第17話 この女神さま、めんどくさい

「――隊長っ! アンパンと牛乳、買ってきました」

「……アタシが注文したのは苺のマーガリンなんだけど?」

「いや売り切れてたんすよ、ソレ」



 草場の影に身を隠している羊飼に近づ――こうとした瞬間。



 ビュンッ!



 と物凄い勢いで俺の顔面めがけてバッドが飛んできた。



「うぉっ、あぶねぇっ!?」



 俺は羊飼が振り抜いたバッドを鼻先寸前で躱すと、何故か我らが会長は感心したような声をあげた。



「よく今のを躱せたわね。どんな反射神経してんのよアンタ?」

「何すんだテメェ!? パンスト引きちぎるぞゴルァっ!?」

「あぁもう、うるさいわねぇ。アンタが不用意にアタシの後ろに立ったからでしょうが」

「ゴルゴ? 会長、ゴルゴなの?」



 おいおいデュークなにごうだよおまえ?


 とツッコんでやりたいこと火の如しだったが、羊飼がさっさと俺の手からアンパンを奪いとってモグモグし始めたので辞めた。


 女の子の食事を邪魔するのは男のやることではないからね。


 俺は羊飼に牛乳を手渡して、彼女と同じく茂みに身を潜めて、気配を消した。


 視線の先には、もちろん例の盗まれた下着の山がある。



「古羊から連絡はあったかよ?」

「まだね。作戦を開始して3日目、そろそろトラップに引っかかる頃だとは思うんだけど……」



 そう言いながら、ベテラン刑事さながらの鋭い視線で辺りを警戒するパッド刑事デカ、もとい羊飼。


 時刻は露出魔たちが準備体操を始める午後5時少し過ぎ。


 下着ドロの真犯人を見つけるべく、この雑木林の茂みに張り込むこと3日間。


 いまだに俺たちは真犯人のシッポを掴めずにいた。



「なぁ、今さらなんだけどさ? 古羊を1人で張り込ませて大丈夫だったのかよ? 逆上した犯人に襲われたりしたらヤバくないか?」

「大丈夫よ。洋子には乙女のたしなみとしてバッドはもちろんのこと、スタンガン、小型催涙スプレー、メリケンサック等を持たせてるから。何かあったら反撃するわ」

「乙女の嗜みとは一体……?」



 この女は『乙女』という言葉を少々勘違いしているのではなかろうか?


 気づいて羊飼さん? 普通の乙女はバッドなんか装備しないよ?


 と、今日も今日とてパッドを標準装備している羊飼の胸元に心の中で語りかけていると、突如、彼女のスマホがぶるるるるっ♪ と鈍い音を立てて震えた。



「――もしもし洋子? ……そう、分かったわ。ありがとう。それじゃ洋子もコッチに合流してちょうだい」



 羊飼はスマホの通話を切るなり、狩人のような瞳でまっすぐ俺を見据え。



「犯人が現れたわ」

「やっとか」

「えぇっ、やっとよ。やっとこれで血祭りが出来るわ」



 もはや乙女にあるまじき邪悪な表情でにっちゃりと笑う羊飼。


 女の子がしていい顔じゃないんだよなぁ、ソレ……。



「さぁ大神くん、最後のひと踏ん張りよ。念のためにスマホの電源が切っておきなさい」

「イエス・ボスッ!」



 俺はアンパンをかじりつつ、牛乳を口に含んで『おちち強化タイム』に突入していた羊飼から視線を切り、下着の山へと意識を全集中――させる前に、ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。



