第10話 至上最低のマッチョ、変態Aに転生する

「――思い……出した!」



 俺は前世の記憶を思いだした主人公のようなことを口ずさみながら、改めてパンツ一丁のまま、頭に白ギャル古羊のパンティー(意外に可愛いの履いてるじゃねぇか。褒めてつかわそう)を装備した状態で彼女たちと向かい合った。


 目の前では、半分泣きが入っている古羊と、羊飼さん……いや羊飼がとんでもねぇ性犯罪者を見るような目で俺を見てくる。


 そんな彼女たちの手に握られているスマホには、デカデカと変態仮面スタイルの俺が映し出されている始末だ。


 俺たちはまるで一流の剣豪のように、お互いの間合いを測りながら、精神的鍔迫り合いを展開していた。


 羊飼がニヤッ、といやらしい笑みを口元にたたえながら。



「やっと状況が飲みこめたようですね」

「シュゴ―、シュゴ―……」

「さて改めまして、大神くん? たった今、わたし達が撮影したこの動画を教育委員会ないしは校長先生に見せられたくなければ……あとは分かりますね?」

「シュゴ―、シュゴォォォ……」

「今からわたし達の質問に嘘を吐かずに正直に全部答えて――」

「シュゴォォォォォォォォッ!!」

「――あ、あのぉっ!? いつまで深呼吸しているつもりなのかなぁ!? いい加減、頭からパンツを外してよぉ! というか服を着てよぉ!? いやそれ以前に返してっ! ボクのパンツ!」



 羊飼の言葉をさえぎるように、顔を真っ赤にした古羊が、新世界を楽しんでいた俺に詰め寄ってきた。


 俺はソレを手で制しながら、真面目なトーンで2人に語りかけた。



「羊飼たちの言い分は分かった。だが、その条件を飲む前に1つ、俺の質問にも答えてくれ」



 大事なことなんだ、と真剣な眼差しを2人に向けると、羊飼と古羊は一瞬だけ目配せして小さく頷いた。



「いいでしょう。武士の情けです」



 言ってみなさい、と無言で告げてくる羊飼から視線を切り、俺はまっすぐ古羊を射抜いた。


 その視線に「うぐっ!?」と若干ひるむ彼女。


 正直、動画を学校側に提出されるのは大問題だ。


 が、ぶっちゃけ、もうそんなことはどうでもいい。


 そう、今、俺たちが向き合わなければいけない問題はただ1つ!


 俺は古羊のスカートに視線をよこしながら、ハッキリとこう言ってやった。



「古羊、ここにおまえのパンツがあるということは、だ。……おまえ、今、ノーパンか?」

「デリカシーっ!? デリカシーがないよオオカミくんっ!?」



 女の子になんてことを聞くのさ!? と怒ったような声をあげる古羊。


 怒った顔も可愛いなコイツ? 抱きしめてやろうか?


 スカートの裾を押さえて半ば泣き叫ぶように訴えてくる古羊に、俺は慌ててフォローを入れた。



「待て待て古羊、そう声を荒げるんじゃない。大丈夫、俺、そういう趣味にも理解がある方だからさ。それに昔の人は履いてなかったって言うし。ノーガード戦法の何が悪い?」

「違うよっ!? ボクは別にそういう趣味なんか持ってないよ!?」

「分かってる、全部分かってるから。別に恥ずかしがらなくても大丈夫だぞ? スカートの下が暴れん坊将軍で何が悪い? 男はなぁ、そのギャップがたまらねぇんだ。『おいおい、澄ました顔をしてるクセにスカートの下は暴れん坊将軍かい? 松平健かい!?』みたいなさ」

「あの、大神くん? ノーパン談義はもういいかしら?」



 何故か『変態死ね』といったような、冷え冷えとした羊飼の視線が俺を襲う。


 俺はそんな彼女の視線を遮るように「いや」と首を横に振った。



「よくない。これはとても大事な事なんだ羊飼」

「どこがですか?」

「決まっているだろう? 古羊の返答によって、俺の被っているコレが現役女子校生の脱ぎたてホカホカパンツかどうか分かるんだ。必死にもなるだろう?」

「言い方ァ!? 言い方がいやらしいんだよぉっ!? あっ、コラ!? ダメっ! 臭いを嗅がないで、息をしないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 涙目で必死に懇願こんがんしてくる古羊。


 ふははははっ! 深呼吸されたくなければ、早く俺の質問に答えるんだなっ!


