エピローグ にゃん娘に恋はムズかしいっ!?

 ゴールデンウィークが終わり一夜明けた翌日の早朝。


 桜の花びらも完全に姿を消し、代わりに新緑が芽吹き始めた五月の中ごろ。


 新入社員の退職ラッシュがピークを迎えるこの日、俺はいつものようにあくびを噛み殺しながら校舎へと続く坂道をトロトロと歩いていた。



「あぁ~、昨日は大変だったなぁ……」



 木漏れ日の中をゆったり歩きながら、昨日のことを思い出す。


 いやほんと、昨日は大変だった。


 なんせ検査とは言え、我らが生徒会長さまが入院したと聞いて、多くの男子生徒たちが手土産と下心を持って、羊飼の居る病室に詰め寄ってきたもんだから、さぁ大変っ!


 もはや病院がちょっとしたアイドルの握手会会場へと早変わり♪


 結果『仕事にならんっ!』ブチ切れたウチのリトル・ボス姉上が野郎共を千切っては投げ、千切って投げての大立ち回りして警察が出☆動。


 そして何故か姉上を止めに入った俺が補導されるというミラクルを起こし、事態はさらなる混沌を極めて……。


 もう何ていうか、ゴールデンタイムの2時間番組で600万枚ほど売り上げるDVDが出来上がりそうな1日だった。


 もちろん見舞いに来たのは男子生徒たちだけではない。


 我らが生徒会役員である羽賀先輩と廉太郎先輩も見舞いに来ていた。


 2人のお見舞いが嬉しかったのか、珍しく照れた顔を浮かべていた羊飼。



「本当に2人からお見舞いの品を受け取る羊飼は嬉しそうだったよなぁ」



 思わずしみじみとした声が風に乗って消えていく。


 いやほんと嬉しそうだったなぁ羊飼。


 それが例え『ボクに彼女ができたら言われたい罵声ばせい一覧表いちらんひょう』とかいう、廉太郎先輩の個人的趣味を最大限かつ最悪の形で反映した小冊子(コピー不可)でも嬉しそうだった。


 あまりにも嬉しかったからかな? 羊飼のヤツ、廉太郎先輩の目の前でゴミ箱という名の宝物入れにすぐさま保管していたよ♪



「おっ? おーい羊飼、古羊ぃ~っ! おはにょ~っ!」

「――ゲッ!?」

「あっ、おはようししょーっ!」



 ここ数週間で見慣れた後ろ姿に声をかけると、あからさまに顔をしかめた羊飼と、笑顔で架空のシッポをブンブン振り回す古羊と遭遇した。 


 古羊はいつも通り可愛いからいいとして……おい羊飼、なんだその苦虫を噛み潰したような顔は?


 廉太郎先輩が見たら、隠しきれない愉悦ゆえつの笑みを浮かべながら膝から崩れ落ちている所だぞ?


 羊飼は「こほんっ」と小さく咳払いをすると、すぐさま例の強化外骨格の如き笑顔を顔に張り付けた。



「おはようございます大神くん。今日もいい天気ですね?」

「おい、『ゲッ』って何だよ? 『ゲッ』って」

「はて? 何のことですか?」



 コテン、とそのプルプルの唇に指先を当て小さく首を傾げる羊飼。


 あざとい。


 でも可愛い♪



「相変わらず変わり身の速さがトンデモネェな。一瞬『光』って文字が見えたのかと思ったわ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてないよ?」

「まぁまぁ、落ち着いてよししょー。今はホラ、周りにみんな居るし……ね?」



 確かに古羊の言うように、チラホラと他の生徒たちが登校している手前、いつもの優等生の仮面を被るしかないのだろう。


 しょうがない、追求は諦めてやろう。


 古羊に感謝するんだな貧乳っ!


 と心の中でふんぞり返っていると、ジロリッ! と羊飼に睨まれたので慌てて話題を逸らしにかかった。



「と、ところでもう退院して良かったワケ? 身体の方は大丈夫なのかよ?」

「おかげ様でバッチリ復調しましたよ。お姉さんにもお礼を言っておいてください」

「ししょーのお姉さん、可愛い人だったよねメイちゃん?」

「そうですね、ちょっと破天荒な人でしたが面白い方でしたね」

「可愛い? アレが?」



 ゲームのためなら平気でリアルを切り捨てるあの女が? 


 部屋の中に黄色の液体が入ったペットボトルが散乱しているあのアマゾネスが? 可愛い?