「そう言えばさ」

「なによ?」

「なんだかんだ言って、羊飼って可愛いよな」

「……はぁっ!?」



 素っ頓狂な声を上げ、ガバッと勢いよく俺の方へ振り返る。


 が、すぐさま思い直したのか、顔を真っ赤にしながら茂みに視線を戻した。



「ちょっ、ちょっと! 変なこと言って大声を出させないでよ。もしかしたら、近くに犯人が居るかもしれないのよ?」

「いや、ずっと不思議に思ってたんだよ」

「不思議に思ってた……って何が?」

「それだけ可愛ければさ、女としての魅力はもう充分だろ?」

「……ど、どうしたの急に? 気持ちわる~い♪」



 羊飼いは口をニマニマさせながら、からかうような口調で言ってくる。


 普段褒められ慣れている人間でも、やっぱり素直な賞賛は嬉しいらしい。


 だが、申し訳ないが褒めているワケでは断じてない。俺はただ、純然たる事実を口にしただけ。


 そう、羊飼はお世辞抜きに可愛いのだ。


 月夜に照らされて淡く輝く黒髪も、濡れた紫水晶のような瞳も、白磁器のような滑らかな肌も、全部が規格外。


 おそらく外見だけで言ったら、俺の今後の人生でこれ以上の女とは出会うことはないと言い切れるくらいに。


 だからこそ分からないのだ。



「何でわざわざパッドでおっぱいと魅力を底上げしてるワケ?」

「地面に埋め殺すぞ、貴様?」



 上機嫌な声が逆に怖かった。



「ち、違う、違うっ! バカにしたんじゃなくてさ、単純に不思議だなって思ってさ!

「チッ……不思議ってなにがよ?」

「いや、何で今さら魅力を底上げする必要があったのかなって? もしかして男受けのため?」

「……べつに男受けのためにしているワケじゃないわよ。そもそもアタシだって、最初からパッドを入れていたわけじゃないし……」



 気まずそうに顔をしかめる羊飼。


 俺はそんな羊飼の隣で去年のことを思い出していた。


 そう言えば、確かに去年の春ごろまで羊飼のおっぱいは大きくなかった覚えがある。


 つまりあの頃はまだパッドを入れていなかったということだ。


 俺の記憶が正しければ、羊飼の胸が急に大きくなり始めたのは去年の秋頃だったはず。


 ということは、その頃からパッドを入れ始めたということか?



「じゃあ、何がキッカケで入れ始めたんだよ?」

「それこそ大した理由なんてないわよ。まぁ知りたいなら教えてあげるけど」



 そう言って羊飼は胸ポケットから1枚の写真を取り出して、俺に渡してきた。



「なにコレ?」

「ソレを見ればなんで、アタシが何でパッドを入れているのか理由が分かるでしょうよ」



 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら裏返しになったソレをペロリと表向きにし、



「あぁ~……なるへそなぁ~」



 と1人納得した。


 そこにはウチの夏服に身を包んだ羊飼が、女神スマイル全開で微笑みを浮かべていた。


 ただ1つ違うのは、『日本の夜明けは遠いな……』と思わせるほどの地平線のごときおっぱいと、そのパイパイの部分に油性のマジックで矢印が引かれており、そこには端的に「滑走路」という文字と、「ぶーんっ!」と音を立てて羊飼の胸元に着陸する航空機の絵が書かれていた。



「その写真はね、ウチの写真部の男連中がこっそり盗み撮りをして流通させていたものよ」

「そういえば、そんなコトをやってる奴らがいたなぁ……」

「もちろん写真部はアタシの持てる権限を全て活用して潰してやったわ」

「そういえば、写真部って唐突に潰れたよなぁ……」



 どうやらアレをやったのは若かりし頃の女神さまらしい。


 ちょっと? 職権乱用もはなはだしくない?


 もちろん今の怒り狂っている羊飼にそんなことを言う勇気は持ち合わせていない。


 勇気と無謀は違うことをちゃんと知っている、どうも大神士狼ですっ!


