第12話 春のはじまりバッドエンド事件

 連続下着泥棒を捕まえるべく、ボールギャグ着用のハイパー・セクシャライズ仕様となった古羊のあとを着いていくこと30分。


 裏門から商店街へと続く坂道を下り、駅前の公園へ。


 そしてそのまま雑木林の中を進み、ズンズンと脇道へと逸れていく。



「結構歩いたけど、これどこまで行くんだ?」

「……ちょっと不気味ですね。こんな所に人なんか住んでいるんでしょうか?」

「分からん。でも下着を隠すにはもってこいの場所だよな」



 羊飼と雑談を交わしつつ、2人で辺りをキョロキョロ見渡していると。



「ふぁふっ!」



 と、SMルームから転生してきたような格好の古羊が小さく鳴いた。



「どうしたの洋子?」

「もしかして、見つけたんじゃないか?」

「ッ!? そ、そうなのっ!?」

「ふぁふっ!」



 羊飼の問いに大きく頷く。


 どうやらマジで見つけららしい。


 古羊は『ここほれワンワン♪』とばかりに、すぐそこの茂みを指さすと、もう1度だけ「ふぁふっ!」と小さく鳴いた。


 瞬間、羊飼が脱兎の如く茂みの中へ特攻した。


 は、速いっ! 速いよ会長っ! 一瞬『光』って文字が見えたのかと思うくらい速いよ羊飼さんっ! 俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 小足見てからダッシュ余裕でした♪ と言わんばかりの超反応にビビり散らしている古羊。


 そんな彼女のギャグボールを取ってやりながら、労(ねぎら)いの言葉をかけておく。



「ほい、お疲れちゃん」

「ぷはっ! あ、ありがとうオオカミくん」



 ほわっ、と微笑む古羊の背後で「洋子っ! 手伝って、早くっ!」とハリーアップ! と声を張り上げる羊飼。


 あ、あの羊飼さん? なんかキャラが違っていませんか?


 いつもの余裕はどこへやら、何やら鬼気迫る声音で「洋子っ! 早くっ! 間に合わなくなっても知らんぞ――っ!」とベジ●タのモノマネをしながら古羊の名前を呼ぶ羊飼。



 なんか、俺の知らない羊飼がそこに居た。



「……えっ? ひ、羊飼……さん?」

「あ、あはは……。今のは聞かなかったことにしてあげて?」



 そう苦笑を浮かべながら、茂みの方へと駆けて行く古羊。


 そんな彼女の後を夢遊病者のように着いていく俺。


 茂みの中、そこには大量のマフラーやら手袋、女性用のブラにショーツがあった。


 そしてその山の中に手を突っ込んで必死に何かを探している少女、羊飼。


 正直酷い絵面だった。


 ……なんだろう? 俺の中で羊飼さんのイメージがどんどん崩れていっているんだけど?


 なにコレ? どういう事なの?



「洋子はソッチ側を探してっ! 見つけたら報告よろしくっ!」

「う、うんっ! わかった!」



 忠犬よろしく、羊飼の反対側に陣取りガサゴソと下着の山を検分し始める古羊。


 あれでもない、これでもないっ! とパンツを取り上げては悲痛な声をあげる2人。


 一体ナニが彼女たちをそこまで突き動かしているのだろうか?



「それにしてもこの下着の山……随分と盗んだなぁ。おっ、黒のスケスケパンティー発見伝っ!」



 俺は痴的ちてき好奇心――違う、知的好奇心に導かれるように、手前に落ちてあった黒のパンツ(いいセンスだ)を拾い上げ、





 ――ふにょん。





「ふにょん?」


 

 指先に何か柔らかい感触がして首を捻った。


 なんだ今の?


 生き物というには温かみを感じないし……?


 俺はパンツの代わりのその柔らかい物体を拾い上げ……眉根をしかめた。


 それは布製の角の丸い、三角形の『ナニカ』だった。


 俺はこれをよく知っている。


 昔、忍者ごっこといって姉貴のブラジャーの底からこっそりと拝借し、手裏剣代わりにして遊んでいたこと。結局バレて大目玉をくらったことなど、淡い子どもの頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。


 悩める女の子の強い味方で、女子力を底上げする秘密兵器。


 そう、君の名は――



「――胸パッド……?」

「ッ!? そ、それはっ!?」

「あぁっ!?」


 

