第3部 聖なる愚か者の行進
プロローグ 厄介ゴトが手土産片手にやってきた!?
――唐突だが、世の中、勝利を確信した
一瞬の気の緩み、そこにイタズラ好きの天使は滑り込んでくるのだ。
例えば……そう、アレは俺、大神士狼とその姉、
『子どもに見せたい作品』というコンセプトをしっかりと貫きつつ、生物の『死』について深い考察を視聴者に投げかけてくる点から、隠れた名作として人々の涙腺をボ●バーシュートしてくる素晴らしい作品だ。
ただ、あまりこういうコトは言いたくないのだが、当時の商業的展開があまりにもお粗末だったこともあり、大衆的な人気は低く、知名度もあまり高くない。
もちろん、知名度が低いからと言って駄作というワケではなく、むしろ何故このクオリティでこんなに知名度が低いのか? と小首を傾げざる負えないくらい作品の出来は最高だ。
とくに後半のOPである『ホ●プ! スキ●プ! ジャンプ!』は本編の内容と恐ろしいまでにシンクロしていて、聞いただけで涙腺が爆発してしまいそうだ。
本来であればここで『ボ●バーマンジェッタ―ズ』について熱く語りたい所なのだが、語りだすと1日が終わってしまうので今回は割愛させてもらおう。
さて、そんな神アニメにハマっていた中学2年の春、俺は我が残念な親友である猿野元気と共に何故かサッカー部の合同練習&練習試合に連れて行かされたことがある。
我が中学はそんなに生徒数が居ないことに加え、『キャプ●ン翼』から始まり、みんな大好き『イナ●マイレブン』が引き起こした大サッカー時代ほど学校内でサッカー熱は高くなかった。
のだが、当時のサッカー部顧問がやたら熱い先生で……何を張りきったのか超大型バズを貸し切ってきたので、さぁ大変!
総勢12人程度のサッカー部員たちだけではバスの中はガラガラ。
これでは相手校に舐められる、ということで急遽どこにも所属していないヒマを持て余している男子生徒を緊急招集し、連れて行ったのだ。
そこで俺と元気にも声がかかってきたのだが……どうやら先生の目当ては俺たちではなく、元気を誘えば着いてくるかもしれない金髪爆乳ロリ娘こと我らがクラスメイト
なぜ元気を誘えば宇佐美がハッピーセットよろしく着いてくるのかというと、これには彼女の豊満な谷間よりも深い
ともかく、宇佐美を目当てに声をかけてきたワケだが、残念ながらその日は先約があるということで宇佐美は来れないと判明。
あのときの先生の何とも言えない落胆した顔を、俺たちは一生忘れないと思う。
まぁ先生の気持ちも分からなくはない。
なんせ当時のあのサッカー部にマネージャーは居らず、
漫画やアニメとかで見る『スポーツ系のイケメンに黄色い声援を送る女子生徒』は一切居らず、男だらけのこの部活に至っては【悲惨】どころか【惨劇】の2文字が似合う有様だった。
だからこそ、女子生徒の1人でも居て欲しかったのだろうが……現実とは非情である。
そんなサッカー部に追い打ちをかけるかのごとく、顧問の教師が練習相手に選んだ学校は超が3つ位つく程の強豪サッカー部である。
そりゃもう……凄いぞ?