 俺が勇気ある沈黙を選んでいる間に、静かに彼女の怨嗟えんさの言葉が鼓膜を破壊していく。



「それで、それがそのとき応酬した写真の1部。ねぇ酷くないっ!? 酷いわよね! ほんっと何が滑走路だっ! 航空母艦だっ!」



 俺の脳裏に一瞬だけ羊飼の盛っていないおっぱいがフラッシュバックした。


 あぁ~っ、「確かに今にも航空機が着陸しそうだな」と納得したが、怒られるので言わないでおいた。



「人の胸見て『確かに航空機が着陸しそうだな』とか思ってんじゃないわよ」

「おまえ、エスパーかよ……」

「ふんっ! エスパーじゃなくても、アンタの顔を見れば1発で分かるわ! 同情すんなっ! こっちを見るな!」



 八重歯を剥き出しにして、ガルルルル、と威嚇する羊飼。もはや手のつけられない狂犬そのものだ。


 早く来てくれ古羊っ! このままじゃ、俺の鋼の胃袋に穴が空きそうだよぅ……。


 胃液がどっぴゅどっぴゅ放出されているのを感じながら、憎しみの籠った羊飼の声に耳を傾ける。



「やられっぱなしは性に合わないから、見返してやろうと思って」

「それでパッドを入れ始めたと。理由は分かったけどさぁ、だからってあのバカデケェパッドはやり過ぎだったんじゃねぇの……?」

「男どもの手のひら返し具合がもう痛快で。その手首をねじ切ってやろうと思って、その……つい興が乗っちゃった……てへっ♪」

「…………」



 乗ったのは興じゃなくて調子の方だと思う。


 ジトッとした瞳を羊飼に向けていると、彼女はバツが悪そうに目を逸らして唇を尖らせた。



「そ、そんな目でこっちを見るんじゃないわよ! 自分でも『やっちまったな!?』とは思っているんだから! ……くぅぅぅぅぅっ!」



 でももう引くに引けないのよ! と感情を爆発させる羊飼。


 確かにここで減らしたら、それこそ学校のバカどもにバカにされるだろう。


 羊飼はギリギリと奥歯を噛みしめ、怨嗟の籠った声音で言った



「これもそれも全部写真部のせいよ! ほんと『滑走路』とか書いたヤツ、ぶっ殺してやる!」

「あっ、『ぶっ殺してやる』で思い出したんだけど……」

「今度はなに?」



 イラついた態度を隠すことなく、半ば責めるような口調の羊飼に、俺はもう1つ疑問に思っていたことをぶつけてみた。



「この間のこと、まだ覚えてるか?」

「この間のこと?」

「ほらっ、おまえと古羊がここで襲われた件だよ。もしかして忘れちゃった?」

「まさか、忘れたくても忘れられないわ。乙女の秘密がバレた日なんですもの」



 今度は俺の方に憎しみの籠った視線が向けられる。


 すみません、話が進まないんで、その目を止めていただいてもよろしいでしょうか?


 仮にも俺、チミの協力者だよ?


 羊飼の放つ圧倒的な眼力に気圧されていると、『はよ話せ』と言わんばかりに言葉の続きを促してくる我らが女神様。



「それが、なによ?」

「いやぁ。今更ながら、結局あの後どうなったのか聞いてなかったからさ、気になって……。あのナイフを持ったレディー達はどうなったん?」

「なんだそのこと……。あの子たちは、警察に捕まって今頃は留置所の中よ」

「そっか、それを聞けて安心したわ」



 つまりもう、羊飼が彼女たちに襲われることはないということだ。


 それを聞けて今度こそホッと胸を撫で下ろした。


 それにしても、あのナイフの女子生徒たちは何で羊飼を襲ってきたんだろうか?


 なんか恨みでも買っていたのだろうか?


 いや、猫を被っているときのこのあまが、誰かに恨みを買うようなヘマをするとは思えない。



「むぅ……」



 聞いてみたい気もするが、さすがに図々しすぎるか?


