第15話 羊飼さんは裏表のない素敵な人ですっ!

『拝啓 我が偉大なるママ上・パパ上・姉上へ。

 

 母上。どうやら登校前、電話越しで、



 ――ハァ? 人間いつ死ぬか分からないし、いい加減、彼女の1人でも紹介しろだぁ? プッ(嘲笑)ちょうしょう……おいおいマミー? 人間そんな簡単に死なねぇつぅーの(笑)! 頭の中、戦国時代か(爆笑)っ!



 とか言っていた自分が愚かだったようです。


 今となってはあの頃の自分をぶん殴ってやりたい気持ちで一杯です。


 どうか先立つ不孝をお許しください。


 そして父上。


 誠に申し訳ありませんが、アナタの血筋は僕で終わりを迎えます。


 それから親愛なるマイシスター姉上へ。


 俺の部屋にある【世界パンスト大戦! ~戦うOL 神々の戦い編~】をビデオ屋に返しておいてください。お願いします。


 最後に、小学校のときクラスメイトだったソフィーアさんへ。


 僕はソフィーアさんの太ももが本当に最高だと思っています。小学3年生の頃、



「君の足はまるでボンレスハムみたいだね!」



 と言って泣かせてしまったこともありましたが、本当に申し訳ありません。



 あれは褒め言葉のつもりだったんです。



 死ぬ前にもう1度、君のボンレスハムのような太ももが見たかったよ。


 敬具


 知的でクールなナイスガイ 大神士狼 拝』




◇◇




「んん~、まぁこんなモンか」



 今しがた書き終えたばかりの遺書に視線を這わして、1人頷く。


 初めて遺書なんてモノを書いたが、これは中々どうして傑作が生まれたんじゃないか?


 これを読めばきっとウチのパパンとママンは号泣し、あのネトゲ廃人の姉は弟の大切さを噛みしめ涙を流し、ソフィーアさんに至っては『そうだったんデスネッ!? ゴメンナサイ、すきデスッ! 抱いてっ!』と俺に求婚してくるに違いない。