グラウンドはデカいし、休日だというのにカメラを持った親御さんがわんさか居るし、なにより応援に来たであろう女子生徒が両手じゃ数えきれないほどいっぱい居るのね。
バスを降りた瞬間、自分たちの部活レベルとの違いに「あれ? 俺、異世界へ転移しちゃったかな?」と錯覚しかけたくらいだ。
当時サッカー部のキャプテンだった岡田くんが世に解き放った『……俺の理想とするサッカー部がここにあった』は今思い出しても胸が熱くなってくる。
もちろんギャラリーだけではなく、物凄い数の部員数を前に、
このとき、俺たちは何故土下座してでも宇佐美に来てもらわなかったのだろうか、と強く後悔した。
いやね? 相手さんのマネージャーがね、もうエロいのなんの。
ポニーテール、ツインテール、サイドテールのマネちゃんズだったんだけね? 白いTシャツの裾をウェストのあたりで縛っちゃって、可愛いおへそが丸出しだったのよね。
もう絶対に部のエースか顧問の先生とデキちゃってるんでしょ? って雰囲気がバリバリだったのよね。
それに比べてコッチは田中くんである。
もはや比べるのもおこがましいレベルの戦力差だ。
なんなら居ない方がいいまである。
こうして
そして練習試合が始まるタイミングで、俺を含むおまけの人員たちは脇でゴロゴロとスマホ版『ボ●バーマン』を楽しんだ。
そんな時だ、彼が俺たちの前に現れたのは。
『ねぇ? ヒマなら僕たちと一緒に向こうのコートでミニゲームでもしない?』
と、明らかにサッカー漫画だったら女性人気が高そうな細見のイケメンたちが俺たちに声をかけてきたのだ。
どうやら相手校の3軍の選手らしく、今日は出番が無いのか、俺たちをハーフコートで行う5対5のミニゲームに誘ってきたらしい。
まぁ向こうから見たら、俺たちは弱小サッカー部の補欠にすら入れない最底辺部員に見えたのだろう。
実際、我が正式なサッカー部員たちは相手校と練習試合中。
結果、俺や元気のようなおまけの人員だけが横でグダグダしていたので、そう見られても仕方がないと言えるだろう。
正直、俺を含め着いてきた奴らは、ろくにサッカーをプレイしたことがない初心者もいい所の連中だ。
やんわり断ろうと俺は口を開きかけ、
『あれあれ? もしかして小鳥遊くん試合するのぉ? じゃあ私ガンバって応援するね!』
と、先ほどのエロい感じバリバリのポニーテールのマネちゃんが笑顔でやってきた瞬間、俺と元気はスマホを置いて立ち上がっていた。
だが残りのメンバーは依然としてやる気ゼロ。
しょうがないので、1発ぶん殴ってでもやる気を出させるか、と元気と2人で仲良く仲間たちをシバきあげようとした矢先、例のイケメン小鳥遊くんが選手を3人コチラに貸してくれると進言してくれたので、全力でお言葉に甘えることにした。
顧問もダラダラとゲームをやられるよりは
……のだが、何かがおかしい?
というのも、貸し出された相手さんの選手3人というのが、いかにもモヤシっ子風のトロそうな3人で……ずっと自信なさげに愛想笑いを浮かべてヘラヘラしているような奴らだったのだ。
試合前の軽いミーティングでそれぞれ自己紹介をするのだが、どうやら俺たちに貸し出された3人は3軍にすら入れない、雑用の3人だというではないか。
だから余っていたというのは分からなくもないが、何故よりにもよって選手層の厚いチームからこんな3人を……?
何か
数分後、その疑問の答え合わせと言わんばかりに、俺たちは小鳥遊くんにどうしようも無いレベルでハメられたことを知ることになる。
『まずは1本、キッチリ行こう!』
そんな小鳥遊くんの掛け声と共に始まった暇つぶしのミニゲーム。
この試合を通じて「やるなお前」「お前もな」的な展開で小鳥遊くんと仲良くなり、あわよくばあのエロいマネちゃんズ達とお近づきになろうと画策していた俺と元気はゲームが始まってすぐ、この試合の真の目的を理解した。
確かに小鳥遊くん率いる敵チームは強かった。
とくに小鳥遊くんは、見ていて気持ちがよくなる
そう、試合的に良しとされるプレイより、カッコよさを取っているのだ。
しかもそのやり口が俺たちにあてがわれた例の3人を上手く使って、自分の見せ場を作っていく手法だった。
もちろん例の3人も一生懸命頑張るが、いかんせん……ヘタだ。
それが余計に小鳥遊くんのプレイに
それが酷く不愉快で仕方がなかった。
この小鳥遊くんという男、間違ってもお互いの実力を認め合って、試合後に握手するような奴じゃない。
いや、建前上するかもしれないが……それだけだ。
試合を通じて本当のマブダチになって、あのエロいマネちゃんズを紹介してくれるような奴じゃない。
それが分かった瞬間、俺のやる気は日経平均株価のように暴落した。
これはもう後半までやらずに、適当に相手を褒めちぎって、前半でおしまいにさせてもらおう。
そう思ったのは元気も同じらしく、俺たちは素早くアイコンタクトを飛ばし合い、他の3人にそのことを説明しようとして……状況が変わった。
