第5話 丹葉探偵と怪盗、絶対絶命のピンチ

「さて、中に入ったわけだが……」


 美術館の中に入った二人は、一階のロビーへとその姿を現す。

 わざと海の傍に建てられているだけあって、中は窓が多く作られており、遠くの方まで海が良く見えた。


「お、見ろ、來羽君。向こうに見える船は飯田警部じゃないか?」


 丹葉が指さした窓はちょうど美術館の裏手側、恐らくエトワールが登っている崖の方向だ。

 海の上では船に乗った飯田が必死にライトを照らし、丹葉が言った不審なものを探している。


「ああ、ほんとですね。よくもまあ、ああも必死に……」

「ふっ、そこがあの人の良いところだ」


 來羽の馬鹿にしたようなセリフに丹葉は笑って返す。

 それは丹葉の本心でもあった。飯田の必死さは丹葉の尊敬すべきところであり、その必死さにいつも助けられている。

 その助けられているということが、欺くために、ということは誰にも言えないことだが。


 丹葉は秘密を胸に、窓の向こうの月を仰ぐ。


「ああ、月も綺麗で、気持ちがいい夜だな……」

「…………」


 月に照らされ、丹葉の栗色の髪がきらきらと輝く。來羽は何も言わず、その姿をじっと見つめた。

 そして丹葉は、おもむろに腕を上げて伸びをした。


「なんだか海風にあたりたくなった。窓を開けてみよう」


 今まさに思いつきました、というような口調で、丹葉はがちゃがちゃと窓の鍵を開ける。慌てたのは來羽だった。


「えっ! 丹葉さん、待って!」


 止めようとしたが、時すでに遅し。丹葉が窓を大きく開け放った途端、けたたましく警報が鳴り響く。窓につけられていたセンサーが反応したのだ。


「うわあ! どうしよう來羽君!」

「ちょっと、早く閉めてくださいっ!」


 慌てる丹葉に、來羽は急いで窓に近づこうとする。だが、窓の外の何かに気づいた丹葉は來羽を抱きしめるように押し倒した。


「あ、危ないっ!」

「わっ!」


 その場に倒れる二人。來羽は顔を真っ赤にして起き上がった。


「ちょっと、何ですか!」

「馬鹿、伏せろ!」


 だが、今度は丹葉に頭を押されて無理やり低い体勢にさせられる。また文句を言おうとした來羽だが、丹葉の方が先だった。


「銃のレーザーポイントのような明かりが君に当たってたぞ!」

「何ですって!」


 それは驚きの言葉であった。今まさに、自分の命が狙われていたかも知れないという情報は、來羽を大いに同様させた。

 そのまま丹葉は慌てた様子で続ける。


「きっとエトワールか、その仲間が狙っていたのかも……こうしちゃいられない! すぐに付近の警官に防弾チョッキとシールドの用意をさせるんだ!」

「待ってください、丹葉さんはっ!」


 來羽は縋るように丹葉の服を掴んだ。だが、丹葉は優しくその手を外し、首を振る。


「私はこのまま黄金のスカルのところに行く。あそこを守っている警官にも伝えなければ」

「そんな、危険です!」

「いいから! 來羽君、君は早くそこ以外の警官に伝えるんだ。手分けした方が早い」

「なら、私が展示室の方に行きます!」

「來羽君!」


 強い口調で名前を呼ばれ、來羽はびくりと体を震わせる。丹葉は掴んでいた來羽の手をきつく握った。


「まだ出会って短い時間だが、俺は君を信用している。だから言ってるんだ」


 真っすぐこちらを見てくる丹葉の力強く、優しい瞳。來羽はぐっと言葉を詰まらせ、やがて意を決したように頷いた。


「……わかりました。私もすぐに戻りますから」

「頼んだ」


 丹葉の信頼を胸に、來羽は走り出す。丹葉はその背を見送ると、足早に黄金のスカルの場所へと急いだ。


「君達、何をやってるんだ!」


 展示室前には二人の警官がいた。丹葉が叱りつけるような口調で近づくと、警官は背筋を伸ばす。


「警報が鳴ってましたが……何かあったんですか⁉」

「エトワールが現れた! 奴ないし、その仲間が銃を持っている可能性がある。ここはいいから、早く防弾チョッキを着て来い! 早く!」

「はっ!」


 ばたばたと走り出す警官。あたりには丹葉以外誰もいない。

 これで、全ての舞台は整った。丹葉はにやりとほくそ笑んだ。

 勿論、今までの全ては丹葉の演技である。


 夜風にあたるなんて言って窓を開けたのは、エトワールが中に入れるようにするためだ。事前に窓を開けて警報を鳴らしておけば、エトワールはその開いている窓から入ればいい。