 と俺が迷っていると、羊飼が「はぁ……」と小さくため息を溢した。



「今更アンタにデリカシーなんか求めてないから、聞きたいことがあるなら、さっさと言いなさい」

「えっ、いいの?」



 なんだかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情け、と言わんばかりに羊飼が首を縦に振った。


 まぁ、ご本人がイイッと言っていることですし、ここは素直に聞いておこう。


 俺は世界の破壊を防ぐため、そして世界の平和を守るため、愛と真実の悪を貫く覚悟を決め、ラブリーチャーミーに聞いてみた。



「それじゃお言葉に甘えて……なんであのナイフを持った女子生徒たちに襲われたワケ?」

「そんなのアタシが知りたいわよ」

「あとさ、『さく何とかくんを返して』みたいなことを言ってたよな?」

「……『佐久間くんを返して』ね。ええっ、言っていたわね」

「佐久間くん? その佐久間くんって誰よ? 男か? ボーイ? 少年か? というか知り合いか?」

「ソレ全部同じ意味でしょうが……」



 羊飼は遠い目をしながら、なるべく感情と切り離した声音でポツリとこう言った。



「……本名は佐久間亮士さくまりょうし。アタシの中学時代の同級生で……元彼だった男よ」

「ほーん。つまりダンナ、痴情のもつれってヤツですかい?」

「誰がダンナだ。まぁ端的に言えば、そうかもしれないわね。それよりも……あまり驚かないのね」

「ん? 何が?」

「アタシに、その……彼氏が居たってことに」

「別に彼氏ぐらい年頃の女なら普通だろ、それにおまえ顔だけは可愛いし」

「……ほんと一言余計な男ね」



 そう言いながらも、内心はかなりビビっていた。


 あまりにもビビり過ぎて、目の前が真っ赤になりオペレーションするかと思った。ビビット!


 そりゃ顔は可愛いし、彼氏の1人や2人は居るかもしれないとは思ってはいたけどさ、いざ実際に知らされるとショックを隠せないわコレ。


 俺でこれなら、学校の奴らがこの事実を知ったら自殺するんじゃねぇの? とくに元気とアマゾン。



「そんなにイイ男なのかよ、その佐久間くんとやらは?」

「そうね、顔だけなら控えめに言って最高よ」

「それ最上級で言ったらどうなるの?」

「でも佐久間くんは……」



 と言いかけて、口をつぐむ。


 佐久間くんは……なんだよ? 気になるじゃねえか。


 俺は「佐久間は……なんだよ?」と口にしようとして、羊飼の指先が自分の二の腕に食い込むくらい強く握られていることに気がついた。


 見ると、月明かりに照らされた顔は血の気が失せ、体は小さく小刻みに震えていた。



「ひ、羊飼……?」



 と、俺が口にしたそのとき。






 ――ガサガサッ





「んっ?」

「ど、どうしたデカパッド刑事デカ? パッドでもズレたか?」

「殺すわよ、リーゼント刑事デカ? ……今、何か聞こえなかった?」

 パッドの声でも聞こえたのか、羊飼は辺りをキョロキョロ見渡し。





 ――ガサガサッ






「「ッ!?」」



 2人して弾かれたように音のした茂みの方に視線を向ける。


 視線の先の茂みでは、ガサゴソと葉っぱが大きく揺れているのが見て取れた。


 まさか本当に犯人が現れたのか?



「お、大神くん……」

「分かってる」



 羊飼の言葉に短く答え、呼吸を整える。


 軽く拳を握りしめ、いつでも動けるように脚部に力を籠める。


 耳を澄まし、茂みの音をかぎわける。


 葉っぱが擦れる音に合わせて、かすかに何かのすすり泣く声が聞こえてきた。



「これは……男の声?」

「どうやら本当に犯人のようね」



 羊飼が確信に近い声をあげる。


 薄暗くてよく見えないが、地面にうずくまっていることからまた何か盗んできたのだろうと推測できる。


 間違いない、コイツはクロだ。


 さっそく羊飼が現行犯逮捕するべく飛び出そうとして、



「ん? ちょっ、ちょっと待ってくれ。この声は……まさかっ!?」



 妙に聞き慣れた、耳に馴染んだ声に思わず我を疑う。


 いやいやまさか……そんなわけない、と心の中で否定するも、やはりどうしてもあの男の声にしか聞こえない。





 我が親友であり、科学部部長の猿野元気の声にしか!