例の3人は苦笑を浮かべながら、申し訳なさそうな顔で俺たちにこう言ったのだ。
『ごめんね、巻き込んで? いつもの事だから、気にしなくていいよ』――と。
瞬間、何かを察した元気が審判のサッカー部員にタイムをかけ、詳しい話を例の3人から聞き出した。
要約すると、こうだ。
小鳥遊くんは表面上、この3人の友達と自称しているが、本当はそんなコトなく、実際は自分が輝くための脇役としてダシに使っているだけの存在らしい。
その扱いは今に始まったことではなく、もう2年も前からずっと続いているとのこと。
慣れてるから大丈夫、と苦笑いを浮かべる例の3人を前に、俺はひどく気持ちの悪い思いをしたものだ。
――あの小鳥遊という男が、酷く気にくわなかった。
それはどうやら元気も同じだったらしい。
気がつくと元気の瞳が普段のおちゃらけたソレから、本気の
『予定変更や。……やるで、相棒』
瞬間、元気の身体から尋常ならざるプレッシャーが発散され始めたので、俺は奴のスイッチが切り替わったコトを察した。
この男、元来熱い男なのである。
平気で他人を食い物にする利口な奴が大っ嫌いな元気にとって、小鳥遊は天敵と呼んでもいい存在だった。
静かにブチ切れる元気。
気持ちは分かる。
俺もほとんど同じ気持ちだった。
決して、あのエロいポニーテールのマネちゃんとクソ野郎小鳥遊が付き合っていて、しかももうすでに中学生がしてはいけないあんな事やそんな事を未来の猫型ロボットが居なくとも自力で叶え、しかも毎日の如くしまくっているらしい、という追加情報が原因ではない。
俺も元気も苦労は人に押し付け、自分だけ美味しい所を持っていく人間が大っ嫌いなのだ。
もう何としてでも、あの小鳥遊って野郎に一泡吹かせたくて仕方がない。
こうして長々ととったタイムは終わり……俺たちの本当の戦いが始まった。
『ここから先は本気だ、クソ野郎!』
という俺の
幼少期より特殊な家庭環境で育った結果、同世代よりも身体能力がズバ抜けて高かった俺と、そんな俺に身体能力で若干劣るものの、対等にやり合うことが出来る元気とのツートップによる怒涛の追い上げがスタートした。
いきなりプレイスタイルを変えたことであちらさんも
その間に俺たちは相手さんがカッコつけのプレイから、本気のソレに切り替わるまでに何とか点差をひっくり返そうとするのだが……やはりそう上手くはいかない。
腐っても向こうは強豪校チームのメンバーだ。
大事な要所、要所を抑えてきて、中々点差が縮まらない。
何よりコッチは実質2人だ。
パスをカットされた際のカウンターはもちろん、シュートを決めた直後の攻防の切り替えに使う体力消費がハンパじゃない。
どうする? と、俺が打開策を見つけるべく必死に頭とボールを回していた前半戦ラスト3分。
俺たちに予想外の援軍が入った。
そう、例の雑用3人である。
それまで流すようにプレイしていた3人の動きが、徐々に本気のソレになっていったのだ。
確かにお世辞にもプレイは上手いとは言えない。
だが、彼らのプレイは決して無駄ではない。
選択肢が跳ね上がったことにより、ウチの
気がつくと、あんなに開いていた点差は前半終了時には3点差にまで縮んでいた。
自分たちのベンチに戻る際、小鳥遊はそれまで顔に張りつけていた薄気味悪い笑みを消し去って、鋭い目つきで俺たちを睨んできた。
『なに調子こいてんだよテメェら?
俺たちにしか聞こえないような声で
奴の言葉にそれまで活気に満ちていた雑用3人の瞳に影が落ちる。
が、俺と元気は逆にほくそ笑んでいた。
今の小鳥遊は必死になっている。
必死ということは本気だ。
ソレを引っ張り出せたということは、俺たちがそれだけ奴を追い詰めている証拠に他ならない。
後半戦が始まる前、俺はソレを雑用3人に話し、元気がシメと言わんばかりにゆっくりと唇を動かした。
『お遊びでも何でもええ、このゲーム……勝つで!』――と。
俺たちは全員、力強く頷き、着ていたTシャツを脱ぎ捨て半裸になった。
服を掴まれるラフプレイが多くなっていたので、もはやこんなモノ邪魔以外の何物でもないのだ。
ルール違反だろうが、元々チーム内で
そして俺たちは半裸のまま、5人で固く円陣を組み、
『勝利以外の結末なんてありえねぇ! 行くぞっ! 俺たちは――』
『『『『最強だ!』』』』
俺の掛け声に合わせて、全員あらん限りの声を張り上げていた。
そんな俺たちを見て、後ろ指差して笑う奴らも居たが、知ったこっちゃねぇ。
後ろ指差されるということは、俺たちがそれだけ人より前を歩いているという事に他ならない。
それを誇るからこそあれ、恥じることなぞ一切無い!
遊びでマジになるのがダサい?
上等だ!
遊びにすら本気になれないヤツが何に本気になれるっていうんだよ?
俺はラブコメの主人公やラノベの主人公のようにグダグダと文句を言い、斜に構えるだけの人間になんざなりたくねぇ!