 おいおい困ったなぁ、俺はまだ16。せめてあと1年と4カ月は待って貰わないと日本国内で合法的な夫にはなれないというのに。


 ソフィーアさんとの明るい家族計画に夢を馳せていると、




 ――キーンコーンカーンコーン。




 4時限目の授業の終わりを知らせるチャイムが2年A組の教室に木霊した。


 その瞬間、ビクッ! と自分の身体が強ばるのが分かった。



「……とうとう来たか、この時間が」



 本来であれば、学業戦士たちにとってひとときの休息を与える癒しの音色であるハズのソレは、残念ながら今の俺には死刑執行のゴングの合図にしか聞こえない。


 キョロキョロと教室の中を見渡すと、もう羊飼の姿はなかった。


 どうやら先に生徒会室に行ったらしい。疾きこと風の如しかよ……。



「聞いたぜ大神っ! お手柄だったらしいな? なんか知らんが、学校の風紀を守ったご褒美として羊飼さんと一緒にランチするんだろ? いいなぁ、羨ましいなぁ」

「おいおいアマゾン、人様の肩を叩くときは手に画鋲を仕込んじゃダメなんだぜ?」



 手のひらに画鋲がセッティングされたアマゾンの腕をガシッ! と掴む。



「HA☆HA☆HAッ! 冗談さ、冗談っ!」と軽く肩を竦めながら笑顔で手を引っ込めるアマゾンの目は……一切笑っていなかった。



 このアホ面とも今日でオサラバするのかと思うと、感慨深いモノがあるなぁ。



「えっ? なんで泣いてんだおまえ? 気持ちワル……」

「言葉には気をつけろよカス?」

「うるせぇぞカス。それよりもオレも一緒に羊飼さんとランチしても大丈夫かな? 金ならいくらでも出すぞ? なっ? なっ?」



 俺はやんわりとアマゾンを押しのけ、席を立つ。



 するといつの間にやら俺の席の近くに来ていた元気が「おっ、もう行くんか?」と声をかけてきた。



「元気……」

「随分と緊張しとるなぁ。話しをするだけやろ? ……と言っても、あの羊飼はんと一緒なら無理はないわな」



 真実を知らない元気が能天気なことを口にする。


 このエセ関西弁がもう聞けなくなるのかと思うと、涙が溢れそうになった。



「相棒、ワイになんか手伝えることがあったら遠慮せずに言うんやで」

「オレも、オレもっ! 羊飼さんのためなら気にくわんが手伝ってやるよ」

「じゃあお言葉に甘えて――祈っていてくれ。俺が生きて帰ってこられるように」

「……話し合いに行くだけやろ?」

「ナニ言ってんだコイツ?」



 2人のキ●ガイを見るような視線を一身に浴びつつ、俺は教室を後にした。


 2階の2年生のフロアから3階の3年生のフロアへと移動する俺の心は酷く落ち着いていた。


 人間、死が目の前に迫ると1周回って落ち着いてしまうらしい。


 後悔はない……と言えばウソになる。


 あぁ、こんなことなら積んでいたアニメを全部消化しておくんだった。



「行きたくねぇなぁ……」



 心はとうに折れている。身体は縮こみ、足は棒。幾たびの地雷オンナにフラれて腐敗。その身体はきっとおとこの涙で出来ていた。


 おっといけない。あまりにも行きたくなかったので、ついうっかり固有結界を発動しそうになっちゃったよ。もうシロウのお茶目さんっ♪


 なんて自分で自分を鼓舞していると、いつの間にやら生徒会室の前まで到達していた。



「ハァ……行くか」



 軽く深呼吸をし、心を落ち着かせてから目の前の扉をノック。


 途端に「は、はぁ~い」と扉の奥から俺の嗜虐心を逆撫でする声が響いてきた。


 それと同時、ゆっくりと生徒会室の扉が開き、ヒョコッ! と中から亜麻色の髪をした白ギャルが姿を現した。



「あっ、オオカミくんっ! 待ってたよ!」

「……おっす古羊」



 さぁ入って、入って! と架空のシッポをパタパタさせながら、俺を部屋の中へ案内する古羊。


 子犬チックな彼女に導かれるように1歩足を進めると、たくさんの資料と向かい合って置かれた4つのデスクの向こうから、まさにラスボスのような風格をした羊飼が姿を現した。



「さっきぶりですね、大神くん」

「……どうも」

「ふふっ、そう警戒しないでください。別にとって食おうだなんて思っていませんから」



 口元に手を当て上品に笑う羊飼に、引きつった笑みで応える。


 いくら美少女でも笑顔で殺人をほのめかしてくる女に、警戒するなという方が無理な話だと思うのは俺だけでしょうか? いいえ、誰でも。えーしー……。



「大神くんが約束どおり来てくれて本当によかったです」

「そりゃ、あんなことを言われたら、嫌でも来るだろうよ」

「はて? なんのことですか?」



 可愛らしく小首を傾げる羊飼。


 この女……どうやったら自分が可愛く見えるのか完璧に熟知してやがる!


 チクショウ、可愛いじゃねえか! キスしてやろうか、このあま



「それじゃ洋子、扉の鍵を閉めてちょうだい?」

「う、うん」



 分かった、と小さく頷くなり素直に施錠する古羊。


 カチャリッ、と硬質な音が部屋の中に響き、誰も入って来られないことを確認し終えた羊飼は、頬に笑みをたたえながら口を開いた。



「ありがと洋子。これでこの場はわたしと洋子と大神くんの3人だけですね。ではさっそくで悪いんですが、本題へ入りましょうか?」



 ニッコリ♪ と微笑んでいたかと思った次の瞬間。


 急に羊飼の纏う雰囲気がガラリッと変わった。


 優しげな瞳はキリッと吊りあがり、勝気な瞳と気だるげなオーラを体中から発散させる。


 そこには昨日見た、俺の知らない女神様の姿があった。


 あぁやっぱり、夢だけど夢じゃなかった……チクショウ。



「さて、腹の探り合いをしている時間もないし、まどろっこしいことは抜きにして、お互い腹を割って話し合うわよ」

「お、おっす」

「――それで?」

「……『それで?』とは?」

「昨日のことよ、昨日のこと」

「昨日の……ああっ! 偽乳にせちちのことなら誰にも言ってねぇから安心してくれっ!」

「洋子、窓開けて?」

「捨てる気っ!? 俺を捨てる気ですか会長っ!?」



 まるで瞬間移動でもしたかのように、音もなく俺に近づくと、手慣れた動きで我が襟首を握り締める会長様。


 顔は笑顔だというのにこの身体中から発せられるプレッシャー……もはや道を極める人にしか見えない。


 あ、あれれ? 会長、前世はヤのつく自由業の方でしたか?



「お、落ち着いてメイちゃんっ!? 窓からゴミを捨てちゃダメだよっ!?」

「捨てるのはカスだから問題ないわ」

「すげぇ言われようじゃん。俺がドMじゃないのが悔やまれる所だわ」



 ガラガラと法治国家の崩壊する音が聞こえた気がしたよね。 


 それから古羊ちゃん? 俺を助けてくれようとしているのは分かるんだけどさ、ナチュラルにゴミ扱いするのは酷くない? 