 なぜか驚愕に目を見開く羊飼の気配と、この世の終わりのような声をあげる古羊。


 だがこのときの俺は、手に持ったパッドの感触が面白くて、2人の様子に気づくことなくムニムニと胸パッドの新触感を堪能していた。


 しかもこの胸パッド、ただのパッドじゃない。



「ぶわっはっはっはっはっ!? 見てくれ2人ともっ! このパッド超デケェぞ!?」



 そうっ、俺が握っているパッドは成人男性の握りこぶしくらい大きな超パッドだった。


 そのあまりのデカさに、つい場所も考えず爆笑してしまう。



「すげぇデケェ、バカデケェ、なんだコレ!? ジョークグッズかよ! どんな貧乳が着けるんだって話だよ! いねぇよ、こんなの着けるヤツ! ぶわっはっはっはっはっ!」

「離して洋子っ!? じゃなきゃあのバカの頭を頭をかち割れないっ!」

「落ち着いてメイちゃんっ!? 素が出てる、素が出てるよ!?」



 なにやら2人して抱き合っている羊飼と古羊。


 なにをイチャイチャしているんだアイツら? 俺も混ぜてぇー♪


 2人の間に身を滑り込ませようと足を踏み出したそのとき。






 ――ミツケタ。






「「「ッ!?」」」



 ゾクッ、と首筋にナイフを押し当てられたような冷たい声音が耳朶(じだ)を打った。


 刹那、俺たちは弾かれたように声のした方へと意識を向けた。


 途端に古羊が「ひぃっ!?」と小さく息を飲んだ。


 俺たちの視線の先、そこには。







 ――手にカッターナイフを持ち、幽鬼のような足取りをした1人の女子生徒の姿があった。







「やっと見つけた……殺してやる……ぶっ殺してやる」



 森実高校の制服じゃない、他校の制服に身を包んだ女子校生がブツブツと何かを口にしながらギュッ! とカッターナイフを握りしめる。


 その瞳はどこまでも空虚で、ヤバい薬をキメていると言われたら信じてしまいそうな雰囲気だった。



「もしかして、あの女の子が連続下着泥棒なのか?」

「……そういう風には見えませんけどね」

「あ、あの人、メイちゃんのことだけを見てない?」



 古羊の言う通り、ナイフを持った女はギラギラとした危険な光を瞳に宿らせ、一心不乱に羊飼の方を凝視していた。


 まるで世界に2人しか居ないかのように、俺たちの存在なんぞ視界の、意識の外へと放り出しているかのようだ。



「羊飼。一応聞くけど、あの子、知り合い?」

「いえ、初めて見る子です」



 古羊は? と目だけで彼女に尋ねると、亜麻色の髪を靡かせながらフルフルと首を横に振った。


 もちろん俺も知らない。


 じゃあこの子は誰だ?


 と、俺たちの頭の上に「?」が浮かび上がるのとほぼ同時に、ナイフを持った女の子が半ば叫ぶように声を張り上げた。



「返して……佐久間くんを返してよぉぉぉぉぉっっっっ!?!?」



 敵意を通り越して殺意で溢れかえった瞳がまっすぐ羊飼を射抜く。


 ビリビリと彼女の絶叫が肌を叩く中、衝動に突き動かされるようにナイフを持った女の子がメチャクチャに刃物を振り回しながらコチラに向かって走ってきた。


 瞬間、俺の身体が何者かによって勝手に駆動していた。


 手に持っていた誰のか分からない超パッドを、ナイフを持っていた女子生徒に乱暴に投げつけた。



「キャッ!? な、何コレ!? 気持ちワルッ!?」



 ぷにょん♪ と気が抜けるような音を立てながら女子生徒の顔に命中するパッド。


 途端に体勢を崩す彼女めがけて地面を蹴り上げる。


 蹴り上げた砂利が目に入ったのか、「いたっ!?」と目を抑える女子生徒。


 その隙を縫うように、ありったけの力をこめて身体を加速。


 矢のような速さでナイフを持った女子生徒に接近。



「だ、誰っ!?」

「俺っ!」

「いや、だから誰――コペッ!?」



 ナイフを持った女子生徒の注意が逸れ、間髪入れずに突っ込んだ俺のドロップキックが女子生徒の腹部へと深々と突き刺さる。


 途端にゴロゴロと転がりながら、遥か後方へと吹き飛ばされる女子生徒。


 意識が飛んだのか、「カヒュッ!?」と変な声をあげ、糸が切れた人形のように身体から力が抜けたのが分かった。



「す、すごっ……」

「……腐っても『喧嘩狼』ということですか」



 俺はゆっくりと息を吐きながら羊飼たちの方へと振り返り――慌てて声を荒げた。



「羊飼っ! うしろっ!」

「「ッッ!?」」



 俺の怒声に身体が勝手に反応したのか、2人は素早く背後へと振り返った。






 彼女たちの後ろ、そこには――ナイフを持ったもう1人の女子生徒が羊飼めがけて斬りかかろうしている所だった。






 クソッ、この距離じゃ間に合わないッ!?


 俺が駆けだすと同時、振り下ろされる凶刃(きょうじん)。


 それが羊飼の身体に突き刺さる。



「メイちゃんッ!?」



 寸前、古羊が羊飼の身体をドンッ! と押した。


 途端に空を切る女子生徒のナイフ。


 古羊の顔に安堵が浮かぶ。


 が、その一瞬の心の隙を突くようにナイフを持った女子生徒の瞳が古羊を捉えた。



「邪魔を……するなぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」



 腕を跳ねあげるように、ナイフが真っ直ぐ古羊の身体へ向かう。


 サァッ、と顏から血の気が引いていく古羊。


 極限の集中状態のせいか、スローモーションのようにゆっくりと動くナイフの軌跡(きせき)。


 そしてナイフの切っ先が古羊の身体に触れる。



「ッ!? 洋子、あぶないっ!」



 よりも先に、羊飼が古羊を庇うようにして前に出た。











 瞬間、殺意の乗ったナイフが羊飼の身体を斬りつけた。

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