みっともなかろうが、泥臭かろうが、今を全力で生きてやる!
ソッチの方が、よっぽど上等だ。
こうして後半戦は、俺と元気の戦いではなく、俺たちと雑用3人の戦いとなった。
足りない技術は魂で
苦しかろうが、足が重たろうが、関係ない。
1歩でも前へ、半歩でもいい、とにかく進め! と自分たちを叱責し、踏み出す足を決して止めない。
その勇気に背中を押されて、俺と元気の動きにもキレが増していく。
彼らがここまで頑張ってくれているのだ、ここでキメなきゃ男じゃねぇ!
身体の中に残ったスタミナを最後の1滴に至るまで全て搾り尽くすように、後のことは何も考えず、今に全力を注ぎこむ。
大丈夫、未来のことは未来の俺たちが何とかしてくれる。
だから……勝つんだ!
今、ここで!
俺たちの気力が敵チームを凌駕したとき、ジリジリと点差が縮まっていった。
途中、小鳥遊たちが適当な事を言ってプレイをやめようとしたが、それは先に練習試合を終えた向こうさんのチームと小鳥遊たちを何も疑わずに全力で応援しているギャラリーが防いだ。
これは奇跡でも何でもない。
明らかに全力でぶつかっている俺たちのプレイが、彼らを惹き寄せたのだ。
例え
誰も彼もが俺たちのミニゲームを応援し始め、いつしか遊びで始めたゲームは本日のメインイベントと言わんばかりに最高の盛り上がりを見せていた。
これで小鳥遊たちの逃げる手段は無くなった。
それで覚悟が決まったのか、あちらさんも死にもの狂いで俺たちに喰らいついてくる。
だが覚悟を決めるのが遅かった。
後半ラスト1分、元気のパスに合わせた俺のシュートが相手ゴールを貫き、とうとう同点にまで追いついたのだ。
だが、残り時間は1分である。
あくまでも、これはミニゲーム。
延長なんて
つまり泣こうが
俺はゆっくりと息を吐きながら、元気を、雑用3人を見渡した。
みな体力はもう限界だ。
今にもぶっ倒れてしまいそうなくらい、完全に息があがっている。
それでもなお、瞳だけは
引き分けなんてありえねぇ! と、勝利以外の選択肢なんぞ
俺はソレを確認するなり、『愛してるぜ、おまえら』と心の中でつぶやきながら、相手からボールを奪う。
ソレを合図に全員敵陣へと一斉に駆け上がった。
玉砕覚悟の捨身の特攻である。
俺はゴールに1番近い元気の足下めがけて最後のパスを出そうとした瞬間、負けを良しとしない小鳥遊が明らかにファールのタックルを元気にブチかましたのだ。
普段のアイツであれば、野生じみた反射神経で対応していたのだろうが、今のアイツの目にはゴールしか映っていなかったせいもあり、小鳥遊のタックルをモロに身体で受け止めてしまう。
結果、元気は小鳥遊と共に激しく転倒し、俺のパスコース上には敵さんの1人だけが浮かび上がっていた。
マズイッ!? もうパスコースは変えられない!
このままじゃ、ボールが奪われる!?
無理やり適当な場所へ打つか?
いや、もう
なら、自分でシュートを打つか?
……それもダメだ。足はもうパスするべく動き出している。
今さら動きを止めることも、変えることも出来ない。
どうする? どうする!? どうすればいい!?
シナプスが焼き切れんばかりに思考が
いくつもの選択肢が、浮かんでは
絶望が……俺の背中を掴む。
――そんな時だった。俺が視界の端で『ソレ』を捉えたのは。
刹那、俺の脳裏に浮かんでいたゴールまでの道筋は弾け飛び、バラバラになったピースを一瞬で再構成。
そして俺は……何ら
瞬間、勝利を確信したのか、小鳥遊たちの顔に笑みが宿る。
だが彼らは知らなかったのだ。
その勝利を確信した一瞬の心の隙間に、イタズラな天使が滑り込むことに。
俺の出したパスは、真っ直ぐ相手さんの足下へと……行かず、例の雑用1人の足下へと収まった。
そう、俺がパスを出した瞬間、雑用の1人がパスカットをするべく走り込んでいたのだ。
まさか、味方同士でパスカットをするだなんて思っていなかった相手さんの顔から笑みが消える。
その思考停止の隙間を縫うように、俺たちは全力で叫んでいた。
――打て、と。
その瞬間、彼は一体ナニを思ったのだろうか?
どんな気持ちでボールを手にしたのだろうか?