「よし2人とも、今から俺の言う番号に電話をかけてごらん? 大丈夫、とっても腕のいいお医者さまだから」

「別に心の病気ではありませんよ?」

「ししょー……」



 何故か2人からジトッとした瞳を向けられる俺。


 ば、バカな!? あの女が可愛いだと? 正気か!?


 そんな『大神千和=可愛い♪』だなんて、神々の力を持ってしても成り立つことが許されない禁断の方程式じゃないかっ!


 おまえら、アレだぞ? 今『ミジンコ』を見て『超クール♪』とか言ってるようなモンだぞ?



「マジかおまえら!? 目ぇ大丈夫か!?」

「自分の姉をそこまでけなせる弟も、中々居ませんよね」

「えぇ~っ? ししょーのお姉さん、すっごい可愛いと思うけどなぁ。ボクもあんなお姉ちゃん欲しかったなぁ」

「なら俺と結婚するか? 今なら姉どころか俺も一緒についてきてお得だぞ?」

「ふぇっ!? いや、そのっ、あのっ!? あばっ、あばばばばばばばばっ!?!?」



 エロいお姉さまに逆ナンされた男子高校生のように顔を真っ赤にして「あばばばばばっ!?」状態に突入するなんちゃってギャル。


 相変わらずリアクションが面白い奴だなぁ。


 これだから古羊をイジるのは止められない!



「ぶわっはっはっはっ! 冗談、冗談っ! マイケル・ジョ●ダン! ほんとおまえは良いリアクションをしてくれる奴だなぁ。なぁ羊飼?」

「……そうね。相変わらず見せつけるようにイチャイチャして、ほんとお熱いことで」

「いやイチャイチャなんて……えっ!?」



 羊飼の冷たい返事に、思わずビックリして見返してしまう。


 今のは素の声じゃなかったか?


 見ると羊飼も自分の出した声にビックリしたのか、口もとを押さえて驚いたように目を見開いていた。


 どうやら無意識に口が動いてしまったらしい。


 理性の化け物であるコイツが、人前で一瞬だけでも素の表情を見せるとは、珍しい。


 もしかしたら今日は季節外れの雪でも降るんじゃないだろうか?


 なんて失礼なことを考えていると、頬を真っ赤に染めた羊飼があからさまに話題を変えるように口を開いた。



「と、ところでっ! そのぅ……」

「? なんだよ?」



 勢い込んで口を開いたはいいが、何故か途中でマゴマゴしてしまい、尻すぼみになっていく羊飼。


 なんだか歯切れが悪そうだ。


 珍しいな、いつもは快刀乱麻ばりにズバズバ言うクセに。


 顔もなんだか赤いっていうより、真っ赤っていうか……大丈夫かコイツ?


 我らが会長の体調を心配してると、女神さまはキョロキョロと辺りを見渡し、俺たちしか人がいないことを確認し終えるや否や、素の口調に戻って尋ねてきた。



「佐久間くんが襲ってきたあの日。どうしてアタシをかばってくれたの? もしかしたらアタシ、佐久間くんの言っていた通り本当は……嫌な奴かもしれないじゃない?」

「それはねぇな」



 間髪入れずに否定した瞬間、羊飼のキレイに整った眉が驚いたように跳ね上がった。



「な、なんで? どうして? そんなの分からないじゃない? 今だってアタシ、アンタに否定してほしいからワザとこんな風に言っているだけかもしれないし……」

「関係ねぇよ、そんなの」

「えっ?」



 その場で立ち止まってしまった羊飼にしょうがなく合わせながら、自分の正直な気持ちを吐露とろしていく。



「いくらおまえが否定しようがな、俺がそう思ったんだから仕方がねぇだろ。なんせ俺は自他共に認めるバカだからな。バカってこういうときアホほど強いんだぞ? いくら他人の意見を聞こうが、自分の意見を変えることなんざほとんどしねぇ」

「大神くん……」

「確かにおまえは俺が思った以上に腹黒で、思った以上に性格悪くて、思った以上に貧乳だけど」

「……おい」


 

 それでも、やっぱり俺は知っているんだ。




「思った以上に友達思いで、思った以上に頑張り屋さんで、思った通り――優しい女の子だよ」

「――ッ!?」




 瞬間、羊飼のアメシストのような紫色の瞳に涙の膜が出来上がる。


 何事だ? と思って女神さまの顔を見ると、頬が桜色から徐々に赤く、首筋まで赤くなり、口を『あわあわっ!?』と開いたり閉じたりしていた。


 なんかちょっと古羊っぽい。


 流石は親友、息ピッタリじゃないかっ!