 さぁ答えてもらおうか! コレは今日1日おまえが着けていたおパンツ、いやパンツなのかいなかっ!



「返してっ! ボクのパンツ返して!?」

「悪いな古羊、それは出来ない。コレは我が家の家宝として大切にたてまつらせてもらう」

「末代までの恥……」

「だ、ダメダメっ! そんなのダメだよオオカミくんっ!? 親御さんが泣いちゃうよ!?」

「一向に構わんっ!」

「そ、そんなぁ~っ!?」

「この茶番、いつまで続くのかしら……?」



 何故か呆れたようにかぶりを振る羊飼。


 心なしかその表情はちょっと疲れているように見える。


 どうしたのだろうか? シロウ、心配だなぁ。



「うぅ~……っ! 何でもするから返してよぉ、ボクのパンツぅ……」



 男の被虐心を逆撫でするようにプルプルと震えながら、目に涙をいっぱいに溜めて弱々しくそう口にする古羊。


 申し訳ないが、すっごく興奮した。


 くぅっ!? なんだこのお股からせり上ってくる謎のエネルギーは? ストレッチ・パワーかっ!?



「残念ですが大神くん、アナタの要望には応えられそうにありません」

「と、いうと?」

「確かにその下着は洋子のですが、ソレはあなたをおびき出すためのトラップ……つまり罠ですよ。罠。洋子は今もキチンと下着を履いています」

「そ、そうなのか?」



 俺が愕然とした調子で古羊に尋ねると、コクコクと顏を赤くしながら小さく頷いた。


 クソ可愛いなこいつ、お持ち帰りしてやろうか?


 ん、待てよ?


 古羊がパンツを履いているということは……これはまさかっ!?



「気がついたようですね。そう、今、大神くんが被っている下着ソレは使用済みではなく――洗濯済みなんですよっ!」

「なん、だとっ!? ……いやまぁソレはソレで」

「返してっ!? 今すぐ返して、そのパンツぅ!?」



 わーっ!? と叫びながら緩慢な動きで俺を襲おうとする古羊。


 俺はソレをひょいっと軽く避けると、ぶべっ!? と言いながら古羊が壁に激突した。



「うぅ~……痛いよぉ~」



 鼻先を押さえながら、目尻に涙をためる古羊。


 こ、コイツ、天然で男の嗜虐心しぎゃくしんをピンポイントで狙撃スナイプしてきやがる! 


 なんなの? 天性のスナイパーなの?


 おいおい、将来どんな偉人になるというんだコイツは? ちょっと心配になってくるな。


 と、なんちゃってギャルのポテンシャルに戦々恐々している俺に向かって、羊飼が「本題だ」と言わんばかりに真面目な口調で言葉をつむいできた。



「さて、今度はこちらが質問する番ですよ、下着泥棒さん?」



 いや、俺は別に下着泥棒じゃ……、と口にしようとする前に、羊飼が空いていたロッカーの中から何かを取り出した。


 ソレは小さいランタンというか、ベルというか、なんかよく分からない代物で……すっごい見覚えのあるモノだった。



「ちなみに嘘を吐いても無駄ですよ? こちらには猿野くんが作ってくれた嘘発見器がありますからね?」



 そうっ、羊飼が持っていたのは3日前、猥褻アイテムとして俺を苦しめたあの科学アイテム『4月はYOUの嘘』だった。


 な、なぜ羊飼がソレを!?


 と驚く俺を無視して、羊飼は尋問するかのような厳しい口調で。





「さぁ大神くん、答えてください。――女の子たちから盗んだ下着はどこへやったんですか?」





 と言った。


 ……うん? 盗んだ下着?



「えっと……なにが?」

「だから女の子たちから盗んだ下着ですよ。下着。一体どこへ隠したんですか?」



 惚(とぼ)けても無駄ですよ、と『4月はYOUの嘘』を掲げながらベテラン刑事のような鋭い視線を俺に向けてくる羊飼。


 心なしか身体中から殺気が迸っているような気がしてならない。


 しかし彼女には申し訳ないが、ここで残念なお知らせがある。



「あのさ羊飼? 盗んだ下着ってなに? 俺、何も盗んでないけど?」

「……なるほど。あくまでシラを切るというんですね、連続下着泥棒さん?」



 な、なんだ? 何かが盛大に噛みあっていない気がする!


