰宅。そこで洋子に叫ばれそうになった士狼は、混乱と焦りのあまり洋子を後ろから羽交い絞めにしてしまい、どうしていいのか分からなくなった所でアタシが帰って来ちゃった……と言ったところかしらね。まったく、うっかりさんね、士狼は」

「おまえ……神かよ」



 不覚にも「抱いて!」と思ってしまったのはナイショだ。


 たった1回部屋を見渡しただけで当事者の俺も知らない情報をペラペラと言い当てるこの女に、尊敬を通りこしてもはや恐怖しか感じない。


 某メガネの少年探偵だってここまで的確に状況を把握できないぞ?


 なんなの? 前世はFBIで働いていた凄腕のエージェントだったの?


 でも、おかげで助かった!


 重苦しかった部屋の空気は芽衣の説明により、アッサリと霧散し、俺の身体からも緊張が抜けていく。


 ふぃぃ~、疲れたぁ~。


 不幸な誤解が重なったが、これでようやく一息つけ……。



「さて士狼? それじゃ、歯ァ食いしばりなさい?」



 ――ない。

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