「ねえ、この声……猿野くんじゃない?」

「……やっぱりか」

「えっ? ということは、猿野くんが犯人なの!?」

「ち、違う! アイツはそんなことしねぇ!」



 ショックを隠し切れない羊飼に、俺は全力で否定した。



「確かにアイツはバカでスケベかもしれないが、根は変態だから間違いなくアイツが犯人だ。さっさととっちめに行こう!」

「……アンタ、ホントに親友なの?」



 ジトッとした視線がグサグサと心に突き刺さる。


 心外だ、親友だからこそ間違った道に進むのを止めようとしているんじゃないか。


 決して、この間貸した5000円を踏み倒そうとしているからとか、私情で動いているわけじゃない!


 俺は使命感に駆られ、木の影から颯爽と飛び出した。



「そこまでだ! 大人しくしろ、変態め!」

「ぐすんっ……どうして、どうしてワイばっかりぃぃぃぃぃ――ッッ!?」

「「……はっ?」」




 そこには、中途半端に女の体になっていた元気が泣き崩れていた。




 いや、なんでおまえ女の体になってんだよ!?


 元気は顔だけそのままに、古羊もビックリのダイナマイトボディをこれでもかと惜しみなく晒しながら、パッ! と顔を上げた。



「なんで女になってるんだおまえは!?」

「その声は、相棒っ! 相棒やないか! ど、どうしてここに? ……ハッ!? ま、まさか相棒たちも家に帰る途中、遺伝子改造された謎の美少女に噛まれて?」

「違うんですけど!? おまえだけ別件に巻き込まれてるんですけど!? スパイダ●マン的何かに巻き込まれてるんですけどぉっ!?」



 犯人かと思ったら、ただのバカだった。


 チクショウ、なんて最悪なタイミングでこのバカと出会っちまったんだ。


 ただでさえ、犯人を捜すのに苦労しているというのに、よりにもよって女体化した状態で出くわすだなんて。


 おかげで、



「なんで男の子のハズの猿野くんがアタシよりおっぱいが大きいの? アタシをバカにしてるの? あぁ、そうか……喧嘩を売ってるのか」



 おかげで羊飼が殺意の波動に目覚めつつあるじゃないか。


 これ以上やっかいごとを持ちこまないでくれ!


 と、頭を抱えそうになったその時、今度こそ茂みの方からガサゴソと何かが動く気配がした。



「ッ!? きたっ! 来たぞ羊飼、今度こそ犯人だ! ええい、暗黒面ダークサイドに落ちている場合か!」

「ハッ!? そ、そうだった! 今度こそ犯人を捕まえなきゃ!」

「なぁ、犯人って何や?」



 三者三様の反応を返しながら、俺と羊飼(あと状況が呑み込めていない元気)は気配を消して茂みに近づいていく。


 どうやら犯人は、俺たちの存在に気がついていないのか逃げる気配がまったくない。


 まったく呑気な奴である。


 おそらく数十秒後には、ここは羊飼の手によって虐殺現場へと早変わりするだろうが、同情してやる気持ちはない。


 因果応報だ。それに何より、はやく帰りたい。


 羊飼は肩を怒らせ、茂みの中に顔を突っ込もうとして、



「あ、あれ? ちょっと待ってください2人とも。この声は……」



 猫を被った羊飼が眉根をしかめながら、困惑したような声をあげた。


 それと同時に耳朶を打つのは、妙に聞き慣れたアホっぽい男のすすり泣く声。


 俺はこの声を知っている。


 瞬間、親にエロ本がバレたときのように心臓がバクンッ! と跳ねた。


 ま、まさか……アイツか?


