第16話 バーサクヒーラー・ガール

『下着泥棒の汚名をそそぎ、無罪を勝ち取る』

『超パッドを盗んだ真犯人を見つけて血祭りにあげる』



 ――それぞれの想いを胸に、羊飼たちと同盟を組むことになったその日の放課後。


 俺たちはさっそく生徒会室に集まって作戦会議を開催していた。



「そ、それじゃ今から『下着ドロボウさん捕獲計画』の作戦会議を始めますっ!」



 どこから取り出してきたのか、『さくせん会議』と女の子らしい丸っこい字で書かれたホワイトボードの前で司会進行を務める古羊が口火を切った。


 途端に会長席でふんぞり返っていた羊飼が異を唱える。



「違うわよ洋子。『捕獲』じゃなくて『血祭り』計画よ。必ずヤツの臓物でカルパッチョを作ってやるんだから」

「だから発言が乙女じゃねぇんだよなぁ……」

「メイちゃん……」



 ギリギリと奥歯を噛みしめる羊飼。


 その表情は乙女というよりバーバリアンである。おいおい1号かい? それとも2号かい?



「な、なら『下着ドロボウさんをこらしめようっ!』会議で……どうかな?」

「んん~……まぁ、いいわ。今日はソレでいきましょう」



 どうやら及第点を貰えたらしい古羊がほっと胸を撫で下ろした。


 そのせいで制服の上からでも分かるほど豊かな胸元が上下する。


 う~ん、この半分でいいから羊飼に分けてあげたいっ!


 ほんと胸囲の――違う、驚異の格差社会だよねっ!


 神様って残酷だなぁ、と思いました、まるっ!



「大神くん? 余計なことは考えなくていいからね? 殺すぞ?」

「サーセンっ!」



 ニッコリ、と圧の強い笑顔で釘を刺される。


 ねぇ、なんで俺の考えていることが分かるの?


 エスパーなの? エスパー芽衣さんなの? フジオぉぉぉぉぉっ!



「お、落ちつてメイちゃん? ね?」

「……チッ。わかったわよ。でも、次はないわよ?」

「イエス・ボスっ!」



 古羊に窘められ、しぶしぶといった様子で引き下がる羊飼。


 何気に古羊の言うことはよく聞くんだよなぁ、コイツ。


 まぁその分、無茶振りもよくするけど……。


 この2人ってどういう関係なんだろう? と俺が首を捻っていると、古羊が場をしきり直すように「で、ではっ!」と可愛らしく声を張り上げた。



「下着ドロボウさんをこらしめる何かいい案がある人はどしどし言ってくださいっ!」

「そうねぇ。今思いつく限りで1番堅実的な案は、あのパッドを隠していた周辺に住む男共を全員1人残らずシバキ倒すくらいかしら。女の子らしく」

「女の子らしくとは一体……?」



 ドン引きである。


 彼女には1度辞書で『女の子』という単語に赤線を引いて来てもらいたい所だ。


 なんでそんな物騒な発想が出てくるの? ヤーさんなの?



「そもそも犯人が男だって決めつけるのもどうかと思うね、俺は」

「ど、どういうことオオカミくん?」

「いや、もしかしたら犯人は女の子が大好きな女の子なのかもしれないし。何ソレ、最高かよ? とうとみ幕府爆誕、おめでとうございますっ!」

「急に祝福し始めたわよ、この男……?」

「オオカミくん……」



 何故か2人からヤベェ薬をキメている奴みたいな目で見られる。


 もしかしたら惚れられたかもしれない。



「でもなんで女の子が女の子の下着を盗むのよ? 意味が分からないわ」

「そ、そうだよ。他人の下着なんか盗まなくても、自分の下着があるよね?」

「それは言わぬが百合ゆり――違う、花ってヤツさ」

「「???」」



 よく分からない、と言った風に2人一緒に首を傾げる羊飼と古羊。


 彼女たちは知らないのだ、世の中には特殊な性癖をもったレディー達が居ることを。


 そして、そんな彼女たちを見て尊死とうとししてしまう戦士オトコたちが居ることを。


 ちなみに『尊死』とは、ガンや脳卒中にぐ人類の3大死因の1つだよっ☆



「なら大神くんは他に妙案があるの?」

「周辺現場にビデオカメラでも設置していれば、いずれ来るんじゃねぇの? おっ、何気に名案じゃねコレ?」

「バカね。そのビデオカメラは一体どうやって用意するのよ?」

「さ、流石にビデオカメラを買うほど潤沢じゅんたくなお金はないしね……」

「む、むぅ……。ビデオカメラって1つおいくら万円だ? 300円くらいか?」

「そんなワケないでしょうに」

「えっとね、大体3万円前後ってところかな」

「3万円かぁ……」



 ざっと今現在の俺の全財産の100倍といったところか。


 えっ、うそっ? うわっ……俺のお小遣い、低すぎ……?



