第11話 ドラ息子~キチ●イダービー~

 紆余曲折ありながらも、俺の類まれなる交渉力で無事、古羊のパンツを死守することに成功した30分後の校門にて。


 変態と真人間の瀬戸際に立たされている俺は、さっそく下着泥棒を見つけるべく、行動を開始。


 ……しようとしたのだが、どうしても気になることが出来たので、先に尋ねておくことにした。



「あの……なんで居んの?」

「もちろん監視のためですよ」

「だ、大丈夫だとは思うんだけど、一応念の為にね?」



 そう言って俺の背後にピッタリとくっついて来て、一向に帰ろうとしない羊飼と古羊。


 ちなみに時刻は午後5時ちょうど。良い子はそろそろ帰る時間である。



「お兄さん、レディーがこんな時間にウロウロするのは感心しないなぁ」

「大丈夫ですよ。大神くんの手をわずらわせずとも、自分の身くらい自分で守れますから」



 そう言ってふわっと微笑む羊飼。


 どうやら余程自分の腕に自信があるらしい。


 護身術でも学んでいたのだろうか?


 んん~、でもなぁ。最近物騒だしなぁ。


 確かホームルームでもここ最近、刃物を持った女性が、夜、街中を徘徊しているって言ってたし……出来れば2人には早くお家に帰って欲しいんだけどなぁ。


 なんて俺の気持ちが顔に出ていたのか、古羊が「大丈夫だよっ!」と小さくガッツポーズをしてみせた。



「何かあったらすぐ逃げるからっ! だから、ね?」



 お願い、と小動物を彷彿とさせる瞳で俺を見上げてくる古羊。


 うっ!? その目には弱いんだよなぁ、俺。



「……わかったよ。でも危なくなったらすぐ逃げろよ? 超逃げろよ? 走って逃げろよ?」

「う、うんっ!」

「それで? 大神くんはどうやって下着泥棒を見つけるつもりなんですか? 何か策があるみたいな事を言っていましたが?」

「ふっふっふっ! もちろん策はある」


 俺は懐をガサゴソと漁りながら、もったいつけるように言葉をつむいでいく。



「実は去年、元気と2人でソーシャルアプリゲーム『イヌ娘 ~ビューティーダービー~』にハマっちゃってさぁ! 女の子の頭から生えるイヌミミの愛らしさと言ったらもう……他の追随ついずいを許さないモノがあったよねっ! しかもさぁ、彼女たちのお尻からこれまたキュートな――」

「すみません大神くん。要点だけをまとめて貰ってもいいですか?」



 何故かゲンナリした雰囲気の羊飼からストップがかかる。


 ここからがいい所だったのになぁ……。


 俺は「あ、あはは……」と苦笑を浮かべる古羊の頭に妄想でイヌミミを付け加えながら、『イヌ娘から見る近代ゲーム市場の変化と加速』という論説を中止し、本題に戻った。



「まぁつまりだ、そのゲームにハマったときに元気のヤツが『人間の嗅覚を警察犬並みに強化する』アイテムを作ったワケよ」

「あっ、そっか! それを使って犯人が盗んだ下着を探し出すつもりなんだね?」

「なるほど。あとはその場所で待ち伏せをすれば、犯人を捕まえることが出来るというワケですね?」

「その通りっ! そして、その鍵となるアイテムがコレだっ!」



 俺は勢いよく懐から元気が作った例のアイテムを取り出し、2人に掲げて見せた。



「その名も『私、嗅覚は平均値でって言ったよね!』バージョン2・5だっ!」

「「こ、これは……っ!?」」



 俺が取り出したアイテムを目にした瞬間、2人の瞳がカッ! と見開いた。


 古羊は瞬間湯沸かし器よろしく「シュボッ!?」と顏を真っ赤にしながら俯き、羊飼に至ってはゴミカスを見るような瞳で微笑んできて――あれ?


