第4話 海か陸かはたまた
「さて、では私は海の方に行きますので」
「そこから怪盗が来ると?」
「ええ、奴はどうやら目立つのが好みのようですから。今一番警察が注目しているのが海からの侵入。であればそこから来るでしょう」
果たしてそうか? と、丹葉は思った。
だがしかし、その可能性も否定はできない。エトワールは何より目立つのが好きだ。そして、元々の自信家な性格に加えて今まで一度も盗みを失敗していないことにより、自分は天才怪盗だと思っていることだろう。
それは丹葉のおかげなのだが、そのことをエトワールは知らない。
「(言うだけあってちゃんとエトワールのことを調べてきているようだな……これは侮れないぞ)」
少々厄介な相手になりそうだ。丹葉は改めて、なんとしてもエトワールを守ると意気込んだ。
「丹葉さん、貴方はどうするのです?」
「俺も海の方に行こう。そこから来ると思っていた」
嘘である。エトワールの思考を読みあぐねていたのだが、ここは來羽に乗っかった。
それに來羽を妨害しなければエトワールが捕まる可能性がある。離れるわけにはいかない。
「そうですか。では、私の推理力、とくとご覧になっていてください」
ふふふ、とほくそ笑む來羽。丹葉と飯田はまたぎりりと歯がみした。
「近くにくるとまた、圧巻ですね」
砂浜に降りた丹葉は辺りを見て感心した声を出した。
砂浜には多くの警官が巡回しており、海では船がライトを当てて警戒していた。
丹葉の言葉を受けて飯田が胸を張る。
「今回、上は本気でエトワールを逮捕するつもりですからね。今動けるほとんどの警官を配備しているはずです」
「怪盗一人にそこまでしなければいけないとは、警察の面目は既に丸つぶれですね」
「うぎぎぎ」
はっ、と鼻で笑う來羽に、飯田は飛びつかんばかりで唸る。丹葉はそんな飯田の肩に手を置くと、優しくほほ笑んだ。
「落ち着いてください、飯田警部。俺にお任せを」
「丹葉探偵……! 応援しています!」
飯田の信頼のまなざしを受けて、丹葉は動き出す。
このまま來羽に好きに言わせておくわけにはいかない。何より、飯田警部を傷つけるとは何事だ、と丹葉は思う。
丹葉は常日頃から飯田に優しくあろうと思っているのだ。エトワールのことで迷惑をかけているため、せめてそれ以外は、と丹葉は思っている。
それにどれだけエトワールを取り逃がしても、丹葉の言うことをよく聞き、信頼してくれる飯田に丹葉は友愛を感じているのだ。
「來羽君、どうやら随分自信があるように見えるが、この包囲網の中、どうやってエトワールが侵入してくると考えているんだ?」
飯田を守るように背にし、丹葉は來羽の前に出る。
飯田を庇うつもりでもあるのだが、先に來羽がどのように動くのか知り、あらかじめエトワールを守る対策を考えておこうという腹積もりだ。
だが、ただそれだけの丹葉の動きに、來羽は動揺を見せた。
「らっ……!」
言葉に詰まり、カッと顔を赤くしたのだ。丹葉はその不思議な態度に首を傾げる。
「? 來羽君?」
「んんっ……失礼しました。そうですね、まず私の推理をお伝えしましょう! お二人とも、ついて来てください」
さっと背を向けてずんずん歩いて行く來羽。
飯田と丹葉は不思議そうに顔を見合わせたが、とりあえず來羽の後に続いた。
「ふん、ここら辺でしょうか」
しばらく歩いて來羽が立ち止まったのは、砂浜の端、大きな岩陰のある場所だった。
「確かに岩で隠れやすいが……ここにも見張りの警官はいるぞ?」
勿論、警察がこんな絶好の隠れスポットを見逃すはずはない。当然、この場所にも数人の警官が張っていた。
だが來羽は丹葉の問いにふふん、と胸を張る。
「確かに砂浜には警官の姿は多い……ですが、海はどうでしょう。この一帯は岩が多い。船は近づけず、この辺りには船の光が届いていません」
「それはそうだが……よく見ろ。船がいけないところはダイバーがカバーしている」
「む……それは……」
丹葉の反論に來羽は口ごもる。