 というか連続下着泥棒ってなんだ?



「シラを切るも何も、マジでナニも盗んでないんですけど?」

「ね、ねぇメイちゃん? さっきから嘘発見器さんがオオカミくんの言葉に反応してないよ? これってもしかして……」

「でも下着トラップには引っかかったわ。まだ安心は出来ない」



 コソコソと2人にしか聞こえない声量で会話する古羊と羊飼。


 やがて古羊がおずおずと言った様子で。



「あ、あの……っ? オオカミくんが今話題の連続下着ドロボウさんなんだよね?」

「いや、違いますけど?」

「で、でもでもっ! ぼ、ボクのパンツ被ってるし……」

「そこにパンツがあったら誰だって被るだろう?」

「被りませんよ?」



 羊飼の冷めた声が俺を襲うっ!


 おいおい、異なことを言うな羊飼。らしくもない。


 登山家が山を見たら登りたくなるように、パンツを見たら普通、頭に被りたくなるだろう?



「そもそも連続下着泥棒ってなんだよ? 俺、何も知らねぇんだけど? マジで。なんなら古羊の臀部(でんぶ)に誓ってもいい」

「ふぇっ!?」

「どこに誓ってるですが? そこは神に誓ってくださいよ。……やっぱり大神くんが犯人なんじゃないんですか?」



 何故だろう? 


 身の潔白を証明しようとすればするほど、疑いが深まっていくのは?


 なんなの? 俺が悪いの? 


 いや、俺は悪くない。シャ●子が悪い。2丁目おもしれぇ~♪



「いやほんとに、俺なにも知らないんだけど?」

「「…………」」



 羊飼と古羊は目線だけで会話をしているのか、2人して小さく頷くなり「しょうがない」と言わんばかりに、その事件のあらましを説明してくれた。



「1週間前から森実高校の女子生徒だけを狙って多発している下着泥棒のことですよ」

「えっとね? 今ね、体育の時間とかにね、女子更衣室に置いていた替えの下着が盗まれる事件がたくさん起きてるんだよ」

「多くの女子生徒が被害にあったということもあり、生徒会であるわたし達が自主的に犯人を捕まえようとしているワケです」



 そこまで聞いてピキーンッ! と俺の脳裏に天啓のような閃きが襲ってきた。



「はっは~ん? なるほどなぁ。つまり俺は2人が仕掛けた下着泥棒を捕まえるトラップにうっかり引っかかちゃったってことね」



 某メガネの少年探偵を呼ぶまでもない。


 謎はすべて解けた!


 俺が1人納得していると、古羊が「メイちゃん」と弱々しげに羊飼の名前を呼んだ。



「嘘発見器さんも反応しないし……やっぱりオオカミくんは犯人じゃないのかも」

「なら何故こんな時間に女子更衣室に忍び込んでいたんですか?」

「忍び込んだとは人聞きの悪い。俺はただ罰掃除としてココにやって来ただけだよ」

「……どうやら嘘は言っていないようですね」



 チラッ、と手に持っていた『4月はYOUの嘘』に視線を向けながら、小さくため息をこぼす羊飼。


 どうやら分かって貰えたらしい。


 羊飼はやれやれ、と肩を竦めながらスマホをポケットに仕舞い込んで、





「ならこの動画を学校側に提出して今回の件はお開きにしましょう」





 と言った。


 って、ちょっと待ってぇ!?



「えっ!? 提出するのメイちゃん!?」

「なんで!? 俺、犯人じゃなかったんだよ!?」

「確かに大神くんは犯人じゃないのかもしれない。それでも女性用下着を頭から被るのは、いくらなんでも頭がおかしいです。しかるべき処分を受けるのは当然のことでしょう?」

「くぅっ!? 根も葉もない正論をペラペラとぉっ!」



 アカンアカンアカンアカンッ!?


 このままじゃまた停学に、いや最悪退学になっちまう!?