「おいおい、どうすんだ? さっそく会議が座礁ざしょうしてしまったぞ? 古羊は何か案ねぇのかよ?」

「う、う~ん?」

「安心しなさい2人とも。1つ、とっておきの策があるわ」



 うんうんと小さく唸る古羊を遮るように、羊飼が不敵な笑みを添えて口をひらいた。



「洋子と2人のときは人数的にムリだったけど、大神くんが入ったことで可能となる奇跡のミッションが1つだけあるわ」

「さ、流石メイちゃんっ!」

「もったいぶらずに早く教えてくれよ?」



 というか、そんな案があるなら会議をする必要なかったよね?


 まったく……なんで世のお偉いさん方は、結論が最初から決まっている会議をやりたがるんだろうか?


 ほんと会議ってクソだよね☆


 あぁ~、社会の荒波に出航したくねぇなぁ。


 と、俺が1人センチメンタルな気分になっている間にも、羊飼はそのパッドで増強したハリボテおっぱいで温めた策を披露していった。



「基本的には大神くんを釣ったときと同じようにおとり作戦よ」

「囮作戦っていうと、アレか? 女子更衣室に古羊のパンツをセッティングして下着泥棒をフィッシュするっていう」

「あ、あれ? ちょっと待って? 今回もボクのパンツが囮になるの?」

「えぇっ、その通りよ大神くん。洋子のパンツを撒きにして下着泥棒をおびき寄せるわ」

「ねぇ聞いてよメイちゃん!? ねぇっ!?」



 羊飼に近寄り涙目でゆさゆさと肩を揺する古羊を尻目に、我らが生徒会長は毅然きぜんとした態度で続けた。



「ただ捕まえるのはソコじゃない。犯人が洋子のパンツを盗んで安心して例の場所へ隠しに来たところを一網打尽にするわよ」

「なるほど、油断したところを一気に叩くのか」

「いや『なるほど』じゃないよ!? 聞いてよ2人ともっ! ねぇっ!?」



 わーわーっ!? と叫ぶ古羊をやんわりたしなめながら、羊飼がスマホを取りだした。



「作戦概要としてはこうよ」



 まず洋子が女子更衣室に隠れて犯人が現れるのを待つ。


 現れた犯人が下着を取って女子更衣室を後にした所で、洋子が例の場所で待機しているアタシと大神くんに連絡を入れる。



「そして例の場所に現れた犯人をアタシと大神くんで血祭りにあげる。シンプルだけど確実な作戦でしょ?」



 と、花がほころんだような笑みをたたえる羊飼。


 う~ん、笑顔は最高に可愛いんだけど、言ってることは最低なんだよなぁ。


 ニコニコと喜色満面の笑みを深める羊飼にドン引きを隠せない。


 さてここで問題です♪ この短い時間に俺は何回ドン引きしたでしょ~か?



「とりあえず犯人はアタシと大神くんで血祭りにあげるけど、洋子も時間があったらコッチに合流してちょうだい。バッドを持ってね」

「う、うん。わかったよ。……でも危ないことはしないでね?」

「分かってるわよ。大丈夫、大神くんも居ることだし何とかなるわ」



 心配そうな瞳で羊飼を見る古羊を、我らが会長は安心させるように優しい微笑みで返した。


 なんだよ羊飼、やれば出来るじゃねぇか。


 ぜひともそのエンジェル笑顔スマイルを俺に向けて欲しいところです。



「じゃあさっそく、明日から張り込んでいくわよっ!」

「えっ? 明日は土曜日なんですが……?」

「? だから?」



 キョトンとした顔で羊飼に見つめられる。


 おぉ~コイツまつ毛長いなぁ、とか思っている場合じゃない。


 大神家は完全週休2日制を導入している。


 なので土日は絶対に休むと決めているのだ。



「いや、だからね? 明日は学校がお休みじゃん?」

「そうね。だから?」

「いやだから、ね?」



 分かるでしょ? と雰囲気で伝えようとした矢先、古羊が「オオカミくん」と小さく首を横に振った。



「こうなったメイちゃんは止まらないから、残念だけど諦めてね?」



 その表情は悟りを開いたように穏やかだった。


 多分すっげぇ苦労してきたんだろうなぁコイツ。


 今度からもう少し優しくしてやろう。



「さぁ2人もとっ! 乙女のプライドに賭けて、下着泥棒を捕まえるわよっ!」



 オォーッ! と勝鬨かちどきをあげる羊飼の姿は、乙女というより戦国武将だった。

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