丹葉の言う通り、船が行きにくいところは大勢のダイバーが代わりに警戒を行っていた。勿論、ライトは砂浜から飛ばし、暗いところもない。
「(やはりこの状況では海からの侵入は不可能……いくらエトワールでも、ここから入ってこようとは思わないはず……)」
丹葉はそう思いながら、辺りを見回した。
そして、信じられないものを見た。
「(ん、あの上空に見えるあれは気球か? ……って、まさかっ……!)」
丹葉は戦慄した。
上空に、海風に乗ってゆっくりゆっくりこちらに近づいてくる気球が見えたのだ。気球にはでかでかとペイントがされてあった。エトワールの仮面のプリントが。
「(や、やりやがったあああ!)」
丹葉は膝から地面に崩れ落ちそうになったが、何とか踏ん張った。今ここで不審な行動をとるわけにはいかない。
幸運なことに、気球に気づいているのは丹葉だけであった。皆一様に海を眺めているせいだろう。
「(海か陸かと思っていたが、まさか空、しかも気球だと! 空からの派手な登場は自殺行為だ! どうやって今から黄金のスカルを盗むつもりなんだ⁉ 上空は帰る時限定だろ! ばか! そこが可愛い!)」
エトワール特製気球に乗ってやってくる様を今すぐにでも写真か動画に収めたいところだが、そんなことをすればバレてしまう。
丹葉は大仰な動作で海の彼方を指さした。
「あっ! なんだあれはっ!」
「えっ?」
「何かありましたか⁉」
來羽と飯田が丹葉につられて海を見る。だが当然、そこに不審なものなどない。
「……別に何もありませんが……」
來羽は首を傾げるが、丹葉は力強く断言した。
「いや、絶対あそこに何かあった。エトワールかも……飯田警部、すぐにここいらの部下を連れて海へ!」
「へ? いや、海には既にたくさんの警官が……」
「逃がしてもいいんですか! 早く!」
「は、はい!」
ばたばたと飯田が走り出しながら、携帯で部下に連絡を取る。すぐさま砂浜にいた大勢の警官たちは、飯田に連れられて船で海に入って行ったのだった。
だがしかし、來羽はその場を動かなかった。
「……何が見えたんですか?」
「さあ……何か不審なものが見えたんだが……まあ、警部達が確認してきてくれるさ」
何かこちらを探るような來羽の目つきに、丹葉は肩を竦めて返す。どうやら來羽は丹葉の傍を離れるつもりはないらしい。
さて、ここからどうやってエトワールをフォローするか。
丹葉達がいる場所の反対側、警官のいなくなった砂浜に気球が着地するのを横目で確認する。
エトワールが着地したのはちょうど美術館がある崖の真下であった。遠目に崖登りの準備をしているのが見える。推しのためなら丹葉の視力は跳ね上がるのだ。
「(崖を登って美術館に入るつもりか……そのまま登れば美術館の裏手に行ける。だが、美術館は崖ギリギリに建てられている。人が立てる場所はない。裏から回って正面や横に出ることは難しいだろう。とすれば、崖からそのまま美術館裏の窓に入ることになるが……)」
窓には当然鍵がかかっている。窓を割ったり、こじ開けようとすればすぐさま警報が鳴るだろうし、何より美術館内にも警官はいる。
どうやってバレずに中に入るつもりなのか。そんなこと、きっとエトワールは考えていないだろう。そう、丹葉は考えた。
であれば、推しのためにやることは決まった。
「よし、ここは飯田警部達に任せて、俺は美術館の中に入っておくとするよ」
うん、と大きく頷き歩き出す丹葉。その背を來羽が困惑しながら止めた。
「え、ですが、まだエトワールの侵入経路を推理してませんが」
「俺には見えた」
「本当ですか⁉」
「ああ、気になるならついてくるか?」
「……わかりました。私も行きましょう」
このままここにおいておけば、崖を登るエトワールが來羽に見つかりかねない。丹葉はわざと來羽を伴って美術館の方へと戻った。
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