 2度とそんなコトが言えないように、その愛らしい唇を俺の唇で塞いじゃうぞ?


 しかし羊飼よ? この程度で我を見失うだなんて、そのおっぱいと同じく人間としての器が小さいんじゃないの?



「……アンタ今、失礼なこと考えたでしょ?」

「いえ、まったく?」

「いい? 最初に言っておくけど、これ以上バカにするようなら容赦はしないわよ? 特に『航空母艦』だとか『ウォールマリア』だとか『試される大地』だとか『聖なるバリアミラーフォース』とかもう1回言ったら……蹴り潰すわよ?」

「だからどこをっ?」



 1回どころか1度も言ったことないんだよなぁ……。


 俺のマイペニーが何故か回避率を上げようと『小さくなる』を使う中、静かに成り行きを見守っていた古羊が「まぁまぁ」と俺たちの間に割って入ってきた。



「確かに色々あったけどさ、オオカミくんのおかげでボクもメイちゃんも無事だったんだし、水に流してあげようよ。ね?」

「そりゃアタシだって水に流してやりたい気持ちは山々だけど……。でもこの男、アタシの胸をガッツリ見たのよねチクショウ。ふざけんな。金払え」

「いや大丈夫だ、安心しれくれ。肝心な部分はブラジャーでギリギリ隠れていたから、地区Bは見えてないゾ☆」

「オマエ、マジぶっ殺すぞ!?」

「す、すいません……」



 フォローのつもりが逆鱗に触れてしまった。


 古羊が『もう余計なことは言わないでっ!』と懇願こんがんするような瞳で俺を見てきたが、悪いな。俺の辞書に『諦める』って言葉は無いんだ。


 そうだ、ここで諦めてはいけない。


 諦めたらそこで試合終了だってどこかの偉い先生も言っていたじゃないか。


 俺はさらに言い募ろうとして――やめた。


 だって羊飼の目が『それ以上喋ったら殺す』と言ってたんだもん♪


 はい、諦めたのでそこで試合終了ですね。



「ていうかさ? もしかしなくても羊飼って、普段は猫を被ってたりする?」

「……猫を被ってたからって、なに? 猫被ってちゃ悪いの? アタシが猫を被って誰かに迷惑をかけたとでも?」

「現在進行形で俺に迷惑がかかってるんだよなぁ……」

「というか頬の筋肉が痛いわぁ~。常に笑顔でいるのも楽じゃないわ」

「あれあれ? 俺の声って純粋な女の子にしか聞こえない感じですか?」



 もはや聞く耳を持たな過ぎて、俺たちはそれぞれ別次元に居るんじゃないか? と錯覚しそうになるレベルだ。


 その傍若無人な態度っぷりに、俺の中で女神様のイメージがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


 最悪だ、最悪の仮説が当たっちまったよ……。


 あらかた予想はしていたとしても、目の前の女があの天使の生まれ変わりである「羊飼芽衣」であることを脳が拒否しているのが分かる。


 分かる、分かるぞマイ・ブレイン。信じたくないんだよな? 俺もだ。


 古羊が『ごめんね?』と両手を合わせながらペコペコと頭を下げている姿が見える。


 コイツもきっと今まで苦労してきたんだろうなぁ……なんだろう、気が合いそうだ。



「よし分かった、ならこうしようっ! これ以上俺は何も言わないし、追及ついきゅうもしない。もちろんおまえの性格や胸パッド、ハリボテおっぱいの事についても誰かに言いふらす事なんて絶対にしない! だからこの話はこれで終わりにしよう! そうしよう!」

「そんなの信じられるわけないでしょ? あとハリボテ言うな、ぶっ殺すぞ?」

「じゃ、じゃあこの目を見てくれ! これが嘘を言っている男の目に見えるか!?」

「見える」



 即答である。


 もうぐぅの音もでないほどサッパリした断定口調だよ……。



「そもそもアタシは洋子以外の人間を信じていないし。というか、アンタのことは1番信用ならないわ」

「な、なんで!? 俺ほど信用に足る人間は世界中を探しても中々いねぇぞ!?」

「信用に足る……ねぇ」



 そう言って羊飼はポケットからスマホを取り出すと、やけにトゲトゲしい口調で口をひらいた。



「2年A組、大神士狼。元『吉備津彦きびつひこ中学』出身。昔は相当荒れていたらしく、売られた喧嘩は必ず買っていた。常勝無敗で、喧嘩では1度も負けたことがなく、ちまたの不良たちからは『喧嘩けんかおおかみ』というあだ名で恐れられていた、ねぇ~」

