第4話 「世の中のことを勉強してこい!」(チル目線)
「で、なんでお前は店に残ってるんだ?」
チルは冷たく言い放つ。
なぜか店のカウンターにイーアは入りこみ、向かい合うようにアルと鏡を覗いていた。
店の奥から出てきたチルはそれを見て、ため息をつく。
ちなみにマーナは鏡を店に置いて帰った。お嬢様なので門限に厳しいらしい。
「幽霊が写り込むなんて凄いじゃないか」
アルが楽しそうに言う。イーアも頷いた。
「こんな事、本当にあるんですね。母上の話を聞いた時も半分くらいしか信じていなかったけど」
なかなか酷い息子である。
男二人が瞳を輝かせて鏡に見入っている様に、チルは呆れた。
「そんなん見ててもでねぇぞ幽霊」
「え!? 夜になると出るのでは?」
イーアがびっくりして顔を上げる。
あったりめーだろ、とチルは店の椅子に座る。
古い安楽椅子がぎしりと軋んだ。
「幽霊にしろ人ならざるものにしろ、太陽のある時間には出てこねーよ。影のものなんだから」
それでもキョトンとしているイーアに、仕方ないなぁとチルは商品の時計を指差す。古いタイプのそれは、針がぐるっと一周して一日を数える、いわゆる一日時計と言うやつだ。
チルの指は時計の一番上を指差している。
この世界は一日を六つの時間に分けて数え、それぞれ創生の六人の女神が充てられている。
一番上の場所は日付が変わる境目、古い言葉で『翠の女神』の時間だ。
指をゆっくり真下に動かしながら、チルは説明する。
「ここからここ、中天の時間までは『金の女神』の領域。所謂太陽の力が強い時間だな。
日付が変わる時から徐々に『金の女神』の力が強まり、中天の時間には逆に夜の女神の力が増して、『銀の女神』の領域に切り替わる」
その夜の時間の最後を飾るのがが『黒の女神』。黒の女神の時間が終わると、日付の切り替わりと共に金の女神の領域に戻るのだ。
最近は数字を当てはめるのが普通なので、一般的な知識ではないが、それくらい知っているだろう? という挑発の意を込めて見ると、びっくりするくらい大きく目を見開いたイーアがいた。
「昔は女神の名前で時間を呼んでいたことは知っていたが、ちゃんと意味があったのだな!」
その目には何故か尊敬の意味が込められている……気がする。
(なんで……?)
顔が引き攣りそうなのを必死に堪えながら、チルは続けた。
「で、この黒の女神が自身の眷属を持たぬ女神。代わりに人の死後を司ると言われている」
黒の女神の時間は、黄昏時からさらに時間が進み世界が闇に染まる時間から、日付が変わるまでの時間だ。この時間は死者の時間と言ってもいい。
「つまりはこの時間しか幽霊は出てこねぇんだよ。基本的には」
今は古い時間の呼び方で言うと、蒼の女神が始まったばかり。黒の女神の時間が始まるまでは、ふたとき(4時間)ほど早い。
「つーわけで帰った帰った!」
チルは手で追い払うような仕草をする。
「え、僕も幽霊を見たい!」
イーアが声を上げる。
「あんなもん、見たって碌なことねーぞ。下手すりゃこっちの精神持ってかれるからな」
それを聞いて、イーアの目がますます輝く。
「と言うことは、チルは幽霊を見たことがあるのか? どこでだ? この店でか?」
ただ純粋な好奇心いっぱいな顔で、矢継ぎ早に問うてくる。
その後ろから無責任なアルが、チルは幽霊を見れるんだよねーなどと余計なことを言った。
チルはうんざりしてイーアの顔を見返した。
(こいつ、マジで顔がいいよなー)
店に最初に入ってきた時、一瞬驚いて隙が出来てしまったくらいだ。
金の髪はきらきら光り、手入れされた綺麗な肌。金のまつげに縁取られた瞳は紫水晶、この世の中の綺麗なところだけ見てきたんだろうと思えるほど、澄んでいる。そのパーツひとつひとつが見事なバランスで配置された、整った顔。
本人が無頓着な様子なのが、余計に腹立たしい。
本人は庶民っぽいと言っていたが、どう見ても超一級品のシャツにズボン。
(貴族はトラウザーって言うんだっけ?)
この街は治安もいいし、警邏隊の巡回も多い。だがもし、あの姿で西側諸国でも歩こうものなら、一発でカモである。誘拐犯、殺人犯、変態野郎どんと来い状態である。
(一生関わりたくないタイプだが、ちくしょう)
「だーめ、帰れ帰れ。明日教えてやるから」
「だが、もしかしたら僕の探している鏡の手がかりが見つかるかもしれないし……。
た、頼む! 今日はここに泊まらせてくれ!」
とんでもないことを言い出した。冗談じゃない。
目を細めて睨みつけると、イーアは顔の前で両手を合わせる。
「宿代も払う!」
「うっせーどうせ金貨しか持ってねーだろ」
「金貨では足りないだろうか!」
「てめぇはもう少し世の中のことを勉強してこい!」
堪らずチルが叫ぶと、イーアはぱちぱちと瞬きをする。その様子に、チルは大きなため息を吐く。
(ぜってー自分ではわかってるつもりだな。こいつ……)
大変面倒なことになってしまった。
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