 と感心する俺を他所よそに、羊飼は何かに気がついたように両手で耳元を押さえ、



「な、なにコレ? なにコレッ!?」

「お、おぉっ? ど、どうした耳なんかふさいで? 大丈夫か?」

「メイちゃん? お顔が真っ赤だよ?」

「か……鐘が聞こえる」

「はぁ? 鐘ぇ~? まだ予鈴には早い時間のはずだけど? 聞こえたか古羊?」

「ううん、聞こえなかったけど……」



 ふるふると首を横に振る古羊。


 とりあえず2人で校舎の方に耳を澄ませてみるが……やはり何も聞こえない。



「やっぱり何も聞こえないね?」

「だな。やっぱおまえの気のせいじゃねぇの?」

「ううん、聞こえる……。ドキドキ、ドキドキって! か、鐘が鳴ってるのぉ~っ!」



 グルグルと目を回し、慌てて左の胸を押さえる羊飼。


 ほんとに一体どうしたのだろうか?


 もしかしてパッドに何か異変が起きたっていう、羊飼なりの暗号か?



「な、なにコレ? なんで鐘がっ!? 体の奥から聞こえて――えっ? えぇぇぇぇぇ――ッッ!?」



 羊飼は俺の顔を見るなり、大げさに驚き、その場で尻もちをついてうずくまった。


 その反応は俺に失礼ではなかろうか?


 生まれたての小鹿のように全身をプルプルと震わせる羊飼、どうやら立てないらしい。


 俺は羊飼に手を差し伸べ、



「何やってんだよ? ほれ、掴まれ」

「あ、あばばばばば――――ッッ!?」



 数秒前の古羊よろしく、口をパクパクさせる。


 羊飼は混乱している!


 その姿を見てなにを思ったのか、某少年探偵よろしく『まさかっ!?』といった表情を浮かべる古羊。



「メ、メイちゃん、もしかして……」



 と、青い顔を浮かべる古羊の様子も気になったが、それよりも先に、羊飼が俺の方へ人差し指を向け、



「こ、この人!? 鐘が『この人』って!」

「ひ、羊飼?」

「……お」

「『おっ?』」



 羊飼は勢いよくその場でスクッと立ち上がると、クルリと校舎から背を向け、



「お、お、おっ! おうち帰るぅぅぅ――ッッ!!」

「ちょっ、待て!? 羊かァァァぁぁぁぁい――ッ!?」



 全速力で来た道を逆走しはじめる羊飼。


 ぱぴゅーん、と音が聞こえてきそうなくらいあっという間に坂を駆け下りて行く。


 いやいや、学校はどうすんだアイツッ!?



「た、大変だ古羊! 生徒会長が学校を目前にバックれやがった! 急いで追いかける……なんだ、その目はっ!?」

「……つーんっ!」



 ジトッとどこか俺を責めるような、湿った視線が肌に刺さる。


 ついさっきまでご機嫌だったのに、今は明らかに不機嫌なご様子で頬を膨らませるなんちゃってギャル。


 古羊はプイッ! と俺から顔を逸らすと、スタスタと校舎の方へと足を進め――ちょっと待て!?



「ふんっ。乙女心を弄ぶししょーなんか知らないもん!」

「待て待て!? なに1人で学校へ行こうとしてんだ! はやく羊飼を追いかけるぞ!」

「つーん。知らないもん……ししょーのバカ」

「なんでだっ!?」



 結局、プリプリと怒ったまま俺を置いて勝手に校舎の中へと消えていく古羊。


 お、女心は複雑怪奇。もう感情の振れ幅がジェットコースターじゃん……。


 とか考えてる場合じゃねぇ!


 俺は慌てて会長の背中を追いかけるべく、身をひるがえした。



「待て羊飼っ! って、足はやっ!?」

「つ、ついてこないでぇぇぇぇ――ッッ!?」



 登校している生徒達の中央を悲鳴をあげながら全力で駆け下りて行く羊飼。


 みな「何事だっ!?」と驚き、おののいている。


 いやほんと、迷惑かけてすみませんっ!



「止まれ羊飼、羊かぁぁぁぁい――ッッ!?」

「今はほんとにムリだからぁぁぁぁ――ッッ!!」



 爽やかな早朝、半狂乱の男女の悲鳴が青空へと吸い込まれるように消えていく。


 あぁ、今日もいい天気だ。


 そんな場違いなことを考えながら、俺は坂道を下り始める。


 頭の上では、季節外れの桜の花びらが気持ち良さそうに舞っていた。

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