どんな想いをボールに込めたのだろうか?
その答えは俺たちには分からない。
ただ分かることと言えば……この瞬間、世界のどんな選手よりも、彼は
残り5秒。
まるでゆっくりと感じる時間の中、彼の振り抜いた足がボールを捉える。
そして俺は、敵選手と共に、鮮やかに、綺麗な放物線を描くボールを目で追いながら……心地よいゴールの音を聞いた。
一瞬の間を置いてやってくる、耳が痛くなるほどの静寂。
誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。
1度だけ。
2度目はなかった。
大地を震わすほどの歓声が、スコールとなって他の全てを打消し、俺たちの肌を叩いたのだ。
驚愕の表情を浮かべながら、信じられないと言わんばかりに膝を折る小鳥遊たち。
俺たちはそんな彼らを尻目に、誰が言ったでもなく身を寄せ合い、腹を抱えて笑い合った。
そう、このとき俺は確かに学んだハズだったのだ。
勝利の瞬間こそ、イタズラの天使は舞い降りてくるってコトに。
◇◇
「――ろう、シロウ? 聞いてんのか? おい、シロウッ!」
「ハッ!?」
大神家のリビングにて正座していた俺の頭上から、女性の不機嫌な声が降ってきた。
その本能的に恐怖を覚える声音に、思考の海を漂っていた意識が強制的に現実世界へと引きずり戻される。
「そ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ母ちゃん!」
俺は目の前で仁王立ちしながらコチラを見下ろしている我が家のビックボスこと
「チッ、聞こえているならはやく返事をしろ。このウスノロがぁ」
と、イライラした様子で軽く舌打ちをしてみせる我が母上。
約1年ぶりの我が子との会話なのに、どういうわけか母ちゃんの声音からは俺への殺意しか感じられない。
なんせ再会してからの第一声が「おいっ」である。
一瞬ヤーさんが我が家にカチコミに来たのかと錯覚しちゃったくらいだ。
ねぇ、どういうことなの?
久々に顔を見せる愛する息子への第一声は普通だったら『元気だったか?』とか『風邪とか引いてないか?』とかそういう温かいモノじゃないの?
もはや人類が用意した最終ヒト型決戦兵器にしか見えないよマミー……。
「シロウ、貴様また変なことを考えてるな? シバくぞ?」
「ッ!? か、考えてない! 全然考えてないっ! もう寝ても覚めても母ちゃんのことしか考えてないから! だから安心してくれマイ・マザーッ!」
「……テメェ、マザコンか? 気持ちワリィなぁ、シバくぞ?」
「ねぇママン、オブラートって言葉知ってる? 言葉のナイフが思春期の息子を傷つけてるよ?」
ぜひウチの母ちゃんには『オブラート』という言葉を辞書で調べて100回書き取りしてきてもらいたいところだ。
なんて考えていると「そんなことはどうでもいいんだよ」と切り捨てられた。
「それよりもシロウ。テメェ、出張に行く前にしたお母ちゃんとの3つの約束、覚えてるよなぁ?」
「さ、さぁ?」
「お母ちゃんは悲しいです……我が家から1人家族が居なくなるのは」
「さ、サーイエスッサーと言いたかったんです! はい!」
「それを言うならイエス・マムだ、このバカたれが」
世界広しと言えど、自分の息子を
母ちゃんは不機嫌さを隠すことなく「なら、答えを言ってみろ。このウスノロがぁ」とせっつく。
もちろんなんで母ちゃんが出張を切り上げて帰って来たかなんてまったく見当もついていないのに、答えることなんて出来るわけもなく、
(助けて、姉ちゃん! マイ・シスターッ!)
と俺の隣で同じく正座をしている偉大なる姉上に視線を向け……チクショウ! 俺と目を合わせようともしねぇ!?
おい、こっち見ろこの
プイッ! じゃねぇんだよ、可愛くないぞアバズレっ!
「ほら、はやく答えな」
「えっとぉ……」
もはや信じられるのは己のみ。
言葉を濁しながら、必死に脳細胞を活性化させる。
が、やはり何の見当もつかない。
くそったれめ! これが『最近人気のセクシー女優はだぁ~れだ♪』とかなら、あまりの問題の簡単さにスーパーひとしくん人形をベッドしている所なのにっ!
現実とは何と非情で、モブに厳しい世界なのだろうか?
「はい、10、9、8――」
母ちゃんの薄汚ねぇ口から無慈悲のカウントダウンがスタートしたのと同時に、俺は死の直前に見るという走馬灯のような速さで、今日一日の出来事を思い返し始めた。
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