 アイツが犯人なのか?



「この声……アマゾンやな」

「やっぱり三橋くんでしたか」



 元気の答えに羊飼の身体が少しだけ強ばる。





 そう、茂みから聞こえてくるのは我がクラスメイトにして、もはや残念を通り越して殺意を抱きかねない男、三橋倫太郎――通称アマゾンの声だった。





「……ということは、真犯人は三橋くんということですか?」

「ち、違う! アイツはそんなことしねぇ!」



 何とも言えない表情を浮かべる羊飼に向かって、俺は全力で否定した。



「確かにアイツはクズでドスケベかもしれないが、根はド変態だから間違いなくアイツが犯人だ。さっさととっちめに行こう!」

「相棒、ほんとに友達か?」

「すっごい既視感デジャヴ……」



 それさっき見た、と言わんばかりの羊飼の冷たい視線を潜り抜け、アマゾンの声がする茂みに突撃する。


 決して俺の肩を画鋲で叩こうとした報復をしようとしているワケではない。


 ただ純粋に友人が道を踏み外すのを防ぎたいだけなんだっ!



「そこまでだ、この変態めっ! いざ尋常にお縄に――」

「――な、なんで……なんでオレばっかりこんな目にぃぃぃぃぃっっっ!?!?」

「「「……はぁっ?」」」



 茂みの中、そこには……元気と同じく中途半端に女体化したアマゾンが膝を抱えてすすり泣いていた。


 いや何でおまえも女体化してんだよ!?


 元気に負けず劣らずのダイナマイトボディを世界に晒していたアマゾンは、気がついたように顔を上げ。



「お、大神っ!? それに羊飼さんもっ! なんでここにっ!? んっ? あぁっ!? さ、猿野っ!? おまえその格好、まさかっ!?」



 元気の中途半端に女体化した姿を見つけた瞬間、アマゾンは驚いたように目を見開いた。



「ば、バカなっ!? まさかオレ以外にも通りがかりの巨大な猫のあやかしによって、肉体を女体化させられた人間が居たなんて!?」

「だから違うんですけど!? おまえらだけ別件に巻き込まれてるんですけど!? あやかし的トライアングルに巻き込まれてるんですけどぉっ!?」



 犯人かと思ったら、やっぱりただのバカだった。


 なんだコイツら? 頭の中、びっくりするほどユートピアか?


 そもそもなんで茂みが揺れたら変態が出て来るんだ!?


 トキワの森にも居ねぇぞ、こんなモンスターッ!? 



「なんで三橋くんまでおっぱいが大きいの? アタシをバカにしてるの? ……あぁそうか、2人まとめてブチ殺されたいのか」



 ゾクリっ! と背後から妙に無機質な羊飼の声音が首筋を撫でた。


 だ、ダメだ……今振り向いたら殺される。


 ぶわっ! と尋常ならざる脇汗が溢れ出てくる中。







 ――ガサガサガサッ







 と、今再び茂み方から何かが飛び出してきた。


 瞬間、瞳孔が開き切った瞳をギョロッ! と動かし、唇だけ笑みを作る羊飼。



「あらあら? 今度はどんな巨乳が出て来るんでしょう……かぁ~?」

「ど、どうした羊飼? 語尾が変だ……ぞぉ~?」



 ポカンと間の抜けた声を出す羊飼と俺。


 そんな俺たちを不思議そうに見上げる8つの瞳。


 口元にはおそらく今日盗んできたであろう、紫のパンティーが咥えられていた。



「も、もしかして『この子』が……?」

「……真犯人か?」



 俺たちは今日も今日とて盗まれてきたであろう色とりどりのブラジャーやパンツを見下ろす。


 が、どういうわけか怒る気にはなれない。




 なぜなら真犯人は……。

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