 な、なんかリアクションがおかしくない?


 というか羊飼の目っ!


 もう人間を見る目じゃないよ、汚物を見る目だよアレ?


 なんで笑顔のままあんな目が出来るの?


 俺がドMなら永遠の忠誠を誓っている所だよ?


 困惑する俺をよそに、羊飼が生ゴミでも見るような瞳でニッコリ♪ と俺を見据えながら、



「ごめんなさい大神くん。ちょっと意味が分からなくて」

「意味が分からないって、何が?」

「何もかもです。……なんですか、コレ?」

「なにって、だから人間の嗅覚を警察犬並みに強化するアイテム『私、嗅覚は平均値でって言ったよね!』だけど?」



 羊飼の放つ凍てつく視線を前に戸惑っていると、顔を赤くして俯いていた古羊が、意を決したように口をひらいた。



「お、オオカミくん。こ、これ、あの……」

「??? どうした?」

「その……これってアレだよね?」

「アレ? どれ?」

「~~~~~っっ!?!? だ、だからっ! コレってちょっと特殊な……えっち、に使う道具だよね?」



 そう言った古羊の視線の先には、SMプレイで大活躍する大人の扇情的サブティカル補助エロ道具アイテムとして有名なボールギャグと呼ばれる猿ぐつわであった。


 中央に小さな穴が無数に開いたボールがあり、その両端にテラテラと艶めかしく輝く黒色の皮ベルトがついている。


 どうやら古羊たちはコレを見て驚いたらしい。


 そんなに驚くことか? ……驚くことだはな。


 元気あのバカと付き合っているせいで感覚が狂っていたが、よくよく考えてみたら女の子の前でボールギャグを取り出すなんて非常識だわな、うん。


 なんなら貞操の危機さえ感じるよねっ! 


 国が国ならSWATが出動しかねない。


 事は慎重を要した。



「落ち着け古羊。確かに見た目はアレだが、性能は保障するぞ」

「ほ、ほんとに?」

「おうよ。ただまぁ、そんなに気になるなら1度着けてみるか、メスブタ?」

「だから言い方ァ!? 言い方には気をつけてっ!」



 ウガーッ! と可愛く憤慨ふんがいするなんちゃってギャル。


 す、すまん。SMプレイに引っ張られてつい……。


 ポリポリと俺が頭をかいていると、羊飼が「質問いいですか?」と控えめに手をあげた。



「ん? どったべ?」

「いえ、大神くんの作戦は分かりました。ただ、犯人を追いかける臭いのもとはどうするんですか?」

「それは、古羊のパンツコレを使う」



 そう言って俺はポケットに大切にしまいこんでいた我が家の家宝(予定)である古羊のパンツ(縦縞ストライプ)を取り出した。


 そうっ、俺は別に己の欲望のために古羊のパンツを欲したワケではないっ!


 下着泥棒という人道に反したクソ野郎を捕まえるために、やむを得ず(ここ重要だよ♪)古羊のパンツを返さなかったのだ。


 ……それにしても『しょうがないなぁ』と言って自分のパンツを譲ってくれるあたり、この女、土下座でもしたらキスくらい許してくれるんじゃないだろうか?



「古羊のパンツの匂いを辿って、盗まれた下着のもとまで移動。その後は犯人を待ち伏せし、一網打尽にするっ! 完璧な作戦だろう?」

「お、オオカミくん。オオカミくん」

「ん? どうした古羊?」



 くいくいっ、と俺の袖を控えめに引っ張りながら何かを訴えるように俺を見上げてくる古羊。


 そんな表情をしてもパンツは返さないぞ?



「そ、そのね? 言いにくいんだけどね? ボク……盗まれてないの」

「えっ? なにが?」

「だ、だからね? ぼ、ボクは下着、盗まれてないんだ。だからね? ボクの匂いを嗅いでも、盗まれた下着さんたちの場所は分からないと思うの」

「……マジで?」



 顔を赤くしながら控えめに頷く古羊。


 さて、万策が尽きたワケだが?