 当然、來羽に銃は向けられていない。窓を閉められないようにするためであり、辺りから警官と來羽をいなくさせるための演技だ。

 これで窓から侵入したエトワールは見つかることなく黄金のスカルのある展示室に向かうことが出来る。


 そして、展示室を守っていた警官もたった今丹葉が排除した。

 これで後は、エトワールが黄金のスカルを盗み無事脱出してくれれば、ミッションコンプリートである。


「俺もどこかに隠れなければ……」


 丹葉はきょろきょろと辺りを見渡し、海賊船のレプリカの影に身を隠す。丁度黄金のスカルも見やすい場所にあるため、推しの怪盗シーンを見られる大チャンスだ。

 丹葉が身を隠すと、すぐにエトワールが展示室の中に入ってきた。


「今回も、華麗に頂いた」


 黄金のスカルはケースに入れられての展示ではなかったため、展示室までくれば簡単に入手できる。

 エトワールは黄金のスカルを手にすると自身の完璧な怪盗ぶりに上機嫌に口角を上げた。


「(かあっこいいい! 似合う……! スカルとエトワールの親和性高い! 素が華やかだからやっぱ海賊系似合うなああ!)」


 にやにやと推しを眺める丹葉だが、その幸せな時間は長く続かなかった。


「そこまでだ!」

「何っ⁉」

「(なに⁉)」


 ばたばたと足音がしたかと思えば、大勢の武装した警官を伴ってやってきたのは、來羽だった。彼自身もスーツの上から防弾チョッキをつけて臨戦態勢である。

 來羽は見事、丹葉に言った通り早くも戻ってきたのだった。


「追い詰めましたよ、怪盗エトワール……!」


 きつくエトワールを睨みつける來羽。エトワールは突然のことに驚いていたようだったが、すぐに余裕そうな笑みを浮かべた。


「何だ? 新顔じゃねえか」

「私は來羽類。貴方を逮捕する探偵です」

「はっ、あの丹葉でもできないのに、お前にそれが出来るかな?」

「(うおおおおお! 推しに認知されてたああああ! な、なまえ、名前まで……! 探偵やっててよかった……!)」


 突然推しから名前を呼ばれたことで、丹葉は頭の中で号泣しながら五体投地した。

 探偵業をしてきてよかったと思った瞬間ナンバーワンが今この時に更新された。ちなみにナンバーツーはエトワールと出会った時である。

 だが事は勿論これだけではすまなかった。


「丹葉さん、今です!」

「(え)」


 突然、來羽に名前を呼ばれたのである。來羽はちらちらと見える丹葉に気づいていたらしい。名前を呼ばれては出て行かないわけにはいかない。丹葉は内心困惑しながらもその姿を現した。


「まさか!」


 エトワールはやはり丹葉に気づいていなかったため驚いたようだが、驚いたのは丹葉が出てきたからだけではなかった。

 丹葉が隠れた海賊船のレプリカはこの展示室唯一の窓の近くにあり、丹葉はその窓を前に立ち塞がる形になってしまったのだ!


「(え、ちょっ、何)遂にこのときがきたな、怪盗エトワール」

「くそっ……」

「(え、え、ちょっと、ま、え?)逃げ場はない、観念しろ」


 とりあえず取り繕うために台詞を言うが、内心はそれどころではなかった。入口には來羽達。そして窓には丹葉と、エトワールの逃げ道がなくなってしまったのだった。


「……あーあ、ここまでか」

「(え、やだやだやだ! 捕まらないでくれ、エトワール!)」


 エトワールの諦めの言葉に丹葉は慌てる。

 まさか偶然にしろ、自分がエトワールを追い詰めるなど夢にも思わなかったのだ。ずっとエトワールを支えて、フォローして、間近でその姿が見られればいい。そう思っていたのに。


「エトワール!」


 その丹葉の叫びは、果たして周りにはどう聞こえていたのか。宿敵への咆哮か、追い詰めた歓喜か、もしくは。

 だが、追い詰められているはずのエトワールはにやりと笑った。


「なんてな」


 突然、エトワールは丹葉の方へ駆け出した。そして辺りの展示物のケースなどを使って高く跳躍すると、丹葉の頭の上をひらりと飛び越える。

 丹葉が振り返ると、窓の目の前には月に照らされ、海を背に笑う怪盗エトワール。


「俺は捕まらない。怪盗だからな」


 そしてそのまま窓の外へと飛び降りた。


「エトワール!」


 高く鳴るアラームの中、丹葉は急いで窓に駆け寄り下を覗く。そこに見えたのは、


「またな、探偵、警察諸君!」


 エトワール特製の気球に乗った、怪盗エトワールの姿だった。


「黄金のスカルは頂いた!」


 どうやら乗ってきた気球を時間で浮き上がるように仕掛けしていたらしい。浮かんでいた気球に飛び乗ったようで、エトワールは高く、高笑いとともに海風に乗って飛んで行ったのだった。

 残されたのは、呆ける警察と、舌打ちをする來羽。そして。


「(おっちょこちょいでアホだけど身体能力の高い推し……尊……)」


 涙を堪える丹葉だけであった。

 この夜、丹葉はここに墓を建てると誓った。

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