「…………」

「これでどうやってアンタを信じろと?」

「い、いや! いやいやいや! 違う、違うんだよ!? 確かに昔はヤンチャしていたかもしれない。けどさ? 今は心を入れ替えて真っ当な高校生活を送ってるから! いやマジでっ!?」

「でも昨日、人を蹴ってたじゃない。それも女の子を」

「あ、あれは不可抗力では!?」



 だ、ダメだ!? 口を開けば開くほど俺と羊飼の心の距離が離れていく気がしてならねぇ!


 本当に違うんだって! お願いだからそんなドM大歓喜なクズを見るような目はやめてください!



「それに大神くんが下着泥棒かもしれない疑いも晴れてないし、やっぱり信じられないわ」

「んなっ!? ど、どうして!? 下着は昨日、全部見つかっただろ!?」



 なんかあらぬ疑いまでかけられる始末で、ついクールで知的なナイスガイを地でいく俺も声を荒げてしまう。


 そんな俺の疑問に答えるように、古羊が言いづらそうに口をひらいた。



「た、確かに盗まれた下着は全部見つかったんだけどね……そのぉ、下着を盗んだドロボウさんは見つからなかったよね?」

「つまり現状、アンタが1番下着泥棒の可能性が高いのよ」

「嘘だと言ってよバーニィ!?」



 おいおいおいおいっ!? なんか余計に怪しまれてないか俺!?


 確かに古羊のパンツでレッツ☆パーティーしたのは間違いないが、だからってこの仕打ちはあんまりでは!?


 気がつくと俺は縋るように古羊の足下にしがみついていた。



「信じてくださいお願いしますぅっ!? 俺は下着なんか盗んでいませんっ!」

「わわっ!? な、泣かないでオオカミくん。ど、どうしようメイちゃん?」

「口ではなんとでも言えるわ。残念だけど、話はブタ箱で聞きましょう洋子」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?」



 イヤイヤと首を左右に振っていたせいで、俺は気づくことが出来なかった。


 そう、このとき羊飼が世にも邪悪に笑っていたことに。



「このままじゃ大神くんはブタ箱行き……だけどね? 実は大神くんの無実を晴らす方法が1つだけあるの。……聞きたい?」

「ッ!? き、聞きたいですっ! ぜひっ!」



 まるで地獄に垂れた蜘蛛の糸のごとくかけられた言葉に、すかさず食いつく俺。


 途端に羊飼の顔が「かかったなバカめっ!」と言わんばかりによこしまに歪んだ気がした。



「手を組みましょう大神くん」

「手を組む?」

「えぇっ。大神くんは下着泥棒の容疑を晴らしたい、アタシたちは乙女の沽券にかけて下着泥棒を血祭りにあげたい。お互いの目的は一致しているわ」



 そう言って不敵に微笑む羊飼。


 ぶっちゃけ発言は乙女どころか2、3万年前に槍もってウホウホ言っている人の発言だったが……悪くない提案だと思った。


 確かに現状、俺の容疑を晴らすには羊飼たちと協力するのがベストな判断と言えるだろう。


「どうかしら?」と俺の方へ手を差し伸べる羊飼。


 気がつくと俺はその差し出された手をガシッ! と力強く握りしめていた。


 その姿を見て、羊飼は「我が意を得たり」と言わんばかりにニンマリと笑った。



「交渉成立ね。大神くんなら握ってくれるって信じていたわ。さぁ共に下着泥棒を血祭りにあげるわよ?」

「任せてください親分。必ずキャツを捕まえて、そのひき肉でコロッケパンを作ってみせますよ。約束ですっ!」

「ふふっ、心強いわ。やはり大神くんを選んで正解だったようね。さぁ共にパッドを盗んだクソ野郎をヤマ●キ春のパン祭りのメインディッシュにしてやるわよっ!」

「ガッテンでい!」

「あわわっ!? な、なんだか大変なことになってきちゃった……」



 オロオロする古羊を尻目に、俺と羊飼はニッチャリとほくそ笑む。


 今ここに最強チームが結成した。


 へへっ、もう負ける気がしねぇぜ! ガハハハハッ!



「えっと……と、とりあえずっ! こ、これからよろしくねオオカミくん?」



 困惑しつつも「えへへ……」と笑う古羊に、うっかりプロポーズしそうになったのはナイショだ。

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