 いや退学ならまだいい。もしこの動画が我が家の|偉大なる母(ビッグ・ボス)に知られでもしたら……っ!?


 最悪の未来予想図が脳裏をよぎったその瞬間。


 俺の唇が命乞いでもするかのように勝手に動いた。



「と、取引だっ! 取引をしようっ!」

「と、取引?」

「テロリストには譲歩しません。これは国際常識です」

「まぁ待て羊飼、まずは俺の話を聞いてくれ!」



 コテンと首を傾げる古羊と、ニッコリと微笑む羊飼に向かって、俺は歌うように声を張りあげた。



「今日中に俺がその下着泥棒を見つける、見つけてみせるっ! だからその動画を消してくれ! 頼むっ!」

「……その場しのぎのデタラメにしか聞こえませんね」

「し、信じてくれっ! これが嘘を言っている男の目に見えるか!?」

「見えます♪」



 やだな、泣いてないよ?



「め、メイちゃん」

「どうしたの洋子?」



 俺がさらに言い募ろうとした矢先、古羊がくいくいっ! と控えめに羊飼の裾を引っ張った。


 何か、見た目に反してやることが小動物チックだなぁ……、なんて考えている俺を尻目に古羊は頼み込むように羊飼にこう言った。



「あ、あのね? ボクはオオカミくんの事、信じてもいいと思う」

「洋子……ホントにどうしたの? 人見知りのアナタがを庇うだなんて?」

「えっとね? 多分だけど、オオカミくんは噂通りの人じゃないと思うんだよ。だからね? その……」



 ゴニョゴニョと口をもごもごさせる古羊に、不覚にも感動してしまった。


 古羊、おまえ……俺を庇ってくれているのか?


 おいおい、おまえ良い奴だなぁっ! 結婚するか?


 久しぶりに人の温もりというものを感じたせいで、涙腺がボンバーシュートしそうな俺。


 そんな俺を羊飼は一瞬だけ一瞥いちべつするなり、小さく「ハァ……」と吐息をこぼした。



「『今日中に見つけてみせる』――そこまで大見得を切るんですから、何か策があるんですよね、大神くん?」

「ッ!? も、もちろんっ!」



 羊飼の言葉に元気よく頷くと、彼女はようやくスマホを懐に仕舞い、ニッコリと微笑んだ。



「分かりました。大神くんを……洋子の言葉を信じましょう」

「あざーすっ!」

「メイちゃん、ありがとうっ!」



 心の中でガッツポーズする俺と、華が綻んだように笑みを浮かべる古羊。


 まさに鶴の一声である。


 もう俺の中で古羊の株価が急上昇だっ! 


 ありがとう古羊っ! キスでもするか?



「助かったぜ古羊、ありがとう。おまえは命の恩人だ」

「い、命の恩人だなんてそんな……大げさだよぉ」



 照れ臭そうに、その豊満な胸の前でふるふると手を振る古羊。


 大げさなもんか。


 こちとら危うく前科一犯の変態になるところだったんだ。


 もう感謝してもしきれないぜっ!



「何か恩返しを……何でもいいから恩返しをさせてくれっ!」

「えっ? べ、別にいいよそんなの。気にしないで?」

「ダメだ、気にするっ! 受けた恩は100倍にして返す、それが大神スタイルなんだっ!」



 やられたらやり返す、恩返しだっ!


 と、やる気メラメラバーニングの俺に、古羊は困ったようにその整った眉根を「んん~」としかめた。


 そのまま確認するように、その桜色の唇を動かして。



「何でもいいの?」

「あぁっ、なんでもいい。ランプの魔人よろしくなんでも叶えてみせるぞっ!」

「そっかぁ。わかった」



 そう言って、古羊は恥ずかしそうに俺から目を逸らしながら、ぽしょりっ、と小さくつぶやいた。



「そ、それじゃその……ボクのパ――」

「それは出来ない」

「なんでぇっ!?」



 ゴメンな古羊? おまえのパンツは未来永劫、我が家の家宝になることが決定しているんだ。


 悪いが諦めてくれ。


 察しが良すぎませんか? と呆れた声を出す羊飼を尻目に、俺と古羊は『第1回 ドキドキ♪ パンツ争奪バトルロイヤル~ポロリはないよ☆~』に身を投じていくのであった。

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