「安心してください2人とも。わたしにいい考えがあります」



 途方に暮れていた俺に向かって天使のような微笑みを浮かべる羊飼。


 前から思っていたんだが、羊飼、絶対に俺のこと好きじゃねぇの?


 もう彼女と温かい家庭を築いて、古羊のような可愛らしい娘と3人で暮らすしかないんじゃねぇの?


 彼女との幸せな未来を夢想していると、羊飼が俺の手からやんわりと『私、嗅覚は平均値でって言ったよね!』を取り上げた。



「大神くん、ちょっとこのアイテムをお借りしますね?」

「御意に」

「ありがとうございます。さて洋子、ちょっとコッチに来てくださいな」

「う、うん……」



 そう言って古羊は羊飼と共に人気の居ない方へと歩いて行った。


 2人が俺の前から姿を消して数分後。


 古羊の「嫌ァァァぁぁぁぁ―――ッッ!?!?」という本気の叫び声が俺の鼓膜を震わせた。


 なにを叫んでいるんだアイツ? 


 と俺が首を傾げていると、羊飼と古羊が何事もなかったかのようにトコトコと戻ってきた。



「お待たせしました大神くん」

「ふぁふ……うぅ」

「……大変だな古羊おまえも」


 いつものエンジェルスマイルを浮かべる羊飼の隣には、涙目で例のボールギャグを噛んでいる古羊が居た。


 ふぐふぐと鼻を鳴らし、潤んで怯えた瞳で俺と羊飼を眺める彼女。


 泣きそうな女子校生に無理やりギャグボールをくわえさせる……文字にすると怪しさ満点だ。



「わたしからお願いしておいてアレですが……何だかいかがわしいお店みたいですね」

「な? ちょっとイケナイ気分になりそうだよな?」

「ふぁふーっ!?」



 おそらく「酷いよ2人とも!」とでも言いたいのだろう。


 でもごめんな古羊? 半泣きのおまえはやっぱ可愛いわ。すっげぇ輝いてるよ。


 オタクラシックのG1レースである『何気に涙目の女の子が1番可愛いプリティダービー』においてブッチギリの1番人気になるに違いない。


 私が1番期待している女の子、気合を入れて欲しいですね!


 俺の中で古羊の下馬評の◎が3つ並んだ所で、羊飼に声をかける。



「古羊がコレを使うのは分かったけどさ、肝心の匂いはどうするよ?」

「安心してください、もう洋子には匂いを嗅がせてありますから。ねっ、洋子?」

「ふぁふ」



 うん、と控えめに首を縦に振る古羊。


 い、いつの間に……と驚く俺を尻目に、羊飼は古羊の肩をポンッと叩いた。



「さぁ洋子? ソレを外して欲しければ早くわたしのパッ――下着を見つけるのよ?」

「ふぁふー……」



 古羊は観念したのか、それともただ諦めたのか分からない声を出しながら、小さく頷いて見せた。


 それはそれとして、『わたしのパッ――』ってことは羊飼さんのパンツが盗まれたってことですか!? そうなんですか!?


 ゆ、許せねぇっ! 


 俺の(クラスメイトの)女に手を出すやからは例え神様、仏様だろうが容赦はしねぇぞっ?



「ふぁふっ!」



 決意を新たにする俺を横目に、鼻をヒクヒクさせていた古羊が「わかった!」と言わんばかりに架空のイヌミミとシッポをピコンッ! と立てた。


 そのまま「こっち! こっち!」と俺たちを手招きしながら、先導を開始。


 俺と羊飼は一瞬だけ視線をかち合わせ、無言で頷くなり、古羊のあとを3歩ほど離れて歩き出した。























 ……さらに俺たちの背後に着いてくる人影に気づくことなく。

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